第26話 笠原信明という男②

重苦しい空気が

応接室全体を包み込んでいた。

「それから。

 笠原に会うことはありませんでした。

 私は高校を卒業して、

 看護師としての道を選びました」


看護師となった江藤は

精神病院で働き始めた。

配属先は

長期入院患者を対象とした慢性期病棟。

心の病は医学では治せない。

人の心の中は誰にもわからない。

精神科で働き始めて

江藤はそれを痛感していた。

「精神科医なんて。

 尤もらしい理由と専門用語を並べて

 患者や家族を煙に巻く。

 いわゆる詐欺師のようなモノです」

そう言って江藤は自虐的に微笑んだ。


江藤が働き始めて数年が過ぎた頃。

ある女性患者が入所してきた。

「名前はSさん。

 仮にそう呼ぶことにしましょう」

当時Sは17歳。

普段は物静かで大人しい少女だった。

だが。

雨の日には心が不安定になる。


Sが入所してから1年が経過したある日。

その日は朝からパラパラと雨が降っていた。

江藤が部屋を訪れると

Sはベッドで上半身を起こして

窓の外を眺めていた。

江藤が入ってきたことに気付いたSが

ぎこちない笑みを浮かべた。

「・・カサハラノブアキ」

何の前触れもなく

Sの口から出たその名前に、

江藤は一瞬耳を疑った。

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