0013.それぞれの道
それからの一週間は、
十年分の時間とは比べものにならないくらい
短かったのに、やけに濃かった。
朝起きて、まともな飯を食う。
ギルドマスターに呼ばれて、
あの坑道や迷宮の構造を聞かれる。
昼は、町を歩く。
夕方は、ギルドの隅で
他の冒険者の話に耳を傾ける。
カルドと肩を並べて市場を歩き、
シンと一緒に安酒場に行って場末の歌い手の歌、
そしてシンが振られるさまを見て笑う。
ラグアスと訪れた露店の並ぶ通りでは、
未来を夢見て目を輝かせていた。
これまで埋まっていた十年分の「外の世界」が、
一気に流れ込んでくるようだった。
そんなある日、
ラグアスがギルドマスターに呼ばれる。
しばらくして戻ってきたラグアスの顔は、
緊張と喜びでぐちゃぐちゃだった。
「ぼ、ぼく……!」
いつもながら、言葉が詰まっている。
「タイターンでも有名な商人さんの一人が、
新たな弟子候補を探してるらしくて……
ギルドマスターが推薦してくれたんです。
ぼ、ぼくのことを!」
テーブルの上で握った拳が小刻みに震えていた。
「行きたいのか?」
俺が問うと、ラグアスは迷いなく頷いた。
「はい。怖くないと言えば嘘になりますけど……
それでも、行きたいです。
ちゃんと学んで、いつか自分の店を持ちたい」
その目は、坑道の暗闇ではなく、
先の見えない遠くを見つめていた。
さらわれる前に見ていた“旅の景色”を、
今度は自分の足で取り戻したいのだろう。
「行け」
カルドが短く言った。
「お前がここに残る理由はない。
それに……お前の夢のための道なら、
迷う必要もない」
「はい!」
ラグアスの返事は驚くほど大きくて、
ギルドの何人かが振り向くほどだった。
ラグアスの出発は、その三日後に決まった。
タイターン国内の別の街へ。
そこから師匠になる商人の隊商に加わり、
各地を回るのだという。
当日、街の門の近く。
荷馬車の列の横に立つラグアスは、
ガレスさんに新しく買ってもらったらしい
小さな荷物袋を抱えていた。似合っている。
「ヴェル兄さん、カルドさん、シンさん……」
いざとなると、言葉が出てこないらしい。
目だけが、ぐるぐると三人の間を行き来する。
「商人見習いか。立派になったもんだな」
シンがわざとらしく肩を竦める。
「借金まみれで売られた俺と違って、
まっとうな道歩けよ?」
「な、なんでそこで自分を下げるんですか……!」
「比較対象がいた方が、
自分の道がマシに見えるだろ?」
くだらない冗談なのに、
ラグアスは本気で目を潤ませている。
「シンさん、ありがとうございました。
ギャンブルは絶対にしちゃいけないって、
身をもって教えてくれて」
「おい待て、それ俺の教訓の使い方として
ちゃんと正しいけど、なんかムカつくな?」
シンが苦笑する。
カルドは、ラグアスの頭に大きな手を置いた。
「食えるときに食い、休めるときに休め。
無理な商談には首を突っ込むな。
行き先を決めるときは、自分の足だけじゃなく、
同行者の顔色も見ろ」
「は、はい……!」
「それから、いつか本当に店を持てたら──」
カルドは少しだけ口元を緩めた。
「そのときは、ツケで飯を食わせてくれ」
「ツケる前提で話すなよカルドさん!?」
シンのツッコミに、ラグアスが泣き笑いになる。
「……ヴェル兄さん」
最後に向けられた視線を、俺は正面から受けた。
「ぼく、ちゃんと頑張ります。
字も覚えて、数も数えて、顔も覚えて。
いつか自分の店を持って……」
言葉が詰まってでてこないようだ。
俺はラグアスの頭をなでて言う。
「俺がダンジョン潜ってる間に、
お前が外の世界をぐるっと回ってれば、
情報交換できるな。頼りにさせてもらうぜ」
「……はい!」
ラグアスの目から、ぽろぽろと涙が零れた。
「絶対、また会いましょう! 絶対ですよ!」
「おう。約束だ」
握られた手は、
出会ったときよりもずっと力強かった。
荷馬車が動き出す。
ラグアスは何度も振り返りながら、
──町の外の道へと消えていった。
見えなくなるまで手を振ってから、
ようやく腕を下ろした。
「……行ったな」
「ああ」
「さて、と」
伸びをしたシンが、こっちを振り向いた。
「俺もそろそろ、ズルズル居つく前に行くわ」
「もうか?」
カルドは驚くように言った。
少し間をおいてシンは答える。
「ああ。俺、自分に甘いからさ、
性格的に居心地のいいとこ見つけると、
根っこ生えちまうんだよ」
そう言ってシンは笑った。
「平穏な生活送りてぇって言ったろ?
そのためにも、まずはこの国を一周くらい
回ってみようと思ってる。
どこが一番“ほどほど”か、自分で確かめて回る」
俺は寂しさ隠すようにシンに言った。
「なかなかに面倒な理想追いかけてるな」
「十年も穴で暇を持て余して考え込んでた奴に
言われたくはねぇな、へへっ」
言葉では笑い合っているのに、
胸の奥がきゅっと締め付けられる。
「……で」
シンは、少しだけ真面目な顔になった。
「俺がいない間、お前は死ぬなよ、ヴェル」
「先にフラグ立てるなよ」
「マジだって。
お前は……なんつーか、
ここで止まるタイプじゃないからさ。
気づいたらどっかの深層とか
未踏とかに首突っ込んでそうで怖い」
「否定はできねぇな〜」
苦笑しながら、シンの目を見る。
「お前こそ、変な裏路地で変な女に引っかかって、
また変な借金作るなよ。売られるぞ?」
「それは“可愛い女の子と結婚する夢”の過程に
含まれてるからノーカンだ」
「ノーカンじゃねぇよ」
くだらないやり取りなのに、
声が震えそうになる。
「……ありがとな、シン」
ようやく絞り出した。
「借金崩れだろうがなんだろうが、
お前がいたから俺達は今日まで持った」
「おう」
シンは片手を突き出した。
「またどっかで会ったとき、
“ほどほどに幸せだ”って
胸張って言えるようになっとくわ」
「そのときは奢れよ。
商人相手にツケは頼みにくい」
「ったく、最後まで図々しいな。
いいぜ、一杯くらいなら奢ってやる」
拳と拳をぶつけ、シンは踵を返した。
人混みに紛れていく背中が、
あっという間に遠ざかる。
「……行ったか」
「行ったな」
隣でカルドが、短く答えた。
同じ穴で過ごした四人が、
たった数日で散っていく。
それが寂しくないと言えば嘘になる。
だけど、穴から出た以上、こういう別れ方が
一番ましなのかもしれないと思った。
誰かに連れて行かれるんじゃない。
自分で、行き先を選んで歩いていくのだから。
「さて」
しばらく二人で無言のまま
人の流れを眺めてから、カルドが口を開いた。
「残りは俺たちだけだな」
「ああ」
「やることが決まるまで、
お前と一緒に迷宮を歩くのも悪くない」
カルドは、いつもの無表情のまま言った。
「穴の形を読む奴と、
ツルハシを振るうしか取り柄のない奴。
それなりに相性はいいはずだ」
「頼もしいこと言ってくれるじゃねぇか」
自然と笑いがこぼれる。
「じゃあ──」
ギルドの扉を振り返る。
「行くか」
「行くか」
受付前に立つと、職員の女がこちらに気づいた。
「ヴェルさん、カルドさん。どうされました?」
「冒険者登録をしたい」
言葉にした瞬間、胸の奥が熱くなった。
「二人で組む。まだまだ新米だが、
穴の中で十年は生き延びてきた」
職員は一瞬驚いたように目を瞬かせ、
それから柔らかく笑った。
「でしたら、こちらの書類に必要事項を。
読み書きが難しければ、私が代筆します」
「頼む。穴の数ならいくらでも数えられるんだが、
字はまだおぼつかない」
「ふふっ、それもすぐ慣れますよ」
名前を書き、簡単な質問に答える。
年齢、出身、得意なこと、苦手なこと。
十年前の自分とは違う、今の自分の情報を、
ひとつずつ紙に刻んでいく作業だった。
しばらくして、銅のプレートが二つ、
カウンターの上に置かれた。
土の国タイターンの冒険者ギルドが発行する、
一番下の位の証。
「本日より、ヴェルさんとカルドさんは、
正式に冒険者です。どうか、ご武運を」
職員の言葉を聞きながら、それを握りしめる。
薄い銅板だ。無骨な手には小さい。
けれど、十年分の穴の重みを、
それでも少し軽くしてくれるような感触だった。
「行くか、相棒」
カルドが言った。
「ああ。まずは、
閉じ込められていた穴の外で、
俺たちは、新しい「穴の歩き方」を選んだ。
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