『聖少女』って変な人しかいないんですか?

 セラフィナに案内されて、僕は聖堂寮の中へ足を踏み入れた。


 外観は神殿というか、そういうのに程近かった荘厳さを纏っていたが、その雰囲気は中も同じだった。天井はやたら高く、柱は白大理石で、壁には神々しい壁画。

 僕からすれば「ここで転んだら罰当たりで即死しそう」という感想しか出てこない。それに、床の大理石も滑りそうなくらい磨かれてるし。

 そんな、『豪奢』という言葉に修飾に修飾を重ねたような、入ってすぐの広間。

 そこに立っていたのは、二人の女性だった。


「新しい子だぁ」


 一人は、ぱっと笑顔を浮かべて手を振ってくる赤髪の女性。

 声も仕草もやたら明るい。なんか、いるだけで周囲が一段階明るくなっているような気がする。あんまり光源がないせいで、ちょっと薄暗いくらいなんだけど、この人の周りだけ明るいような、そんな感じだ。

 そしてもう一人は、芝居がかった様子で黒髪をさっ、と払った


「ふ、来たか」


 どちらも、見たことのある顔だ。

 勿論それは街中に貼られている広報用のポスターとかで見たことがあるだけで、当然ながら初対面である。

 あまり聖少女について詳しくないから、名前までは思い出せない。聖少女(28)セラフィナ・ディアスは有名だけど、他の聖少女は割と入れ替わりが激しい印象だし。


「紹介しよう、二人とも。新しい聖少女、リンだ」


「リンです」


 二人に対して、まず頭を下げる。

 とりあえず人間関係は、初対面で友好的に対応しておけば問題ない。今後一切会うことはないだろう関係だけど、円滑であるに越したことはないのだ。

 そしてセラフィナが、僕に対して二人をそれぞれ手で示す。


「こちらはクレア・スカーレット。そしてこっちはノエル・ブーゲンビリア」


 ああ、なるほど。

 聞いたことのある名前だ。聖少女は基本的に政府が大々的に発表するから、名前だけは知っている現象が起こる。

 僕が本物の聖少女だったら、きっと僕の名前も国中に知れ渡るのだろう。


「あたし、クレア。リンちゃんだね、よろしくー」


「よろしくお願いします」


 にっこりと、嬉しそうに笑顔を浮かべるクレア。

 朗らかな笑顔だ。全身からウェルカムな空気を漂わせてくれている

 そしてクレアは僕の手を取って、そのまま両手で握手をしてきた。


「うんうん。かわいーねー」


「は、はい?」


「あたしのことは、クレアお姉さんって呼んでくれていいからねー」


 僕の状況を説明しよう。

 いきなり美少女に手を握られて、ぶんぶん振られている。しかも、顔が近い。というか、近すぎる。初対面でこれは、警戒心がなさすぎるのではなかろうか。他者のパーソナルスペースに入り込むことに、何の抵抗もなさそうな感じというか。

 まぁ、うん。フレンドリーだ。そう思おう。

 というか、年齢も聞いてないのに何故「お姉さん」と呼ばねばならないのか。


「あ……は、はぁ。どうも」


 どうにか、苦笑いを浮かべながらそう返すことしかできない。

 あんまり年変わらない気がするんだけどな。あくまで、見た目の印象だけだけど。


「ふっ」


 一方、もう片方――芝居がかった様子のノエルが腕を組み、鼻で笑ってきた。

 え、なんで鼻で笑われてんの僕。


「いいか、新入り。絶対のルールを教えてやろう」


「……絶対のルール、ですか?」


「ああ。先輩の言うことには、絶対服従。理解したならば繰り返せ」


「絶対服従!?」


 えっ、聖少女ってそんなに体育会系なの?

 その場合、僕はここにいる全員に対して絶対服従になっちゃうんだけど。

 そんなノエルの言葉に対して、クレアが首を傾げる。


「あれぇ? ノエルちゃん、そうだったの?」


「うむ」


「じゃ、ノエルちゃんはあたしに絶対服従してくれるってこと?」


「いいや、俺は除く」


 勝手に作ったルールなのかよ。

 しかも自分に都合のいいように改変してるし。


「はぁ……まったく、くだらないことを言うな、ノエル。リン、こいつの言うことは気にしなくていい」


「あ……そうなんですか?」


「ああ。初めての後輩だから、嬉しがっているだけだ。ノエルは、今のところ一番後輩だからね」


「リーダー! 余計なことを言わないでくれ!」


 セラフィナに対して、焦ったように言うノエル。

 ああ、なるほど。初めての後輩だから先輩風を吹かせたかった、と。まぁ、その気持ちは分からないでもない。ただ、『絶対服従』はちょっとルールとして厳しすぎるけど。

 しかし、二人とも美人だ。

 勿論、広報用のポスターとかで見ていたときにも、「美人だなぁ」という感想は抱いていた。だけれど実物を見ると、セラフィナと同じく神々しさすら感じるほどの美形である。

 まぁ美人だから、アイドル的な活動もしててファンが多いわけだけど。


「今、聖堂寮にいるのは私たち三人だけでね」


 セラフィナがそう、説明してくれる。

 その言葉に、ほっと胸で撫で下ろした。さすがに十一人揃っていたら、名前が覚えきれない。

 いや、逆にもう二度と来ない場所だし、揃ってくれていた方が思い出になっただろうか。でも十一人の美人を相手にしたら、僕が圧力で潰れそうな気がする。美人の顔圧で。僕は何を言っているんだろう。


「さて、それでは神器のところに向かうとしよう」


「いいか後輩、先輩の三歩後ろを歩け」


「余計なことは言わなくていい、ノエル」


「痛ぇっ!」


 先導しようとしたセラフィナが、ノエルに拳骨を落とす。

 ノエルの背は僕より低いから、僕よりも身長の高いセラフィナからすれば、実に拳骨を落としやすそうだ。美人が美人にシバかれているという、僕の人生で見たことのない絵面である。

そしてセラフィナに先導され、廊下を進む。

 燭台に青白い炎が揺れ、影が壁を踊っているような気がした。荘厳さすら覚える、神殿の廊下というか、そういう感じだ。

 しかし隣からかけられる声は、廊下に反して明るい。


「ねーねー、リンちゃんは何歳?」


 そんな明るい声音は、クレアである。


「あ、はい。僕は十五歳です」


「わ、あたしの三個下だぁ」


 クレア、十八歳らしい。

 まぁ聖少女って、少女っていう名前もあって、ほぼ全員が十代だという話は聞く。例外は、先頭を歩く聖少女(28)くらいだ。

 聞いたことがあるのでは、十二歳くらいで選ばれた子もいるとか。


「よしよし、お姉さんだよぉ」


 頭を撫でられる。

 相変わらず、距離感がゼロに近い。僕、一応男なんですけどって言いたい。言えないけど。


「え、いや、その、ち、近くないですか?」


「いーじゃんいーじゃん。仲良くしよー」


「は、はぁ……」


「ね……今日、一緒に寝よっか?」


「距離の詰め方がエグくないですか!?」


 思わず、そう叫ぶ。

いやいや。腕組んでくるし、頭撫でられるし、挙げ句に即日ルームシェア提案してくるとか、何を考えてるのか分からない。

 というか、腕を組まれると、その、柔らかいのが当たるというか。


「ちぇ……なんだよ、俺より年上だったのかよ……」


「変わらず最年少だな、ノエル」


「あんたは変わらず最年長だろ、リーダー」


「殴られたいか?」


「ごめんなさい」


 そして前は前で、そんな掛け合いをしている。

 ノエル、僕より年下だったのか。まぁ背も低いし、態度は偉そうだけど、なんとなく幼いって感じはする。

 僕じゃない本物の聖少女が、彼女より年下であることを祈っておいてあげるとしよう。


「いいや、年が上だろうと、俺が先輩であることには変わりないからな。いいか、リン」


「は、はい?」


「威厳を出すためのやり方を教えてやる」


「頼んでないですけど?」


 どういう流れでそうなったんだ。

 でもノエルは、一切僕の言葉など聞いていないかのように腕を組んだ。低い背丈と同じく、あまり豊かでない胸元が目立つ。


「こうして、腕を組むんだ。そうすれば、威厳が出る」


「……はい?」


「見下すように、顎を少し上げるのが秘訣だ」


 僕より低い背で、そう言われましても。

 というか、腕を組むだけで威厳が出るって、それ子供の理屈だと思う。大人の真似をしてるというか。

 なんか、可愛いなこの子。


「ノエルちゃん、この前それで歩いてて転んでなかった?」


「余計なこと言うな!」


「鼻打った、って泣いてたよねー」


「忘れろ!」


 ノエルが顔を真っ赤にして、そう叫ぶ。

 そんなノエルの様子に、クレアがあはは、と笑っていた。


「……」


 そんな二人を見ながら、切実に思うことがある。


 もしかしてだけど。

 聖少女って、顔採用なの?

 美人ばかりなのに、今のところ変な人にしか会ってないんだけど。

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