0011.ギルド
ギルドの扉をくぐった瞬間、
鼻の奥をくすぐる匂いにくらりとした。
汗、酒、油、鉄、紙、インク、革。
いろんな匂いが折り重なっているのに、
不思議と嫌な感じはしない。
生きてる匂いって、
たぶんこういうやつなんだろう。
広く大きなホールには、
木製のテーブルと椅子が並ぶ。
人が賑わっている壁には
依頼書らしき紙がぎっしり貼られていた。
奥にはカウンターがあり、
数人の職員が忙しそうに動いている。
そんな中、俺たち四人は、明らかに浮いていた。
ボロボロの作業着と手枷。泥と汗と血の染み。
髪は伸び放題で、顔も煤だらけ。
ちらちらと視線が刺さる。
「気にすんな」
ハヤテが少しだけこちらへ振り向いた。
「お前らを連れてきたのは俺たちだ。
文句ある奴は、まず俺に言いに来るさ」
そのまま真っ直ぐカウンターに向かうと、
ハヤテは受付の女に声をかけて
金のプレートのようなものを差し出す。
「新人用ダンジョンの定期調査の前に、
ちょっと大物拾っちまってな」
受付嬢の視線が俺たちに向き目を見開く。
「だいぶ……お疲れのようですが」
「疲れどころじゃねぇさ。
坑道での奴隷生活からの生還者だ。
しかも、その坑道が新人用ダンジョンと
どっかで繋がってる可能性があるときた」
周囲の空気が、ぴんと張った。
受付嬢は一瞬だけ言葉を失い、
それから早口で何かを伝令に告げた。
奥へ走っていく若い職員。
しばらくして、重い足音が近づいてきた。
現れたのは、肩幅の広い男だった。
髪に白いものが混じり始めているが、
身体はまだ岩のように分厚い。
腰に下げた剣は使い込まれていて、
鞘の傷だけでも場数を物語っている。
「お前か、ハヤテ。
面倒事を連れてくるのが若いのの流行りか?」
「俺も好きで拾ってきたわけじゃないですよ、
ギルドマスター」
ハヤテが肩をすくめる。
「こいつら十年も坑道に閉じ込められてたらしい。
詳しくは話させますが、その前に──」
「分かってる」
ギルドマスターと呼ばれた男は、
俺たちをじろりと見た。
値踏みする視線じゃなかった。
戦場に立たされた兵士の状態を確認するような、
厳しくも優しい光を帯びた冷静な目だ。
「俺の名前はガレス、クロムのギルドマスターだ
つっても、辺鄙な町のギルドマスターだからな。
別に全然偉かねえんだよ、これが」
そういってガッハッハと豪快に笑う。
すると隣にいた無精髭の男が俺達の手枷に
針金を入れて『解除』と唱える。
ゴトリと音を立てて手枷が外れた。
次々とカルドたちの手枷も外していく。
「あ~、これは……。
マスター、魔法が使えなくする手枷ですわ。
念の為取っときやしょう」
「あぁ、そうしてくれ。
よし! なら、お前らはまず湯だな」
ガレスは短くそう言って、
カウンターの中の職員に声を張る。
「風呂場を空けろ。
こいつら四人分、湯を多めにだ。
それから男物の服を四揃え、すぐ持ってこい。
飯も頼む。腹が落ち着かねぇと話もできん」
「は、はい!」
てきぱきと職員たちが動き始める。
「おい」
ギルドマスターが俺の方を顎でしゃくった。
「名は?」
「……ヴェルです」
「そうか、ヴェル。話はあとでゆっくり聞く。
今は俺のギルドの客だ。
遠慮なく湯に浸かって、飯を腹に入れろ」
言い切り方があまりにも当然で、
思わず返事を忘れそうになる。
「……はい」
それだけ絞り出すので精一杯だった。
案内された風呂場は、
想像していたよりずっと広かった。
石造りの浴槽に、湯気を立てる透明な湯。
横には桶や石鹸のようなものが並び、
湯気の中に、知らない草の匂いが混じっている。
「夢じゃねぇよな、これ」
シンが小声でつぶやく。
「……熱い湯なんて、十年以上ぶりだ」
カルドの声まで少し震えていた。
ラグアスは、脱ぎかけた服を握りしめたまま、
わなわなと目を潤ませている。
「ヴェル兄さん……泣きそうです」
「泣けよ。十年ぶん、一気に流したらいいさ」
自分でも驚くくらい素直に言っていた。
服を脱ぎ、湯に足を入れる。
熱い。
それでも、引き返そうとは思わなかった。
ゆっくりと身体を沈めると、
石にこびりついた冷たさが、
皮膚の奥から剥がれ落ちていく気がした。
「……うわ」
喉の奥から勝手に声が漏れる。
痛いところも、こわばってたところも、
全部まとめて湯に溶けていく。
隣でラグアスが鼻をすすり上げている。
シンはいつもの調子で軽口を叩こうとして、
結局何も言わずに天井を見ていた。
カルドは黙ったままだが、
湯から上がったときの肩の力の抜け具合が
いつもと全然違った。
湯からあがると、用意された服が置いてあった。
特別なものじゃない。
粗めの布でできた、簡素なシャツとズボン。
それでも、清潔で、どこもほつれていない。
袖を通した瞬間、少しだけ胸がきゅっとした。
(……ただの服なのにな)
ただの服が、こんなに“普通じゃない”と。
そう感じる日が来るとは思わなかった。
食堂に案内されると、
テーブルの上には大きな鍋が置かれていた。
肉と野菜が入った濃いスープ。
焼きたてのパンが山のように積まれている。
横には簡単なサラダまである。
「遠慮するな。食えるだけ食え」
ギルドマスターが腕を組んで立っていた。
「毒なんか入ってねぇよ」
「信じてますよ、そこは」
シンが真面目な声で返す。
最初の一口を口に入れた瞬間、
胃が驚いたみたいにきゅっと縮んだ。
(……うま)
味が濃い。
しょっぱいし、脂もあるし、香草もきいてる。
でも不思議とくどくない。
スプーンを持つ手が止まらなくなった。
カルドも、ラグアスも、シンも、
無言でひたすらスープとパンを口に運び続ける。
「落ち着いて食え。喉に詰まらせたら情けねぇぞ」
そう言いながら、
ギルドマスター自身も奥から持ってきた
大きなジョッキをあおっている。
ハヤテたちも別のテーブルで
簡単な飯を食いながら、
ちらちらとこっちを見ていた。
ある程度腹が落ち着いたところで、
ようやくスプーンを置けた。
「……生き返りました」
ラグアスの言葉に、思わず頷いてしまう。
食後、ギルドの奥にある小さな部屋へ通された。
丸いテーブルと椅子が四つ。
壁には簡単な地図と棚。
窓から差し込む光が柔らかい。
そこに座ると、
向かいにガレスさんがどっかり腰を下ろした。
ハヤテ、シュウ、ミヤも同席している。
「さて──」
ギルドマスターが組んだ手をテーブルに置く。
「飯も風呂も済んだな。
改めて聞かせてもらおうか。
お前たちがどこから来て、何を見てきたのか」
俺は息を整え、頭の中の“穴の地図”を引き出す。
さらわれた時のこと。
坑道での生活。
盗賊崩れの監督たち。
崩落の日。
壁が抜けた向こうに現れた迷宮。
ゴブリン、罠、広間。
そして地上に出るまでの通路。
言葉にしながら、
自分でも「よくこれだけ覚えてたな」
と思うくらい細かく話していく。
ギルドマスターはひと言も遮らず、
黙って聞いていた。
ハヤテたちは時々眉をしかめ、
ミヤは何度もハンカチを目元に当てた。
シュウは地図の紙を引き寄せ、
俺の説明をもとに線を引いていく。
「……ふむ」
最後まで聞き終えてから、
ギルドマスターが低く唸った。
「新人用ダンジョンの構造とところどころ重なる。
少なくとも同じ地層の中にあるのは間違いねぇ」
シュウが描いた線を見ながら続ける。
「お前たちが出てきた穴と、
新人用ダンジョンの入口を結んだとして……
その途中で、どこかが繋がってやがる。
崩落をきっかけに、な」
「放っておくと、危険ですよね」
ミヤが不安そうに言う。
「新人が迷って坑道側に落ちるか、
逆に行動の奴らがダンジョン側に出てくるか。
どっちにしても碌なことにならん」
ギルドマスターの目が、
俺たち四人を順番に見た。
「よく、生きて戻ったな」
その言い方が、妙に真っ直ぐで、胸に刺さる。
「まだ話してないことがあるなら全部出せ。
判断を間違えるわけにはいかねぇ」
「……今のところは、全部話しました」
言いながら、頭の中をもう一度探る。
あの坑道のさらに奥のことくらいだ。
ギルドマスターは深く息を吐いた。
「分かった。話は受け取った。
あとはギルドとしてどう動くか、俺の仕事だ」
そう言って、椅子の背にもたれかかる。
「お前たちは今は休め。
それと、今後のことを考えると良い。
もうお前たちを縛るものは無いんだからな」
そう言って背中をバチンと叩かれる。
痛さよりも、なんだか温かいものを感じた。
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