第17話

「【地走ちばしる衝撃波】!――」


 開いた大門を背に、エルキンスさんが奮闘していた。

 ギルドの柱ほどある大剣を振りまわしている。

 振り下ろした剣より放たれた斬撃のような光は、地を抉りながら走りブラッディーウルフの群れへ命中した。


「お前らも来たか」


 エルキンスさんの目はいつになく見開いていた。

 怖いくらいにギンギンだ。

 だが疲れているように思える。

 腕や顔には沢山の擦り傷が見られ、砂埃で体中が汚れている。


「エルキンス様、治療します!」

「いやいい。それより他の冒険者を手当してやってくれ。赤頭巾あかずきんの奴、グリムを大群で率いてきやがった。ブラッディーウルフだけでも厄介だってのに」


 ブラッディーウルフが厄介?

 それは少し妙だ。

 頭を狙えば一瞬で殺せるはずだが……。


「グリム?」

「人間狼のことだ」

人間狼・・・? 狼人間じゃなくてですか?」

「狼が人間に化けるから人間狼――ブラッディーウルフの中でもより優れた個体が稀に習得する変身術だ。俺たちはグリムと呼ぶ」


 受付嬢が説明してくれた。

 ブラッディーウルフは尋常ではない素早さと知能の高さから【A】ランクモンスターに認定されている。

 一方グリムは【S】ランクモンスターだ。

 それらブラッディーウルフの特徴を備えた高位の個体で、単純な打撃だけで岩を砕くらしい。

 個体によっては魔術も使う。


「俺のランクは【B+】だ」

「え、エルキンスさん【B+】だったんですか?」

「意外か?」

「もう少し上だと思ってました。試験官をやっているくらしだし」

「何度も試験を受けあらゆる測定器を試してきた。俺のレベルはそれより先へ進めない。長年冒険者をやっているが、知識はあっても【A】への壁は越えられない。そんなもんだ。人喰いや女王との接触や、まあこれまでの経験を評価されてギルド職員になったが、俺は冒険者としては三流だ。グリムの相手は荷が重い」


 おそらくあれがグリムだろう。

 防壁から離れた遠くで、上半身裸の何体もの人間が冒険者たちと戦っている。


「グリムの相手は【A】ランク以上に任せた。だが【S】ランクが3人しかいない状況だ、長くはもたないだろう。赤頭巾が参戦でもしてきたら終わりだ」


 赤頭巾とは赤狼の女王のことなのだろう。

 平原にある大きな岩山の天辺に、血のように赤いローブを纏った誰かがいた。

 フードで顔を隠している。

 顔に何か面をかぶっているように見えた。


「エルキンス!」


 王都の方から声がした。

 振り返ると、騎士の一団がやってくる。


「マカダミアン、来たか」

「状況はどうだ。ってボロボロじゃないか」

「グリムにやられた」

「グリムだと?……なっ、貴様は……」


 マカダミアン団長が俺に気付いた。

 一言「どうも」と言っておいた。

 最後にグラウンドで見た時は足を引きずっていたが元気そうだ。


「そういえばマカダミアン、お前今日大学の講習に行ったんだろ。ってことはシンクと会ってるんじゃないか?」

「ふっ、シンクか……小僧、剣の腕前だけは認めてやろう。だが魔術の方はどうかな?」

「魔術は苦手です」

「……惚けた奴だ。ま、せいぜい頑張ることだ。赤頭巾など前にすれば貴様など一ひねりだろうからな」

「なんだマカダミアン、やけにシンクに絡むな?」

「貴様には関係のないことだ。それより市街地がえらいことになっている。いますぐ何人か冒険者を回せ」

「えらいこと?」

「病人が人を襲っている。何かは知らんが、噛まれた者は同じく病人となるようだ。殺しても殺してもキリがない」


 俺はロードリーさんとパールさんの肩をトントンと軽く叩き、「行きましょう」と平原の方を指さした。

 腐った人間の相手をさせられるのはゴメンだ。

 せっかくここまで走ってきたのに――。




 〇




 防壁の目の前では冒険者対ブラッディーウルフによる死闘が繰り広げられていた。

 あたりには冒険者たちの死体が転がっている。

 剛腕で胸板も厚いベテランの冒険者に思えるが、無惨に殺されている。


 近くに【E】ランクコンビの姿が見えるが、よく生き残っているもんだ。だが目が虚ろだし、そろそろ死ぬかもしれない。


「【艶めかしき火炎】!」


 ロードリーさんが魔術を放った。

 だがブラッディーウルフに軽くかわされた。

 その姿に思わず俺は「え?」と声を漏らす。


「くそ、これだからブラッディーウルフは嫌なのだ」

「怖いですぅー、剣が全然当たりませーん!」


 怖がって攻撃を当てる気がないパールさんはともかく、ロードリーさんは何発か放つも一切当てられなかった。

 王都入りする前、商人のラムルドさんと共に遭遇した。あのときはハムラビットとそう変わらないモンスターだったが……。


 俺が今日使える【ファイアボルト】はあと8回だ。

 最大の敵はグリムやあの女王だろう。

 しばらくは剣で対応した方がいいかもしれない。


「ぐっー!」

「きゃあー!」

「ちょ、ちょっと二人とも!?」


 ロードリーさんとパールさんがブラッディーウルフに襲われた。

 牙と爪で脇腹を引き裂かれ、衣類や防具は裂けて大量の血が飛び出た。


「【触角】!」

「きゃいん!――きゃんっ!」


 すぐさまブラッディーウルフ二頭を処理する。


「うおー! すげえぞ、坊主が二頭も殺りやがった!」

「俺たちもあとに続くぞ!」

「狼どもを殲滅だ、狩れー!」


 二頭倒しただけでこの歓声。

 意味が分からん。

 相当手こずっているらしい。

 冒険者は鼓舞するも、すぐに返り討ちにあっていた。


「二人とも、大丈夫ですか?」

「シンク、私はもう……」

「シンクさん。あと、お願いします……」

「なにくだらない演技してるんですか」


 演技でもなさそうだ。

 出血が酷い。このままだと二人とも死ぬ――。


「ぐっ!」


 眼が熱くなった。

 いつもの奴だ。


「シンク……なんだ、その目は? 赤い?……」

「シンクさん、目が……あの腐った、王子、みたいです……」


 眼から飛び出た火が、俺の額に入ってきた。


 ――『ファイアボルト、形態【焚火のぬくもり】を習得しました』


 目の前に内容が表示されると同時に、この魔術の効果を理解する。


「【ファイアボルト】!――【ファイアボルト】!」


 火球は二人に引火し、全身を燃やした。


「シンク!?」

「熱い!?……くない?」


 二人はすぐに誤解に気付く。

 そしてブラッディーウルフによる傷はすぐに塞がった。

 二人は立ち上がるなり、自分たちの全身で燃え続ける火を不思議そうに見た。


「これは……」

「シンクさん、なんですこれ?」

「俺が解除するまで燃え続けるので、少しくらいなら攻撃をくらっても大丈夫です。その火が二人の傷を癒し続けます」


 今日使える【ファイアボルト】――残り6発。


「うわー! 助けてくれー!」


 振り返ると冒険者たちがブラッディーウルフに殺されまくっていた。

 さすがに不憫に思い、近くの地面にファイアボルト【焚火のぬくもり】を点火する。

 薪もない地面からキャンプファイヤーのような火が燃え盛った。


「癒されていくー!」

「おいみんな、やべえぞこの火!」

「なんか知らんが坊主が出しやがった!」

「おいお前ら、浴びろ浴びろー!」

「気持ちぃ―……」


 松明に群がるコバエのように、冒険者たちは倒れた仲間を連れ焚火に集まっていった。

 俺はその間に黒鞘でブラッディーウルフを狩りまくる。


「おいおいあの小僧やべえぞ! 一人で何体も狩ってやがる!」

「あれ誰だ、あんな奴ギルドにいたか?」

「確かこの間昇級試験受けてた新人じゃね?」

「あいつなら知ってる。一緒に試験受けたからな。確か【F+】の冒険者だ」

「タクマ、あいつって【F】じゃなかった?」

「測定器が【F】だったんだろ。あの試験受けた奴はみんな【F+】になったろうが」

「あ、そうだった」

「おいクソガキ、あれが【F+】な訳ねえだろ。バカも休み休み言いやがれ」

「だから今休んでんだろ? てかおっさんは休み過ぎ」

「なんだとクソガキ!」


 焚火の火が効き過ぎたのか、冒険者たちは取り戻した元気を口喧嘩に使っていた。

 見殺しにしとけば良かった。


「二人とも、グリムを狩りに行きますけど、いいですか?」

「もちろんだ」

「私できます!」


 残りの【ファイアボルト】は5発。

 俺たちは、グリムと【A】ランク冒険者たちの合戦場へと向かった。

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