神器との対話

――………………。


 僕の頭の中にだけ響いている声――恐らく周りには聞こえていないそれが、黙り込むのが分かった。

 何も言わないのに存在感だけはあるとか、一体どういうことなんだろう。

 そして暫く悩むような素振りを見せてから、再び頭の中に声が響く。


――えー……そうなん? お前、男なん? え? なんで男が聖少女に選ばれてるんだ?


 いや、選んだのアンタだよ。

 そう言いたいけれど、実際のところどうなのか分からない。


――あー……まぁ、実際選んだのは我だけどなぁ。


 やっぱアンタが選んだのかよ。

 だったら完全にそっちのミスだよ。僕何も悪くないよ。


――えー。でもお前、戸籍は女で提出してるだろう?


 いや、まぁそれはその通りなんだけど。

 それはそれで、色々と深い事情というか色々あるというか、我が家がド貧乏なのが原因というか、女児が生まれたら色々手厚く支援してくれるこの国のせいというか。僕が生まれたときに、父は「なんで男が生まれるんだよぉ!」と嘆いたそうだ。つらい。


――ほー、若いのに苦労しとるなぁ。


 てか。

 僕、なんかナチュラルに神器と会話してない?


――ああ、しとるよ。お前の精神の中で我が勝手に喋っているだけだが、お前が何を考えておるかは全部分かっとるからな。ちょっとした会話みたいなもんだ。


 はー、なるほど。

 あれ。それじゃ僕、今心の中が完全に筒抜けってこと?


――そうだな。あー、しかしどうするかなぁ。マジかー……男かー……。


 なんか僕、神器と対話してるって感じゼロなんだけど。

 今聞こえるこの声は、かなり素だ。カミサマというより、近所のおっさんみたいに思える。


――誰がおっさんだ。もっと敬え。我は神器ぞ。


 あ、聞かれてた。


――まぁ、非常に遺憾ではあるが……我は、聖少女をお前に選んでしまった。そして選んでしまった以上、我は加護を与えねばならんのよ。


 え、マジすか。

 僕、男だから聖少女にはなれないでしょ。


――我らも手続きが色々あってな。まず我らの加護を与える聖少女を、魂の波長から見つけなければならん。そして神器を受け入れることのできる魂の波長を見つけたら、その人物について国の司祭に告げるのだ。その時点では、名前くらいしか分からん。


 はぁ。

 神様だから全部分かるとかじゃないんすね。


――我らはあくまで神器だからな。神そのものではない。このように精神の内側に入り込みでもしない限り、内面については分からんよ。だからまぁ……滅多にないことではあるが、過去には男が指名されたこともあったらしい。我は初めてだがな。


 へー。

 神器って女性しか使えないんだと思ってたら、男でもいけるんですね。

 あれ?

 でも僕、今まで聖少女に男がいたって話は聞いたことないんだけど。


――そりゃあるまいよ。男が指名された場合、死ぬからな。


 え?


――男に聖少女としての資格が与えられた場合、秘密裏に処理される。神器に、次の聖少女を選ばせるためにな。


 ……。

 …………。

 ………………。


――良かったな、戸籍が女で。男だったらお前死んでたぞ。


 いや、本当に。

 なんて酷い制度だ。ただでさえ、この国だと男ってだけで生きにくいのに。


――まぁ、何だ。だから我、ここでお前を不適格と告げてもいいんだが、その場合はお前死ぬぞ。それでもいいか?


 嫌に決まってんでしょ。

 なんでわざわざ僕、自分から死ぬことを選ぶんだよ。


――だったら、お前が聖少女になるしかないな。


 ……。

 全力で断りたい。

 だけど、断ったら死ぬ。

 何なんだよ、この嫌すぎる二択。


――まぁ、お前なら聖少女としてもやっていけるだろうよ。見た目可愛いしな。


 おっさんに褒められても嬉しくねぇよ。

 まぁ、実際ここまで誰にも男だとバレてないし、女顔であることは間違いない。たまに鏡を見て、「あ、美少女……なんだ、僕か」と感じることもあるくらいだ。

 今後は、化粧とかしたらいいのだろうか。やり方わかんないけど。


――では、ごほん。


 どこで咳してんだろう。


――うるさい。では改めて……聖少女リンよ。そなたを我が新たなる担い手として認め、我が加護を授ける。


 先程までの親しみやすいおっさんの声から、威圧感のある神様のようなそれに変わり。

 そして――次の瞬間、僕が手を翳していた黄金の筺が開いた。


――これより我は、そなたの敵を屠る干戈となり、そなたの身を守る具足となろう。


 その言葉を最後に、黄金の筺から溢れ出した光が、爆発するように広がった。


「うわっ……!?」


 思わず声を上げた瞬間には、もう遅い。

 光は逃げ場を与えない。まるで意思を持った生き物のように、僕の身体へとまとわりつき、絡みつき、吸い付くように密着してくる。

 熱い。

 いや、焼けるような熱さではない。身体の内側まで浸透してくるような、ぬるりとした熱だ。皮膚の表面を撫でるのではなく、骨や血管に直接触れてくる感覚といえばいいか。

 視界が白く染まる。

 音が遠のく。


 次の瞬間、僕は確かに感じた。

 何かが、僕を包み込んだ感覚を。

 金属音――それは重く、しかし不思議と不快ではない音だった。


 視界が戻る。

 まず目に入ったのは、胸元を覆う装甲。磨き上げられた銀白色のプレートが、幾重にも重なっている。肩、腕、腹部へと続くそれは、どう見てもフルプレートアーマーだ。

 しかし腰から下は、硬質な装甲ではなく、白を基調としたプリーツスカートになっていた。布地だが、ただの布ではない。魔力の気配が濃く、触れなくても防御力があることが分かる。

 そして何より重要な点として。

 股間が隠れている。これ本当に重要。良かった。本当に良かった。ビキニアーマーとかだったら、僕の尊厳どころか生命すら失われていたと思う。


 とはいえ。


「……何だこれ」


 僕は、完全武装していた。

 鏡がなくても分かる。鎧だ。れっきとした、戦場に立つための装備だ。

 しかも、デザインはどう見ても少女向け。可憐さと神聖さを前面に押し出した、いかにも『聖少女』仕様である。


 つまり。

 僕は、神器に選ばれてしまったわけである。完全に。取り消し不可で。


「……おお」


 そんな風に声を出したのは、セラフィナだった。


「うん。無事に選ばれたようだな」


「は、はぁ……」


 正直、無事じゃない。

 だけれど、まぁ微笑だけ返しておくことにする。だって、ここで変な反応をして怪しまれるわけにもいかないし。


「うん。神器が完全に起動している。加護も装備も、問題ない。それに、刻印もちゃんと刻まれているな」


「……そう、ですね」


 僕は手の甲を確認する。

 そこには、入れた覚えもない刺青タトゥー――白詰草クローバーが刻まれていた。


「今後はリン・クローバーを名乗るといい。これで、我々は仲間だ」


「……」


 ここに爆誕、『聖少女』リン・クローバー。


 どうすればいいんだ。

 なんで本当に、男の僕が聖少女になっちゃってんだよ。

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次の更新予定

2026年1月18日 13:00
2026年1月19日 13:00

『聖少女』に男の僕が選ばれた件 筧千里 @cho-shinsi

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