第十二話 初めての検診

待合室の空気は、やけに静かだった。


消毒の匂いと、規則正しく鳴る時計の音。

アキはソファに腰掛け、両手を膝の上で重ねていた。


少し不思議そうに「——次の方、どうぞ。付き添いはお一人まででお願いします」


看護師の声に、三人の時間が一瞬止まる。


レオは一歩前に出かけて、寸前で止まった。

蒼も同じだった。

二人とも何も言わない。けれど、胸の奥では同じ言葉が渦巻いている。


——俺が。

——自分が。


アキは少しだけ視線を泳がせて、それから迷いなく蒼のほうを見た。


「……蒼、一緒に来て」


理由は、きっと単純だった。

一番、落ち着くから。

説明しなくても、そばにいるだけで呼吸が整うから。


「はい」


蒼は短く答えて、静かに立ち上がった。

レオと一瞬だけ視線が交わる。


何も言わない。

けれど、選ばれなかったという事実は、レオの胸に小さく、確かに刺さった。


診察室のドアが閉まる音がして、レオはひとり待合室に残される。

椅子に深く腰を沈め、天井を見上げた。


(……わかってる)


安心を選んだだけだ。

それでも、胸の奥に残るこのざらつきは、どうしようもなかった。



診察室は、思ったよりも明るかった。


「では、横になってくださいね」


医師の穏やかな声に促され、アキはベッドに横になる。

蒼はカーテンのそばで、視線を外しながら静かに立っていた。


モニターに映し出された白黒の影。


「……はい、妊娠されていますね。週数は……十一週の後半くらいでしょう」


その一言で、アキの喉が小さく鳴った。


「それから……」


医師は少しだけ間を置いて、画面を指差す。


「こちらと、こちら。心拍が二つ確認できます」


蒼の呼吸が、わずかに止まった。


「双子ですね」


その言葉は、静かで、重くて、あたたかかった。


命が、ふたつ。

確かに、ここにある。


アキは目を見開いたまま、しばらく言葉を失っていた。

嬉しいはずなのに、胸がいっぱいで、うまく息ができない。


蒼は、そっと拳を握りしめた。


「……ありがとうございます」


それだけ言うのが、精一杯だった。


命の重さ。

守るという意味。

これから変わる、すべての日常。


喜びと同時に、背負うものの大きさが、確かにそこにあった。



診察室を出た瞬間、レオが顔を上げた。


二人の表情を見ただけで、何かを察したように立ち上がる。


「……どうだった」


アキは一拍おいて、微笑んだ。


「ね、レオ」


その声は、少し震えていた。


「赤ちゃん……二人だって」


一瞬の沈黙のあと、レオは息を呑み、そして小さく笑った。


「……そうか」


喜びが、胸に広がる。

同時に、胸の奥に残る複雑な感情も、確かにそこにあった。


それでも。


命は、選べない。

比べられない。

ただ、大切にするしかない。


三人は、言葉少なに並んで歩き出す。


病院の廊下を抜けるその背中に、

これから始まる現実の重さと、確かなぬくもりが重なっていた。

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