第37話 ふたたび殺される?

「それにしても。

 男女の仲はわからないねぇ。

 最近、

 小鳥ちゃんが1人で店に来てたのは、

 そういうことだったんだなぁ」

歌川は缶ビールを飲みながら

しみじみと呟いた。

「それにだ。

 わからないと言えばさ。

 笠原くんの女性の趣味だね。

 小鳥ちゃんとヒカルさんは

 真逆のタイプだろう?」

私は歌川の方へ体を向けた。

そしてそっと目を閉じて俯いた。

「でも小鳥ちゃんのあの様子。

 もしかしたら。

 まだ笠原くんに

 未練があるんじゃないか?

 お前からちょっと聞いてみてくれよ。

 い、いや・・。

 あれだぞ。

 べ、別に・・。

 下心があるわけじゃないぞ・・。

 だって。

 彼女の年齢を考えたら、

 娘みたいなもので・・」

歌川の声が次第に遠ざかっていった。


 いつの間にか。

 濃い霧が一面を覆いつくしていた。

 前も後ろも右も左も上も下も

 わからない。

 私は霧の中に立ち尽くしていた。

 霧が私の全身を包み込んでいた。

 私はその中から抜け出そうと足掻いた。

 その時。

 霧が目や口、そして耳や鼻の奥へと

 染み込んでくるのを感じた。

 私は咄嗟に目と口を閉じて耳を塞いだ。

 すぐに息苦しさを覚えた。

 呼吸ができない。

 徐々に意識が遠のく中、

 ふいに肺が空気で満たされるのを

 感じた。

 私は恐る恐る目を開いた。

 霧が晴れていた。


陽光が降り注ぐ中

小鳥遊が地面に膝をついて

誰かを抱きかかえていた。

見覚えのあるデニムのパンツが見えた。

その時。

彼女の背後に人影が現れた。

歌川だった。

歌川の手が小鳥遊の肩にそっと触れた。

私はゆっくりと近づいた。

小鳥遊の腕に抱かれたその人物の顔を見て

私は心臓が止まりそうになった。

それは笠原だった。

笠原は眠っているのか目を閉じていた。

笠原の唇から顎にかけて

一筋の真っ赤な線が見えた。

次の瞬間。

小鳥遊の目から涙がこぼれた。

その涙が笠原の生気のない顔に落ちた。

その涙が乾かぬうちに、

小鳥遊の叫び声が周囲に木霊した。

太陽が頭上で輝いていた。



私は目を開いた。

「・・くんはモテるねぇ。

 男の僕から見てもイイ男だからね。

 別に羨ましいわけじゃないんだよ。

 いや・・。

 正直羨ましいんだけどね。

 あーあ。

 僕はこのまま生涯独り身を

 貫くことになるのかなぁ。

 まぁそれも気楽でいいんだけどね。

 それでも少し寂しいねぇ」

歌川は1人で喋り続けていた。

そんな歌川を横目に

私の頭は激しく混乱していた。

なぜ・・笠原が?

ということが真っ先に頭に浮かんだ。

笠原はすでに死を回避したはずである。

それなのにどうして?

そして。

わからないことは他にもある。

なぜ歌川の『ビジョン』に

笠原の死がミえたのか。

『ビジョン』はその人物にとっての

不幸や災いをミせる。

笠原の死がなぜ歌川にとって不幸なのか。

いや。

たしかに店の常連客である笠原の死は

歌川にとって

不幸と呼べないこともない。

しかし・・。

「こんなことを高校生のお前に話しても

 仕方がないんだけどね。

 いい歳をしたオヤジが

 何を言ってるんだと思ってるだろ?」

歌川はまだ話し続けていた。

「大丈夫ですよ。

 そのうちマスターにも

 良い人が見つかりますよ。

 店に来るお客さんの中には

 マスターのことを渋くて魅力的だって

 話してる人もいるんですよ」

私は泣く子をあやすように

優しく声を掛けた。

「ま、まあね。

 これでも。

 小さいながらも一国一城の主だからね。

 裕福とは言えないかもしれないが、

 食うに困るような生活は・・」

歌川の話を聞き流しながら、

私は笠原の姿を探した。

笠原は向こうのテーブルで

大烏とヒカルの会話に

参加しているようだった。

その近くのバーベキューコンロで

鈴木が1人で肉を焼いていた。

私は歌川に視線を戻した。

歌川は缶ビールを

ゴクゴクゴクと流し込んでいた。

「マスター。

 小鳥さんの様子を

 見に行ってきたらどうですか?

 小鳥さんは今すごく

 傷付いてると思いますよ。

 今ならマスターにも

 チャンスがあったりして?」

「ぶっ!

 お、おい・・な、何を言い出すんだよ」

ビールを吹き出した歌川が

慌てて立ち上がった。

「ま、それは冗談として。

 大事なお客様がお酒に酔って

 気分が悪くて困ってるのに、

 放っておくんですか?」

「そ、それは・・」

「ほら、行って下さい。

 何もなければ

 戻ってくればいいでしょ?」

私がひと押しすると、

歌川は缶ビールをトンッと

テーブルに置いてから駆け出した。


鳶が「ピーヒョロロ」と啼いていた。


私は歌川の後姿を見送ってから

立ち上がった。

そして一度大きく深呼吸をした。

兎に角。

『ビジョン』は告げていた。

「笠原はふたたび殺される」

と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る