0008.ボス戦:ゴブリンリーダー

 

(……やっぱり、いる)


 この広間の奥、下った先に重たい塊がひとつ。

 そのまわりを細い影が四つ、

 落ち着きなく動いている。


 足音は聞こえないのに、

 風の返り方がそこで凹んでいた。


「カルド。奥に五つ。

 でかいのが一体、小さいのが四体だ」


 カルドは短く頷き、ツルハシを握り直す。


「避けられるか?」


「この先を抜けないと別の道に届かない。

 どう行っても、あそこを通ることになる」


 シンが小さく息を吐いた。


「初戦の相手が魔物か。

 人間じゃねぇだけマシって思っとくか」


「マシかどうかは終わってからですね……」


 ラグアスの声が少し震える。俺だって怖い。

 それでも、行くしかない。


「陣形を決める。カルドが前、俺がすぐ後ろ。

 シンは左、ラグアスは右だ」


 三人がそれぞれ頷き、ツルハシを構える。

 ……俺は広間の奥へ歩き出した。


 


 広間の端から、下り坂の通路に入る。


 一歩ごとに空気の圧が強くなる。

 先にいる“何か”が、風の流れをせき止めている。


(距離は……二十歩弱)


 音の返り、空気の重さを合わせて大まかに測る。


(動いているのは小さい四つ。

 大きいのは、ほとんど動かない)


 見張らせているのか、待ち構えているのか。

 どちらでもいい。先に動くのは小さい方だ。


「ここから先、声は小さく。合図は肩を叩く」


 三人の気配がぴんと張る。


 通路の先がふっと開けた。


 薄暗い広間。

 粗い骨や壊れた箱が壁際に転がっている。

 中央より少し奥に、五つの“影”。


 小柄でやせた体躯。尖った耳。

 石槍を握った四体と、一回り大きな影。


 粗い鉄片を束ねた棍棒を肩に担ぎ、

 じっとこちらを見ている。


(ゴブリン、ってところか。でかいのが頭だな)


 床の凹凸、小石の位置を頭に刻む。

 その瞬間、広間の真ん中あたりの空気が

 ぴんと張りつめるのがわかった。


(一体、走った)


 右前。最短距離。床を蹴る音より早く、

 空気が押し出される気配で分かる。


 俺はカルドの肩を軽く叩き、

 右前を指先で示した。


 同時にカルドが踏み込み、

 低い軌道でツルハシを払う。


 ガンッ、と石槍とぶつかる音。

 ゴブリンの体勢が崩れた。


 二体目が左から回り込む。


 左の空間が歪む前に、

 俺はシンの背中をそっと押す。


 シンは前へ滑り出て、

 ツルハシの柄でゴブリンの膝を払った。

 倒れた腕から石槍がころりと転がる。


 三体目と四体目が、

 一瞬だけ足を止めたのが分かった。

 風の揺れが、正面と迂回のあいだで迷っている。


 その迷いを断ち切るように、

 奥で重い足音が鳴った。


 ドン。


 リーダー格のゴブリンが一歩前に出る。

 棍棒がわずかに持ち上がる。


(来る)


 真正面から、力任せに。


「カルド、正面は任せる。俺は右を抑える」


 短く囁き、ラグアスの肩を叩いて、

 右の壁際へ下がらせる。


 棍棒が振り下ろされる。

 空気が押し潰されるように歪んだ。


 カルドはぎりぎりまで引きつけてから半歩ずれ、

 ツルハシの柄で受け流す。


 重い衝撃音。


 それでも踏みとどまるのが、

 十年鍛えた身体だ。


(今の軌道、覚えた)


 棍棒は大振りだ。


 振るたびに体重移動が大きく、

 足元が一瞬浮く。


 その“薄くなる瞬間”だけ、空間の厚みが変わる。


 右側から、迷っていた二体が動いた。

 壁沿いに走り、背後を狙ってくる。


「ラグアス」


 名前を呼び、右壁の手前を顎で示す。


「そこ、一歩前で構えろ。低く突いてすぐ引け」


「は、はい!」


 ラグアスは震えながらも足を踏み出し、

 ツルハシの先を低く構える。

 足は止まっていない。


 影から飛び出したゴブリンの喉元に、

 ちょうどツルハシの頭がぶつかった。

 鈍い音とともに、ゴブリンが仰け反る。


 もう一体がラグアスの脇を抜けようとした。


(そこだ)


 俺は一歩で距離を詰め、

 ツルハシの柄を足首に引っかけて横へ払う。


 転がったところへ、

 すかさずシンが踏み込み、

 腕ごとツルハシの頭を叩きつけた。


 

 正面では、まだカルドと

 ゴブリンのリーダーがぶつかり合っていた。


 棍棒が振られるたびに、空気がぐっと沈む。


 カルドは左右にずれながら受け流しているが、

 息は荒く、余裕はない。


(長くはもたねぇな)


 小さい連中はほぼ動きを止めた。

 なら、次はリーダーだ。


 広間全体の形を改めて描き直す。

 床の傾き、小石の箇所、それぞれの位置。

 そして、カルドとリーダーの間合い。


(……ここ)


 カルドの斜め後ろに回り込み、

 リーダーの足元だけを見る。


 棍棒が大きく振りかぶられた。

 今までより深い軌道。


 リーダーの右足が、

 さっき踏んで確かめた小さなくぼみに乗る。

 重心がそこに集まる一瞬。


 俺は、そこへ向けてツルハシの頭を“置いた”。

 振り抜くのではなく、落ちてくる重さを待つ。


 ドン、と柄を通じて腕に重い衝撃が走る。

 リーダーの足が悲鳴のような音を立てて折れ、

 グラリとその体勢が崩れた。


 その横合いから、

 カルドのツルハシが強く叩き込まれる。

 棍棒が手からこぼれ、床を転がった。


 広間から、さっきまでの“圧”がすっと消える。


 


 静寂。


 しばらくは、自分たちの息と

 強い心臓の音だけがやけに大きく聞こえた。


「……終わったか」


 シンが肩で息をしながら、

 ツルハシをだらりと下げる。


「近づくな。完全に動かなくなるまで待て」


 そう言いながらも、

 空間の揺れはもうほとんどない。


 リーダーも小さい奴らも、

 塊としての“張り”を失っていた。


 ラグアスが力の抜けたように、

 その場にへたり込む。


「こ、怖かったですけど……でも、なんとか!」


「さっきの一突き、あれは効いてた。よく動いた」


 そう言うとラグアスは顔を真っ赤にして俯いた。


 カルドがこちらを振り向く。


「……お前の感覚がなきゃ、半分はやられてたな」


「カルドが前に立ってくれてたから、

 だから、隙が見えたんだ」


「それでもだ」


 短い言葉に、確かな実感が混じっている。


 


 広間の空気は、さっきより少し軽い。

 それでもこの先に何があるかは分からない。


 俺はツルハシの柄を握り直し、深く息を吸った。

 入口の戦いは、どうにか越えた。


 なら次は、この迷宮そのものに、

 道を問いただしてやる番だ。


 

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