まぁ間違いだろう
「新たなる聖少女の招聘です」
「はっ!」
王都の中央部へ続く門。
貴族が出入りするときしか開かず、常に門兵によって警護されているそこが、開くところを僕は見たことがない。そもそも平民区画に用のある貴族も少ないし、平民が貴族区画に入ることも禁じられているし。
でもまさか、自分がこんな風に貴族区画へと入る日が来るとは思わなかった。
しかも、それが――。
「緊張なさっていますか?」
「えっ……え、あ、は、はい、少しだけ……」
重い門が、鉄と魔力の軋む音と共にゆっくりと開いていく。
そんな音を背後に、しかし僕の向かいに座っている女性――マルグリット・エーベルラインと名乗った初老の女性だ――が、優しく僕へと声をかけてきた。
つい三日前に、僕に「貴女は聖少女として選ばれました」と言ってきた女性だ。そのまま三日経って、約束通りに僕を迎えに来て、こうして一緒に車に乗っているわけだが。
そう――あの日から、三日が経った。
「……」
三日間、僕は悩みに悩み抜いた。
僕に与えられた選択肢は二つ――聖少女としての招聘に応じるか、もしくは逃げるかだ。
正直、後者を選ぶことはできない。国家から正式に託宣を告げられ、聖少女として認められるのは栄誉なのだ。そこから逃げるとなれば、この国――神聖国家オリュンポスで暮らしていくことはできないだろう。国を捨て、一人きりで生きていく覚悟があれば選ぶことができるかもしれないが、正直僕にそこまでの覚悟はない。
だが、そこで僕に天啓が降りた。
――これは間違いだ。
マルグリットは当初、「神託に間違いはございません」とか言っていたけど、大人というのは自分の間違いを認めるのを恥だと考えているきらいがある。だからあの段階で、「実は間違ってました」なんて言うわけがない。
だから僕は考えた。
一旦、招聘に応じよう。その上で実際に確認をしてもらえれば、「実は間違ってました」ってことになるはずだ。そして僕は自由の身になり、国家も「ミスっちゃったねー」で終わり。全ては丸くおさまる。
これで完璧だ。
「ご安心なさい。貴女は今後、最高位の貴族と同格に扱われます。今まで平民として過ごしてきたから違和感はあるでしょうが、じきに慣れるでしょう」
「はぁ……」
まぁ、心配しているのはそこじゃないんだけど。
平民の身で、この門を越えて貴族区画に入ることなど、死ぬまでできない体験だ。ある意味、貴重な体験をさせてもらってはいると思う。
僕が今心配しているのは、僕が聖少女ではないと確認をされる段階で、性別を詐称していることがばれないかどうかだ。どんな検査をされるのか分からないが、もし服を脱げと言われたら完璧にアウト。その時点で、僕に補助金一括返済の地獄が待っている。
だから、求める未来としては。
確認が行われるものの、それは僕の性別が女の子だと信じ込まれている状態で、あら、間違っちゃったねーとなる。その上でごめんね、家に帰ってねー、となる。そして僕は無事に家に戻る、と。
間違って迷惑かけちゃったから、ちょっとお金あげるねー、がさらにベストだが、そこまでは求めるまい。
「これより、聖堂寮……聖少女たちの暮らす館へと向かいます」
「ええと……そこに、聖少女の皆さんがいるんですか?」
「ええ。任務や訓練を行っておりますので、全員が揃っていることはありません。ですが、本日訪れるという話は伝えております」
「はぁ……」
「わたくしが案内できるのは、聖堂寮の前までです。聖堂寮の中は、聖少女以外に入ることができません。そのため、中の案内は聖少女が行ってくださいます」
なるほど。
本来なら、テレビの向こうでしか見ることのできない聖少女と会うことができ、しかも聖少女が暮らしている場所に入ることができる、と。これは、貴族区画に入る以上に貴重な体験だ。
僕なんかが入っていいんだろうか、って感じはある。でも仕方ないよね。向こうが間違っているわけだから、僕は悪くない。
そんな風に僕が考えている間、マルグリットさんは聖少女について説明してくれた。
「聖少女は、災厄と戦う使命を与えられた存在です。貴女は、魔物と呼ばれる存在をご存じですか?」
「まぁ……そうですね。名前くらいは」
魔物。
僕も、その存在について詳しく知っているわけではない。ただこの国に災厄をもたらす存在であり、聖少女によって討伐される相手だというくらいだ。
僕のイメージだと角の生えた怪物とか、牙だらけの蛇とか、そういう感じなんだけど。
「魔物とは、古の邪神が残した呪いが形を伴い、現れる災厄です。普通の兵士では太刀打ちできません。魔物に対抗できるのは、神器を持つ聖少女だけです」
「はぁ……」
「そのため、聖少女はまず神器と呼応する必要があります」
呼応?
謎の言葉の登場に、僕は首を傾げる。魔物の話についても、まだ理解が追いついていない。そもそも三日前まで聖少女とか、テレビの向こうの存在でしかなかったし。
「神器は、神器そのものが認める相手でなければ起動いたしません。そのため、まず聖少女は神器と心を通わし、呼応する必要があるのです」
なるほど。
マルグリットさんの言葉に、僕はなんとなく安心する。
つまり僕は、その段階で失敗するわけだ。
なんか体の検査とかそういうのをされるのかと思っていたけれど、神器と心を通わすってわけだから服を脱ぐ必要もあるまい。
僕は選ばれていないので、神器も反応してくれません。やっぱり間違ってましたー。はい、終了。
記念受験のようなものだ。
受けてみたけど、やっぱり不合格でした。残念。みたいな。
「さて、到着しましたよ」
車が止まる。
そして、僕の座っている側の扉が開いた。すごい、自動で開くんだこれ。
「そのまま外に出て、あとは指示に従ってください。わたくしは、これで失礼いたします」
「あ、はい。どうも」
頷き、扉を開けて外に出る。
目の前には、巨大な建物がそびえ立っていた。白大理石の壁に、金色に輝く装飾。尖塔が空を突き刺し、窓には魔法陣が刻まれている。僕の貧弱な語彙でそれを説明するのならば、荘厳でいて華やかとでも言うべきか。
軍事施設でありながら、劇場のような煌めき。
ここが、聖堂寮――聖少女たちが共同生活を送り、災厄に立ち向かうために備える場所。
そんな華やかな建物の前に、女性が一人立っていた。
「やぁ、よく来たね」
女性が、僕へと声をかけてくる。
それは――家にテレビのない僕ですら知っている、超有名人だった。
「えっ……!」
「ああ、もしかして私のことを知っているかな?」
「あ、は、はい……」
知っている。
知りすぎるくらいに知っている。
広報映像で、ポスターで、何度も何度も目にした顔だ。
長い金髪を後ろでまとめ、軍服風の赤い衣装を身にまとい、背筋を伸ばして立つその姿。神が完璧な造型を作り上げたとしたのならば、きっとこういう顔立ちになるだろう。そんな美しいという言葉すら安っぽくなってくるくらいの、途轍もない美人だ。
聖少女セラフィナ・リリィ。
国民の希望たる聖少女のリーダーにして、国民的アイドルの要にして、今も現役の女性だ。
年齢は二十八。
そう――二十八。
巷では「聖少女(28)」とか「聖少女(笑)」とか言われている、あの人だ。
僕の頭に、世間の悪意あるあだ名がよぎった。
忘れようと思っても忘れられない。人間は忘れていい情報ほどよく覚えるものだ。やめろ僕、考えるな。
「何か失礼なことを考えている顔だね」
ぎくっ。
セラフィナの目が鋭く光る。まるで心を読まれたかのように。いや、ほんとに読まれたんじゃないかってくらいのタイミングだ。
「い、いえ、そんなことないです」
「本当かな?」
セラフィナが、僕を試すように笑みを浮かべてくる。
めっちゃ考えてました、ごめんなさい。でも言えない。だって女性って、年齢の話には敏感な生き物ですもの。
「まぁ、いいだろう」
セラフィナが微笑む。
その笑顔はテレビで見たものと同じだけれど、実際に間近で見ると迫力が違う。テレビでも美人だと思っていたけれど、実際に見るとこれほど違うだなんて。
そして笑顔なのに、威圧感がある。
笑顔なのに逃げ場がない。
これがリーダーってやつか。
「私はセラフィナ・リリィ。一応ながら、聖少女を率いている。これから共に戦う仲間として、よろしく頼むよ」
「あ……は、はぁ。リンといいます」
名乗りに対して、名乗りを返す。
だけれど、仲間――その言葉が胸に突き刺さった。残念ながら、僕は仲間ではない。それは、今から示されることだろう。実は間違いだった、と。
ひとまず、頭を下げておく。
「よろしくお願いします」
「いい子だ」
セラフィナが満足そうに頷いた。
そこに感じるのは、大人の余裕だ。さすが聖少女(28)だ。僕より十三歳も年上のお姉さんは、見ているだけでくらくらしてくる。僕も一応、歴とした男なのでありまして。
「それでは、中に入ってくれ。今いる面々に紹介しよう」
「あ、はい。どうも……」
「その後で、神器のところに案内するよ」
聖堂寮――その入り口を手で示すセラフィナ。
僕なんかが入っていいんだろうか、とは思う。だけれど一応、今の段階で僕は聖少女候補の一人なのだ。
テレビえしか見たことがない聖少女のリーダー、セラフィナとこうして対面できた。思い出としては、もう十分だろう。
さて。
記念受験を始めるとしよう。
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