0010.三人の冒険者

 


 風の向きが、少し変わった。


 煙の匂いが、さっきよりはっきりしてきた。

 焚き火。煮炊き。油と、人の汗。


(近いな)


 岩山の斜面を回り込むように下っていくと、

 やがてしっかりした土の道に出た。


 獣道みたいな細さじゃない。

 何人もが行き来して踏み固めた、

 ちゃんとした「道」だ。


 その先から、三つの何かが動いたのがわかる。


「人だ」


 思わず口にすると、

 カルドがツルハシを少しだけ構え直した。

 シンも肩の力を抜く代わりに、目だけは細める。

 ラグアスは俺の背中に視線を預けてきた。


 そうして進む俺達の前に三人組が姿を現した。


 先頭は黒髪を後ろで束ねた男。

 鎧は簡素だが、胸板の厚さと歩き方から、

 どう見ても前衛だ。腰には剣。


 その後ろを、細身の茶髪の男が

 軽い足取りでついていく。

 軽装で、腰には短剣が二本。

 目がよく動いている。

 

 三人目は、僧侶だろうか。

 肩までの薄茶の髪をフードからのぞかせた女で、

 胸の前で小さなロッドを抱えていた。

 動きはおっとりしているが、

 足取りは意外としっかりしている。


 俺たちを見た瞬間、三人とも構える。


(まあ、そうなるよな)


 埃と汗と血で汚れた作業着。

 肌には傷と痣。髪は伸び放題。

 そこにツルハシを構えた四人組。

 怪しさしかない。


 先頭の男が、剣に手をかけたまま口を開いた。


「……お前ら、大丈夫か?」


 思っていたよりも柔らかい声だった。


「その格好、奴隷か何かにしか見えねぇんだが」


 後ろの茶髪の男が、呆れたように言う。

 フードの女は、こっちを見て目を丸くしていた。


 カルドが一歩前に出かけたのを、俺が手で制す。


「俺たちは逃げてきた。あの山の下の坑道から」


 俺は振り返り、

 さっき出てきた穴の方角を顎で示した。


「盗賊にさらわれて、十年。

 ただ、坑道を掘らされてた。

 そこで先日崩落があってな。

 坑道が、そこらのダンジョンに繋がったらしい」


 三人の空気が変わる。


 先頭の男の手がいつの間にか剣から離れていた。

 茶髪の男は眉を寄せ、女は口元を押さえている。


「……十年?」


 女が、小さな声で繰り返した。


「はい、僕は三年くらいです。

 だけど僕たち、ずっと……」


 ラグアスの言葉が途切れる。


 喉の奥が熱くなるのが分かった。


 今まであまり意識しなかった数字が、

 急に重みを持ち始める。


「名前、聞いてもいいか?」


 俺の問いに先頭の男が、

 まっすぐこっちを見て言った。


「俺はハヤテ。あっちはシュウ、こっちはミヤ。

 見ての通り、冒険者だ」


「……ヴェルだ。

 こっちはカルド、シン、ラグアス」


 名前を言うと、ミヤと名乗った女の目から、

 ぽろっと涙がこぼれた。


「十年も……そんな……」


 慌てて袖で拭うが、すぐにまた溢れてくる。


「ミヤ、落ち着け」


 シュウがなだめるが、声色は彼も固い。


「向こうの穴から出てきたんだな?」


「ああ。中は……」


 俺は簡潔に話した。


 坑道での生活。崩れた支柱。

 奥の壁が抜けて現れた迷宮。


 ゴブリンの巣と罠。

 そこを抜けて、ようやく外へ出たこと。


 話しているあいだ、

 ハヤテの顔はどんどん険しくなっていく。


 シュウは腕を組み、

 視線を地面に落として何かを考えている。


「その坑道、奴隷を使ってたってことだよな」


「ああ」


「上はどういう連中だ?」


「はっきりしたことは分からない。

 俺たちは、穴から出たことがない」


 言いながら、自分たちが

 どれだけ狭い世界に閉じ込められていたのかを

 再確認させられる。


 ミヤはとうとう声を上げて泣き出した。


「そんな、そんなひどい……っ」


「ミヤ」


 ハヤテが一歩近づき、その肩に手を置いた。


「泣くなとは言わねぇけど、まず考えよう。

 お前ら、どこに向かってた?」


「人のいる場所を探そうとしてた。

 水と……いや、できれば……、

 まともな飯の匂いのするところへ」


 自分で言って、少し笑えてくる。

 目標があまりにもささやかだ。


 シュウが小さく息を吐いた。


「この道の先に町が一つある。

 俺たちは“新人用ダンジョン”を目指してたんだ。

 定期調査のためにな」


「新人用?」


「そう。冒険者ギルドが管理してる、

 初心者向けの簡単な迷宮。

 ……だったはずなんだがな」


 シュウは崩れた岩山の方へ視線を投げる。


「そのダンジョンと、

 さっきお前らが出てきた坑道が、

 どっかで繋がってるとしたら──」


「新人を狙った奴隷狩りのコースにもなるわけだ」


 シンが言うと、

 ハヤテの眉間の皺がさらに深くなった。


「お前らのところの上の連中。

 そいつらが気づいてるかどうかは知らねぇが、

 少なくとも今のまま新人を放り込むのはマズい」


「ギルドで話した方がいいですね」


 ミヤが涙を拭いながら顔を上げた。


「もし本当に繋がってるなら、

 早く塞ぐか、警戒を強めてもらわないと」


 ハヤテが俺たちを見る。


「お前ら、行くあては?」


「ない」


「なら、一緒に来い。町まで護衛くらいはする。

 ギルドで事情を話すにしても、

 実際に生き残った奴がいた方が説得力がある」


「……助かる」


 本気で、そう思った。


 


 道を歩きながら、

 俺達は攫われる前の事を聞かれた。


 俺は少しだけ考えた。

 生まれのことは隠して話そう。

 なんとなく、まだカルドたちに話しづらい。


「……十年前、森で攫われた。

 気づいたら坑道で、ツルハシ渡されて、

 それからずっと地下ぐらしだ」


 カルドは、両親はわからず、

 育ての親だった傭兵は死んだこと。


 シンは、町のはみ出し者で、

 賭けで作った借金ごと売られたこと。


 ラグアスは、家族ごと旅の途中で襲われ、

 生き残ったのが自分だけだったこと。


 短く、淡々と話す。


 ミヤはまた泣いていた。

 シュウは何度も舌打ちし、

 ハヤテは拳を握りしめる。


「……悪いな」


「何がだ?」


「ダメなんだ。こういう話聞くと、

 俺、どうしても殴りに戻りたくなる。

 その坑道の上にいる連中を、

 まとめてぶっ飛ばしたくて仕方がなくなる」


「それは、俺も同じだ」


 ハヤトにカルドが静かに言った。


「だが今戻っても、勝てない。

 今は生きて、力をつける方が先だ」


「分かってるさ」


 ハヤテは深く息を吐き出し、顔を上げた。


「だからまずは、ギルドに話を通す。

 あそこは、少なくとも“話を聞く耳”は持ってる」


 


 しばらく歩くと、風の匂いが濃くなった。


 肉を焼く匂い。酒。人の話し声。

 風に運ばれてくる音が、一気に増える。


(……町だ)


 土の道の先に、石積みの城壁が見えた。

 その手前には木製の門。外には荷車と人の列。


「ようこそ、

 土の国 タイターンの端っこの町クロムへ。

 まぁ、名前は正直どうでもいい。

 今のお前たちにとっては、ギルドのある場所だ」


 ハヤテが冗談めかして言う。


 門番の視線が、こちらに向く。

 俺たちの汚れた格好を見て、訝しむ色が走るが、

 ハヤテが一歩前へ出た。


「俺はハヤテ。炎のギルド所属の冒険者だ。

 依頼で新人用ダンジョンに向かってたが

 途中でこいつらを拾った」


 ギルドの札を見せながら、

 簡単に事情を説明していく。

 奴隷坑道のこと、崩落。

 そしてダンジョンとの接続の可能性。


 門番たちの空気も、じわじわと変わっていった。


「詳しい話は、ギルドで聞かせてもらおう。

 入るなら、真っ直ぐギルドに向かってくれ」


 そう言って、門番は道を開けた。


 


 城壁の中に入った瞬間、

 音と匂いに軽くくらくらした。


 人、人、人。

 商人、職人、子供、冒険者。

 それぞれの足音が混じり合い、揺れている。


 道の両脇には店。

 果物や布、武具、防具。

 食べ物の屋台からは香辛料の匂いが立ち上る。


(……世界、広いな)


 頭の中に描き続けてきた穴の地図が、

 一気に古びた紙切れみたいに感じる。


「ヴェル」


 隣に並んだハヤテが言った。


「まずはギルドだ。

 そこで、お前らの話を全部ぶちまけてやろう」


「任せろ。十年分の“穴の話”なら、

 いくらでもしてやる」


 カルド、シン、ラグアス。

 そしてハヤテ、シュウ、ミヤ。


 七人分の足音が、同じ方向へと揺れていく。


 俺たちは、町の喧騒の中。

 ギルドへ向かって歩き出した。



 

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