第3話 偽りの王と、肉の触手
翌日、治安維持局の白い廊下を歩くイグナーツの足取りは、鉛のように重かった。
昨夜、あの薄汚い倉庫で得た全能感は、朝日と共に蒸発していた。残ったのは、睡眠不足の倦怠感と、肌にこびりついた背徳の記憶だけだ。
「――どけ、
角を曲がろうとした時、低い唸り声と共に、巨大な影に突き飛ばされた。
よろめいたイグナーツの前を、拘束具をつけたアルファが通り過ぎる。再教育センターへ移送される途中なのだろう。
囚われの身であるはずのそのアルファは、見張り役のイグナーツを一瞥もしなかった。ただ、その圧倒的な筋肉の質量と、鼻を突く獣のフェロモンだけで、イグナーツを道の端へと追いやったのだ。
(……僕は、中隊長だぞ。貴様らを管理する側の人間だ!)
イグナーツは心の中で叫んだが、声は出なかった。
身体が、本能が、委縮していた。
昨夜、あれほど誇示した理性など、本物の獣の前では紙細工のように脆い。彼の股間のモノは恐怖で縮み上がり、アルファベータ特有の消毒液のような匂いが、冷や汗と共に滲み出る。
みじめだ。
僕は所詮、アルファの劣化コピー。どれだけ制服を着飾っても、遺伝子レベルで彼らに勝てない。
その事実に打ちのめされたイグナーツの脳裏に、あの女の顔が浮かんだ。
ルカ。彼女だけは、僕を「強い」と言った。僕を受け入れ、僕の形に適合した。
イグナーツは早退の申請を出した。
仕事などどうでもいい。早く、あの鏡の前に行って、自分が王であることを確認しなければ。心が壊れてしまう。
◇
倉庫の扉を乱暴に開けると、ルカは昨日と同じ姿勢でパイプ椅子に座っていた。
手錠は外れていないはずだが、彼女はまるで玉座でくつろぐ女王のように見えた。
「……遅かったのね、イグナーツ」
「黙れ! 僕を待っていたと、そう言え!」
イグナーツは苛立ちをぶつけるように叫び、彼女に歩み寄った。
昼間の屈辱を上書きしたい。早く、彼女の中に挿れて、自分が支配者だと錯覚したい。
彼は震える手でルカの足を開かせようとした。
だが、ルカの足は、岩のように動かなかった。
「……何をしている。開け」
「可哀想なイグナーツ」
ルカの声が、温度を変えた。
昨日の甘く従順な響きではない。もっと低く、腹の底に響くような、捕食者の慈悲を含んだ声。
「外で、怖い獣にでも会った? 一生懸命背伸びをして、吠えて……でも、本当は怖くて仕方なかったんでしょう?」
心臓を鷲掴みにされたような衝撃。
イグナーツは後ずさった。なぜ、分かる? この女はここから一歩も出ていないはずなのに。
「違う! 僕は……!」
「無理しなくていいのよ。貴方は王様なんかじゃない。……貴方は、首輪をつけられたがっている、可愛い子犬だもの」
ルカが微笑むと同時に、彼女の身体から放たれる気配が劇的に変貌した。
甘い女の香りが消え失せる。
代わりに満ちたのは、イグナーツが最も恐れ、そして最も憧れる――圧倒的な「雄」の威圧感だった。
それは彼女自身のフェロモンではない。イグナーツの深層心理にある理想のアルファ像を、彼女の肉体が鏡となって反射し、増幅した幻影だ。
その時、イグナーツは信じられないものを目にした。
ルカの股間、女の秘部があったはずの場所から、何かがせり出してきたのだ。
それは人間の陰茎のような形をしていたが、生き物のように脈打ち、しなやかに鎌首をもたげていた。彼女の万能性器が、攻めモードへと転換した姿だった。
「ひっ……!」
イグナーツは尻餅をついた。
その異形のペニスは、彼自身のモノより遥かに大きく、凶悪で、そして美しかった。
先端が濡れそぼり、獲物を求めて蠢いている。
「ねえ、イグナーツ。入れる側は疲れたでしょう?」
手錠など意味をなさなかった。ルカは身体をくねらせると、拘束されたままパイプ椅子ごと前へ体重をかけ、床にへたり込んだイグナーツを見下ろした。
「私が代わってあげる。貴方はもう、何も考えなくていい。……ただ、メスになればいいの」
その言葉は、呪いであり、福音だった。
逃げなければ。そう思う理性の片隅で、イグナーツの身体は熱く火照っていた。
昼間、アルファに突き飛ばされた時に感じた惨めさが、奇妙な期待感へと変わっていく。
(僕は、犯されるのか? この、圧倒的な暴力に?)
ルカの触手めいた逸物が、イグナーツの制服のズボンをこじ開け、下着の隙間へと潜り込んだ。
ぬめるような感触が、彼の未開の蕾に触れる。
「あ、ぐっ……やめ……!」
「嘘つき。ここ、ヒクヒクしてるわよ。……消毒液の匂いが消えて、メスの匂いがしてる」
準備もしていない乾いた狭間に、ルカの楔が強引にねじ込まれる。
裂けるような痛み。だが、それ以上に脳髄を焼くような強烈な快楽物質が溢れ出した。
痛い。苦しい。大きい。
イグナーツの小さなプライドを、理性を、男としての尊厳を、物理的な質量が蹂躙していく。
「あ、ガ、あああああっ!」
イグナーツは背中を反らし、白目を剥いた。
彼の身体の奥底、前立腺の急所を、ルカのモノは正確に捉え、抉るように突き上げた。
彼がオメガに行っていたような、小賢しいピストンではない。重く、深く、逃げ場のない一撃。
「そう、いい声。……貴方には、こっちの方がお似合いよ」
ルカは恍惚とした表情で、イグナーツを貪り始めた。
それはレイプだった。だが、イグナーツの手は抵抗するどころか、無意識にルカの腰にしがみついていた。
求めていたのだ。
誰かに完全に支配され、男であらねばならないという重圧から解放される瞬間を。
薄暗い倉庫に、野獣のような喘ぎ声と、水音が響く。
それはイグナーツが理性という名の皮を脱ぎ捨て、ただの肉塊へと堕ちていく音だった。
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