灰雪の輪舞曲 ― Ash-Snow Rondo ―

CROSSOH

第1話 切られた線 ― The Line They Cut ―

この手は、何を救えるんだろう。


 昔のロウは、そんなこと考えなかった。

 手は温かくて、誰かの手を引ければ、それで十分だと思ってた。

 でも世界は手の使い道を勝手に決める。

 守る手か。奪う手か。――見捨てる手か。


 そして気づく。

 言葉は遅れる。祈りは揺れる。

 でも手は、先に届く。

 先に届いたものが、未来の形になる。


     ◇


 雪は白いはずなのに、

 ルメルナの雪は、どこか灰を含んでいた。

 指で掬うと軽くない。さらさらじゃない。


 ロウの故郷、ルメルナは帝国の属国だった。

 旗も、議会も、祝祭もある。

 でもそれは「あることにしていい」と許可された形でしかない。

 続けていいかどうかは、帝国の指先ひとつで決まった。


 この世界の中心には、灰鉄塔アストラという塔があるらしい。

 誰が建てたのか定かじゃないのに、最初からそこに“ある”物。

 そして塔に繋がる見えない線が、暮らしの底を支えている――と大人は言う。


     ◇


 市場の端で、トワが手を擦っていた。

 指先が赤いのを見せたくなくて、袖の奥に隠している。


「トワ、手」

「冷たい」


 笑う。笑うのに、目だけが真剣だ。


「ねえロウ、今日さ――」

 言いかけた声が、ふっと薄くなる。


 寒さじゃない。

 空気が、少しだけ止まった。


 人の声が消える。

 鍋の湯気が弱くなる。

 匂いが遠のく。


 役所の掲示板に人が集まり始めた。

 紙が貼られる音がする。

 たった一枚の紙で、国の体温が下がる音。


 ロウは走った。

 走りながら、手が勝手にトワの手首を掴んでいた。

 引っ張る強さが、怖さの量だと初めて知る。


「ロウ、痛い」

「……ごめん」


 掲示板の前。

 貼られた紙には、帝国の印章。


 短い文ほど、残酷だ。


 ――通行許可の停止。

 ――配給経路の凍結。

 ――外付け支援部隊の撤収。

 ――“線”の接続権、凍結。


 最後の一行で、全員の顔色が変わった。


 食糧が止まるのは、腹が減る。

 道が止まるのは、逃げられない。

 でも“線”が止まるのは――国そのものが息を吸えなくなる。


 つまり。

 帝国は、ルメルナを見捨てた。


 誰かが叫ぶ。「ふざけるな!」

 誰かが泣く。「子どもがいるんだぞ!」

 でも紙は動かない。紙は手続きの完了だけを告げている。


 ロウは理解した。

 奪うっていうのは、殴ることじゃない。

 息をしていい許可を、指先で取り上げることだ。


 トワの手が震えた。

 震えてるのに、握り返してくる。


「ロウ……どうなるの?」

「……わかんない」


 わかんないと言いながら、

 胸の奥が、もう答えを出していた。


 ――これは、始まりだ。

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