花は葉を愛し、葉は花を愛す。

湯川岳

第1話 ハッピーバースデー



雨が降ってきた。

オレは歩道橋の上で止まり傘を差す。雨の匂いはどんどん広がって行き、街の匂いを消した。

階段を降りていくと傘を差した見覚えのある人がいた。

オレの恋人、朝陽だった。


「朝陽!」


名前を呼べば優しい笑顔でオレを見上げてくる。手を振り、朝陽に駆け寄る。


「待った?」


「全然、俺も今来たとこだよ」


オレたちは広い歩道を横になって歩く。付き合って2年。

出会いはカフェでケーキを食べていた時だった。


「おいしいなぁ!」


男一人で入り、人目も憚らずケーキを食べていた。


「ねぇ、俺も一人なんだけど相席してもいい?」


「もちろん!」


そこでオレたちは意気投合し、友達になった。それから会う度にお互い好きになっていた。どんなに忙しくても週に1度は必ず会うことにしていた。

その甲斐あって今も喧嘩する事なく仲良く過ごしていた。


そして、今日はオレの誕生日。

同棲をしてみないか、と伝えてみるつもりだ。

ドキドキする気持ちを悟られないように拳を握る。

雨はしとしと地面を濡らし、夜の街並みはオレの高揚と同期するようにキラキラしていた。



朝陽の家に着くとオレは雨で濡れた傘を畳む。


「暖、こっち向いて」


どきり、とした。少し低めで色気がある声。きっと、キスされるのだろう。オレはドキドキして顔をあげた。

壁に手を付いた朝陽がオレの唇にキスを落とす。それも徐々に深く。


「んっ……」


唇が離される。朝陽は笑っていた。


「名前呼ばれてから、ずっとしたかった」


朝陽はかっこいい。黒髪で襟足が長く、耳には一つずつピアスがつけられている。細いのに引き締まった体。

部屋に入って朝陽の姿見で自分の姿を見る。

オレと正反対だ。

大学生になったから髪はブラウンに染めて、顔はぱっとしない。ただ、体は鍛えているため服で見えていないが引き締まってはいる。


「どうした、鏡なんて見て」


「いや、朝陽はかっこいいのにオレはぱっとしないなって」


「暖は可愛いよ」


頬にキスされる。


「オレはかっこよくなりたい」


朝陽がオレの服を捲る。鏡に引き締まったオレの腹部が映った。


「大丈夫、服の下はかっこいいよ。俺だけが知っていればいいんだよ」


「はいはい、そうですか」


「あと、ここが弱いことも」


腰を指でなぞられる。ぞくぞくしてしまう。そして脇腹を擽られた。


「わっはははっ!!やめろって!!あはははっ!」


「笑え笑え、ほらほら」


「あはははっ!」


オレは倒れ込んだ。笑い疲れて息をつけば朝陽が立たせてくれる。


「笑え、今日は暖の20歳の誕生日なんだから」


「……ありがとう」


今日は誕生日。

暖に大事なこと伝える日だ。

同棲のこと、そしてオレが直面すること。

それはオレが死んでしまうかもしれない、ということ。


「まーた、笑顔消えてるぞ。せっかく笑わせたのに」


「あ、ごめん。考え事してて」


時刻は23時45分。

オレの誕生日はあと15分でくる。


「ちょっと早いけどケーキ出しちゃおうか」


「うん、もう食べたい」


「だめだ。ちゃんと誕生日になってから食べるんだよ」


「えー」


テーブルの上に苺が沢山乗ったタルトが置かれる。乗っているチョコプレートには《暖 お誕生日おめでとう》と書かれていた。


「めっちゃうまそう!」


「まだ、食べるなよー」


「わかってるって」


窓ガラスに雨が当たる音がする。外を見てみると風も吹いて来ていた。


「明日は晴れるかなー?」


朝から大学の授業がある。雨だったら行くのが億劫になってしまう。


「さぁなー」


台所の方から朝陽の声が聞こえた。

オレはカーテンを閉め、朝陽の様子を見に行く。


「何してんの?」


「んー、飲み物とかさ」


「わー!シャンパンじゃん」


朝陽はニヤリと笑う。

カチ、カチ、と近くにあった時計の針の音が聞こえた。

時刻は23時50分と55分の間を指していた。


「ほら、オレの誕生日になっちゃうって早く早く」


「わかったって」


朝陽の腕を掴み、テーブルの前に座る。横に朝陽の温かい体温を求めて近くに寄ってみると頭上から笑い声が聞こえた。


「オレ、またこうやって朝陽と誕生日祝えて嬉しいよ」


「俺もだよ。毎年やろう」


オレは嬉しかった。ずっと一緒にいたい、そう思った。


「うん。やろう」


「あ、ほらもう少しだ」


時計の針は23時59分を指していた。秒針が11を指している。


カチ、カチ、カチ、カチ、カチと鳴る音が部屋に静かに響く。


「お誕生日おめでとう」


「ありがとう、朝陽」


時計の針は00時00分。

オレたちはキスをした。


じわっ、と背中が熱くなった。


「いった……」


「どうした?」


オレは朝陽から離れる。肩甲骨の間がじわじわ、と痛くなる。

服を脱いで、姿見に背中を映す。白い椿が描かれていた。


ああ、始まったのか。


「お前、それ……」


「え……?」


ゆらり、と立ち上がった朝陽がオレの方に向かって歩いて来た。

顔から感情がなくなっていた。初めて見る、その顔にオレは恐怖を覚えた。

ゆっくりと後ろに下がっていく。しかし、朝陽の手がオレの腕を痛いくらい掴む。


「お前、花吹か?」


「なんで、それをーー」


その瞬間、オレは床にいた。


「いった、何すんだよ!」


「まさかお前、花吹とはな……」


朝陽が自分の服を捲り上げる。脇腹に描かれていたのは椿の葉が描かれていた。


「朝陽、お前……葉山だった、のか」


自然と体が臨戦態勢になる。向かって来たのは朝陽からだった。首を捕まれ、テーブルの上に倒される。苺のタルトが落ちた。シャンパンはカーペットの上に転がって中身が零れていた。


「ちっ……今日は見逃してやる、帰れ」


「待てよ、朝陽。オレは嫌だよ、こんな……」


「これは宿命だろ。早く行け」


「……っ」


オレは服を着て、玄関で振り返って朝陽を見た。

背を向けた朝陽は俯いていた。

ドアノブに手をかける。


「オレたちもう終わりなのか?」


最後に聞いてみた。


「……ああ」


冷たい朝陽の声が返って来た。オレは唇を噛み締めて扉を開けた。

外は真っ暗だった。

ただ、雨音と風がオレを濡らしていく。

あんなにキラキラしていた街は、どこか霞んで見えていた。


傘を差しているのにオレの顔は服は濡れていた。


「はっぴばーすでー、とゅーゆー……」


オレは口ずさみながらもう来ることがないだろう歩道橋の階段を上がって行った。

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