第3話 書庫の掃除

 このクリストファー青年が所属している王宮魔術師団の勤務場所は、王宮内にあるらしい。ようは魔術師のエリート集団で、騎士団と共に王都や王宮の防衛の役割を担っているということだ。多くが王立魔術学院を卒業した貴族の子弟だ。


「若君、私めも……どうか、どうかお連れください! 王宮内に若君の溢れんばかりの才能と美貌に嫉妬した不貞の輩が、潜んでいるやもしれないのです。このアンドリュー=ワトキンスが一命を賭してお守りいたしますからっ!!」

 朝からむせび泣いていたアンドリュー=ワトキンスを置き去りにして出かけてきたまではいいけれど。僕は市街地を抜ける馬車の中で、額を指で押さえる。

(王宮魔術師団って何すればいいのか、全然思い出せん……)

 クリストファー青年が王宮に出仕するのは、週に二、三日というところらしい。王宮内で魔導書を読んだり、魔術の研究や訓練を行ったり、式典の準備をしたりしていたようだが、その記憶はぼんやりとしている。あまり熱心に勤務していたわけではないようだ。

 現代人の僕からすれば、かなり緩いホワイトな職場と言っていい。「まあ、行ってみればなんとかなるか……」と、窓の外を眺めて楽観的に呟いた。


 白地に青の刺繍が入っているローブが、王宮魔術師団の制服だ。下には詰め襟の上着とズボン。どちらもローブと同じように白地で、青の刺繍とボタンがついている。その制服は、王宮内でも目立つらしく、僕が廊下を歩いているだけで、すれ違う人たちが振り返る。

(なんで、注目されてるんだ……?)

 どこか間違っていたり、おかしかったりするのだろうかと、若干緊張して歩調が速くなる。

 

「ルーベルト副団長。魔術師団副団長!!

 後ろから近付いてくる声に気付いて足を止めると、栗色の髪の青年が息を切らして走ってくる。僕が着ているものと同じ、白地に青の刺繍が入った制服を着ていた。ということは同僚か?

 僕は、その名前を記憶から掘り起こす。オリバー・クロウ……だっけ?

 あまり印象に残っていない青年だ。というよりも、気になることがある。

「えっ、副団長って僕のこと?」

 驚いて尋ねると、「えっ、は、はい……」とオリバー青年が困惑した顔で頷いた。

 僕は「マジか……」と額を押さえて呟く。まさか、役職付きだったとは。


「あの……大丈夫ですか?」

「ああ、ちょっと頭痛がしただけだから……それより、えっと何か用?」

「あっ、そうでした……アレキサンダー団長がお呼びです。至急団長室に来るようにと」

「団長室……」

 って、どこだ!?

 廊下と部屋のイメージは浮かんでくるものの、ルートがはっきり思い出せない。王宮はかなり広いため、闇雲に歩いては迷いそうだ。

「はい……では、お伝えしたので、僕は戻ります」

「ちょ、ちょっと待った!」

 僕は焦って、オリバー青年の肩をつかむ。彼はビクッとすると、強ばった表情で振り向いた。

「なんでしょう?」 

 怯えたように尋ねる彼に、僕はニコッと微笑む。

「悪いんだけど、案内してもらってもいい?」

「は?」

 

 怪訝な顔を見せたものの、オリバー青年は僕を団長室まで案内してくれる。扉の前で咳払いしてからノックすると、「入れ」と返事があった。心配そうに見守るオリバー青年を廊下に残して、中に入る。


 その途端、もわっとしたホコリっぽい匂いが鼻につく。室内は薄暗く、ソファーには脱ぎ散らかした服が散乱していた。大きな書斎机の上は、書類や本が山と積まれていている。テーブルの上には食べかけのパンが残された皿や、いくつものカップが並んでいた。


(うわぁ……)

 なんとも言えない不快感が込み上げてきて、眉間に皺が寄る。窓を全開にするか、一刻も早くこの部屋から立ち去りたい。

「こっちだ、こっち」

 書類の山の向こうから顔を覗かせた髭の男が、手招きしていた。

「失礼します」

 机に歩み寄ると、靴の先に何かが当たる。見れば、空の酒瓶だ。ソファーの下や机の下に何本か転がっていた。


 このおっさん、勤務中に飲酒していたのか? 眉根を寄せていると、「クリス。もういいのか?」と声をかけられた。

 クリス――とはまた随分と親しげな呼び方だ。

「ええ、まあ……」

「そうか。お前がオーズリースの森の沼にはまったと聞いた時には驚いたがな」

「は? 沼に……はまったんですか?」

 そんな記憶はないけれど。

「ああ、そうだ。調査中に底なしの沼にはまったんだよ。覚えてねぇーのか?」


 確かに、記憶を辿ってみれば、森の調査中に乗っていた馬が泥にはまり、そのままズブズブと沈んでいく姿が浮かんでくる。慌てて手綱を引いたが間に合わず、飛び降りたけれど泥に脚をとられて抜け出せなくなったのだ。


「ああ、えっと、思い出したくない記憶だったので……」

「まあ、そうだろうな。引き上げられた時には泥まみれで気を失ってたんだ。運が良かったぞ、お前」

「ご心配をおかけして申し訳ありません……団長」

「今日のところはあまり無理せず、やってくれ」

「あの……実のところ、沼にはまってから、色々記憶が曖昧なのです」

「記憶が曖昧?」

 顔を上げた団長に、「はい」と頷いてみせる。そういうことにしておいたほうが、不審がられないだろう。

「なので……今までの仕事の記憶も抜けてしまっておりまして。もし、早急にやらねばならないことがあるのでしたら、指示していただけないかと」

「沼の吸血ワームに寄生されて頭をやられたのか?」

 嫌なこと言わないで。お願いだから!

 ってか、沼って吸血ワームがいるのか。怖ろしいな。二度と近付かないでおこう。


「今は特に何もねぇな。好きに過ごせばいいんじゃねーか? 早退してもいいぞ」

「は、はぁ……」

「まあ、暇なら書庫の整理でもしておいてくれや。俺はこれから会議だからな」

 それで話は終わりなのだろう。ヒラヒラと手を振る団長に頭を下げて、ホコリっぽい部屋を後にする。


「書庫の整理か……それならできそうだ」

 廊下を歩きながら呟く。

 団長室と並んで魔術師団の仕事部屋があり、書庫はその奥にあるようだ。その辺りの記憶は一応はある。扉を開くと、ここもホコリっぽい匂いがして思わず袖で鼻を覆った。空気を吸い込んだだけで咽せそうだ。


 中は古い書棚が並んでいて、本が雑に突っ込まれていた。奥の方は入りきらなかった本が箱に積んである。棚の上の方にも古い書類の束が括った状態で押し込まれていた。


「何年、掃除してないんだ!? ここ……」

 中に入っただけで、ブワッとホコリが立つ。カビの臭いもひどく、カーテンは薄汚れていてシミだらけだ。


 とりあえず、換気!

 僕は息を止めて窓に駆け寄り、カーテンを勢いよく開いて窓を開放した。新鮮な空気が流れ込んできて、光が差し込む。舞い散ったホコリがキラキラと光っていた。


 深呼吸してから、「さて、どこから始めるか」とローブと上着を脱いでシャツだけとなり、袖をまくる。掃除道具を探してくるところから始める必要があるだろう。


 魔術師団の仕事部屋に行くと、ひどく顔色の悪い、頬のこけたメガネの男がいた。魔術師団の会計係である、スチュワート・コックスとう名前の男だ。会計書類を書いていた彼に掃除道具の場所を訪ねると、ひどく驚いた顔をされた。


「書庫の掃除ですか?」

「ああ。他にすることもないし……手持ち無沙汰なんだ」

「そうですか。私が取ってきましょう。ですが……その書庫は長く掃除してなかったので、ひどく汚れておりますよ」

「そのようだね。だから、掃除するんだよ。あっ、ハタキとかもあるかな?」

「捜してまいりましょう」

 ペン立てにペンを戻すと、スチュワートは席を立つ。しばらくすると、箒やハタキといった掃除道具一式の入った桶を提げて戻ってきた。


「こちらでよろしいでしょうか?」

「ああ、十分だ。ありがとう」

 僕はお礼を言って、書庫に戻る。


 ホコリを吸い込まないようにマスク代わりにハンカチで口許を覆う。こうなれば、徹底的にやってしまおう。


 僕は棚に収まっていた本を引っ張り出して、空いたスペースに積み上げていく。本の埃を払い落として、棚を雑巾で拭いていると、ガチャッと扉の開く音がした。踏み台に腰を掛けて作業をしていた僕が振り返ると、覗いているのはオリバー青年だ。

 目が遭うとびっくりしたような顔をして、部屋にい入ってきた。

「副団長が書庫の掃除を始めたときいて……その、お手伝いできることがないかと思ったんですが」

「ああ、うん。暇だったからね。僕一人でも大丈夫だけど……手伝ってくれるならありがたい」

「それじゃあ、お手伝いします!」

「汚れるからローブと上着を脱いできた方がいいよ。すごいホコリだし……」

「はいっ!!」

 

 ローブと上着を脱いだオリバー青年は、僕が棚から取り出した本を運んでくれる。本といっても、立派な表紙の分厚い本ばかりだから重いだろう。

「どうして、急に掃除を?」

「他にすることもないし。掃除は得意だから」

「あっ、そうですね……副団長はとても綺麗好きな方と伺っています」

「まあ、綺麗になるとすっきりするだろ? それに、整頓しておけば捜す手間も省けるし。ここの本って、魔術書ばかりなんだな」

 魔術師団の書庫なのだから、魔術書や魔導書があるのは当然のことではある。

 表紙がすり切れたような本や、バラバラになりそうなほど古い本、虫食いの穴のあるものもあった。


 魔法陣がいくつも紹介されている。興味を引かれてページをめくってみると、『ネズミを駆除する魔法』が紹介されていた。民間で使われている便利な生活密着魔法といっただろうか。おまじないとそう変わらないようなものだけれど、これはなかなか勉強になる。


「そうですね。魔術師団ですから」

「ここってさ。魔術の研究をやってるの?」

 僕が尋ねると、オリバー青年は首を傾げる。

「魔術研究は主に王立魔術学院で行われています。魔術師団はえっと……魔術を使用した犯罪などを取り締まったり、検証したり、調査を行ったりもしますが……一番の任務は王都と王宮の防衛ですね」

「それって、騎士団の役割じゃないの?」

 王都や王宮の防衛は中央騎士団が、王族の護衛は近衛騎士団が担っている。

 さらに、各領地の防衛はその領主が率いる騎士団が担っており、国境付近の防衛は東西南北に分かれた辺境騎士団が行っている。

 

「もちろん、騎士団と協力することもありますが……大きな事件や有事の際のみです。騎士団は僕ら魔術師団と協力するのをあまり好まないみたいなので……滅多に要請がくることはありません」

 オリバーは言葉を濁していたけれど、ようするに騎士団は魔術師団のことを見下していて、出しゃばるといい顔をされないということなのだろう。


 魔術が関与していることならば、一応報告してくる程度の関わりしかないようだ。

「なるほど……よくわかったよ」

 僕としても、面倒事は避けたい。騎士団の連中には関わらないのが一番だろう。

 

「ホコリを除去する便利な魔法……とかないものかな?」

 僕はふむと顎に手をやって、民間伝承魔法の載っているその本をめくる。類似の魔法は載っていた。風でホコリやゴミを吹き飛ばす魔法だ。


「風の精霊の加護がないと難しいのか……」

 水の精霊の加護しかない僕には使えないということだ。ひょこっと後ろから覗いたオリバー青年が、「あっ、僕なら風魔法、使えますよ」と言う。

「えっ、本当? それじゃあ、ちょっと使ってみてくれよ」

「でも……初めてですし、失敗するかもしれませんよ?」

 オリバー青年に本を渡すと、彼は魔法陣の描かれているページに目を通していた。

「大丈夫、大丈夫。民間伝承魔法なんだから。攻撃魔法みたいに危なくはないはずさ」

「そうですね。じゃあ、ちょっとだけ……」

「うん。無理はしなくていいからね」

 僕は彼から本を受け取って立ち上がり、二歩ほど後ろに下がって見ていることにした。少しだけワクワクする。


 オリバー青年は両手を前に出すと、本に書かれていた短い詠唱を唱える。その途端、ふわっと風が起こる。僕がおおっと感動の声をあげた瞬間、突風が巻き起こった。

「うわっ!」

 声を上げて尻餅をついたのはオリバー青年だ。

 暴れる風が本を吹き飛ばし、雑巾が飛んでいく。カーテンが引きちぎれそうなほど激しく煽られていた。倒れそうになる棚を、僕は慌てて両手で押さえた。


 風がようやく静まったところで片目を開けると、宙に浮いていた本がバサバサと床に落ちる。僕もオリバー青年もあ然として顔を見合わせた。

「ケホッ。今の魔法……ホコリどころか、僕らまで飛ばされそうでしたよ」

 オリバー青年は顔をしかめ、乱れた髪を直していた。埃を被ったせいで服も汚れている。

「ああ、うん……ちょっと掃除には使うには威力が大きすぎたかな?」

「びっくりしました。この本の魔法は慎重に試してみないとダメですね」

 落ちていた本を拾い上げ、彼は溜息を吐く。

「民間伝承魔法だからね。まあでも……少しはホコリの臭いが消えたかな?」

「片づけがいっそう大変になったじゃないですか」

「さあ、もうひと頑張りしよう。君は床に落ちた本を片づけてくれる?」

「はい」


 僕らは分担して本棚を掃除していく。壁にかけられていた絵の埃をハタキで払い落とし、汚れたカーテンも取り外した。

「このカーテン、どうするんです?」

「それは、洗って乾かすよ。今日は晴れてるから、夕方までには乾くだろ?」

 

 本棚の片付けを途中でやめて、オリバー青年に手伝ってもらいながらカーテンを書庫から運び出す。向かったのは宮殿の外だ。


 桶を用意して裏庭に向かう。日が差していて暖かく、空気も乾いている。いい洗濯日和だろう。桶を下ろすと、僕は両手をかざしてホースから水が出る所をイメージする。


 ジャバジャバと桶に溢れる水を見て、オリバー青年は目を丸くしていた。

「わっ、すごいですね……さすが副団長です!」

「いや、水を出したくらいで褒められてもね……と、あとは洗剤だな」 

 カーテンの生地や汚れを確認して、最適な洗剤を頭に思い浮かべる。いつも家で使っていた洗濯洗剤だ。桶の中の水が一瞬強く光り、泡が立つ。香りまで馴染みのものだ。

「これ……いったいっ!」

「洗剤を入れただけだってば。さて、洗ってしまおう。そっちの桶のカーテン、お願いできる?」

 僕はもう一つの桶にも水と洗剤を注ぎ入れて、オリバー青年に頼む。

「は、はい」 

 桶の前に並んでしゃがみ、ジャバジャバとカーテンを洗っていく。すぐに水が茶色く濁っていた。


「うーん……洗濯機みたいに水流が作れれば早いんだけど」

 水が回転するイメージを浮かべると、泡の浮かんだ桶の水がゆっくりと動き始めた。

「おおっ、できた……これは便利かも!」

「はっ、えっ! それ……どうやってやるんですか!? 副団長……詠唱もしてなかったですよね!?」

 オリバー君は目を見開いて、驚いたように訊いてくる。彼も魔術師だけあり、魔術のことには興味があるのだろう。


「どうって……頭の中で水の動きをイメージしてみただけ?」

 洗濯機を知っているからそう難しくはなかった。ただ、オリバー青年は水の精霊の加護がないため、水は動かせない。変わりに詠唱を唱えて手の周りに風を生み出すと、それを回転させようと試してみていた。けれど、思ったよりも難しかったらしく、疲れたように肩を落とす。


「こんな繊細で力加減が難しい魔力操作は僕には無理ですよ……」

「そうかな? まあ、練習すればできるさ」

 僕は彼を慰めて、二つ分の桶の水を洗濯機のようにグルグルと回転させる。途中で一度汚れた水を捨てて、さらに水を注ぎ入れ濯ぎを行う。水魔法って便利だな。ついでに僕がいた世界の洗濯機にも感謝だ。文明の利器と科学の力万歳。

 その間、特に僕らはやることもなくて、ぼんやりと眺めていた。


「あの、副団長。この泡、どうやって生み出したんです?」

「え? ああ……えーと……頭で思い浮かべる?」

「それだけですか!?」

「うん」

「この泡の正体って……なんなんです?」

「中性洗剤?」

「ちゅうせい……洗剤?」

 よくわからなかったようで、オリバー青年は首を捻っていた。

「よく汚れが落ちる石けんみたいなものだよ」

 固形石けんはこの世界でも使用されているようで、屋敷にもあった。


「どうして、それを生み出せるんだ??」

 オリバー青年は自分の手をしげしげと見ながら呟いている。僕にも原理はよくわからないし、水以外にもイメージできる液体を生み出せるということを知ったのはつい先日だ。


 オリバー青年はもっと聞きたそうに、僕の顔をジッと見ているが説明しようがないので困る。できるからできるとしか答えようがないのだ。


「あっ、ほら。そろそろ綺麗になったみたいだよ?」

 僕は慌てて話をごまかした。桶の水を捨てて、ギュッと絞る。

「あとは、君の風魔法で乾かせば早く乾くと思うんだよね」

「あっ、そうですね。やってみます!!」

 僕が広げたカーテンに向かって、オリバー青年は手を向ける。彼が短い詠唱を唱えると、風が吹き出した。なんというか――ヘアドライヤーで風を送っているような感じだ。ただし、熱風ではなく冷たい風である。


「あのさ。オリバー君」

「はいっ、なんでしょう!?」

 額に汗を滲ませ、少し苦しそうな声で彼が答える。それだけの魔法でもかなりの魔力を消費するのだろう。風魔法って大変なんだな。


 それとも、彼の魔力量の問題だろうか。そんな彼にこれ以上、難しい注文をつけるのは心苦しいけれど。今のままでは、乾くのに時間がかかりそうだ。

「風に熱を込めることってできる?」

「熱……ですか!?」

 驚いた拍子に彼の手から生み出されていた風も止まってしまった。ハーハーと息を吐きながら、額の汗を拭っている。


「そう。熱風をイメージするというか、夏の日の風くらいの暖かさを思い浮かべてみてほしいんだ」

「夏の日の風……」

 オリバー青年は目を閉じると、もう一度手を前に向ける。そして最初と同じように詠唱を唱えた。

「おおっ、温風になってる!」

 僕が褒めると彼が嬉しそうの笑みを浮かべる。「こうですね!」

 フワフワと髪が靡く程度の強さの風だが、確かに温度調整は心なしかできている。ただ、相当難しくて気力も魔力も消耗するらしく、ペタンと座り込んでしまった。

 

「すみません……これ以上は無理みたいです……」

「いやいや、十分だよ。ちょっと乾いたしね。あとは……窓縁にでも干しておこうか」

 これ以上、彼に無理を強いるわけにはいかない。彼は「すみません……」と、頭を垂れていた。


 温度変化ってそんなに難しかったのか。カーテンを抱えて戻りながら、僕は自分の手を見る。水の温度変化は簡単にできたんだけどな――。


 この時の僕は、そのことをあまり深く考えなかったのだ。

 

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転生令息の王都美化計画は進まない。 春森千依 @harumori_chie

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