第二話 無意識の距離

 朝の光は、いつも少しだけ残酷だ。

 夜に守られていた距離感を、否応なく白日の下にさらしてしまうから。


 アキが目を覚ましたとき、最初に感じたのは温もりだった。


「……ん」


 背中に回された腕。

 呼吸のリズム。

 低く、落ち着いた体温。


(あ、蒼だ)


 半分眠ったまま、アキはそう理解する。

 昨夜は、確かレオと一緒に眠ったはずなのに。


 不思議に思うより先に、安心感が勝ってしまうのが自分でも可笑しい。

 蒼の腕の中は、深くて、静かで、落ち着く。


「……起きましたか、アキ様」


 すぐ耳元で声がした。


「うん……おはよう、蒼」


「おはようございます」


 蒼はいつもの調子で、少しだけ口元を緩めた。

 その表情に、どこか勝ち誇ったような色が混じっていることに、アキは気づかない。


 その頃——


 部屋の入り口に立っていたレオは、静かにその光景を見ていた。


(……なるほど)


 眉がわずかに動く。

 苛立ち、というよりは呆れに近い。


(昨夜は、俺の腕の中だったはずだろ)


 だが、アキは何も悪びれた様子がない。

 むしろ当然のように蒼に寄り添っている。


「……おはよう、アキ」


 声をかけると、アキはぱっと顔を上げた。


「あ、レオ。おはよう」


 何事もなかったかのように、にこりと笑う。


「……よく眠れた?」


「うん。すごく」


 その一言で、レオは確信した。


(無自覚だな、これは)


 蒼はレオをちらりと見て、肩をすくめる。


「アキ様、朝は冷えますから」


「そうだね」


 アキは何の疑いもなくそう返す。


 ——完全に、二人の間で静かな攻防が始まっていることに、本人だけが気づいていなかった。


 レオは小さく息を吐き、ベッドに近づく。


「アキ」


「なに?」


「……今日は、俺と朝食な」


「え?」


 蒼がすぐに口を挟む。


「昨夜は私が用意するとお伝えしたはずですが」


「聞いてない」


「聞いていないのではなく、聞き流したのでは?」


 二人の視線が、火花を散らす。


 アキはその間に立って、きょとんとした顔をした。


「……えっと。二人とも一緒じゃだめなの?」


 一瞬、沈黙。


 そして、同時に。


「……それは」


「……困りますね」


 言葉が被り、二人とも顔をしかめた。


 アキは小さく笑った。


「もう、朝から仲良しだね」


 ——違う。

 そう言いたげな二人の表情に、アキは最後まで気づかなかった。


 ただ、今日もいつも通り。

 そばにいる二人がいて、

 それだけで、心が落ち着く朝だった。

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