第10話

 クラインたち3人が、なぜか蟹の王様を仕留めたことを理由に市長に表彰されたその日、俺は家でゆっくりしていた。

 紙面ではクラインがにっこりと微笑んでおり、その手には金色のトロフィーと写真が一枚見える。

 新聞では映像が見づらい。

 スマウグで鮮明なものを探し確認すると、クラインたちの背後にあの巨大蟹が映っている写真だった。

 いつ撮ったのか。

 写真の奥には俺やアンゼやディアも微かに映っているようだった。


「デイモン、ここにある〈名無しの冒険者〉とは一体なんなのだ?」


〈名無し違い? 冒険者パーティー《雨と痛みレイン・アンド・ペイン》、表彰される〉と紙面にはあった。

 そういえば二人にはまだ言ってなかった。

 俺は二人に説明した。9階層までしか開いていない針の塔オベリスクにおいて、10階層をすっ飛ばし11階層を開いてしまったことを。

 二人をどこで見つけたのかも含めてだ。


「複雑なお立場だったのですね」

「デイモンは有名人だったのだな」

「こんな形で有名になりたくなかったよ。今はどうにかバレずに済んでるけど、バレたら大変なことになる。11階層への転移神殿を見つけたのは偶々だし、俺には9階層へ挑めるほどの力すらないんだ。身の丈に合ってない」


 そこであることを思い出す。


「そうだ、それでアカウント名を変えようと思ってたんだった。考えたんだけど、二人の名前を使ってもいいかなあ?」

「我の名前をか?」

「それはもちろん構いませんが……」


 アカウント名を〈ディアボリカ・アンゼリカ〉に変えた。

 ホスト数は今や300万を超えていた。微かな優越感が垣間見えるも、一気にそれを凌駕りょうがする恐怖が埋め尽くした。

 バレたら治安維持隊や貴族に指名手配される。英雄会メシアにも追われるだろう。ギルドは他にもあるし、他の冒険者からも何かされそうだ。

 弱小の俺は、そのとき何もできない。


 1階層の入口・古城から二階層の大扉ニューゲートまでを繋ぐ国道の調査、及び開発が始まってから早一週間。

 クラインにレイさんたちの話を聞いてからだと、2週間が経とうとしている。


「ここ最近、ずっと浮かない顔をしていますね」

「そうかなあ」


 アンゼの気遣いを流す。

 あれ以来、レイさんたちのことが気になって仕方がない。

 誰か傷を負ったのか……。


 それより、俺と同じ1階層と旧市街との往復しかしないような見習いのクラインたちが、どうやって9階層の情報を小耳にでもはさむことができたのか。


「……そうか、商人だ!」

「どうしたのだ、驚いた顔などして」

「商人だよ。2階層から9階層には、それぞれ町が築かれてる。9階層の町は特に規模があって、ベテランの商人は旧市街から9階層までを自由に出入りするらしいんだ。上階層から1階層に下りてくるには一週間以上かかるから、一度上ると大抵の人は下りてこない」


 でも商人は、積み荷を降ろしたらすぐに下りてくる。

 頻繁に出入りしているのは彼らしかいない。


「それが、どうかされたのですか?」

「クラインたちの言っていた話が気になるんだ、旧市街でベテランの商人を探そう。何か知ってるかもしれない」

「というと、デイモンがお世話になっていたという、《陽気な少年たちジョリージョニーズ》の方々についてですか? わたくしたちは、まだ一度しかお会いしたことはありませんが……」

「今日はゆっくりするのではなかったのか? 財宝の仕分けをするだろう?」

「それはまた今度にしよう」


 3人で旧市街へ向かうも、どこから探せばいいのかわからず市場で立ち尽くす。

 山積みに陳列されたリンゴの中から、〈鑑定スキャン〉で質のいい赤いものを3つ選び、近くの、屋根つきのベンチに座ってみんなで食べた。


「デイモンはリンゴが食べたかったのか、商人を探すのだろう?」

「今探してるんだよ」


 ベテランの商人をどう見分ければいいのか、考えてなかった。

 ここは商人で溢れている。店先に立つのは一見ただのおばちゃんでも、それはすべて商人と言える。

 だが探している行商人だ。


 リンゴを食べ終わった後、思い付きで厩舎きゅうしゃの密集する区画へ出向いた。

 ここでは馬を借りることができるが、基本的に針の塔オベリスク向きではない。

 針の塔オベリスクように借りる場合は、馬が戻ってこない場合が多々あるので、その分、料金は高くなる。が、商人の多くはここらの馬を利用するか、自分の馬を持っていてこの辺りに預けている。


「すみません。この辺りで、行商人の集まる場所を知りませんか?」


 馬の蹄についた泥を落としている男性を見つけ、声をかけた。

 男性は無言のまま長い間を置き、「宿、か?」と不愛想に言った。


「宿なら《叫びスクリーム》がある、あっちだ。酒場なら向こう、《死に損ないの蛆虫ダッチロール・マゴッツ》ってのがある」


 ありがとうございます。とお礼を言って酒場に向かった。

 奥に入るほど治安が悪くなっていく気がした。

 剣だとは言え、女性を一目につけるのはマズいような気がした。アンゼとディアに、剣に戻るように言った。

 酒場は、いつも利用するものより廃れていた。やけに静かで、蝋燭の数が少ない。夜はどうするのだろうか。まるで船底のようだ。

 葡萄酒ワインを一つ頼み、テーブル席から複数の視線を感じながらカウンター席にしばらく滞在したが、ベテランの商人らしい人には会えなかった。


 旧市街の広間に戻ってきた。

 針の塔オベリスクの目の前の噴水の傍に腰かける。

 そのときには、もうアンゼもディアも人型の姿を現していた。


「無駄足だったのだ」

「旧市街にも、あのようなところがあるのですね」

「旧市街は元々廃れてるから、ああいう場所の方が多いんだ。この広場みたいに明るい場所の方が少ないんだよ」


 スマウグを起動して記事を漁る。目立った情報はない。

 10階層の大扉ニューゲートが見つかって二週間が経つ。未だ、階層門番レイドボスは倒されていない。


「そのスマウグ、故障してねえか?」


 目の前に、知らない中年男性が立っていた。積み荷の乗った台車を引いている。

 白髪に白髭が目立つ。部分的に老けていて不一致な気がする。


「はい?」

「俺が直してやろうか」


 断りもなしに急に奪われた。


「ちょ、ちょっと、返してくださいよ」


 そう言ったときにはもう、俺のスマウグは二つに分かれていた。

 ピンセットのような道具により画面が剥がされ、中身が見えている状態だ。


「なんだこりゃあ?」

「それ壊れてるんですよ。直しに行くのが面倒くさいから、それ以上壊れないように使ってたのに」

「変わった鉱物だなあ。小さいくせに、ここまで輝度のある石を見るのは初めてだ」


 男は霧吹きのようなものを鞄から取り出すと、手の平の石に一吹きした。

 途端に目をぎらつかせながら言った。


「お前さん、これ自分でいじくったのか?」

「なにがですか?」

「つまりよお、魔力を反射する石を仕込んで、スマウグが他人から探知されないようにしてんだろ? ん、違うのか?」

「石?」


 石……。

 心当たりがあるとすれば、鍾乳洞で落とした際に入り込んだ小石くらいだ。

 そういえばレイさんが言っていた。

 名無しの冒険者はスマウグの扱いに精通していて、魔力防壁を築き探知されないようにしているとか……まさか、この石のせいだったのか。

 だとすると、石を剥がされるのはマズい。


「珍しいもん持ってんなー。何層の冒険者だ?」

「あの、それ返してもらえます?」

「実は《死に損ないの蛆虫ダッチロール・マゴッツ》からあんたをつけてきた」


 男は邪悪な笑みを浮かべた。


「そしたらいつの間にかあんたは、あんたら、、、、になってた。そんで、あんたが両の腰に身に着けている白と黒の鞘から剣が消えてた」


 男は顔をぐっと近づけ、


「おかしなことも、あるもんだよなあ?」


 お前の秘密を知っているぞ、と言わんばかりに、にたついた。

 背筋がぞっとした。

 なんだこいつ……。


「離れろ」


 ディアが黒い剣を構え、剣先を男の喉に向けていた。

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