第十一話 言えなかった理由

夜だった。

灯りを落としたリビングで、アキはソファの端に座り、指先を絡めたまま俯いていた。

何度も口を開きかけては閉じる。その仕草だけで、ただ事ではないと分かる。


レオが先に空気を破った。


「……どうした?」


声はいつもより低い。

蒼は何も言わず、アキの正面ではなく、少し横に立った。追い詰めない距離。


アキは一度、息を吸って――それでも声が震えた。


「……たぶん、妊娠してる」


言葉が落ちた瞬間、部屋が静まり返る。

レオの目が大きく見開かれ、蒼は一拍遅れて、ゆっくりと息を吐いた。


「病院には……行ってない」


アキは続ける。

言葉を選びながら、でも止まらなくなってしまった。


「嬉しいはずなのに、怖くて。

どっちの子か分からなくて……もし、どちらかを傷つけたらって思うと、言えなかった」


声が詰まる。

目に溜まったものを堪えきれず、肩が小さく揺れた。


「一人で決めるつもりじゃなかった。でも……どう言えばいいか分からなくて」


レオが動いた。

勢いのまま近づきかけて、途中で止まる。強引に抱きしめるのは違うと分かっているから。


「……怖かったんだな」


それだけ言って、片膝をつく。視線を同じ高さに。


「言えなかったこと、責めない」


蒼が静かに続けた。


「黙って耐える必要は、ありません」


その声は低く、穏やかだった。

距離を保ったまま、逃げ道を塞がない。


「これは、一人で抱える話ではない。

不安になるのも、迷うのも……当然です」


アキの視線が、ゆっくり上がる。

二人の表情を確かめるように。


「……本当に?」


レオが、苦笑した。


「本当だよ。

喜びと、戸惑いが同時に来ただけだ」


蒼は頷く。


「順番は、関係ありません。

大切なのは、今ここにある事実です」


一拍置いて、少しだけ言葉を柔らげた。


「そして――一人ではない」


その一言で、アキの堪えていたものが崩れた。

小さく息を漏らし、顔を覆う。


レオがそっと背中に手を置く。

蒼は一歩近づき、肩にかけたブランケットを直した。


誰も急かさない。

答えも、結論も、まだいらない夜だった。


ただ、同じ場所にいる。

それだけで十分だと、三人とも分かっていた。

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