第2話 ガラスの檻と適合する肉

「重要参考人として、局へ連行する。尋問が必要だ」


 それは明白な嘘だった。局へ連れて行けば、彼女は即座に廃棄処分になる。

 彼が連れて行こうとしているのは、局ではなく、彼が私的に利用している非合法な隠れ家セーフハウスだった。


「ふふ。……優しくしてね、お役人様」


 女は抵抗せず、差し出された手錠に自ら細い手首をくぐらせた。

 イグナーツは彼女を捕らえたつもりでいた。

 だが、その手首に触れた瞬間、彼女の体温が指先から流れ込み、逆に自分の心臓に首輪をかけられたような錯覚を覚えた。


 暗い地下水路の中、イグナーツは得体の知れない「鏡」を拾った。

 それが自分の理性を粉々に砕くものだとは気づかないまま、彼は白い地上へと女を連れ出した。  


 ◇


 都市の管理区域外、廃棄された資材倉庫。

 埃っぽい空気が澱むその場所が、イグナーツの城だった。

 彼は女をパイプ椅子に座らせると、手首の手錠を背もたれのフレームに固定した。冷たい金属音が、静寂を強調する。


「ここは監視カメラも届かない。叫んでも無駄だ」


 イグナーツは努めて冷静な口調で言い、白い手袋を外した。

 尋問。そう、これは尋問だ。彼女が何者で、なぜフェロモンを持たないのか、その身体構造を解明するための。

 だが、彼の指先は微かに震えていた。目の前の女が放つ、無防備で、それでいて底知れない気配に当てられていた。


「叫ばないわ。……だって、貴方は私を痛めつけたいわけじゃないでしょう?」


 女は薄暗い倉庫の中でも、まるで夜会にいるかのように微笑んでいた。

 拘束され、見下ろされているというのに、彼女の瞳には恐怖の色がない。むしろ、駄々をこねる子供をあやすような慈愛さえ感じる。それがイグナーツを苛立たせた。


「黙れ。僕は……検査をするだけだ」


 イグナーツは彼女の服に手をかけ、強引に引き裂いた。

 露わになった肌は、地下生活者とは思えないほど白く、滑らかだった。

 そして、匂い。

 先ほどまでは無臭だった彼女から、甘く、湿度のある香りが立ち上る。それはイグナーツが密かに愛用している、高級な整髪料の香りに似ていた。彼の好みを、肉体が勝手に模倣しているのだ。


「……ふん、オメガ崩れか。安っぽい媚び方だ」


 悪態をつきながら、イグナーツは自身のズボンを寛げた。

 勃ち上がった自身の分身を見る。小指よりはマシだが、決して誇れるサイズではない。アルファのそれを見慣れている彼にとって、それは常に劣等感の塊だった。

 彼は、部屋の照明をつけなかった。薄暗闇だけが、彼のプライドを守る盾だった。


「よく見ろ。これが理性の形だ。獣のように肥大化した醜い肉棒とは違う」


 イグナーツは自分に言い聞かせるように呟き、女の足を開かせた。彼女の秘部は、花弁のように閉じていた。濡れているのかどうかもわからない。

 拒絶されるかもしれない。入らないかもしれない。そんな不安が頭をよぎる。だが、女は小さく息を吐き、腰を浮かせて彼を招き入れた。


「ええ、見せて。貴方の……綺麗な理性を」


 その言葉が合図だった。

 イグナーツは衝動のままに腰を打ち付けた。

 

 ぬるり、と異様な感触があった。

 抵抗がない。かといって、緩いわけでもない。

 女の内部は、まるで生き物のようにうごめき、イグナーツの侵入に合わせて形を変えた。

 彼の細い楔を、熱い粘膜が隙間なく包み込む。先端のわずかな膨らみさえも感知し、吸い付くように締め付けてくる。


「っ……!?」


 イグナーツは目を見開いた。

 かつて抱いたどのオメガとも違う。サイズが合わない虚しさも、ゴム越しのような隔絶感もない。

 まるで、自分のモノが巨大化し、彼女の胎内を隅々まで満たしているかのような錯覚。全能感。


「すごい……。貴方、すごく大きいのね……」


 女が耳元で囁く。嘘だ。物理的にあり得ない。

 だが、その肉の締め付けは、彼女の言葉が真実であるかのようにイグナーツの脳を騙した。

 彼女の万能性器は、イグナーツの貧弱な亀頭球に合わせて完全に型を作っていたのだ。


「あ、ああッ……! そうだ、僕が……僕が満たしてやっているんだ!」


 イグナーツの理性が弾け飛んだ。

 彼は獣のように腰を振った。いや、振らされた。

 小刻みなピストン。浅ましいほどの早さ。

 アルファなら一突きで終わるような行為を、彼は必死に回数で埋めようとする。

 女はそれに合わせて喘ぎ、背中を仰け反らせる。彼女の反応の全てが、イグナーツの乾いた自尊心に水を注いでいく。


 数十秒もしないうちに、限界が来た。

 イグナーツは短く唸り、彼女の奥に少量の白濁を吐き出した。情けないほどあっけない絶頂。


 肩で息をするイグナーツ。賢者タイムの冷ややかな静寂が降りるはずだった。

 だが、彼の肉体はまだ萎えていなかった。アルファベータ特有の、異常な回復力。数分もすれば、また使えるようになる。

 彼はまだ終われない。終わらせたくない。この全能感をもっと味わっていたい。


「まだだ……まだ足りないだろう?」


 イグナーツは汗ばんだ髪をかき上げ、再び硬さを取り戻し始めた自身を誇示するように言った。

 女は虚ろな瞳で彼を見上げ、妖艶に唇を舐めた。


「ええ。もっと教えて。貴方の正義を、身体で」


 それは完璧な受けの反応だった。

 だが、イグナーツは気づいていない。

 彼が女を犯しているのではない。彼女という鏡が、彼自身さえ知らなかった「支配されたいという欲望」を反射し、彼を快楽の檻に閉じ込めているだけなのだと。


 倉庫の闇の中、イグナーツの荒い息遣いと、女の甘い囁きだけが響き続ける。

 それは、誇り高き理性官が、底なしの沼へと足を踏み入れた音だった。

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