第九話 わからない、という不安

朝、目覚めたとき。

アキは、少しだけ違和感を覚えていた。


体が重い、とか。

気分が悪い、とか。

そういう分かりやすいものじゃない。


ただ、何かが、昨日までと違う。


「……気のせい、だよね」


洗面所で、ぼんやりと自分の顔を見る。

いつもと同じはずなのに、どこか遠い。


それでも、その違和感を無視するように、アキはいつもの日常に戻ろうとした。


でも――

数日後、その「気のせい」は、はっきりと形になる。


手にした検査薬を見つめながら、

アキは息を止めていた。


結果は、迷いようがなかった。


「……あ」


声にならない声が、喉で止まる。


嬉しい、の前に。

驚きと、戸惑いと、そして――怖さ。


真っ先に浮かんだのは、二人の顔だった。


(……どっち、なんだろう)


あの夜が、自然と脳裏によみがえる。


あの夜。

選ばなかった夜。

比べなかった夜。


蒼の静かな手の温度。

レオの迷いのない抱き寄せ方。


どちらも、確かに大切で。

どちらも、確かに“同じ夜”だった。


「……わからないよ」


思わず、つぶやいてしまう。


どちらの子なのか。

それとも――そんな考え自体が、間違っているのか。


でも、考えてしまう。


(もし、どちらかだって分かったら)

(もう一人は、傷つくよね……)


胸が、きゅっと締め付けられる。


蒼の、感情を抑えた優しさ。

レオの、まっすぐで強い独占欲。


どちらも、アキはよく知っている。


(……言えない)


この瞬間は、まだ。

誰にも。


アキは検査薬をそっと箱に戻し、深く息を吸った。


「……ちゃんと、考えなきゃ」


誰かを選ばないために。

誰かを傷つけないために。


でも同時に、

この小さな命を、ひとりで抱え込むことの怖さも、確かにそこにあった。


廊下の向こうから、二人の声が聞こえる。


何気ない会話。

いつもと変わらない朝。


アキはお腹に手を当て、静かに目を閉じた。


(……どうしよう)


答えはまだ、出ない。


けれど――

この日から、三人の時間は、確実に次の段階へ進み始めていた。

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