第33話
冒険者たちにとって、きっかけは、ギルド内に現れたゾンビであった。
おとぎ話や子守唄程度にしか、病魔人を知らない彼らにとって、それは病気で頭がおかしくなってしまった、いわば犯罪者でしかない。
「おいおい、またかよ、最近王都はどうなってんだ」
多くの冒険者たちは、テーブルに肘をつきながら動かない。
酒に酔いながら、フロアの隅で対応している冒険者たちを眺める。
数日前にも現れ、問題になったことから、処理の早さはお手のものだった。
「あ、お前、腕ひっかかれてんじゃねえか」
「やっべ。やっちまった……」
「医者いけ、医者」
面倒なことになってしまった。
男の腕から、血が滴っている。この状態のまま放置すれば、自分もこの死人のようになってしまうのか……。
男は頭をぽりぽりとかく。
風を切るような音が聞こえた。
男の首が、腕ごと斜めにずれ、床にごとっと落ちた。
男の背後に、カミキリの姿があった。
「冒険者たちよ、すでに王都は病魔人の襲撃をうけておる。酔っぱらっておる場合ではないぞ」
シンク、ロードリー、パール、モルザフの姿もあった。
5人が王都へ辿り着いた時点では、まだ王都は静かなものだった。
だが見えない場所で、病魔の侵攻は進んでいた。
「酒にのまれ、外の騒ぎも聞こえんか!」
カミキリは、受付嬢へ早期に緊急任務を発令するよう言った。
裏からギルド職員のエルキンスが顔を出す。彼が先日の死人事件『リビングデッド』について知っていたことから、話がスムーズに進んだ。
「酔っ払いども! 今から緊急依頼を出す! さっさと外のリビングデッドを始末してこい。死人一体につき、国から多額の報酬が支払われる!」
今しがた決まったことであり、もちろん国との連携など取れていない。
赤狼の女王襲来にも多額の金をつぎ込んだ国が、今回の緊急依頼にいくら金を出すかはわからなかった。
これはエルキンスの独断だ。
「大丈夫なんですか、そんな勝手なことして」とシンク」
「責任は俺が持つ。大丈夫だ。それに迷っている暇はないんだろう?」
「いかにも」
カミキリは、エリンギン王国領での被害について軽く話した。
「下手をすれば、一夜にして国が滅びかねん。王都は要じゃ。ここが落ちれば、周辺の村や町など、いくらでも喰われる」
ギルドの入り口から、大量のゾンビが流れ込んできた。
酔っ払いくつろいでいた多くの冒険者たちも、流石に立ち上がり、ただ事ではないと武器を取った。
「ここはダメだな」とエルキンス。「裏口がある。ここは俺たちに任せて行け」
5人の目的が、ギルドではないことをエルキンスは分かっていた。
彼は、まっさきに知らせに来てくれたのだ。そして、次に行くべき場所がある。
「オクムラは王の首を取りにくる。向かうは王宮じゃ」
「オクムラ?」とエルキンスが言った。
シンクが「連中の長のことです」
5人は、裏口へと走った。
〇
魔術大学校の各棟は、すでにゾンビにより侵されていた。
感染は、砂やゴキブリのようにどこにでも入り込み、気が付くと敷地内のいたるところに溢れていた。
優秀な生徒たちは魔術を駆使して戦うが、目の前で友人が噛みつかれ、首から血を吹きだすと、すぐにパニック陥った。
喰われる……。
彼は実戦になれていなかった。
応戦をやめ、すぐに逃げることを選択したのだ。
だがそれがマズかった。戦略などない、ただの逃亡だ。闇雲に走り続けた結果、がり勉な生徒たちのほとんどんはすぐに体力を消耗し、食われる結果となった。
これが、感染がこれほどに早く広がってしまった真相だ。
エルマーは、学生寮を飛び出した。
敷地を出るには、目の前の芝生のグランドを抜け、棟に囲まれた公道を抜ける必要がある。
緑色だったはずのグラウンドは、全域に血と肉がこびりついていた。生徒たちが戦った結果だ。
「大丈夫……いける。いける。俺ならいける」
暗示をかける。
一歩を踏み出し、芝生をかけた。今にも生徒が襲われている。エルマーに助けを求めているが、彼には他人を助けている余裕はなかった。
別の棟から一人の男子生徒が飛び出してきた。
エルマーと同じように、芝生へ入ってきた。
「お、エルマーじゃん!」
名を、カルパスといった。彼はエルマーに並んだ。
「そっちの状況は」とカルパス。
「一緒だろ」
「敷地から出るんだよな?」
「当り前だろ。それ以外、どこに行く場所がある」
「そのあとは?」
「は?」
「そのあとだよ。校舎の外が安全とは限らないだろう。むしろこの学校は王都の中心よりに位置してんだ。市街地や、それ以外の場所にリビングデッドがいないわけがない」
エルマーは、考えていなかった。
二人はグラウンドを抜け、公道に出た。
「あとは門を出るだけだ」
「質問に答えろよ。門を出たって同じだぜ? むしろここより酷かったらどうするんだ」
「……そのときは、王都を出るしかない」
「ケイデンスに帰るつもりか?」
カルパスもエルマーやシンクと同じ、ケイデンスの出身者だ。
当然、シンクのことも知っている。
「こんな状態で帰って、地元のみんなが受け入れてくれるとは思えないな」
「なにがだよ」
「みんな、死んじまったよ」
「……みんな?」
ケイデンスには、高等部までの学校があった。
エルマーもカルパスも、そしてリナリーも、高等部のころ上級魔術を多少使える程度には、優秀だった生徒たちだ。だからこそ、この大学校に進学できている。
優秀だった生徒は、なにも3人だけではない。
カルパスは、何人かが食われている姿を見たと言った。
「そんな……」
エルマーは絶句した。
「俺たちだけ助かって、みんなを見捨てて逃げてきたって言うのか。ケイデンスは田舎だから、王都みたいに潤ってないし、町だけじゃなく、住んでる人間自体が閉鎖的だ」
「どういう意味だよ」
「後ろ指さされるぞって言ってんだ。生きて帰ったって、喜ぶ連中なんかいない」
エルマーは、考えたこともなかった。
彼にとっては普通の町であり、故郷であった。
だがカルパスにとってはどうも違うらしい。
「なにが言いたいんだよ。生きて帰ればみんな喜ぶだろ。なんの話をしてんだよ」
「みんなって、誰だよ」
「は?……家族とか、高等部の先生とか、いるだろ?」
「エルマー、みんな死んだんだよ!」
カルパスに、感情的に両肩を掴まれ、エルマーはびくっとした。
「王都へ旅立った生徒のほとんどは、もうケイデンスには帰ってこない。なのに俺たちだけが帰ってきて……それを鬱陶しく思わないほど、あの町は温かい場所じゃないんだよ」
一体、カルパスになにがあったのか……。
エルマーは、彼から離れたいと思った。
どうも精神が不安定らしい。友人の死を目の前で見たからだろうか。
「ちょ、ちょっと落ち着けよ。考えすぎだ」
いい加減なことを言った。
エルマーには、彼が何を考えているのかわからない。
「とにかく走るぞ」
ついてこいとは言っていない。
そう心の中で呟き、エルマーは走り始めた。
自分たち以外にも校門に辿りついた生徒の姿が多数あった。
生徒たちは校舎から出て行く。
「カルパス、みんな外に出て行くぞ。大丈夫みたいだ、市街地は平気だよ」
その言葉にカルパスは少し安心する。
だが校門を出ると、目の前の通りは、死体だらけだった。
「そんな……」
エルマーは左右を見渡した。
遠くの方まで死体が続いている。いくつもの曲がり角が見え、そこからリビングデッドがあふれ出していた。
「な、言っただろ。おしまいだ……」
カルパスは座り込んでしまった。
「なにが起こってんだよ」
「カルパス……」
路地の各曲がり角から、リビングデッドの大群が押し寄せてくる。
「カルパス、やばい、ここを離れるぞ」
「え、なんで」
カルパスの目が死んでいる。声も力がない。
「群れが来る。ここにいたらマズい。校舎に戻ろう」
「どこも一緒だって、見てきたろ? 安全な場所なんかない。ないから、市街地もこのありさまなのさ」
「いいから立てって!」
近くで、「ファイアボルト」と声が聞こえた。
通りへ振り返ると、エルマーの目の前を巨大な火の玉が左から右へ通過していった。
「シンク、お前やっぱ、ケイデンスにいたことは実力を隠してたのか?」とモルザフ。
「最近手に入れて力だけど」
「最近でこれは、いくらなんでもありえないだろ」
「モルザフといったな、同郷の割り、シンクを知らなすぎではないか?」とロードリー。
「シンクさんは出会ったころから強かったですよ」とパール。
「ギドラなのじゃから当然じゃ」
カミキリが、傍のゾンビの首を刎ねる。
「シンク……」
呆然と立つエルマー。絶望し座り込むカルパス。
二人の姿にシンクが気付いた。
「シンク、まだ、王都にいたのか」
エルマーは、思わずほっとする。
かつては比べるまでもないほど、シンクは才能のない魔術師だった。
だが冒険者である彼の実力には、敵わないとエルマーは認めている。シンクなら、この状況をどうにかできるのではないか。
ないより、弱ったカルパスと二人きりでいるよりはマシだ。
だがカルパスの方は、現在のシンクを知らないだろう。
「シンク、この者は知り合いか」とカミキリ。
「同郷の知人です」
「なに? では、ケイデンスの」
「……はい」
カミキリが刀を構えた。ケイデンスの出身者は、感染拡大を防止するため殺さなくてはいけない。
モルザフが思わず止めにはいる。
「おいおい、爺さん。いくらなんでもやりすぎだ」
「まだ、わからんか」
「わからないねえ。あんたには、様子を見るって選択肢はないのか」
「幾度となく様子を見た。これが、その結果じゃ。何度説明すればわかる」
「ケイデンスの生まれだからって、感染してるとは限らねえだろ」
「沼を飲んで育った可能性が捨てきれぬ以上、限らない、などという言葉では切り捨てられまい」
問答する二人の様子を横目に、エルマーはシンクへ歩み寄る。
「どうなってるんだ、学校はもうめちゃくちゃだ。カルパスの話では、ケイデンス出の同級生も何人かやられたらしい」
「病魔の感染が広がってる。王都内では、リビングデッドの一掃作業が始まっているところだ。俺たちはゾンビと呼んでる」
「この間の、あの、シュリンプ王子みたいなやつだろ?」
「ああ、あれだ」
カルパスが足り上がり、苛立ちを浮かべて言った。
「エルマー、なにを安心しきってんだ。早くここを離れよう」
呆れているようでもあった。
エルマーは、自分の情けなさを棚にあげるなと思ったが、直接は言わなかった。
「シンクたちがいる、ひとまずは大丈夫だ」
「シンク? おいおい、冗談だろ? こいつがいる方がヤバいだろ、校舎の惨状を見なかったのか? そういえば、お前は友の死を直接的には見てないんだったな。だから実感がわかないってか?」
「カルパス、おちつけ。シンクは以前のシンクじゃない、今は冒険者なんだ」
「冒険者っていや、浮ついた無法者のことだろ。なあエルマー、早くここを離れようぜ」
「……俺はシンクと一緒にいる。シンク、これからどうするんだ。できれば同行させてくれると助かる。お前と一緒にいた方がまだ安心だ。俺たちじゃあの群れに対抗できない」
「王城に向かう」
「王城? でも、行ってどうするんだ、中に入れないだろ」
「俺には【守護者】の称号がある。衛兵に言えば、通してもらえる」
「守護者?」
「嘘いうなよ」とカルパスが言った。
彼は、瞳孔を開き、足は少しふらついていた。ここまで走ってきたせいだろう。まだ体力が回復していない。
「守護者だと……そういえば、この間の赤狼の襲撃事件で、女王を追い払ったっていう冒険者がいたな。守護者の称号を与えられたことも話題になってた。まさか、それがお前だっていうのか?」
「そういうことか」納得するエルマー。「だから称号を持ってるのか。同名の冒険者かと思ったけど、まさかシンク本人だったとは……」
「エルマー、騙されんな。高等部でのこいつの成績は知ってんだろ。守護者って、そんなわけあるか。大学校を主席で卒業したってもらえないんだぞ!」
だがエルマーには、そうは思えなかった。
ゾンビとなった王子を処理したい際の記憶。
シンクは冷静だった。手際のよさに、ブレない表情。
彼なら、女王を追い払えたとしても、エルマーにはどこかおかしくはないように思えた。
「赤狼の女王となると、確かに、話がでかすぎて信じきれない部分はある。でも信憑性のない話でもない」
「おい正気か? シンクだぞ? あのデメリットシンクなんだぞ? 俺たちだけで逃げよう! なんか訳のわからない老人とか女もいるし、もう訳がわからねえよ。俺たちだけで逃げた方が安全なのは、はっきりしてんだろ!」
カミキリが独りでに去り始めた。
「シンク、時間がもったいない」
「二人とも、ついてきたいなら勝手にしろ」
カルパスが、シンクを睨みつけた。
「誰に口きいてんだ! 低能が」と襟元につかみかかった。
シンクに表情はなく。
エルマーが、やめろと止めに入るも、彼はエルマーの手を弾き飛ばす。
「ファイアボルトしか使えない奴が、冒険者に落ちぶれて、いきがってるだけだろ? なあ、そうだろ、よくあることだ。徒党を組めば怖くないもんなあ? 低能同士、お似合いじゃねえか」
モルザフは溜息をつく。「やれやれ」
ロードリーはくすりと笑った。
「まあ、シンクがファイアボルトばかり使うのは、当たっている」
パールは胸を張るように笑顔だ。「ですね」
それが、カルパスには不愉快だった。
罵っているのに、まるで相手にされていない。それどころか笑われている。
シンクにいたっては、反応すら見せない。ひるみもしない。
「シンク、病魔人じゃ!」
カミキリの鬼気迫る声が聞こえた。
上空に、瞳の真っ暗な者が浮遊している。
「ギドラをよこせ! 殲滅してやる!」
「やはり、メスが紛れておったか。となると、これ一匹とは限らん」
王国の、杜撰なあと処理に苛立ちを浮かべた。
12年前に、メスの虫に感染した人間が、その後子孫を残している可能性があった。となると、子供の【織姫】がどこかにいるはずだ。
「カルパス、助けてくれ」
シンクは、落ち着いた声で言った。
「……は?」
「俺たちには、あれは倒せない。代わりに倒してくれよ」
表情が一切かわらないシンクに、エルマーは思わず、「シンク、許してやってくれ」と言った。
カルパスは、二人のやりとりの意味がわからんくなり、余計に腹が立った。
自分だけが、話に置き去りにされているような気がした。
「黙ってろ、エルマー!」
「カルパス……」
「いいぜ、助けてやるよ。俺がいて、良かったな、感謝しろ」
カルパスの口元が、震えている。
「心強いなー」シンクは呟いた。
「シンク」とロードリー。「悪ふざけはここまでにして、私たちでやろう。援護する」
病魔人は腐乱者の比ではない。
オクムラに匹敵する強力な個体であるため、ロードリーやパールには手に負えない部分があった。
それはモルザフも同じで、現状、戦闘経験豊富なカミキリか、シンクにしか相手にできなかった。
だから援護という形でしか、戦いに参加できない。
病魔人に傷を付けられると、傷口から【織姫】が侵入するために、迂闊に手が出せなかった。一番安全なのは、ギドラ人であるシンクだけだ。ギドラ人は感染しない。
ただの学生のカルパスに、相手が務まるはずもない。
それはエルマーにすら予想できた。
「なあ、シンク、同郷のよしみだろ。このままじゃ、あいつ死んじゃうって」
カルパスが上空の病魔人へと向かって歩みを進める。
彼は、そもそも上空のそれが何であるのかわかっていない。
「エルマー、俺たちから離れるなよ。戦いにも参加するな、ただついてくるだけでいい。あとは俺たちが守ってやる」
「あ、ああ。じゃなくて、カルパスのことだ」
「気の毒だ」
「え」
「気の毒なことを
シンクは、過去系で言った。
それ以外にはなにも答えなかった。視線はまっすぐに、エルマーを見ている。一瞬、赤く光った。
「カルパス、あれじゃあ死ぬって……」
ああ、そうか……。
カルパスはもう、助からないんだ。シンクには、もう助ける気がない。
エルマーは、そんなことを薄っすらと心の中で思った。
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