第14話

「どうして、あなたがここに……」

「というかお前、今空を飛んでなかったか?」


 辺りでは怪我をした冒険者たちが、もはやその面影もなく、ただの患者として彷徨っていた。

 煙が霧のように野営地に充満している。焼けたにおいがする。

 おそらく、あの逃げた天使の仕業だ。あいつ、どこへ行ったんだ……。

 二人の周囲を確認するが、やはりレイさんの姿がない。


「詳しいことは、状況が落ち着いたら必ずします。それより、《陽気な少年たちジョリージョニーズ》から怪我人が出たというのは本当ですか?」

「怪我?」とエマさん。

「怪我程度なら、ここじゃあ日常茶飯事だ。俺たちも何度も医者の世話になった」

「じゃあレイさんも怪我を? だからいないんですか?」

「レイの傷は怪我なんてものじゃないわ、彼は重症を負ったのよ。さっきノクターンの医療施設に運ばれたわ」

「そんな……」

「この男は知り合いか?」


 治安維持隊の男が割り込んできた。

 俺を観察するように見ている。警戒されているのがわかった。


「大佐、彼はデイモンと言いまして、私たちの仲間です」


 大佐?……。


「最近俺たちのパーティーを抜けた、見習いの冒険者だ」

「見習いか……君、歳はいくつだ?」

「え」

「年齢だ」

「その、17ですけど」


 なんだこの人。


「若いな。だというのに、熟練の冒険者のような装備だ。このローブには魔法の効果が付与されているのかね?」

「大佐、尋問している場合じゃありません!」


 ジェイムスさんが思い出したように言った。


「そうだ! 奴がノクターンに向かってる」

「ノクターンに? なんでそんな……」


 だから天使の姿が見えないのか。


「おそらくは」と大佐。 「ノクターンに滞在する者や、移送された重傷者の気配を感じとったのだろう。7年前と同じならば、奴はこの9階層にいるすべての人間の居場所を把握している」

「冗談じゃねえ……そんなもんに俺たちを挑ませやがって」とジェイムスさん。

「レイを移送中の馬車が被害を受ける可能性があるの」

「馬車?」


 ジェイムスさんが答えた。


「さっき運ばれたばかりなんだ。馭者ぎょしゃの腕前でも、あの速さじゃけねえだろう。大佐、馬車を出してくれ。俺たちは行く」

「しかし……」

階層門番レイドボスの討伐に行くんです、命令には反していないはずです」

「確かに。だが君たちは持ち場を離れたということになる」

「どうでもいい」

「大佐、馬車をお願いします」

「俺が行きます」


 ディアとアンゼを傍に来させた。


「デイモン?」

「ああ。そりゃついてくるのは構わない。レイも喜ぶだろう」

「そうじゃなくて、俺一人で行くって言ってるんです。いずれにしろ馬車じゃ間に合いません。ノクターンはどっちですか?」

「お前なにを言ってるんだ?」

「あなた一人でどうにかできる相手じゃないわ」


 大佐が不気味なほどに即答した。


「あっちだ」

「ありがとうございます。ディア、アンゼ、行ってくれ」

「わかりました」

「次も我がやるのだ、にっひっひ」


 すぐに飛び上がり、俺たちは野営地を離れた。



       ▽



 白と黒という得体の知れない光の放物線を描き、デイモンという男は飛び立っていった。

 その速度は英雄会メシアや、冷徹会ラブレスの幹部すら凌ぐだろうか。いや、まさかな……。

 エマとジェイムスは、大空を見上げなら唖然と立ち尽くしていた。


「あいつ、いつの間にあんな……」

「一体どうなってるの」


 奇妙な呟きだ。最近パーティーを抜けたという話だったが……。

 では最近までパーティーにいたということだろう。二人はまるで、あの男の能力を初めて見たかのような面をしている。


「ん、これは……スマウグか」


 足元にスマウグが落ちていた。

 あの男の物か。どうやら相当慌てていたらしい。


「見習いにしては目を見張るほどだった。治安維持隊に欲しい人材だ。ときに彼は、最近お前たちのパーティーを抜けたということだが、《陽気な少年たちジョリージョニーズ》ともあろう者がなぜに脱退を許した?」

「……デイモンは、自分から抜けたんです。迷惑をかけたくないからって」

「迷惑? なんだそれは、何か不運でも続いたか」

「そういう訳では」

「あいつは、なんていうか変わった奴なんだ。自尊心が弱く自己評価が低い」

「なるほど」


 彼のスマウグで〈集会場ミート〉を開き、彼のアカウントを確認した。

 仕事でいつもしていることだ。今では癖になっている。


「これは……」


 アカウント名が目に入った瞬間、思わずにやりとしてしまった。

 なんとなくだが、何故かそんな気がしていた。ビンゴだ。


「そうか、そういうことか」


 わかった、大体わかったぞ。

 自尊人が弱いわけでも、自己評価が低いわけでもない。

 何のために《陽気な少年たちジョリージョニーズ》に入ったのかは知らないが、彼は力を隠していたのだ。

 そういうものは、冒険者というクズの温床には紛れ込みやすい。

 益々、冒険者にしておくには惜しい人材だ。貴族の相手は骨が折れる、いらついて脳が沸騰することもしばしばだ。


「デイモンといったな。彼がパーティーを抜けたのは、11階層の一件より以前の話ではないか?」

「その前日のことだ」


 ジェイムスが、どうしてわかった、と言いたげに眉間にしわを寄せた。

 エマは「大佐?」と不気味がっている。

 なるほど、この二人は何も知らないか。デイモンは上手く隠し通していたようだ。

 ではレイも気付かなかったのか。


「これを見ろ」


 私は、スマウグの画面を見せた。


「彼が、名無しの冒険者だ」



       ▽



 地上に見える車輪の跡を、全速力で辿った。

 天使の羽音が遠くに聞こえ、するとすぐに姿が見えた。

 意外と追いつけるもんだ。その全長は転移神殿にあった柱ほど。


「デイモン」とアンゼが指で示す。


 馬車の姿が見えた。

 見た事がないくらいの速度で走っている。だがあれでは追いつかれる。


「天使が何かする前にろう」


 アンゼが光の放射を増やした。速度がさらに上がっていく。


「ディア、次は自分でやってみる」


 恋人のように「えー」とディアがごねる。

 ディアが黒い剣となる。1階層と、さっき一体目の天使に使われた、、、、2回で感覚がつかめてきた。黒い稲妻の使い方はなんとなくわかる。

 念じると、剣に黒い稲妻がまとった。何かはわからないが、俺の内側にある何かが奪われている感覚がある。


「デイモン!」とアンゼ。


 〈索敵サーチ〉でばっちり感じ取れている。

 逃げられないと思ったのだろう。天使は振り返り、両手に光の槍を現し、同時に放り投げてきた。

 一本目をかわす。

 二本目は、剣で斬ってみた。

 接触の直後、風圧と重力が襲った。体が重い。ぐっと堪え、斬り伏せる。


「無暗に受けるもんじゃないな」


 調子に乗り過ぎた。

 様子見なんかしないで、さっさと倒してしまおう。

 さっき見たディアの技を真似る。剣を横と縦に振り抜いた。


十文字じゅうもんじ斬りッ!」


 天使は光の塊を現した。それを引き延ばすと一歩の巨大な剣が生成された。

 俺の十文字斬りを受け止める天使。

 闇の稲妻と天使の刀身が、じりじりとぶつかり合っている。

 ならば、もう一発。


「十文字斬りッ!」


 斬撃が上乗せされると、耐えきれないといった悲鳴を天使が上げた。ソプラノのような甲高い声だ。歌手が歌っているように聴こえる。

 天使が重なる斬撃に圧され、地上へと落ちていく。ソプラノを鳴らしながら、とうとう地に足をつけた。

 圧力の凄さがわかる。天使の周囲の地面が大きくひび割れ、沈んでいく。


「最後だ」


 剣に黒い稲妻をため込んだ。

 いったい、どこまで溜まっていくのだろうというほど、闇が増えていくのがわかる。

 ディアが「もういいのだ!」と忠告するように叫んだ気がした。剣を真下に向かって振り下ろした。

 空気が振動するような音が轟いた。


「え……」


 絶句した。

 斬撃が天使に接触した瞬間、地上から上空に向かって黒い柱が出現した。空を闇が覆った。

 力をため込み過ぎた。まさかこんなことにあるとは。

 あれでは、天使は跡形もないだろう。

 それより戦利品が……。


「デイモン、やりすぎなのだ」


 人型に戻るとディアがそう言った。

 レイさんを乗せた馬車が遠ざかり、景色と同化して小さくなっていく。

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ダンジョンの最奥で手に入れた二刀の剣は、暗黒女帝と大聖女だった 酒とゾンビ/蒸留ロメロ @saketozombie210

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