0016.目指せEランク
ギルドの扉を押し開けると、
いつものざわめきと、酒と汗と革の匂いが
むわっと押し寄せてきた。
「ただいま戻りましたー。
ルマ草、むしりまくってきましたー」
「“採取”ですね?」
カウンター越しに、受付嬢のお姉さんが
微笑みながら即ツッコミしてくる。
はい、知ってた。
「十束、ここに」
テーブルに束を並べると、
彼女は一本ずつ、手際よく確認しはじめた。
葉の色、形、傷、根元の状態まで。
意外と細かいもんなんだなと感心した。
(うわ、こんなちゃんと見るんだ……)
「……はい。どれも状態良好です。
丁寧に摘んでありますね」
「おお?」
「ルマ草十束。報酬は一束100ゴルドです。
なので今回の分、こちら合計1000ゴルドです」
小さな革袋がコトンとカウンターに置かれた。
指先で触れると、
中の硬貨同士がカチャリと鳴る。
「これが……俺たちの稼ぎ、か」
思わずつぶやくと、
隣のカルドがいつもの無表情で言った。
「当然の対価だ」
「分かってるけどさ。
こうして袋で渡されると、
なんか実感湧かないか?」
「湧くな」
言葉少なだけど、
声のトーンがほんの少し柔らかい。
受付嬢が、袋を俺に差し出す。
「お疲れさまでした。
初依頼達成、おめでとうございます」
「ありがと。……よし」
袋の中身をざっと確認し、
半分を取り出してカルドに渡す。
「500ゴルドずつで」
「ああ」
初めての分け前。
たった500ゴルド。
それでも、掌の上でずっしり重かった。
「なぁ、ついでに聞いていいか?」
俺はそのままカウンターに肘をつく。
「ランクって、どうやって上げるんだ?
このまま一生Fってのもアレだしさ」
受付嬢がくすっと笑ってから、
簡潔に説明してくれた。
「まず、今のランク帯の依頼を“五件”達成すると
一つ上のランクの依頼を受けられます。
ただし、この時点ではランクは今のままです」
「ふむ。五件で“次ランクの依頼解禁”」
「はい、その認識で間違いありません。
そして、その上のランクを“十件”達成し、
ランク別に用意された昇格試験に合格すると、
現状のランクから一段階上がります」
「十件+試験かぁ。なかなか厳しいな」
「ふふっ、仕方ないことなんです。
ギルドとしても、実績だけでなく
判断力や協調性も見たいのです」
なるほどなぁ。
まぁ、低ランクですら蔑ろにする奴に、
大きな仕事は任せたくないよな。
「あと、喧嘩沙汰や規約違反が多い方は、
どれだけ依頼をこなしても
試験案内が遅れることもありますよ?」
「要するに、アレだ。
コツコツ真面目に依頼こなせってことだな」
「ざっくり言えば、そうです。
目指す頂は、一番上のSランクです!」
「Sランク?」
「はい! 十万人弱いると言われる
冒険者の中で十人ほどしかいない上澄みです。
頑張って目指してみてくださいねっ!」
いや、目指せるかいっ!
カルドもそう思ったようだ。
肩をすくめて俺に言う。
「とにかく、二件目行くか」
「そうしよう」
掲示板のFランク欄に向かうと、
採取・配達・護衛……簡単なものばかりだ。
その中に、報酬額が他より少しだけ高い
討伐の依頼が一枚あった。
『畑荒らしの大イノシシ退治
依頼主:ゴードン
報酬:三千ゴルド』
「お、これだな。
“Fの中ではちょっとお高い枠”」
「危険もその分あるはずだ」
カルドが依頼書を取り、カウンターへ戻る。
「このイノシシ退治、受けたい」
「はい、畑荒らしの大イノシシですね」
受付嬢が内容を確認しながら頷く。
「依頼主のゴードンさんは、
クロム東側の外れに住む農家さんです。
最近、畑を大きなイノシシに荒らされている
……と今回、討伐依頼をされてます。
特に夜間の被害がひどいそうですよ」
「イノシシって、突進力やばいんだっけ?」
「真っ正面から受けると危険ですね。
角や牙もありますし普通の人は大変です。
ですが、お二人は迷宮から生還されてますし、
Fランクとしては戦闘経験も十分です。
気をつけて挑めばこなせると思いますよ」
「よし、やろう」
カルドを見ると、彼も小さく頷いた。
「夜に出るなら、泊まり込みになるな」
「はい、そうなると思います。
ゴードンさんのところで寝床を借りて、
畑の近くで待ち伏せすることになりますね」
「よーし、二件目にして討伐依頼!
悪くないスタートだな!」
「浮かれすぎて突き飛ばされるなよ」
「そっちは任せた!」
「任せられても困る」
そんなやり取りをしつつ、
俺たちはギルドを後にした。
クロムの石壁を抜け、
東へ続く土の道を歩く。
左右には広い畑が広がり、
風に揺れる作物の葉がサラサラと音を立て
乾いた土の匂いに、緑と甘さが混じる。
「なんか、こう、あれだな!
“世界を支えてる場所”って感じがするな」
「畑がなければ飯は食えない」
「即物的でよろしい」
しばらく歩くと、小さな石造りの家と、
その周りをぐるっと囲む畑が見えてきた。
柵の一部が壊れていて、
土がえぐれた場所もある。
被害は本当らしい。
「ごめんくださーい!
クロム冒険者ギルドから来ましたー!」
声を張ると、家の扉がギギィと開き、
腰の曲がった老人が顔を出した。
「おおお? 来てくれたのか。
お前さんらが、ギルドの冒険者かい?」
白いひげをたくわえた丸い目のじーさんだ。
手には鍬。顔中しわだらけなのに、
笑い皺のほうが勝っている。
「ゴードンさんですか?」
「そうじゃそうじゃ。
ワシがゴードンじゃ。ホッホッホ!」
本当にホッホッホって笑う。
教科書通りのじーさんだ。初めてみた。
「俺はヴェル。こっちがカルド。
イノシシ退治の依頼で来た」
「おお、若いのう。ホッホッホ。
若いのが一番じゃ。足が速いからの!」
「それ評価ポイントそこ?」
「走れんと逃げられんからな。大事じゃぞ?」
確かに正論だけども。
「セリアやーい! 冒険者さんが来たぞい!」
家の中に向かって声を張ると、
慌ただしい足音がして、女の子が出てきた。
淡い銀髪の髪を後ろでひとつに結び、
シンプルで質素だが清潔なエプロン姿。
海のような青く大きな瞳はどこか深みがあり
俺達の顔を見て礼儀正しく頭を下げる。
「こ、こんにちは。セリアです。
畑のこと、ギルドにお願いしたのは私で……
来てくださって、ありがとうございます」
声も仕草もお淑やかで、
思わず背筋を伸ばしてしまう。
「セリアはワシとは血は繋がっとらんが、
小さい頃から一緒におる娘みたいなもんじゃ。
歳はかなり離れてるがの。ホッホッホ!」
「おじいちゃん、そんな話しなくても……!」
セリアが耳まで赤くして抗議する。
その反応が、余計に仲の良さを感じさせた。
「夜に出るイノシシを狙うって聞きました。
お二人には、今夜、畑のそばで
見張っていただくことになると思います」
「泊まり込みは問題ない。
休める寝床さえあれば十分だ」
カルドが即答する。
「宿代浮くしな!」
「そこで金の話をするな」
「ごめん、本音が漏れた」
セリアがぱっと笑って、
緊張が少しほどけたようだった。
「それと……その、私……、
あまり頼りになるほどじゃないんですけど」
セリアが、おそるおそる付け足す。
「私、少しだけ“癒やしの術”が使えます。
擦り傷や打ち身がくらいならすぐに治せます。
もし怪我をされたら手当てさせてください」
「おお、それは心強いな」
俺が言うより早く、
カルドが素直に頷いた。
「十分にありがたい。
切り傷や打撲が早く引くだけでも、
戦い方を変えられる」
「たいしたものじゃないですけど、
……お役に立てたら、嬉しいです」
セリアが小さく微笑む。
その表情に、なんとなく救われる。
「では、畑を見せてやろうかの」
ゴードンじいさんが鍬を担ぎ直し、
ずんずん歩き出す。
「ここがひどく荒らされた場所じゃ」
畑の一角、柵がへし折れ、
土が深くえぐられた跡があった。
作物も、根こそぎやられている。
「……派手に行ったな」
「一抱え以上あるイノシシじゃったそうじゃ。
隣の畑の坊主が、夜中に見らしくての。
ワシにはもう走って追いかける足は
残っとらんでな。ホッホッホ!」
「進入方向は森側か」
カルドが土の跡をしゃがんで確かめる。
俺も空間の“乱れ方”をなぞるように
森の方角へゆっくりと視線を送った。
柵の壊れ方、土のえぐられ方、草の倒れ方。
一方向から勢いよく突っ込んできて、
そのまま抜けた跡だ。
「夜は、森のほうから風が来るな」
頬を撫でる風向きを確かめる。
「畑の匂いが森に流れてる。
そりゃイノシシも寄ってくるか」
「風下に陣取ったほうがいいな」
カルドが短く言う。
「匂いをごまかすのは難しいけど、
こっちの匂いを直接嗅がれないように」
「風の向きはお前に任せる」
「任されました」
「日が暮れるまでは、
ワシらは畑の手入れをするでな」
ゴードンじいさんが鍬を掲げた。
「お前さんらは納屋の二階を使うとええ。
ホッホッホ、ボロいが雨風はしのげるぞい」
「助かります」
「ありがとうございます」
頭を下げて、俺たちは納屋へ向かった。
使って良いと案内された納屋の二階は、
干し草と木の匂いで満たされていた。
簡単な寝床がいくつか窓際に並んでいる。
「……いいな。こういうの、ちょっと憧れてた」
「どこに憧れる要素がある」
「納屋二階に泊まり込みで夜の見張りって、
完全に“冒険者の一日”じゃん?」
「そういうものか」
「そういうものです」
窓から外を覗くと畑の向こうに森が広がり、
その上にゆっくりと夕陽が傾き始めていた。
風の向き、畝の並び、柵の位置。
全部まとめて頭の中にしまい込む。
「イノシシだ。だが、油断すればやられる」
「わかってる。……でも、ワクワクしてる」
「……俺もだ」
カルドが短く答える。
その横顔には、静かな闘志が宿っていた。
初依頼の薬草採り。
初報酬。
そして今度は、初めての討伐依頼。
陽がさらに傾き、畑の影が長く伸びていく。
夜と一緒に、畑荒らしの主が現れる。
俺は湧き上がるワクワク感を噛み締め、
ギュッと剣の柄を握り直した。
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