0015.ルマ草探し



 クロムの西門へ向かう街道は、

 出勤中の職人や行商人で

 そこそこ賑わっている。


 荷馬車の軋む音、遠くで鳴るハンマーの音、

 焼きたてのパンの匂い。

 全部まとめて「街の朝です」って感じだ。


「……なぁ、カルド」


 隣を歩くカルドに声をかける。


「なんだ」


「俺たち、記念すべき初仕事が

 “草むしり”って、ちょっとどうなんだろう」


「草むしりじゃない。薬草採取だ」


「言い方の問題じゃない?」


「言い方は大事だ」


「うっわ真顔で返してきた……」


 とりあえず文句を言いつつ、

 胸のあたりはちゃんとそわそわしている。


 ギルドプレートをもらって、

 依頼を選んで、門の外へ向かっている。


 たったそれだけで、

 世界に参加している感じがするのだ。


 


 西門を抜けると、視界がぱっと開けた。


 低い丘が連なり、その上に一面の草原が

 見渡す限り、大きく広がっている。


 ところどころ、岩と灌木がぽつんぽつんと

 顔を出しているだけ。空は広く風は乾いてた。


「おお……“外”って感じだな」


「街の外だ。外以外の何だ」


「もうちょっとロマンのある返ししてくれない?」


「ロマンで腹は膨れない」


「正論ばっかりだな今日!」


 文句を言いながら、腰の剣に手を添える。


 ギルドから借りたお古の片手剣。

 柄の皮は少し剝げているが、

 握った感触は悪くない。


 立ち方を整えると、

 こうしていると思い出す。


 昔、父と姉に遊びで木剣を握らされ、

 まだ身体が小さい俺は上手く触れなかった。


(ちゃんと振れるかどうかは……

 まぁ、やってみてからだな)


 カルドも装備を借りている。大剣だ。

 軽く持ち上げて感触を確かめていた。


 ツルハシに慣れてるせいか、

 妙に板についているのが悔しい。


「まずはルマ草だな」


「だな。薬草十束。報酬1000ゴルド。

 初仕事にしては悪くない」


「内容だけ聞くと草刈りバイトなんだけど」


「バイトで飯が食えるなら立派な仕事だ」


 はいまた正論。くやしい。


 


 草原に一歩踏み出す。足首を草がくすぐる。

 風の流れ、土の固さ、草の擦れる音。

 耳と肌と鼻に入ってくる全部を、

 いつもの癖で一気に拾い上げる。


(たしか、膝くらいの高さで、

 先っちょが二つに割れてる草、だっけ)


 受付嬢の説明を思い出しつつ、

 視線をさっと走らせる。


 いや、視線というより“空間のざわつき”を

 感覚で見ると言った方が近い。


 同じ風を受けているはずなのに、

 揺れ方が違うところがある。


 草の密度が、ほんの少しだけ

 不自然に偏っている場所だ。


「あっち」


 自分でも半分無意識のまま、

 左前を指さした。


「もう分かるのか」


「たぶん」


 たぶん、で進むなよと言いたげな顔をしつつ、

 カルドもついてくる。


 数歩進み、しゃがみ込んで草をかき分ける。


「……あった」


 膝丈、先端が二つに分かれた草。

 葉の色も受付で見せてもらった見本と同じだ。


「これがルマ草」


「間違いないな」


 カルドが頷く。


「よし、一束目」


 根元から丁寧に摘み取り、

 持参した布袋にねじ込む。


 地味な作業だが、

 ちゃんと「仕事が始まった」って気がして、

 なんだか妙に気分がいい。


「この辺、一帯にけっこう生えてるな。

 あと三、四本はいける」


 風の揺れ方と、足裏に伝わる草の密度を

 まとめて掴みながら、少し場所を移動する。

 

 しゃがむたびに、

 同じ形の草が視界に飛び込んでくる。


「お前、目がいいのか、鼻がいいのか、

 それとも、頭がおかしいのか。どれだ」


「三つ目だけやめてもらえる?」


「褒めている」


「褒め方の語彙どうにかしよ?」


 そんな風に喋りながらも、手は止めない。

 二束、三束と順調に増えていく。


 五束目を袋にしまったあたりで、

 空気の端っこが引きつれた。


(……ん?)


 さっきまで一定だった風の流れが、

 ほんの一瞬だけ乱れた。

 草の揺れが、いや、風の流れか?

 一部だけ逆らうような軌跡を描く。


 耳を澄ませると、低く濁った声が、

 かすかに風に混じっていた。


「カルド」


「来たか」


 カルドもすでに大剣の柄に手をかけていた。

 さすが勘は鋭い。


「右前、三十歩くらい。背が低い。二つ」


「二つ?」


「たぶん二匹」



 カルドが前に出る。

 続いて、俺は少しだけ横にずれる。


 ゆっくりと草をかき分けると、

 視界の先に緑色の影が見えた。


 薄汚れた肌、粗末な棍棒、ぎょろりとした目。


「グギャッ!」


「出たな、雑魚モンスター代表」


 向こうもこちらに気づいたらしく、

 棍棒を振り上げて突進してくる。


(右が速い。左は一拍遅れ)


 足音と草の弾け方で、

 だいたいの距離とタイミングがわかる。

 俺は右の奴の正面に立ち、深呼吸一つ。


 棍棒が振り下ろされる瞬間、

 半歩だけ身体をずらした。

 風が頬をかすめ、木の棒が空を切る。


 腕の軌道が見えた位置に、

 確実に剣を滑り込ませるよう振る。


 骨を嫌な感触で断ち切った。

 ゴブリンの体勢が崩れる。


「っとと」


 みぞおちに膝を突き上げ、

 そのまま首元に刃を押し当てる。

 もがきが止まり、草の上に崩れた。


「……十年ぶりにしては、まあまあだな」


 ふと、自分で言ってから気づいたのだが、

 ちょっと気取ってる気がして恥ずかしくなる。


 横を見ると、カルドが戦ってる。

 その戦い方はもっとシンプルだった。


 突進してきたゴブリンを、

 大剣の一撃でそのまま地面に叩き伏せている。

 力技にもほどがある。


「やるじゃねぇか、相棒」


「お前もな。感覚は鈍っていない」


「褒められた。やった」


「調子に乗るな」


「すぐ落とすな!」


 口で文句を言いつつ、

 内心では少しホッとしていた。


 ちゃんと“戦える”自分がいる。

 というのはかなり大きい。


 


 周りの気配をもう一度探る。

 風は安定、草の揺れも素直。

 今の二匹以外に動きはなさそうだ。


「よし、作業再開」


「血がついた手で草を触るなよ」


「分かってるって」


 布でざっと手を拭い、

 再びルマ草探しに戻った。

 


 コツを掴むと、想像以上に見つかった。


 風の筋、草の高さ、土の湿り具合。

 あちこちに「ここ怪しいです」とでも

 言いたげな違和感が顔を出している。


「そこ、三歩先、右に二本」


「……本当にあったな」


「その岩陰にも一本」


「……あった」


「この窪みの奥にも──」


「お前、これ本気でやったら草採り専門で

 食っていけるかもしれないな」


「嫌だよ!? 人生草で終わるのは嫌だよ!?」


 カルドの乾いたツッコミに、思わず苦笑する。


 でも、彼の言うとおり、

 この能力はこういう作業にも

 やたらと相性がいいのかもしれない。


「今何束だ?」


「八」


「じゃああと二束で目標達成か」


「そのあと余分に集めて売るのもアリだな。

 金は多いに越したことはない」


「そんなこと言ってると、

 本当に草まみれになるぞ」


「草で腹が膨れるなら悪くない」


「そこは肉で膨らませてくれ……」


 冗談を言い合いながらも、

 手の動きは止まらない。


 空間を“まとめて見る”癖は、

 戦いだけじゃなくこういうところでも

 勝手に動いてしまうのだ。


 


 九束目を袋に放り込んだところで、

 ふと、背中の方がざわっとした。


(後ろ……低い。さっきより軽い)


「カルド、後ろの茂み。小さいのが一つ」


「またか」


 カルドが振り向き、大剣を構える。


 草の向こうから飛び出してきたのは、

 ゴブリン……ではなく、デカいネズミだった。

 歯をむき出しにして突っ込んでくる。


 カルドは一歩踏み込み、

 ネズミの進路に剣を置くように振る。

 刃がぬるりと肉を断ち、その場で転がる。


「早っ」


「踏み込み一つ分の距離だ。

 外しようがない」


「こう、もうちょっと『うおおおお』とか

 言ってほしいんだけどな。絵面的に」


「叫ぶ必要があるのか」


「テンションの問題」


「叫ぶならお前が叫べ」


「うおおおおおおっ!」


「今叫ぶな。びっくりしただろうが」


 カルドの眉が、わずかにぴくっと動いた。

 ちょっと嬉しい。


 

「よし。ネズミも片づいたし

 ……これで十束目だな」


 ちょうど近くに、

 ルマ草の気配がまとまっている場所があった。


 しゃがみ込んで一本摘むと、

 袋の中身がちょうどいい具合に膨らむ。


「達成だ」


「おお、マジで十束揃ったか」


 俺は確かめるように袋を持ち上げた。

 ずしりとした重みが腕に伝わる。

 乾いた草の匂いが風に乗って鼻をくすぐった。


「草の山だな」


「やめろ、なんか敗北感ある表現するのやめろ」


 とはいえ、胸の中にあるのは敗北感じゃない。


 この袋一つで1000ゴルド。


 飯代で殆どがなくなるから、

 大して残らないかもしれないけど。

 それでも「自分で稼いだ金」だ。


 命令されてやる作業じゃない。


 自分で選んで、自分の足で来て、

 自分の判断で集めた成果。


「……悪くないな」


 俺がぽつりとつぶやいたら、

 カルドがこちらを見た。


「初仕事としては上々だ。怪我もない」


「草むしってゴブリン斬っただけだけどな」


「十分だ。いきなり死にかけるより健全だ」


「それはそう」


 カルドが袋を背負い直す。


「戻るぞ。日が高くなる前にな」


「了解。帰り道も任せろ。方向音痴ではない」


「そこは信用している」


 西の空気を一度大きく吸い込んでから、

 俺たちは街へ向かって歩き出した。


 足元の草の感触。

 背中の袋の重み。

 腰の剣の存在。


 全部ひっくるめて、

 「冒険者としての一日目」が

 ちゃんと始まった気がした。


(よし。次は……

 もうちょっと“冒険者っぽい”依頼を。

 討伐とかそんなのに行けるといいな)


 そんなことを考えながら、

 俺達はクロムの街を目指して歩き続けた。


 

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