第31話 別人

ややワイドな

ブラウンのチノパンを穿いた歌川が

淡い黄色のシャツの袖を捲って

バーベキューコンロの上で

肉を焼いていた。

「飲み物はそこから好きな物を

 取ってくれよ。

 そっちが酒で、

 あっちはソフトドリンクが

 入ってるらしいぞ」

歌川が顎で指した方を見ると、

木製の長方形のテーブルの下に

クーラーボックスが2つ

置かれているのが見えた。

そしてテーブルの上には

蓋の開いた缶ビールがあった。

「マスター・・もう飲んでるんですか?」

「い、いやあ・・。

 君達を待とうと思ったんだがね。

 本田さんに是非にと勧められてね。

 それで・・仕方なくだよ?」

「はいはい。

 そうですね」

私が白い目を向けると

歌川は澄ました顔で

自らの広い額をパンッと叩いた。

それから何かを思い出したように

ポンと手を叩くと、

「今日だけは羽目を外して

 アルコールを飲んでも目を瞑るぞ。

 ただし。

 飲みすぎるなよ」

と私に囁いた。


鳶が「ピーヒョロロ」と啼いていた。


「まるで刑務所みたいだな」

「趣味が悪いわね」

その時。

頭上から男女の話し声が聞こえた。

見ると2階の窓から

笠原と女が顔を出していた。

女を見て「おやっ?」と思った。

女は金糸雀色の長い巻き髪に

派手な化粧をしていた。

長い睫毛に青色の瞳。

高い鼻とマゼンタ色の紅が引かれた唇。

年の頃は20代半ばだろうか。

彼女が笠原の新しい女、

ヒカルなのか?

私は目を細め、

女の顔を見定めた。

『ビジョン』でミた女とは

明らかに別人だった。


「おや?

 笠原くんも招待されてたのかい?」

歌川が2階に向かって呼びかけた。

「こんにちは、歌川さん。

 俺はどうでも良かったんですけどね。

 いい酒があるから

 是非にと言われたんで」

笠原の視線がほんの一瞬、

小鳥遊を捉えたのを私は見逃さなかった。

「すぐにそっちに行きますよ」

笠原はそう言って窓を閉めた。

「あれ?

 笠原くんの隣に

 女性がいたようだが・・?

 あれ・・あれ?」

歌川は小鳥遊と閉じられた窓に

交互に視線を向けた。

私は咄嗟に歌川の右足を踏みつけた。

「痛っっ!」

歌川が大袈裟に声をあげた。

小鳥遊の方へそっと目を向けると、

彼女は無表情で

バーベキューコンロの上の肉を見ていた。


鳶が「ピーヒョロロ」と啼いていた。


その時。

中庭の扉が開くのが見えた。

男が1人、姿を現した。

男の顔を見た瞬間、

私は言葉を失った。

男は紛れもなく『ビジョン』の中で、

私のグラスにワインを注いだ、

あの男だった。

私は高鳴る鼓動を抑えるように

ゆっくりと深呼吸をした。

男は皺ひとつない黒いスーツに

身を包んでいた。

その姿を見た時。

なぜか「死神」という言葉が

頭に浮かんだ。

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