第31話

 沼は壊した――。

 カミキリさんがそう言って、ひとまず一件落着といったような溜息を女王やオルギエルドさんが漏らす。


「祭壇はシンクの助けもあり、一応の機能はしておる。奴はしばらく伝染は使えぬ。使えぬ以上、母体が増えることはない」


 カミキリさんは女王に「話の意味は分かりますか」と丁寧に確認していた。レナトゥーレがセロリンの第一王女だと知っているから、敬意を払っているのだろう。


「虫については理解している」


 また「虫」という言葉が出た。

 なんだろうか、その、虫とは……。


「女王、一つ確認したいことがございます」とカミキリさん。「シンクから伺いました。あなたギドラ人であり、シンクの姉であるということを」

「半ギドラ人だ、正確には半分人間の血が入っている」

「そうですか……」


 本当は、この話をする前に、俺に思い出してほしかったのだと女王は言った。

 レナトゥーレ・セロリンは、ギドラ人ラニアスと、セロリン王の最初の妻――第一王妃との間に生まれた長女だという。

 当初、国王はこの事実を知らなかったそうだ。

 ギドラ人の子供であるという事実は、今も知らない可能性があるという。王妃は誰の子供か言わずに死んだそうだ。


「王女を逃がしたのは私です」


 オルギエルドさんは、ギドラ殲滅戦の最中、レナトゥーレの真実がどこからか漏れたことに気が付いたという。偶然、王室忍者隊の何者かが王へ報告している傍に居合わせたのだそうだ。


「私は王女様を逃がし、戦後に王妃は処刑された。王妃もお救いするつもりだったが、あの時点での私の力では不可能だった」


 その時のオルギエルドさんは、まだただの人間だったらしい。

 今のような力もなかったそうだ。


「女王よ、あなたとシンクが腹違いの兄弟であることは理解した。じゃが、お主らはその当時から接点があったということなのか? 記憶が正しければ、シンクは公爵家に仕える執事の息子という身分じゃったはず。ギドラ人は同時優遇されておったか、貴族という訳ではなかった。ラニアスやシンクが、城へ出入りできたとは思えんのですが……」

「私が公爵家に顔を出していたのだ。母がよく、馬車を出しては私を連れていってくれた。母はラニアス殿に会いにいっていただけだろうがな」


 俺とはそこで出会ったそうだ。

 レナトゥーレは当初、俺と血がつながっていることまでは知らなかったらしい。週に一度は顔を合わせるから、そのうちに遊ぶようになったのだとか。俺が急に「姉」と呼び始めたらしい。

 まったく覚えていないが、子供にはよくあることだろう。

 実は本当の姉弟であると後になって知ったらしい。

 話を聞いたとも、俺には実感がなかった。記憶もない。これまでずっと一人で生きてきたし、孤児院にいた頃も特に友達はいなかった。そんな人生だ。


「姉がいたなら言ってくれよー」


 モルザフが肩を小突いてきた。にやにやしている。

 モルザフは王都の出身だ。それに俺と会ったのは4年前だし、俺がそんな孤独な幼少を送ったことは知らない。別に俺自身は一人が普通だったから、孤独とも思ってなかったけど。


「それはそうと、あの連中はなんなんだ。町はどうなっちまったんだ?」

「道中に話しただろ」俺は言った。

「それは聞いたが……つまり俺も感染してるって話だろ? だがなんでそんなことになる? お前の魔術の効果で俺は無傷だ、ぴんぴんしてる」

「外見の問題じゃな」


 今の会話で女王とオルギエルドさんの目つきが変わった。

 モルザフへ向けられた目つきは疑いを含んでいる。


「奴らの正体は知っているか?」

「まだ話していません」とカミキリさん。


 空気が静まるとレナトゥーレは言った。


「奴らは、虫だ」

「それは脳に寄生するのです」とオルギエルドさん。「虫はオスとメスがいる」


 寄生したメスは時間をかけて人一人分を支配し、肉体は母体に至る。

 そこへ腐乱者が現れ、オスの虫を接触によって侵入させる。このオスは、寄生した母体の中で、先に寄生していたメスと出会い、交尾をする。生まれた虫が病魔人だ。


「その瞬間、その者は人ではない、病魔人だ」


 レナトゥーレがそう言うと、カミキリさんが「同時に覚醒経験による病魔人の歴史を背負う」と言った。元の人格は失われ、身も心も完全な病魔人となるのだそうだ。

 オルギエルドさんが話を続けた。


「病魔人は、【織姫おりひめ】と呼ばれる伝染能力を持ちます。これはメスです。メスの虫を人間の体内に忍ばせ、病魔人はその時を待つのです」


 では腐乱者とは一体どこからくるのか――。


「これは人体を支配したものの、その後、オスと出会わなかったメスが脳内で腐り、変異するのです。するとメスであった虫はオスになります。オスの虫は【彦星ひこぼし】と呼ばれる伝染能力を持ちます。これは、つまりオスです。オスを接触により人体へ流し込み、それが母体であれば、メスと合流して交尾を行うという訳です」


 母体でない場合はメスがいない。その場合、オスが発狂して人間は腐乱者となる。


「病魔人とは、母体を生むメスに始まるのです」

 

 カミキリさんが言った。「じゃが封印によりオクムラは今【織姫】を使えん。沼もない。ゾンビ共を殺しオクムラを殺せれば、これ以上病魔人が増えることはない。12年前の一掃に漏れがなければの話じゃがな……母体は遺伝する」

「遺伝する?」


 俺は詳細な答えが知りたかった。


「親のどちらかが母体であった場合、生まれてくる子供も母体となる」

「相変わらず師匠は心配性ですな。エリンギンもセロリンも、雨を浴びた者の一掃をかなり神経質になって行った。うち漏らしなどあるはずがありませんよ」

「儂は今も生きておる。覚えておるかドラキュラティー? さきほど町で太陽の戦姫におうた」

「フランベーヌ殿ですか?」

「そうじゃ。儂やフランベーヌのように一掃対象から逃れ、奇跡的に生きておる者もいる。あの時、二国の領地内の外にいたものは対象とならなかった。あの時点では、病魔が遺伝することについて、まだ誰も知らなんだからじゃ」


 モルザフが席を立った。全員の視線が集中すると、モルザフは床を見つめ、微かに手を震わせていた。


「ちょっと待ってくれ……まさか、ってことはよお、俺、感染してるのか?」


 誰も答えなかった。カミキリさんが「いかにもじゃ」と教えた。

 おばちゃんをあの場で殺した理由が今になって分かってきたのか、「そういうことか」とモルザフは「だからフランベーヌを……」と漏らした。


「俺も殺すのか?」

「お主、出身はどこじゃ?」

「王都だ……セロリン王国の、王都」

「なるほど。ならばまだマシかもしれん」

「マシ?」

「先だって話せば今回のケイデンスの被害者じゃが、オクムラかゾンビに外傷でもつけれられた者は全員殺す必要がある」


 流石にそれには俺やロードリーさんやパールさんも席を立ち上がった。


「なんだと……」


 ロードリーさんは容認できないという表情をしている。

 モルザフは「そうなるのか」とすっかりこの話を理解したようだった。


「ケイデンスはオクムラを産んだ、沼の生まれた場所じゃ。ここで生まれ育った民は、言ったように親からの遺伝で先天的に感染している可能性がある。十分に考えられる」


 12年前の戦いでも「沼」の捜索が行われた。

 その果てにケイデンスを見つけた国は、沼の一斉除去を行った。その後、すべての沼は排除したと捜索にキリをつけた。


「病魔人にしか分からぬどこかに保管されておったのじゃろう。沼はあった……」


 沼はギドラ人の「致命傷の法則」に対抗する手段となるが、それ以前にメスを産みつけるための道具だ。

 カミキリさんは、封印されていたこの12年もの間、オクムラが何もせずに沼をただ放置したとは考えにくいと言った。

 なんらかの方法で生活水などに交じっていてもおかしないと。

 だがその根拠もないらしい。調べつくせば分かるかもしれないが、今はそんなことをしている時間もない。


「ただちに王都へ向かい、王にこのことを知らせねばならん」

「王都とは、セロリン王国のことか?」


 レナトゥーレの冷ややかな声が聞こえた。


「セロリンもそうですが、エリンギンへもです」

「ならば我らはこの戦いに参加しない」

「なんですと……」

「母を殺し……私からすれば父も殺されたようなものだ。私をも殺そうとした。あの国を救う理由はない。ギドラ殲滅は二国の総意だった。病魔が侵しつくそうとも、赤狼はこれに干渉しない」

「バカな!――世界がどうなってもよいと仰るのですか!」

「人生の大半をブラッディーウルフに育てられた。私は今や人間ではない。人間を救う理由はない。そもそも半分はギドラだ。ギドラを裏切った人間を救う訳がないだろう」


 カミキリさんはテーブルに視線を落とした。

 病魔に精通したものが必要だと説得するも、人間など滅べばいいとレナトゥーレは断った。

 おそらくカミキリさんは、赤狼の女王の力とブラッディーウルフの兵力を頼りにしていたんだろう。ブラッディーウルフは素早いし、攻撃を受けずにゾンビを処理できる。適当な人間の兵を使うよりもよっぽどいい。

 オルギエルドさんもレナトゥーレに同意する。


「師匠、私も今や人喰いの身。人間を喰らい生きながらえてきました。実は人としては12年前に、私はもう死んでいるのです。セロリンの騎士に槍でめった刺しにされましてな、恨みすらあるほどなのです。聖兎飼いでは私のような者を人喰いとは呼ず過食者と呼ぶ。ものが人間でなくても問題ないからです。あちらの人喰いは兎人とじん美豚人びとんじん鳥人ちょうじんを喰らう。私も同様です」

「だから人間は必要ないと」

「個人的な意味でも必要ないということです。人間は一度、滅びた方がよいのではないかと思っているのです、私は」


 モルザフが「狂ってやがる」と吐き捨てた。


「ここには人間はいないのか? 魔女のあんたはどうだ、人間だろ? そっちのあんたは?」


 パールさんは無言だ。


「シンク……」


 最後は俺に話をふってきた。

 ケイデンスの町民を殺す必要があるとカミキリさんが言ったとき、俺の中には何の感情もなかった。悲しいとか寂しいとか、それくらい思ってもいいはずなのに。

 孤児院には馴染めず、学校にもなじめなかった。

 周囲は俺をデメリットと呼び、論外な落ちこぼれとして扱った。見下しすら・・・・・しなかった。レベルが違いすぎたからだ。高等部に進学し二年しても初級魔術しか使えず、17歳になってもメリットは発現しない。それまであった単純な冷やかしから、周囲の多くは俺を不気味なものでも見るかのように、離れて窺うようになった。――不良品だ。そんな言葉が聞こえてくるようだった。

 それも冒険者になれば変わるはずだった。冒険者に国境はない。王都や外国からの人が集まるから、多種多様な考え方で溢れていて、中には俺のようにメリットを発現しない人もいるだろうと思った。

 だがそんな稀な者は、俺だけだった。


「町のみんながどうなろうと、人間はどうなろうと、それで俺の故郷が消えたとしても、俺は別にどうも思わない」


 モルザフが正気を疑うように「シンク」と名を呼んだ。


「ただ、俺は冒険がしたい。そのために町を出た。人助けのためじゃない」

「だからって王都を見捨てるのか、人を……」

「冒険の延長でなら手を貸してもいい」


 ロードリーさんが小さく笑みを浮かべていた。パールさんと目くばせをしあっている。


「待て」


 レナトゥーレだった。


「シンク……私たちは、父も母も人間に殺された。数日前、森の奥で穴倉を見つけたんだ。固く閉ざされていた」

「そこでラニアスを見つけた」とオルギエルドさん。


 遺体は白骨化していて誰のものかは分からなかったが、衣類や身に着けていた物から、オルギエルドさんにはそれがラニアスだと分かったらしい。

 おそらく俺を孤児院に預けたあと森に入ったのだろう。

 それからどのくらい生きていたかは分からないが、ギドラ王は同族に死を命じた。だからラニアスもそれに従ったのだろう。

 遺体はオルギエルドさんが火葬したそうだ。


「病魔人を相手にすればお前もただではすまない。傷つけば、感染してしまう」

「それは問題ありません」とオルギエルドさんが言うと、カミキリさんが「ギドラ人は感染しません」と言った。

「なんだと」


 レナトゥーレは知らなかったらしい。

 俺も初耳だ。道理でギドラ人が重宝されたはずだ。伝染が最大の武器である病魔人を前に、感染が通じないなんて不戦勝のようなもんだ。

 レナトゥーレが戦いたがらないことには、純血であることも関係しているんじゃないだろうか。

 半分は人間なら、感染しないとは言い切れない。

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