0017.ホッホッホなお爺さん

 


 日が傾き、畑の影が長く伸びてきたころ。

 納屋の下から、セリアの声が聞こえた。


「ヴェルさん、カルドさん、

 そろそろ夕食できました!」


「お、飯だ」


「腹を満たしておかないとな」


 俺たちは階段を降り母屋の食卓についた。


 テーブルの上には、焼いた芋と豆のスープ。

 香草をまぶした白身魚、いい匂いのするパン。

 派手ではないが見ただけで腹の虫が騒ぎ出す。


「こんなに作ってくれたのか」


「はい。おじいちゃんも張り切って、

 魚を仕入れてきてくれて」


「ホッホッホ、若い衆が来たとなればな。

 ワシも鼻が高いわい」


 ゴードンじいさんが豪快に笑いながら、

 パンをちぎって口に放り込む。


「いただきます」


 三人で手を合わせ、食事が始まった。


 芋はほくほく、スープはやさしい塩気で、

 魚は想像以上にふっくらしている。

 口に入れるたび胃が喜んでいるのが分かった。


「うまいな」


 カルドが珍しく即コメントした。


「ホッホッホ、タイターンの芋は

 大地の味がするじゃろ」


「大地の味ってなんです?」


「うまい、ってことじゃ」


「雑にまとめた!」


 思わずツッコミを入れると、

 セリアがくすっと笑った。 


 しばらく和やかに食べていると、

 ゴードンじいさんが思い出したように言う。


「そういえば、お前さんら、

 冒険者の大先輩を前にしとるのに、

 何も聞かんでええのか?」


「えっ、先輩?」


「ゴードンさん、元冒険者なんですか?」


「むしろそこからかい。ホッホッホ」


 じいさんはちょっとだけ偉そうに胸を張った。


「これでもワシは昔は名のある冒険者での。

 昔は『大地喰らい』のゴードンておったでな」


「二つ名持ちだ!?」


「大地喰らい……」


 カルドの目が、わずかに見開かれる。


「ランクで言えば、Aランクじゃった。

 タイターンの迷宮やら、砂漠やら、

 いろんなところを歩いたもんよ。

 ドラゴンの一匹や二匹、倒したこともある」


「ドラゴン……!」


 思わず身を乗り出してしまう。

 ドラゴン。そう、ドラゴンである。

 夢とロマンと火炎と絶望の象徴だ。


「すげぇ……!」


「ホッホッホ、若いころは無茶もしたもんじゃ」


 じいさんは楽しそうに、

 目を細めて当時の話を語り出した。


 崩れかけた遺跡の奥で、

 目を覚ました土龍と鉢合わせしたこと。


 仲間の魔法使いが足を滑らせ、

 即席の作戦でドラゴンの顎を砕いたこと。


 報酬で一晩中酒を飲み明かして、

 翌朝全員財布が空っぽだったこと。


「土竜の腹の下をくぐったときは、

 さすがにワシも漏らしそうじゃったわ。

 いや、実際チビっておったの。ホッホッホ」


「そこまで言わなくていいですって!」


 セリアが慌てて止めるが、

 その顔はどこか嬉しそうだ。


「セリア、その話、何度も聞いてるのか?」


「はい。子供のころから、

 寝る前によく聞かせてくれたんです。

 だから小さい頃は私も冒険者にって

 そんなことを思ってた時期もありました」


「ほれ見い」


 ゴードンじいさんが、どや顔でこっちを見る。


「セリアも昔は“将来は冒険者になるの!”

 なんて言っとったんじゃ。ホッホッホ!

 まあ、このとおり怖がりでの。

 なかなか一歩が踏み出せんかったが」


「おじいちゃん……」


 セリアが困ったように笑って、

 スプーンをいじる。


「私、戦えませんから。

 怪我を見るだけで怖くなりますし……」


「だが、癒やしの術を覚えたのは大したもんだ」


 カルドが真面目な顔で言った。


「戦うだけが冒険者じゃない。

 支える者がいなければ、前には進めん」


「……ありがとうございます」


 セリアが少しだけ照れたように笑う。

 その横顔を、ゴードンじいさんは

 本当に孫を見るみたいな目で眺めていた。

 


「そういえばセリアとはどこで出会ったんだ?」


 俺が聞くと、ゴードンじいさんは

  「お?」と目を細めた。


「それはのう……」


 鍋からスープをすくいながら、

 ゆっくりと話し始める。


「ワシがまだ若くて現役の頃じゃ。

 とある海沿いの村から依頼が来てな。

 獣よけの結界が弱まったせいで、

 海の魔物が増えたから何とかしてくれ。

 というよくあるタイプの依頼じゃった」


「海の魔物……」


「仕事自体はどうということはなかった。

 結界を張り直して、安定させたあと

 暴れてた奴を二、三匹叩いて終わりよ。

 だが、仕事を終えて浜辺で釣りをしようと

 歩いとったときにな──」


 じいさんの目が、少し遠くを見る。


「打ち上げられた小舟があったんじゃ。

 板切れみたいなもんじゃったがな。

 その上で、毛布に包まれた赤子が、

 力の限りおんおん泣いておった」


「それが……」


「セリアじゃ」


 セリアが少しだけ肩をすくめる。


「村の者に聞いても、親の心当たりはない。

 近くの国でも遭難した船の話はなかった。

 海から来た子じゃ、としか分からんかった」


「そこでどうしたんだ?」


「どうしたもこうしたも……

 そのまま抱えて帰ってきた。ホッホッホ!」


「即決!?」


「そのときに決めたんじゃ。

 ああ、ワシはもう剣を振るうことはない

 この子を育てるほうを選ぶと」


 じいさんは、どこか誇らしげに笑った。


「だから、ワシはセリアを拾った日を境に、

 キッパリと冒険者を引退したのよ。

 昔はAランクでも今となっては、

 イノシシ一頭にも負けかねん老いぼれじゃ。

 ホッホッホ!」


「負けませんよ」


 セリアがすかさず言う。


「おじいちゃん、まだ鍬振り回せますし、

 畑仕事だって私より早いじゃないですか」


「ホッホッホ、そう見せかけとるだけじゃ。

 足はヨボヨボ、腰はガタガタじゃよ」


「はいはい、そういうことにしておきます」


 セリアの目は、呆れたふりをしながらも、

 なんだか、とても優しかった。


「……いい話だな」


 気づいたら、口から本音が漏れていた。


「ドラゴン退治して、海辺で子供拾って、

 そのまま引退って……物語一本書けるぞ」


「ホッホッホ、勝手に書くがよい」


「それもいいな」


 カルドがぼそっと言う。


「“大地喰らい”から“畑守り”になる物語だ」


「うまくまとめるな」


「ホッホッホ、悪くない題じゃな!」


 三人で笑い合いながら、

 最後のパンを口に放り込む。



 食事が終わる頃には、

 外はすっかり夕闇に染まり始めていた。


「ごちそうさまでした。うまかった」


「本当に、おいしかったです」


「ホッホッホ、それは良かった。

 腹が膨れたら、次は仕事じゃな」


 ゴードンじいさんが鍋を片づけながら、

 外をちらりと見る。


「イノシシは夜目が利く。

 お前さんらも、暗さには気をつけるんじゃ」


「任せてくれ」


「風の向きは俺が見る。

 カルドはイノシシの突進止めを頼むな」


「ああ」


 軽く打ち合わせをしてから、

 俺たちは外へ出た。 


 空には星がぽつぽつと灯り始め、

 畑の上には夜露を含んだ冷たい空気が

 ひんやりと降りてくる。


 森のほうは、既に黒い塊のように、

 不気味なほど静まり返っている。


「ここがいいな」


 カルドが、森側と畑のあいだの

 影になった場所を指さす。


 柵の切れ目の近くで、風下になる位置だ。


「セリアは家の中のほうが……」


「い、いえ。私も一緒にここで待ちます」


 セリアが小さく首を振る。


「イノシシが来て、誰怪我をしたときに

 すぐに癒やしを使えるように。それに……」


 少しだけ間を置いてから、言葉を続ける。


「畑を守ってくださるのに、

 私だけ家の中で震えてるのはイヤですから」


「……そっか」


 なんだか、その言い方が、

 ちょっとカッコよかったので、

 俺は素直に頷いた。


「じゃあ、俺たちが前に出る。

 セリアは少し後ろ。

 怪我人が出たらすぐ動ける位置に」


「はい」


 ゴードンじいさんは、

 少し離れた所でランプを片手に見守っている。

 周囲の見張りをしてくれるらしい。 


 だんだんと夜が深まるにつれて、

 風の温度が少しずつ変わっていく。


 虫の鳴き声、遠くのフクロウの声、

 風の冷たさ、草の擦れる音。


 全部、頭の中に流し込みながら、

 身体の力だけを抜いて立ち続ける。


 セリアが、小さな声でぽつりとつぶやいた。


「……その、ドラゴンとかに比べたら、

 きっと大したことないですよね」


「そう思ってたほうがいいけど、

 実際に突っ込まれると洒落にならないからな」


「やっぱり怖いです……」


「怖いのはちゃんと感じておけ。

 怖さが分かるほうが、生き残りやすい」


 カルドが短く答える。


「ヴェルさんは、怖くないんですか?」


「……怖いよ」


 正直に言う。


「でも、畑とセリアとじいさんと。

 まとめて守れるくらいには頑張りたい」


「……はい」


 セリアが、少しだけ微笑んだように見えた。 

 そのとき、空気がピキっと裂けた。


(……来た)


 風の筋が、一箇所だけ不自然に曲がった。


 静かな森の黒の中から、

 重い何かが地面を踏みしめる振動が伝わる


 草の揺れ方が変わる。

 リズムの合わない足音が、ゆっくり、

 しかし迷いなく畑のほうへ近づいてくる。


「カルド」


「ああ。分かる」


 カルドが大剣の柄に手をかける。

 セリアの喉が、小さく鳴った気配がした。


「森側から真っ直ぐ柵の切れ目に向かってる」


 口の中が乾く。

 それでも、目だけは夜の闇をじっと見据えた。



 畑荒らしの主がついに姿を現そうとしていた。

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