0005.崩落
あれから、数日が経った。
仕事の内容はなにも変わらない。
掘って、運んで、寝る。
起きたらまた掘って、運んで、寝る。
……けれど、坑道の“音”だけは、
少しずつ変わっていた。
「──三番坑、もう少し奥まで掘り進めるぞ!」
監督の怒鳴り声が、反響しながら遠くで歪む。
ツルハシの音。
荷車のきしむ音。
奴隷たちの荒い息。
そのすべてにわずかな違和感。
(……支えが、限界に近い)
天井から落ちてくる砂の量。
支柱の軋む回数。
空気の押し戻し方。
どれも“ちょっとだけ増えている”。
誰も気にしてはいない。
だが、俺には分かる。
この坑道は、少しずつ壊れかけてる。
「ヴェル、また顔が難しくなってるぞ」
シンが、石をどけながら俺の横目を覗き込む。
「いつも難しい顔してる気がするけどな」
「カルド、それフォローになってないからな?」
いつものやり取り。
だが、俺はツルハシを振りながら小さく呟いた。
「……三番坑の奥、支柱の軋みが増えてる。
そろそろ“くる”かもしれない」
隣で荷車に石を積んでいたラグアスが、
びくっと肩を揺らし振り向いた。
「く、くるって……崩落、ですか?」
「まだ“たぶん”の段階だ。
今のところここまで巻き込まれる感じじゃない」
「今のところ、な」
カルドの言葉は短い。
ただ、その一言に含まれた重さだけで十分だ。
崩落がどれくらいの速さで人を潰すか。
叫び声がどこまで届くか。
そのあと、静寂がどれだけ続くか。
──嫌というほど見てきた。
その日の仕事は、何事もなく終わった。
飯を食い、汚れた水を飲み、寝台に横になる。
耳を澄ませば、遠くの坑道ではまだ
仕事をしている班の音が聞こえる。
ツルハシのリズムが、少しだけ速い。
監督の怒鳴り声が、いつもより荒い。
(……急かしてるな)
三番坑を早く掘りたいらしい。
上からの命令か、金の匂いか。
理由はどうでもいい。
ただ、その無理が、天井を削っていく。
崩れたのは、二日後のことだった。
カン、カン、といつものように
俺たちの班が掘っていると──それは来た。
ゴォォォォォッ……!!
腹の底に響くような、低い唸りが坑道を走る。
「……っ!」
ツルハシを止める。
カルドも、シンも、ラグアスも、
その瞬間だけ同時に動きを止めた。
次の一拍。
ドンッ!!
何かが、一気に落ちる音。
それから、土砂の崩れ落ちる猛烈な連続音。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
空気が逆流し、粉塵が押し寄せてくる。
「伏せろ!!」
カルドの声とほぼ同時に、
俺はラグアスの肩を掴んで地面へ引き倒した。
胸の上を砂と石が跳ねていく。
耳の中が、崩壊の音でいっぱいになる。
──どこかで誰かが叫んだ。
誰かが名前を呼んだ。
だが、それはすぐに、土と岩の音に飲まれた。
しばらくして、音が止んだ。
粉塵で肺が焼ける。
口の中がジャリジャリする。
咳をこらえながら、ゆっくりと身を起こす。
(……こっちは、無事か)
空気の流れがまだ“生きている”。
天井の圧も支柱の悲鳴も致命的な状態ではない。
問題は──
少し離れた方角から、空間が“消えていた”。
ついさっきまで、
そこには三番坑の作業スペースがあった。
奴隷が何人もいて、監督が二人見張っていて、
ツルハシの音が止むことはなかった。
なのに今は、なにも感じられない。
音も、気配も、空気の重さも。
「……三番坑だな」
俺の横で、カルドが低く言った。
頷くしかなかった。
空間の形がごっそり削り取られている。
そこに“いたはずのもの”のすべてが、
轟音のあと、静かに、消えた。
「な、なんだ今の音は!?」
「確認しろ! 三番坑の方角だ!」
監督たちが怒鳴り合う声が、
反響しながら行き交う。
別の班の奴隷たちもざわつき始める。
ただ、俺は別のことに気づいていた。
(……穴が、開いた)
三番坑の奥。
崩落で潰れた空間の、そのさらに向こう側。
そこに、ぽっかりと“別の穴”がある。
崩れた岩と土の隙間から、
細い風が流れ込んでいるのだ。
こっちに向かって吹いてくるのではない。
逆だ。
こっちの空気が、向こうに吸い込まれている。
(おかしい)
ここは深い坑道だ。
普通なら、崩れた直後は空気が押し返してくる。
それが“吸われている”。
向こう側に、さらに広い空間がある。
この坑道の延長ではない。
今まで感じたことのない、別の空間。
「……ヴェル兄さん」
隣で、ラグアスが俺の顔を覗き込んでいた。
いつもより蒼い顔で。
「三番坑の人達……どうなったんですか」
「……」
答えられる言葉は一つしかない。
けど、それをそのまま言ってしまえば、
優しいラグアスは悲しむ。
気休めだが、代わりに違うことを口にした。
「お前が無事で良かったってだけ考えろ。な?」
ラグアスは強く唇を噛んで、うなずいた。
その日一日、坑道は混乱していた。
三番坑に続いていた通路は封鎖され、
上から来たらしい偉そうな連中が
うんざりした顔で現場を見に来ていた。
「復旧の目処は?」
「安全確保が出来てからの調査になります」
「奴隷にやらせておけ」
そんな会話が、風に乗って耳に入る。
(奴隷、ね)
言えば俺達は使い捨ての消耗品。
一週間もすれば人は増えていく。
それが大人か子どもかはわからない。
子供でも最初の俺の時のように、
宿所や行動の掃除や配膳をさせられる。
まるで刑務所みたいなもんだ。
……ここは、そういう場所なんだ。
夜。
作業を終えて寝床に戻されても、
眠れる奴はほとんどいなかった。
三番坑で働いていた連中の顔が、ちらつく。
一緒に飯を食った奴。
喧嘩した奴。
名前も知らないまま、ただ“横にいた奴”。
ここの生活では、人の死は珍しくない。
けど、まとめてごっそり消えるのは、
何度経験してもやっぱりきつい。
薄暗い寝台の上で、俺は目を閉じる。
目を閉じても、穴の形は頭から消えない。
三番坑の先にできた崩落の穴。
そこから吸い込まれる空気。
その向こう側にある、広い空間。
(……外じゃない)
少なくとも、地表の風じゃない。
もっと深くて、冷たくて、
今はまだ、形のよく分からない場所。
だが、確かに“別世界への通路”みたいに感じた。
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