第16話

「シュリンプ王子?」


 女子学生が何を言っているのか俺には当然わからなかった。


「セロリン王国の第一王子のことだ。国王の長男で王位継承権一位。丁度今行方不明になってて、王都中が総出で探してるらしい」


 謎にエルマーの顔が曇っていた。


「まさか王子がこんなところにいたなんて……マズいぞシンク」

「なにが?」


 両肩をがしっと掴まれた。


「お前、王子を殺しちゃったんだぞ!」

「……あ、そういうことか」


 なんだかヤバそうな気がした。

 エルマーと共に王子の死体を確かめにくると、学生たちが静かになっていた。

 同じように顔が曇っている。

 さっきまであった尊敬の眼差しが、苦笑いや深刻そうなものに変わっていた。


「これがシュリンプ王子?」

「はい。間違いないかと」と女子学生。

「王子ってこんな血色悪いのか? これ完全に病気だろ」

「以前国民の前へ姿を現わした時は凄く綺麗な肌をされていました。イケメン王子ということでファンも多いんですよ?」

「これがイケメン……」

「前はもっとハンサムだったんです。私もファンクラブに入ってるし」

「今すぐ退会した方がいいだろうな。俺だったらこれは応援できん」

「シンク、冗談言ってる場合じゃない」


 金の王冠は王子の証だったか。

 髪を触ったら皮膚ごとねばーっと取れた。


「王子はカツラだったのか? てか何歳だこれ」

「歳は24だと公表されています」

「若くして禿げたのか。髪取れちゃったけど、これ腐乱してるのか接着剤かどっちだ?」


 水たまりで跳ねる子供みたいに、取れた髪をねちゃねちゃと動かしてみた。

 学生たちから「うわー」と気持ち悪がる声が聞こえた。

 後ろの女子学生がなんか吐いている。友人が背をさすっている。


「おい君たち不敬だろ」


 冗談っぽい口調で言ってみた。

 立ち上がり、剥がれた髪を王子の頭に向けてパチンと、メンコのように叩きつけた。

 頭から緑と黄色の液体が小さく飛び散った。

 学生たちは「うわぁあ!」と後退り、ぶつかりあってドミノみたいに倒れた。

 顔を引き攣らせながら文句を言っているエルマーを無視し、


「ロードリーさん、これが王子って知ってました?」

「知らん。そもそも本当に王子なのか?」

「パールさんは?」

「私も分かりません。でもシュリンプ王子といえば、世界の美男子ランキングトップ10に入る方ですよ。本当に王子なんですかね?」


 昔モルザフのあとにトイレに入ったら同じニオイがした。


「熟女好きで? 排泄物のニオイがして?……あとなんだ? まあなんでもいいけどさー」

「お前が一番不敬だろ」

「いやエルマー、こんな王子様が一体どこの国いるよ?」


 握手するように王子の手を握ったら手が取れた。


「ちょっ、シンク、なにやってんだよ!」

「握手したんだよ初対面だったから。そしたら取れた」

「ふざけんなって」

「そんなことより、これが真実なら国のイメージに大きな傷がつく。ハゲで熟女好きな王子だなんて、それも王位継承権一位だっけ? エルマー、どうする?」

「どうするって言われても……」

「じゃあこうしよう――【ファイアボルト】!」


 俺は王子の死体に火を放った。

 カツラの接着剤が揮発性だったからかよく燃えた。

 カツラじゃないだろうことは分かっている。


 王子は消えた。あとには焦げ目も残らなかった。

 灰の一つまで見当たらない。

 学生たちやエルマーは言葉を失っていた。


 ロードリーさんが言った。


「シンク、あっちの先生もご臨終だ。燃やしておいた方がいいだろう」

「【ファイアボルト】」


 先生の死体も燃やしておいた。


「シンク!」

「……ん?」

「なに、やってんだよ……」

「……隠蔽だよ、見て分からないか?」

「犯罪だぞ? 王子を燃やすなんて」

「王子じゃない。検視の結果、ただの腐ったモンスターと出た」

「お前、何言ってんだ?……」

「通報するならしろ。証拠はもうない。腐った男もいなかったし先生も戻ってこなかった」


 ロードリーさんが言った。


「おそらくブラッディーウルフにでも食われたのだろう。有事の際だ、仕方がない」

「そういうことだ」


 学生たちは完全に引いていた。

 エルマーは俺たちを睨み「それでも人間かよ、お前ら」と言った。


「おい学生、私たちを誰だと思っている。――冒険者だぞ?」

「尻尾巻いて逃げてった騎士団長でもない」


 ロードリーさんがクスっと笑った。

 エルマーは正気を疑うように瞳を震わせていた。


 俺たち3人は背を向け、グラウンドをあとにする。

 パールさんは学生たちへ丁寧にお辞儀していた。




 〇




 大学の廊下を出口に向かって歩いていると、ロードリーさんが言った。


「短い付き合いだが、いつになく機嫌が悪かったじゃないか」

「シンクさん、なんであんなこと言っちゃったんですか? もう少し丁寧に話せば分かってもらえたかもしれませんよ?」

「無理ですよ。学生なんてどうせ冒険者を見下してますし。あんなのはただの勢いで偽善ですよ。パールさんは王子の死体を燃やさない方が良かったと思いますか?」

「え、やっぱりあれ、王子だったんですか?」

「多分そうでしょう。学生たちもそうだと言ってましたし。俺は初めて見たんで知りませんけど」


 パールさんは「んー」と考える。


「……燃やしたことは別に反対ではないです。むしろ賛成というか……バレたら殺されちゃうことは目に見えてますから。きっと大罪人ってことで公開処刑ですよ。国を相手にしても勝てません」

「でもあいつらはいくら説明したところでそうは思いませんよ? 納得するにしても公開処刑のあととか。その時になって、自分たちが黙っていれば殺されずに済んだのかなーとか片手間に思うだけですよ」

「そうなんですか?」

「温室育ちってのは真面目なんですよ」


 ロードリーさんが足を止めた。

 妙に廊下の先を見つめていると思ったら、そこにうずくまる女の姿があった。

 女と分かったのは髪が長いからだ。


「あれ、なにかおかしくないか?」


 その違和感にはすぐに気づいた。

 背を向けた女の陰から人の足が見える。誰かが横たわっているのだろう。

 そこから大量の血が広がっていた。

 女は、しきりにムシャムシャと音を出し何かをしている。

 モルザフがチキンにむしゃぶりつく時の音を思い出す。

 まるで……。


「――食べているのか?」ロードリーさんが言った。


 背で隠れて見えないが、それは食べていた・・・・・。死体をだ。

 そして女は俺たちに気付き、振り向く。


「わわ!」


 パールさんはが怯えて指を差す。

 それは口が裂けていた。

 口元を中心に額や首筋まで血まみれで、目は赤い。


「王子と一緒だな。一体何が起きているのだ」

「二人とも、急所は頭ですよ」


 戦闘体勢に入る。

 俺たちは廊下を駆け出した。




 〇



 大学を抜け出し市街地を抜けた。

 至るところで腐った人間による被害が出ていて、ここに来るまでに何人も相手にしたが、緊急警報はブラッディーウルフの襲撃ばかりだ。

 住民や通行人たちが襲われ、食われていた。

 だが街には衛兵も騎士の姿もない。

 おそらく今頃、大門か防壁の外へ出張っているのだろう。


「シンク、そっち一体いるぞ!」


 魔術を温存し、黒鞘で対応した。


 やっとのことでギルドへ辿り着くと、。入り口の前で武装した受付嬢たちと鉢合わせた。

 どうやら彼女たちもブラッディーウルフと戦うらしい。


「腐った人間がうろついているので、気を付けた方がいいですよ」


 受付嬢たちは「腐った?」と互いに顔を見合い、苦笑いをした。


「腐った人間など王都にはありふれています」

「冗談で言っているのではない。腐乱した人間ども街中を徘徊していた」

「どういうことですか? 緊急放送ではそんなことは一切流れていませんし、連絡も入っていません」


 今度は俺たちが顔を見合わせた。

 どういうことだ。まだ把握していないということなのだろうか。


「そんなことより急いで防壁の外へ向かってください。ブラッディーウルフだけでなく、女王の姿もあったと報告を受けています」

「なんだと!? 女王とは、赤狼の女王のことか?」

「はい。王都は以前より何度も襲撃を受けてきました。今回も前のように守れればいいですが、4つある騎士団のうち2つが国外遠征中とのことで。冒険者の皆さんは要請に応え壁外へ向かわれましたが、現在王都には【S】ランク冒険者が数人しかいません」


 だとすると防壁外より中の方が問題だ。

 今にも人が襲われているのに、壁内には一般人を守る者がいない。

 さらにそれに気付いている者がいない。

 そのうち気付いて放送が入るのだろうが……。


「シンク、私たちも壁外へ向かうか?」

「はい?」

「貢献度に合わせて通常よりも高い報酬が出るらしいぞ」


 講習の披露で撃った一発。

 王子に撃った一発。

 おばちゃん先生に撃った一発。

 今日使える【ファイアボルト】は残りあと8発だ。

 剣もあるし大丈夫だろう。

 それより防壁の外がどうなっているのか見てみたい。


「行きましょう」

「よし! パールも大丈夫か?」

「も、もちろんです」

「それでは皆さん、行きましょう」


 俺たちは冒険者だ。

 報酬も出ないのに人を助けたりはしない。


 受付嬢にあとを追い、俺たちは大門へ向かった。

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