第34話

 うつ伏せに倒れ、体から流血するカルパス。

 シンクは、無感情に見下ろした。


 一体なにが、どうなっているんだ。

 あのシンクが、自分やエルマーを優に凌ぐほどに強くなっている。

 会わなかった、たったの4年で……。


「うけるわ……」


 もう声も出すのがやっとの状態だった。

 カルパスは、咳き込むように笑って、逝った。


「カルパス……」


 エルマーは彼の前に膝をついた。

 震える手を、そっとカルパスの背中に置いた。


 カミキリが、傍で病魔人にとどめをさしていた。

 刀を頭に一刺しだ。


「シンク、無駄な時間を過ごした。王宮へ急ぐぞ」

「はい」

「……お前、どうしちゃったんだよ」


 エルマーが顔を上げた。

 見つめる彼の表情は、震えている。

 正気を問われているような思いがしたシンクは、カミキリの呼び声に従い、エルマーへ背を向ける。


「ついてこないなら、街の一掃作業を手伝うといい。ギルドで募集をやってる」


 エルマーを置き去りにし、5人は大学校をあとにした。




 〇




 王宮正門前。

 二人の衛兵が倒れていた。辺りには、ゾンビの群れもちらほら見える。


「遅かったか」


 カミキリは辺りを見渡した。

 何かに気が付いたのか「まさかのお」と目を細める。


「爺さん、どうした」とモルザフ。

「腐乱者の数が少なすぎる」

「確かに。それがどうかしたか?」

「やつらは人の多い場所へ向かう習性がある。見よ。王宮内部を含め、王宮に沿って続く塀の近くには、ほとんど腐乱者の姿が見えない。少なすぎる」


 門の向こう側には、玄関アプローチともいえる、左右を庭園にはさまれたタイルの道が続いていた。その先には王宮がある。

 庭園は広大だ。そこに、ゾンビの姿はほとんどない。

 王宮の建物の一部が、庭園に沿って屋外回廊という形で続いているが、そこにもゾンビの姿は見えないように思われた。


「あきらかに、王宮の内部と周辺には腐乱者がいない。少ないどころの話ではない。王の住居なのにじゃ。ここには、衛兵や騎士が大量に配備されておる。補佐官もいれば、世話係や庭師と、いわば王宮の敷地内だけで町が築かれておるようなもんじゃ」


 モルザフも気付いた。


「そりゃ、なんというか不思議だなー。奴ら、なんでここには寄り付かないんだ?」

「王が、なんらかの魔術を行使したとも考えられるが、そうではないじゃろう。衛兵はこの通りじゃ。何より人の気配がやけに少ない。本来の王宮とは違うておる」

「爺さん、なにが言いたい?」

「腐乱者の群れが、ここから出発した可能性がある」

「ここで感染が発生したってことですか?」とシンク。

「うむ。いや……状況は、さらに悪い可能性がある」

「つべこべ議論していても仕方がない。中に入ろう」


 ロードリーの一声で、5人は王宮へと足を踏み入れた。

 建物に入ると、中は遺跡のように静かだった。人の気配がないと、カミキリがまた言った。


 謁見の間に向かって回廊を歩き進むが、誰の姿も見えない。

 王宮内の警備にあたっていた衛兵は、ゾンビとなって市街地へ流れたのかもしれないとカミキリが言った。

 シンクが妙に静かであることに、気を遣ってか、パールが大丈夫ですかと訊ねる。


「お友達をなくされて、おつらいですよね」

「……そんなんじゃないですよ」


 八つ当たりするカルパスを、結果見殺しのような形で死なせてしまうも、シンクの表情は平静だった。

 それがパールには、どこか悲しんでいるように見えていたのだ。

 不本意だが仕方なかったのだろうと、彼女は思った。

 最後には、講習の時から仲が良さそうだったエルマーにも見放された。

 シンクの心は、ずたぼろだ。

 だから何も言わず、静かになってしまったのだ。


「なにかあったら、言ってくださいね」

「……はい」


 シンクは、つたない返事をするだけだった。


「ここじゃ」


 カミキリが、大きな扉の前で止まる。


「謁見の間じゃ。まあ、国王の仕事部屋のようなもんじゃな。中へ入るぞ」


 カミキリが片手でこじ開けた。

 瞬間、食材のいいにおいが香った。


「なんじゃ、これは……」


 部屋の真ん中のレッドカーペットの上に、堂々と置かれた巨大な長テーブル。そこには大量の料理が置かれている。

 給仕係がもう一つテーブルを運んできていた。

 さらに運ばれてくるいくつもの料理。

 中は、せかせかと働く人で溢れていた。そのすべては女であった。


 テーブルには、二人の男女しかついていなかった。


「なぜ、お前たちがここにいる」


 ロードリーは呆気にとられた。

 クレイとマドカ、葡萄酒を豪快に飲みながら、運ばれてくる肉や魚など、極彩色の品々にご満悦だった。


「ん?……お、お前ら、来たのか。席はねえぞ」とクレイ。

「私らのだから」どろどろの肉をパクリ。「うんっま!」


 モルザフ以外の4人が一番驚いたのは、クレイとマドカではなかった。

 グラスを片手に、左右から露出の多い女に口へ果物を運ばせている、中年のピエロが玉座にふんぞりかえっていた。


「遅かったやん、人でなしども!」


 葡萄酒の入ったグラスをかかげ、再会に乾杯するようにマサオは言った。


「お前、死んだはずじゃ……」ロードリーは言葉を失った。

「どうしてあなたがここに」とパールが叫ぶもと、マサオはニヤリとした。葡萄酒を飲み、女に果物を口へ運ばせた。


「美味やーん?」


 マサオは挑発するように言った。


「お主、病魔人か」とカミキリ。

「爺、お前感染しとるんやろ? 俺が病魔人にしたろか?」


 マサオの白目のない真っ黒な瞳に、カミキリは警戒する。


「国王をどこへやった!」


 モルザフが怒号を飛ばした。


「元々、俺は金犬騎士団に所属していた。国王は、お前のような贅肉男にどうこうできるお方ではない。剣を極めておられるからな」

「街の方に行ってみ、であるかもしれんで。まあ、見た目はだいぶ変わってしもうとるやろーけど」

「貴様あ!」

「そんなことよりや、己ら、よう見捨ててくれよったのお? あんなカビの生えた薄暗いところに……俺は、悲しいわ。ユリちゃんや、お前らが一切見向きもせずに、憑りつかれたように俺の前から去っていく姿を、俺は黙って見とるしかなかった。オクムラに喉を潰されて声がでんかった、瀕死の状態では女神パワーを使う気力もなかった。でもお前らが少しでも助けてくれてたら、普通に助かったやろうな。それをお前らは……まあ、ええねんけどな。生きとるし、結果オーライや。病魔人になってもうたけど、妙に頭はさえとるし、知識は異常に増えたし、使える能力も増えた。おかげでハーレムを築くことができたわ。見てみぃ、この光景。べっぴんちゃんばっかりやろ? この子ら俺が定期的に治療してやらんと、すぐゾンビ化してまうからな、それを自分でも知っとるから、一切口答えせえへんねん、絶対服従や。もちろん、見捨てたりもせえへん」

「どれだけ根に持っているのだ、貴様は」とロードリー。

「ホントですよ。男のくせに、ねちっこい」とパールは嫌な顔をした。


 マサオを椅子を立ち上がった。

 飲み干して、グラスを傍の女に渡す。


「わざとやないもんなあ? そら、罪悪感も生まれんわなあ? ほんま醜いわ、人間って。お前らはなあ、罪悪感さえ抱かへんかったら、他人を平気で見下せる悍ましい生き物なんや。それが、ようはわかったわ。んで、己ら、なにしにきたんや? ……ミーを、殺しにやってきたのかなー?」


 マサオは、カミキリを指さし「はい、爺、答えて!」とふざけたように言う。


「ミーを殺せばどうなるかは説明した。この子ら救われへんで? それでも殺す言うんか? 本当に……殺しちゃってもよいなかなー?」


 カミキリの姿が一瞬にして消えた直後、マサオの顔面に、鋭い斬撃が走った。

 マサオは、「いだい、いだい!」と言って、顔を押さえながらのたうち回る。


「ほ、ほんまに殺しにかかる奴があるか!」


 マサオはすぐに顔の傷を癒し、服の袖で血を拭った。

 ピエロのメイクがくずれる。


「おい、そこのギドラ人。シンクとかいったよな……さっきからずっと黙っとるけど、お前はどうすんねん。これは俺とお前ら、、、の問題と違うんか!」


 ロードリーやパールは、マサオの言葉の指し示す意味がわからず、それを求めるように、シンクへと振り返る。

 ……お前らの問題、、、、、、

 マサオは、そう言った。

 まるで、シンクとマサオの間に、自分たちの知らない、なにか繋がりがあるように思えてくる。だがそんなはずはない。

 なによりマサオは、シンクにとって昨日今日出会ったような人物であり、それは二人やカミキリも同じである。


 シンクが、そっと黒鞘を抜いた。

 マサオは、警戒するように目を細める。


「俺を殺すんか……それとも他の方法を考えんのか、どっちや。なにも、俺はお前らを殺すとは言ってないわけやけども?」


 シンクの姿が、残像を残し消えた。

 刃を振るった際のカシャリという音が聞こえ、一同が振り向いた先には、首から血飛沫を飛ばす、カミキリの姿があった。


「なんや。記憶、ちゃんと戻っとるんやんけ」


 マサオが、にんまりと微笑んだ。ロードリーとパールは、声を失い立ち尽くす。

 シンクは、カミキリを討ち取った。


「し、シンク! お前……なにやってんだ」


 シンクは、気が狂ってしまったのではないか。

 モルザフは一瞬、そんなことを思った。それほどに、シンクの行動は唐突であった。彼は、カミキリを斬ることなど、誰にもなにも告げていない。


「シンク、どういうことだ……」


 ロードリーは、戸惑いのあまり声が震えた。

 カミキリに目を向けると、彼は最後の吐息を吐ききり、死ぬところだった。


「カミキリさん!」パールが悲痛に叫ぶ。


 シンクが、二人へ振り返る。


「今度こそ、我らギドラ人が勝つ」


 それは、シンクの声であった。


「なにを言っている……」


 だがロードリーには、それがシンクの言葉とは思えなかった。

 パールも同じだ。


「シンクさん、その目は」


 シンクの瞳は、黄金色に光っていた。

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スキル【致命眼】の初級魔術〈ファイアボルト〉は最強 酒とゾンビ/蒸留ロメロ @saketozombie210

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