0012.それぞれの夢
ギルドマスターの言葉で話し合いは
一旦、一区切りとなり、
俺たちは職員に案内されて二階へ上がった。
軋む階段を登り、突き当たりの扉を開ける。
そこには、四つのベッドが並んでいた。
窓際に二つ、壁際に二つ。
清潔なシーツ。膝丈ほどの小さな棚。
床には染みこそあるが、
石と木の匂いだけで、湿った土の臭いはしない。
「……うわ」
思わず変な声が出た。
坑道の「寝台」とは、あまりに違う。
枷も鎖もない。
誰かの怒鳴り声も、
ツルハシを振るえという合図もない。
「ここをしばらく使っていいそうです」
案内してくれた若い職員が、少しだけ微笑んだ。
「ギルドマスターの許可は出ていますので、
ゆっくりと、安心して休んでください。
……本当に、お疲れさまでした」
そう言って、軽く頭を下げて去っていった。
扉が閉まる音がやけに大きく響いた。
「ベッド……ですね」
ラグアスが、おそるおそるシーツに手を触れた。
その指先がほんの少し震えているのが分かる。
「柔らけぇな」
カルドが短く言った。
その声には、感想以上のものが混じっている。
「俺、寝返り打っても怒られないベッド、
久しぶりに見たよ」
シンが苦笑しながら、
自分の分に腰を下ろす。
軋んだ音と一緒にマットレスがわずかに沈んだ。
俺も空いているベッドの端に腰をかける。
ふかふか、というほどではない。
だが、少なくとも岩よりはずっと優しい。
(……ここが、土の国タイターンか)
さっきギルドマスターの部屋で聞いた
この国の名前を思い出す。
風の音より、土と石の重みが支配する国。
鉱山と迷宮が多く冒険者と鉱夫が行き交う土地。
風の国しか知らなかった俺。
穴の底で聞いていた噂話が、
ようやく現実の形を持ち始めた気がした。
しばらくは誰も口を開かなかった。
静けさは、気まずさではない。
十年分の騒音がやっと遠のいたあとの、
変な静けさだ。
「……なぁ」
先に口を開いたのはシンだった。
「マスターに言われた通りさ。
今後のこと、考えとけってよ。
みんなは一体どうするんだ?」
天井を見上げたままの声だった。
ラグアスが、掌の上でシーツを握りしめる。
「ぼく……」
一度息を飲み込んでから、言葉を絞り出した。
「ぼく、商人になりたいです」
「商人?」
シンが目を丸くする。
「ええと……今更、勉強とかも大変だろうし、
字もちゃんと読めないし、世間も知らないし、
計算も坑道の石の数を数えるくらいしか
してきてないです。……でも」
ラグアスは、ぎゅっとシーツを掴んだ。
「昔、両親と旅の途中で色んな町を回って。
それがすごく楽しくて。
いろんな物を見て、いろんな人と話して。
……ああいう風に、物を運んで、
人と人をつなぐ仕事をしたいなって。
ずっと、ずっと思ってたんです」
昔って言うには重い経緯があるのは知っている。
それでも、今のラグアスの目は、
坑道の暗闇じゃなく、外の光を見ていた。
「字なんざ、読めるようになりゃいいだけだろ」
シンが軽く笑う。
「計算も、慣れりゃどうにでもなるさ。
金勘定に関しちゃ、俺も多少は役に立つぜ?」
「シンさんのお金の知識って、
完全に裏街道のやつじゃないですか……」
「裏も表も、金は金だ。使い方は教えてやるよ」
ラグアスは、ほっとしたように笑った。
「ありがとうございます!」
「で、シンはどうするんだ」
俺が聞くと、
シンは寝転がったまま両手を頭の後ろで組んだ。
「俺か? 俺はもう決めてるぜ」
「聞かせてくれよ」
俺の言葉に仕方ねえなと言いつつ、
すこし照れくさそうにシンは答えた。
「平穏な生活を送って、
かわいい女の子でも見つけて結婚する」
あまりにもはっきりと言い切ってきたので、
思わず笑ってしまった。
「ずいぶん具体的だな」
「おうとも。
もう命賭けの穴掘りも迷宮もこりごりさ。
ほどほどに働いて、ほどほどに飲んで、
ほどほどに愛されて、ほどほどに死ぬ。
なっ? 最高だろ?」
「理想像が“ほどほど”で固まりすぎだろ、お前」
「奴隷やって、この結論に至ったんだぜ?
英雄とか大商人とか立派じゃなくていい。
腹いっぱい飯食って、しっかり眠れて、
隣に笑ってくれる奴がいたら、それで充分だ」
軽口みたいに言うくせに、本気だ。
声の奥と表情に本音が透けていた。
ラグアスが羨ましそうに笑う。
「いいですね……。
ぼくも、そんな人が見つかるといいなぁ」
「見つけろ。
商人になったら、出会いなんていくらでもある」
シンは、ラグアスの枕元を指でつついた。
「カルドは?」
俺がそう振ると、カルドはしばらく黙っていた。
窓の外の暗闇を見ている。
「……まだ、何も浮かばん」
ようやく出てきた言葉は、それだけだった。
「穴の中で生きることで精一杯だった。
明日も働くか、明日死ぬか、
そのくらいしか考えてなかったからな」
それは俺たち全員に言えることだ。
「武器を握れば戦える。ツルハシを握れば掘れる。
だが、それを何に使いたいか、までは分からん」
カルドは、ゆっくりと拳を握った。
「だからとりあえずは、生きる。
食って、寝て、迷宮から少し距離を取って、
それから考えても遅くはないだろう」
「それも、十分な答えだと思うぜ」
シンがそう言うと、ラグアスも強く頷いた。
「はい! 無理に決めるものでもないですし!」
「で、ヴェル。お前は?」
三人分の視線が、一斉にこっちに向けられる。
「……俺は」
一度息を吐いてから、言った。
「冒険者になる」
自分で言って、自分で驚くくらい。
その声ははっきりしていた。
「穴から逃げるために、空間を数え続けた。
その結果、迷宮でやっと役に立つようになった。
だったら──」
言葉を探しながら、天井を見上げる。
「穴に閉じ込められて死ぬ側じゃなくて、
穴を使って生きる側に回りたい」
火山の中。
海の底。
空の果て。
あの日、リリーが語っていた
“十の未踏ダンジョン”のことが、
頭の片隅で十年たった今でもちらつく。
「笑うなよ?
俺が捕まった理由も冒険者になりたいって
一人で森を歩いてたからなんだよ」
「あぁ、確かに聞いたことある気がするわ」
シンが笑う。
「でも、ヴェル兄さんなら向いてると思います」
ラグアスがまっすぐに言った。
「罠も見つけられて、魔物も避けられて、
道も覚えてて。……何度だって、
ぼくたちを導いてくれました」
「そうだな」
カルドもゆっくり頷いた。
「迷宮を歩くなら、お前みたいな奴が必要になる。
だったら、その道を選ぶのは、悪くない」
「おうおう、決まりだな」
シンが片手を突き出す。
「商人志望と、平和主義者と、
まだ未定と、これから冒険者。
バラバラで上等。穴の中よりよっぽど健全だぜ」
俺も手を伸ばし、
その拳に軽く自分の拳をぶつけた。
ラグアスも、その上から重ねる。
カルドは少しだけ目を細めて、
それに自分の手を乗せた。
「じゃ、決まりだ」
シンが言う。
「いつかそれぞれの道で、
でっかい顔できるようになろうぜ。
かわいい嫁さんと店と、
やるべき戦場を手に入れてさ」
「そのときは、またこうやって語り合いましょう」
ラグアスの言葉に、俺はうなずいた。
「迷宮の奥か、どこかの町か、
土の国なのか、どこかかは知らないけどな」
カルドの低い声が、妙に心地よく響いた。
灯りが少しずつ小さくなっていく。
外は静かだ。
坑道のような“作業に呼び戻される気配”は、
今はもう、どこにもない。
目を閉じる前に、もう一度だけ、
自分の胸の内を確かめた。
(冒険者、か)
穴を恐れる側ではなく、穴を選ぶ側へ。
土の国タイターンの夜は、
驚くほど静かで、柔らかかった。
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