第十二話 初めての検診
待合室の空気は、やけに静かだった。
消毒の匂いと、規則正しく鳴る時計の音。
アキはソファに腰掛け、両手を膝の上で重ねていた。
少し不思議そうに「——次の方、どうぞ。付き添いはお一人まででお願いします」
看護師の声に、三人の時間が一瞬止まる。
レオは一歩前に出かけて、寸前で止まった。
蒼も同じだった。
二人とも何も言わない。けれど、胸の奥では同じ言葉が渦巻いている。
——俺が。
——自分が。
アキは少しだけ視線を泳がせて、それから迷いなく蒼のほうを見た。
「……蒼、一緒に来て」
理由は、きっと単純だった。
一番、落ち着くから。
説明しなくても、そばにいるだけで呼吸が整うから。
「はい」
蒼は短く答えて、静かに立ち上がった。
レオと一瞬だけ視線が交わる。
何も言わない。
けれど、選ばれなかったという事実は、レオの胸に小さく、確かに刺さった。
診察室のドアが閉まる音がして、レオはひとり待合室に残される。
椅子に深く腰を沈め、天井を見上げた。
(……わかってる)
安心を選んだだけだ。
それでも、胸の奥に残るこのざらつきは、どうしようもなかった。
*
診察室は、思ったよりも明るかった。
「では、横になってくださいね」
医師の穏やかな声に促され、アキはベッドに横になる。
蒼はカーテンのそばで、視線を外しながら静かに立っていた。
モニターに映し出された白黒の影。
「……はい、妊娠されていますね。週数は……十一週の後半くらいでしょう」
その一言で、アキの喉が小さく鳴った。
「それから……」
医師は少しだけ間を置いて、画面を指差す。
「こちらと、こちら。心拍が二つ確認できます」
蒼の呼吸が、わずかに止まった。
「双子ですね」
その言葉は、静かで、重くて、あたたかかった。
命が、ふたつ。
確かに、ここにある。
アキは目を見開いたまま、しばらく言葉を失っていた。
嬉しいはずなのに、胸がいっぱいで、うまく息ができない。
蒼は、そっと拳を握りしめた。
「……ありがとうございます」
それだけ言うのが、精一杯だった。
命の重さ。
守るという意味。
これから変わる、すべての日常。
喜びと同時に、背負うものの大きさが、確かにそこにあった。
*
診察室を出た瞬間、レオが顔を上げた。
二人の表情を見ただけで、何かを察したように立ち上がる。
「……どうだった」
アキは一拍おいて、微笑んだ。
「ね、レオ」
その声は、少し震えていた。
「赤ちゃん……二人だって」
一瞬の沈黙のあと、レオは息を呑み、そして小さく笑った。
「……そうか」
喜びが、胸に広がる。
同時に、胸の奥に残る複雑な感情も、確かにそこにあった。
それでも。
命は、選べない。
比べられない。
ただ、大切にするしかない。
三人は、言葉少なに並んで歩き出す。
病院の廊下を抜けるその背中に、
これから始まる現実の重さと、確かなぬくもりが重なっていた。
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