第2話:魂の乗車券

「ここは…どこだ?」


俺が今いる場所は何処かの地下通路のような場所だ。

おかしい。俺はずっと海外で住んでいたはずなのに……何故日本にいる?

それに…壁に貼り付いているポスターが高校生の時に見ていた映画やCMだった。

「…とりあえず、歩くか」

俺は周りをキョロキョロとしながら歩く。静かでぼんやりと見える照明の光で少しだけ恐怖を感じる。辺りに人は誰もいない。俺一人だけだ。

「階段がある」

目の前に階段が見えて、近付く。地下から来る風はかなり強い。それに錆びれた匂いを感じる。それが何だか地下鉄の駅のホームに向かっているのかと思い始める。

「とりあえず、行ってみるか」


ひゅうううぅぅ…びゅううううぅぅ…。


階段を一歩ずつ下りる度に風の音が大きくなっていく。階段の最後に足を付けると、目の前に駅の改札口があった。

「…駅?何処かの地下鉄の駅なのか?」

俺は、改札を通ろうとしたが、パンポーンと音が鳴ってゲートが閉まり、先に進めない。

「切符が必要なのか?でも何処にも切符の発券機も無い。もしかして持ってたりするのk?」

自分のポケットを叩く。

ん、そういえば俺、いつのまに通っていた高校ジャージを着ていたのだろうか。

さっきまで私服だったはずなのに。


「なんだ?お前、乗車券持ってねーのか?」


俺が顔をあげると、そこには俺の知っている奴がいた。駅員の格好をした高校の時の幼馴染の健吾だ。


「健吾?お前、なんでここにいる?」

「健吾?俺の名前か?申し訳ねーが、俺には名前なんてねーよ」

「え、いや…どこからどう見ても俺の幼馴染の健吾だ。俺が忘れる筈がねぇ」

「ふうん…。お前には『その男の姿』で見えてるんだな。だが、俺はお前の知り合いじゃねぇ。そしてここは【行き場を失った魂が乗る地下鉄】。お前は何処へ行こうとしてる?」

「…行き場を失った魂?何言ってんのかわかんねぇ」

「んまあ簡単に言えばお前は今、仮死状態になっている。もう死んでいるのか、それともまだ生きているのか。魂が帰る所がわからず、そしてたどり着くのこの駅だ」

「俺は死んだのか?」

「それはわかんねぇな。俺はこの地下鉄を管理している者でね。で、乗車券持って無いんでしょ?」

「ああ」

「んじゃあ、これがお前の『魂の乗車券』だ。失くすなよ?」

「ちょっと待て、行き先が書いてねぇぞ」

「お前話聞いてねーのかよ。ここは行き場の失った魂がくる地下鉄だ。行き先が書いてねーのは、お前が何処の駅で降りたいのかが決まってねぇからだよ。それに、早く改札を通って、次に来る最終電車に乗り遅れると地縛霊になるぜ?」

「は?!」

「ほらほら、さっさと改札を通って電車に乗ってくれ。駆け込み乗車は勘弁して欲しいし」

俺はその男に言われたまま、貰った【魂の乗車券】を改札に通して歩いていく。



通路に沿って歩いていると、色々な人が歩いているのを見る。声をかけてみたが返事が返って来ない。そして無言のまま子供からお年寄りまで様々な人が駅のホームへ向かっている。

「俺が降りる駅…?全然思い浮かばねぇな」

乗車券には本当に何も書いてない。照明に照らしても透けることも無いし、それに日付すら書いてない。後、有効期限も、何線なのかも未記入だ。そう思っていると、じんわりと何かが浮かんできた。座席番号だ。

「十号車のA十二?そこが俺の座る場所か?」

俺は駅のホームについて、足元を見ながら十号車を見つける。

「電車、来るのか?」

俺がそこに立つと、ゾロゾロと後ろに人が並ぶ。

「……」

皆の顔を見ると真顔だ。表情がない。死んでいるのだろうか?それともこの人達も魂が何処に返っていいのかわからないのか?


そう思っていると、プアーと音がなって電車遠くから走って来た。

俺が乗っていた高校の最寄駅に向かう電車に似ていた。でも俺が使っていた線の名前が書いていない。停車をして中に入ると車内はまるで新幹線のような席だった。内装は違うな。外装は似ていたけど。

さて、俺の席は何処だ?自分の乗車券を見ながら歩き、見つけた席に座る。

隣には誰もいない。他の席には人が座っているのに。何だか変な気持ちだ。

俺は窓を見て周りを見渡すが、やっぱり何処にもここの駅名が書いた看板が無い。


再度プァーという大きな音が鳴り、電車が走り始める。

「静かだな…」

俺は窓に肘をつけて、頬に手をつける。ふわぁと欠伸をしながら窓を見る。

そういえば、なんで俺ここにいるんだっけか。


『ここは【行き場を失った魂が乗る地下鉄】。お前は何処へ行こうとしてる?』


俺は死んだのか?それとも、彷徨っているのか?

何故?どうして?

俺はいつものように、朝起きて、飯を食って。それで、そう、外に出た。誰と?女性。ああ、俺の奥さんだ。後、可愛い俺の息子が2人。いつものように駅に向かって歩いていた。

「あれ…?」

その後の事を覚えていない。その後に目が覚めたらあの真っ暗な場所…地下通路にいたんだっけ。

少し冷静になってから車内を見渡す。皆下を向いていたり、同じく窓を見ていたりしている。誰も会話をしていない。本当に静かな車内で不気味だ。

「すぐにここから降りねぇと行けねぇ気がする」

俺が立ちあがろうとすると、アナウンスが聞こえる。


『ご乗車のお客様、急に立ち上がるのはおやめください。地縛霊になりますよー』


健吾の声だ。慌てて俺はすぐに座席に座った。

「降りることができない…か」

俺は乗車券を眺める。そもそも、この電車は本当に駅に停車するのか?各駅?それとも快速急行?

「もう、考えるのやめよ。とりあえず寝るか」

俺は電車に乗るとすぐに眠くなる。ふわぁと欠伸をしながら窓際に頭をつけて寝た。



夢を見た。

そこは砂浜が広がっていて、青い空と白い雲。そして海。懐かしい場所だ。その砂浜に一人の女性が座っている。

真っ黒なロングの髪に、白いワンピースと黒いサンダル。目の前の海を静かに眺めている。

『純希』

「…誰だ?」

『アンタだけがアメリカ留学でプロ選手の道の切符を手に入れたからって調子乗ってんじゃないわよ!』

「はぁ?俺はもう引退しているんだが?」

『私だって次の試合に勝って、アンタの後を追ってやるんだから!』


⭐︎


俺は目を開ける。窓を見るといつのまにか地下から外に出ていたらしく、目の前には見渡す限りの海が見えた。

もう何年も見ていない風景。凄く懐かしい。

俺はいつもここの砂浜を走っていた。朝早くにランニングをして、それで学校に行くのが日課だった。わざわざここで走っていた理由はなんだったか。

それにしてもさっきの夢に出てきた黒髪の女。

俺の名前を言っていた。凄く懐かしい声。そして、あの笑顔。

『次は、◯◯高校前、◯まる高校前ー。降りるお客様は忘れ物が無いようにお願いしますねー』

「俺が行っていた高校の最寄り駅だ…」

電車が停車をした。もしかしてここで俺は降りるのかと思い、俺の乗車券を見てみる。座席番号だけ書いてあって、停車駅がココだという表記は出てなかった。

そういえば、さっきまで乗っていた乗客がいなくなっている。いつ降りた?何故俺だけしか乗っていない?他の車両は?確認したくても立ち上がれない。どうして?何故だ?さっきは立ち上がれたのに。

「どういうことだ?最初に乗った駅から何駅通過した?」

俺は冷や汗が出てきた。本当にヤバい。このまま乗り続けて、俺は帰る場所がわからなくなって地縛霊になってしまったら?

頭を抱えて下を向いていると、人の気配がした。

「久々だね、純希」

「……!」

俺の隣に来たのは、黒い神の女。俺と高校のジャージを着ている。

「どうしたのよ。何ー?もうアタシの事忘れたの?ま、アメリカに行った後、数年後に有名なテニス選手と結婚して、それから日本に帰って来なかったもんね。アタシも結局日本でプロになって、一般人の男性と結婚して、子供出来ちゃって。アンタの傍に行けなかった」

「…もしかして、梨江か?女子テニス部のエースの…」

「そーよ。もう、アンタって本当に人の顔を覚えるの苦手すぎ!」


そうだ。彼女は俺と同じ高校でテニス部をやっていた。高三でキャプテンを互いにやってて。その時に仲良くなったんだっけか。

「高校卒業以来か?」

「うん、アンタは卒業と同時にアメリカに留学したからね。隣座るよ」


プァーと音が鳴って、電車が動き出した。



「なあ、梨江の乗車券はどうなってる?」

「ん?アタシ?何も書いてないんだよね。でもね、さっき乗車券見たら座席番号が浮かんで、ここに来た。純希は?」

「俺も何も書いて無かった」

「不思議よねー。そうそう、さっきアンタの幼馴染の健吾に似た奴がいてさ。早く電車に乗らないと後悔するぞって言われたー」

「後悔?俺は早く乗らないと地縛霊になるって言われた」

「地縛霊?自殺でもしたの?」

「してねぇよ!んでも、思い出せねぇんだ。嫁と息子達と外に出て…駅まで歩いていたはずなのに、その後から覚えてない」

「アタシもそうなの。急に胸が痛くなったから病院に行こうと思って、駅に向かっていたはずなのに、知らない地下通路を歩いてたんだよ」

「俺もそう、地下通路歩いてた」

俺らは二人で首を傾げながら窓の外を見る。

「海が綺麗だな」

「…そうだね。ねえ、純希はアメリカに行って…そこで家族が出来て幸せだった?」

「どうだろう。夢は叶えたからな。自分の行きたいアメリカのプロ選手になって、嫁がいて、息子が二人出来て。そうそう、息子達もテニスを初めてさ。今はプロ選手で頑張ってる」

「アンタらしいね」

「梨江は?」

「アタシ?あの後に推薦で有名のテニスが強い大学へ行って…プロ代表になって。そこで旦那と知り合って、娘がいるよ。凄い可愛いんだから。その後にちょっと大怪我してテニスが出来なくなって引退したの」

「だからアメリカに来なかったのか」

「うん。純希の後を追えなくなってしまったから」

梨江はそう言いながら、ジャージのポケットからテニスボールを出して、ふふっと笑った。

「純希」

「うん?」

「アタシ、アンタの事好きだったんだぜ」

「…は?今更、何言ってんだ?俺らはもう結婚して子供もいるんだぜ?」

「そうなんだけど。どうしてアタシ、あの時空港に行って、純希を見送らなかったのかなって思って。プライドが邪魔していたからなのか、それとも…行かないでって引き留めたかったのかな。なんか、あの時凄く後悔したんだよね。行けばよかったって」

「…梨江?」

梨江が俺の頬に触れながら、寂しい顔をしている。

「アタシ、いつかアンタが日本に帰って来ると思ってた。アタシに会いに来てくれるかなって。試合も見に来てくれるかなって。それで、早く俺がいるアメリカへ来いって言ってくれるかなって。…でもアンタは戻って来なかった。アタシだけが純希を想っていたと思うと悲しかった」

「……んなことねー。俺だって梨江が来るのをずっと待ってた。何処かの州のチームに入団したのかなって。ニュースで見たのは日本で結婚したっていうことだけ。それでもうこっちに来ないんだなって思ってた」

「そっかぁ」

梨江はそう言って微笑んでいた。

「ねえ、純希はさ、高校の時にアタシの事どう思ってた?」

「……わかってるくせに言わせるのか?」

「ああ、言わせたい。だって聞きたいもん。純希の口から」

俺は、ふうと息を吐いて、ゆっくりと梨江の唇にキスをする。

「…俺も梨江の事大好きだった」


⭐︎


二人で手を繋ぎながら窓を眺める。

まだ、景色はあの時二人で見た海だ。

この電車は一体何処へ向かっているのだろうか。もう、俺が降りようと思っていた駅を通過してしまったのだろうか。じゃあ俺は地縛霊になってしまうのだろうか?

「純希」

「なんだ?」

「……アタシのそばに、いてくれる?」

「…ン?」

「アタシと一緒にずっとこの電車の終着駅に行く?それとも……降りる?」

「……」

何となく、何となくだけど…この電車の行き先は。魂の乗車券に何も書いていなかったという事。そして彼女に再会したということは…。

梨江と俺は恐らく……今、生と死の狭間にいる。死ぬか、現実に戻るか。だから、まだ車内に残っているのだろう。

「……息子も大きくなったし、嫁もいる。けど、俺の傍には健吾も梨江もいなかった。特に梨江が居なくて、すごく寂しかった」

「アタシも後悔してた。ずっと。旦那がいて、可愛い娘もいて。幸せに過ごしていたはずなのに、アンタが傍にいなくて……辛かった。初恋が実らないのってこんなに悲しいんだって思った。ずっと誰かを好きになることなんてなかったから」

「…俺は梨江となら、行ってもいい。この電車の終着駅に。それが存在するのなら」

「…純希」

「俺は、お前がいないと嫌だ。ダメだ。俺の隣にはオメーにいて欲しい。最後くらい、一緒にいたい」

「ふふっ。アタシも純希じゃないとダメ」

俺達はお互い笑い合って、キスをする。


そしてお互いの身体が高校生から段々と老いていき、現在の姿になっていく。しわしわでもう九十過ぎた老人の姿に。


「梨江、俺の魂の乗車券に終着駅が浮かんだ」

「アタシもよ。純希。無事逝けるのね。天国に」


『次は終点、終点ー。ご乗車のお客様は忘れ物に気をつけて降りてくださいねー』


俺と梨江は手を繋いで、一緒に降りる。

終着駅に。そして、改札に【魂の乗車券】を入れる。

健吾に似たやつが、俺らの顔を見てニッコリと微笑んだ。


「ご乗車頂き、ありがとうございました」

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