0014.初めての依頼
その夜も、俺とカルドは
ギルドの二階の一室にいた。
四つ並んだ簡素なベッド。
窓際のベッドには、
かつてシンが寝転がって、
くだらない冗談を口にしていた。
壁側のもう一つには、
ラグアスが丸くなって眠っていた。
今、そこには誰もいない。
薄暗いランプの明かりに照らされているのは、
使われていない寝具と、
そこに残ったわずかな皺だけだった。
「……静かだな」
思わず口から零れた。
「ああ」
カルドは短く答えただけで、
窓際のベッドの縁に腰かけていた。
背中が、いつもより少しだけ大きく見える。
俺はいつもの自分のベッドに寝転がり、
天井を見上げる。
十年間、聞こえてきたのは、
ツルハシと岩のぶつかる音と、
遠くの悲鳴と、監督の怒鳴り声だけだった。
ここに来てからの一週間は、
人の笑い声や歌や、鍋が鳴る音が、
やたらと賑やかに感じられた。
その賑やかさの中に、
いつも確かに混じっていた、
シンとラグアスの声。
それが今夜に限って、やけに遠い。
「寂しいか?」
カルドが、不意に尋ねてきた。
「……まぁ、な」
認めないのも、なんか違う気がした。
「四六時中一緒だったやつらだからな。
いきなり二人減ったら、そりゃ広く感じるさ」
「ベッドは狭いままだがな」
「それはそう」
思わず笑いが漏れた。
カルドは口元だけでわずかに笑い返す。
「でもさ」
俺は、天井を見たまま言った。
「穴の中で、誰かがいなくなるのと、
今みたいにいなくなるのって、全然違うな」
「ああ」
「前は……気づいたらもう戻ってこなくてさ。
“あぁ、また一人減ったか”って、
その事実だけが残る感じだったけど」
二人のベットを見る俺の視界の端で、
カルドが静かに目を閉じる気配がした。
「今は、ちゃんと見送った。
どこへ行くのか、何をしたいのか、
ちゃんと聞いてから送り出した。
それだけで、だいぶマシだなって思う」
「……そうだな」
カルドの声は低いが、どこか柔らかかった。
「お前は、どうだ?」
「俺か」
「カルド、お前やることが決まるまで
俺と一緒にいるって言ったけどさ。
本当にそれでいいのか?」
「そうだな」
少し間を置いてから、カルドは言った。
「俺には、まだ“どこへ行きたい”も
“何になりたい”もない。
だが、迷宮を歩くのは嫌いじゃない。
穴の中で生き残るのなら、
……お前の隣が一番安全だ」
「それ、褒めてる?」
「事実を言っただけだ」
むしろ最大級の信頼の言葉なのに、
言い方が素っ気ないせいで、
普通の報告みたいに聞こえる。
それがなんだかおかしくて、俺は笑った。
「明日から本格的に“冒険者”だな」
「そうだな。依頼を受けるのは明日からだ」
「どんな仕事があるんだろうな。
最初の依頼がいきなりドラゴン退治だったら、
さすがに逃げるからな」
「その前にギルドが止める」
「だよな」
くだらないやり取りをしながらも、
胸の中はじわじわと熱くなる。
俺達は何かを“自分で選ぶ”ところまで来たのだ。
「ヴェル」
「ん?」
「明日は早いし、今日は寝ろ。
変な想像で頭をいっぱいにする前にな」
「う……バレてる」
「十年近くの付き合いだ」
そう言って、カルドは布団をめくり
自分のベッドに横になった。
ランプの火が小さく揺れる。
俺も布団を引き寄せ、目を閉じる。
隣の寝台が二つ、静かなままなのが、
少しだけ胸に刺さる。
でも、あいつらが前に進んだ証拠だ。
それはそれで悪くない。
(……明日だな)
ギルドプレートを握りしめたときの
冷たい感触を思い出しながら、
俺はゆっくりと眠りに沈んでいった。
翌朝。
「起きろ、ヴェル」
「……お、おう」
カルドに肩を揺すられ、
俺は上半身を起こした。
窓の外はもう明るい。
クロムの朝は、思ったより早い。
顔を洗って、簡単な朝食を食べる。
ギルドの一階、食堂では、
既に何組かの冒険者が準備をしていた。
「じゃあ行くか」
「ああ」
俺たちは顔を合わせたあと階段を上り、
そのまま受付カウンターへ向かった。
「おはようございます、ヴェルさんカルドさん」
いつもの受付の女性が笑顔で迎えてくれる。
「おはよう。……その、依頼を受けに来た」
そう言ってギルドプレートを俺達は渡した。
口にした途端、胸の奥がむず痒くなる。
言葉だけ聞けば簡単だが、
“依頼を受ける”という行為が、
こんなにも特別なものだとは、
前世の俺は想像すらしていなかった。
「はい。では、まずはこちらをお返ししますね」
銅色の小さな札に、
俺の名前とランクが刻まれている。
『ヴェル F』
あらためて見ると、
やっぱりちょっと恥ずかしい。
「Fランクの皆さんは、
こちらの掲示板の下段にある依頼から
ご自身で選んでいただくことになります」
受付嬢が、部屋の端の掲示板を指さす。
「分かった。見てくる」
カルドと二人で掲示板の前に立つ。
そこには、昨日眺めたときよりも、
はっきりと“現実”が並んでいた。
『ルマ草の採取』
『荷馬車の荷物運び補助』
『畑の石拾い』
『井戸の掃除』
色んな種類があるが、どれもこれも、
地味に骨が折れそうな内容ばかりだ。
「…………」
俺は思わず、掲示板の上の方を見上げる。
そこには『Cランク以上』とか
『Bランク以上』とか書かれた
討伐依頼が並んでいる。
オーガ討伐、盗賊団の拠点調査、
危険区域の間引き──
文字を追うだけで、心が躍るような響き。
だが、そのすべてが、
今の俺たちには手の届かない場所にある。
「現実を見ろ」
カルドの声が、現実に引き戻した。
「お前の視線は、上に行きたがりすぎだ」
「いやぁ……見たくなるじゃん?」
「見るだけならタダだ」
「それ慰めになってねぇよ」
二人して苦笑してから、
改めて、自分たちのランク帯の依頼を見直す。
いくつかあるその中で、
目についたものに、視線が止まった。
『ルマ草の採取
依頼主:クロム冒険者ギルド
内容:街西の草原に自生するルマ草を十束採取
報酬:一束百ゴルド(最大十束まで)
条件:Fランク以上』
「薬草か……」
俺がつぶやくと、カルドが隣で頷いた。
「悪くない。街からそう遠くない場所で、
地形と魔物の分布を知るにはちょうどいい」
「仕事の価値を一番堅実に分析するな、お前は」
穴の中で命を賭けて、
何度も危険を避けてきた男の言葉だ。
「安全に慣れる」ことに対して、
誰よりも慎重なのだろう。
「報酬は……十束集めて1000ゴルド。
二人で割って500ずつ」
頭の中で簡単な計算をする。
飯代でほとんど飛ぶ額だ。
冒険者の稼ぎが、そう簡単に増えないことを
実感させられる数字だった。
(草むしりで生活か……)
心の中で、ひっそりとため息をつく。
そして、自分で自分の頬を軽く叩いた。
(いいじゃないか)
十年、働いても働いても、
1ゴルドにもならなかった人生だったんだ。
今は、草を十束むしるだけで、
自分で食べる分の飯代が稼げる。
その差は、とんでもなくでかい。
「……よし」
俺は依頼書を一枚、掲示板から剥がした。
「最初の依頼は、これにしよう」
「異論はない」
カルドは即答した。
受付カウンターに戻り、依頼書を差し出す。
「ルマ草の採取ですね。
はい、Fランクの方にぴったりの依頼ですよ」
受付嬢はにこやかに受け取り、
記録用の帳簿にさらさらとペンを走らせる。
「改めて、これはルマ草の採取依頼になります。
クロムの西側に広がる草原に多く自生しており
長さは……カルドさんの膝丈くらいの草で、
先端が二つに分かれているのが特徴です。
そう言って俺とカルドはカルドの膝を見る。
その様子にクスリと笑いながら続けてくれた。
「ルマ草は葉にも根にも毒はありませんが、
似たような草もありますので、
最初は慎重に確かめてくださいね」
「似た草を間違えて持ってきたら?」
「買取はできません。
その分はノーカウントになります」
「厳しいな」
「ふふっ、冒険者の依頼は、
依頼主との信頼で成り立っていますから」
当たり前の話だ。
「西の草原までは、徒歩で三十分ほどです。
魔物は、小型のゴブリンや大ネズミ程度。
ただし、油断すれば怪我をしますから、
最初は必ず二人で行動してください」
「了解した」
カルドがきっぱりと答える。
受付嬢が最後に依頼書の控えを手渡し、
エールを送るようにニコリと笑う。
「それでは、初めての依頼ですね。
くれぐれもどうかお気をつけて。
帰ってきたら、受付に声をかけて下さいね?
ルマ草の見分け方の復習も兼ねて、
私が一緒に確認しますから」
「それは緊張するな……」
思わず苦笑する。
だが、そうやって誰かが見てくれている、
ということ自体が、不思議と心強かった。
ギルドの扉を押して外に出る。
朝の空気は少しひんやりしていて、
遠くの鍛冶場からは金属を打つ音が聞こえる。
行商人たちの声、荷馬車の軋み、
パン屋から漂う匂い。
全ての情報が、いつものように、
頭の中で立体的な地図になっていく。
「どうだ、ヴェル」
隣でカルドが尋ねる。
「何が」
「“最初の依頼”の気分は」
「そうだな……」
俺は空を見上げた。
タイターンの空はウインディと違って
何だかカラッとして乾いている。
うろおぼえだけど、ふとそんな気がした。
家族は元気だろうか。
ある程度お金を稼いだら風の国にも帰りたい。
その為には、まずは眼の前の依頼から。
「想像してたのより、だいぶ地味だ。
でも──」
胸の奥を、ゆっくりと言葉にする。
「穴じゃない。自分で選んで、
自分の足で行く“外”だ。
それだけで、十分すぎるほど大事だな」
「そうか」
カルドは満足そうに頷いた。
「なら行くぞ、相棒。草むしりに」
「言い方どうにかならない?」
「事実だ」
「事実だけどさぁ!」
笑いながら、街の西門へ向かって歩き出す。
門の向こうには、俺達にとって
初めての“冒険者としての仕事”が待ってる。
たとえそれが薬草集めだったとしても。
俺にとっては立派な“冒険”なのだ。
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