第15話

 背中から転がるように無様に倒れた団長。

 俺はもう一度【触角】の構えに入る。


「――団長!」と外野の騎士が叫んだ。


 団長の部下たちだろう。

 団長は立ち上がり、剣を取る。


「殺すつもりでこいって言いましたよね?」

「くっ……」

「じゃあ殺しても罪にしないでくださいね」


 俺はまた一歩を踏み出した――。

 だが目の前まで接近した瞬間、体は動きを止めた。


「……どういうつもりですか?」


 騎士5人が立ちはだかった。


「なんのつもりですか」

「試合は終わりだ、冒険者」

「一介の騎士が団長の命令に逆らっていいんですか? マカダミアン団長は殺すつもりでと言いましたが?」

「場を盛り上げるとための冗談と解釈している」

「……都合いいなー」


 仕方なく剣を下げた。鞘に納める。

 俺も学生の前で人を殺したくはない。


 ロードリーさんたちのところへ戻るとき、静かになっている学生たちの姿が見えた。

 もうさっきのように、俺たちへの軽視は見えなかった。


「さ、流石だなシンク。動きがまったく見えなかったぞ」

「偶々ですよ、偶々」

「凄いな、偶々であんな……あんな達人のような動きができるとは」

「ホントですよシンクさん! あんな動き初めてみましたよ私! 剣が使えたんですね」

「ま、まあ、私は一度見ているから驚きはせんがな」


 ロードリーさんは明らかに驚いているようだった。


 部下に支えられ、団長がグラウンドから出て行くのが見えた。

 何も言うつもりがないらしい。

 呆れた騎士様だ。

 先生は「少々お待ちください」と顔を真っ青にして走っていった。


 残された俺たちと生徒たちの間には、謎の沈黙が生まれた。

 さっきみたいに何か悪口を言ってくることもない。


「あのー」


 女子生徒が手を上げた。


「なんだ」とロードリーさんが対応する。

「シンクさんは、その、おいくつなんですか?」


 変な質問だ。

 そう思うのは俺が冒険者だからかもしれないが。

 冒険者はみんな年齢がバラバラだし、歳はそれほど気にしない。

 大体、年下でも俺より強い奴は何人もいた。

 学生は気になるんだろう。


 そこでエルマーとまた目があった。丁度いい。

 俺はエルマーを指さし「エルマーと同じ年齢です」と答えた。

 生徒たちがざわつく。


「ってことは、私たちと同じ年齢?」

「嘘だろ?」

「あの強さで同い歳かよ」

「エルマーくんとお知り合いなんですか?」

「同級生です」

「あの、シンクさん」

「はい」

「私に剣をおしえてもらえませんか!」

「あ、俺も教えてほしいです! 後学のために」


 次々と「俺も」「私も」と生徒たちが立ち上がった。

 あっという間にさっきの団長を蹴散らすよりも厄介な状況になった。


「俺は一応魔術師なので。剣なら、パールさんが剣士ですよ」

「ちょ、ちょっとシンクさん!」


 どこからか「聞いたか、あの剣の腕前で魔術師だってよ」という声が聞こえた。


「じゃあ魔術を教えてください!」

「俺は【ファイアボルト】しか使えません。逆に教えてもらいたいくらいです」


 生徒たちが一斉に黙った。

 かと思うと爆笑し始めた。


「やっぱ一流の冒険者は笑いのツボもおさえてんだな」

「強い人ってユーモアあるよね」

「なんだか面白い人ね」

「うん、それに私たちと同じ歳なのに、どことなく大人びているというか」


 老けているだけだろう。

 不必要な苦労が祟ったのだ。4年もハムラビットを狩り続けるあの生活をすれば、誰だって老ける。

 それより、なんだか女子が無意味なくらいに近寄ってくる。

 どうなってんだ?……。


「ま、魔術ならロードリーさんの方が詳しいですよ。ああ見えて魔女とかいう凄腕魔術師らしいので」


 魔女の意味はさっぱり分からん。

 魔術師と何が違うのか。


「え、ロードリーさん魔女なんですか!」

「純潔主義派ですか? それとも快楽主義派ですか?」

「無論、私は純血主義派の魔女だ! 快楽主義など断じて認めん!」


 なんの話だ。

 快楽だとか言ってるからエロい話かと思いきや、女子学生の表情からは卑猥ものを感じない。

 そもそも魔女とはなんだ、魔術師じゃダメなのか。

 魔術志望の生徒たちがロードリーさんへ散っていった。

 巨乳目当てか、何人かのエロい男子学生たちはパールさんの元へ行った。

 エリート学生にも猥褻物は必要だった訳だ。

 そして残りが俺の元へ集まった。呼んでもいないのに。男子と女子が半々といったところか。

 ちゃっかりエルマーの姿もあった。


 それからよく分からない指導の時間が始まった。

 生徒に【触角】の構えを教えたり、的に向かって魔術を放つように言ってみたり。

 魔術の指導では【ファイアボルト】しか使わなかったが、狙った的に魔術をすべて当てると学生たちは喜んだ。

 動かない的なんて、ハムラビットに当てるより簡単だ。メリットを使うまでもない。


「見違えたよ、シンク」

「……リナリーに会った」


 指導の最中、声をかけてきたエルマー。

 俺はまっ先にリナリーの話をした。

 エメラルダさんとルビーという、カバとアヒルに会ったことも話しておいた。


「公爵の夜の誘いを断ったんだってな」

「大美豚びとん王国の公爵だよ」


 初めて聞く名だったが、エルマー曰く【美豚人】という種族の国らしい。


「リナリー、そいつにずっと気に入られてたんだ。最初のうちはどうにか頑張れたらしい。でも段々に好意の寄せ方が直接的になってきて、ボディータッチなんかが増えていったらしいんだ」

「そりゃ苦痛だったろうな。出会った時は体がボロボロだった。多分、酷い拷問を受けたんだろう」

「ヘルマン・ウィスキーに売られたんだ」

「左遷って言ってたぞ?」

「表向きはな。公爵の嫌がらせだよ。俺、なにもできなくて……でも急にヘルマンが失踪したらしいんだ」

「ああ、そいつならリナリーを救出した時に俺が殺しておいたぞ」

「こ、殺した!?」


 エルマーすぐに手で口元を押さえた。


「声がデカい」

「わ、悪い。殺したってどういうことだよ?」

「顔がバレたんだ。だから殺すしかなかった。暗殺者につけられたりしてな、結構大変だったんだぞ? 暗殺者はルビーが殺した」

「アヒルが殺したのか?」

「うん」

「嘘だろ……じゃあ失踪ってシンクのせいかよ」

「死体は焼いておいたから証拠は出ない」

「手際がいいな。焼却場かどっかに持っていったのか?」

「違うよ、【ファイアボルト】で焼いたんだ」

「冗談だろ?」

「冗談ってどういう意味だよ、俺が【ファイアボルト】しか使えないの知ってるだろ?」

「え、まだそれしか使えないのか?……メリットは?」

「……ない」


 嘘は言ってない。

 俺のあれはレッテルとかいうヤツらしいからだ。

 エルマーは疑わしかったのか、人喰いを殺したかどうかについても聞いてきた。


「実は殺してない。交渉したんだ。それで人喰いに手を貰った」

「手?」

「討伐の証拠になるだろ」

「あ、そういうことか。でも、なんかよく分からないなー。騎士団長に勝てるほどの剣術はどうしたんだ?」


 旅先で教わったと言ったら、よほどいい師匠に会ったんだなと羨ましがった。


「安心したよ。人喰いを殺したなんて言うから、てっきり【S】ランク並みの冒険者になったのかと」

「【S】ランクだと何かあるのか?」

「そりゃあ歴代最底辺生徒のシンクが強くなったら大ニュースだろ? みんなびっくりするぞ」

「みんなって誰だよ」

「高等部のみんなさ。あいつら驚くぞー」


 どうでもいい。

 おそらくこの大学には、他にも同級生どもがいることだろう。

 だからといって会うつもりもないし、向こうが話しかけてきたからって慣れ慣れしくするつもりもない。


「エルマーやリナリーはどうだったか知らないけど、他の連中は俺に対して鬱陶しい以外の感情なんて持ってないような奴ばっかりだったろ」

「え、そうだっけ?」

「慣れ合うつもりはない」

「お前、なんか寂しい奴だな」


 呆れて言葉も出なかった。

 寂しい奴なのはどっちだって話だ。

 けど、まあそんなもんだろうな……。


「――すみません、お待たせいたしました」


 そこでおばちゃん先生が校舎からグラウンドへ戻ってきた。

 走ってくる姿見える。

 と思ったそのとき、おばちゃん先生の首筋から大量の血が噴き出した。


「あら?……あら、あら、あらあらあら?」


 何が起こったのか分からなかったかの、痙攣しながら困惑し、前のめりに倒れた。

 先生の背後に立っていたのは、赤いマントを身に着けた王冠の男だった。

 眼が赤く光っており、腕や顔など見ている肌がただれている。

 生徒たちは練習を止め全員が振り返っていた。


「なんだよあれ……」


 エルマーすら知らないそれを俺が知っているはずもない。


「シンク、あれなんだ? 人か? なんか腐ってないか?」

「確かに。よく見ると腐ってるわ」


 近くづくほど分かった。

 それはただれているというより、腐っているように見えた。

 気のせいかニオイもする。


「きゃー!」


 近くの女子生徒が襲われそうになった。

 ロードリーさんが杖で殴り守った。


「大丈夫か」

「はい。ありがとうございます」


 一人の男子生徒が詠唱を始めていた。


「【雷の矢】!」


 バチバチと音を出す矢は真っすぐに飛び、腐った男の腹に命中する。

 男は反動で大きく飛ばされた。

 男子生徒は「よし!」と拳を握る。

 先生が一人死んでいるというのに逞しい。


「流石は大学校の生徒だ。見事な上級魔術だったぞ」とロードリーさん。


 俺には今のが上級魔術だとは分からなかった。

 規模からすれば俺の【ファイアボルト】と違いはない。


「ちょ、ちょっとロードリーさん! 見てください!」

「……なんだと!?」


 腐った男は何事もなかったかのように起き上がっていた。

 またのそのそとこちらに歩いてくるが、胸にはしっかりと風穴があいていた。


「み、みんな一斉に打つぞ!」


 男子学生が動揺しながらも号令を出す。

 学生たちは一斉に魔術を放った。

 様々な詠唱が飛び交い、目の前を彩色の光が飛んでいく。

 中には足元にしか当たらないものもあるよに思うが、多くが腐った男に命中した。

 芝生が掘れ、砂煙が舞った。

 そして煙が晴れると、両腕のない男の姿があった。


「そんな……」とパールさん。


 まるで痛みを感じていないかのように、平然と歩いてくる。

 ぎょろぎょろと動く赤い目に、学生たちは怯えた。


「シンク、あれってモンスターか? なにか知らないか? 上級魔術が通じないぞ」


 ――「【致命眼マグニ・トラウマ】を発動しました」


 腐った男の頭には、しっかりと黒い火が灯っていた。

 そこは人間と同じらしい。

 腕や体でなく、頭を狙えば言い訳だ。


「――【ファイアボルト】」


 いつもの要領で放たれた初級魔術は、まっすぐに飛んで腐った男の頭を射抜く。

 反動で顎が上にかくっと動くと、男はそのまま背中から倒れた。


「……死んだのか?」


 あまりにあっさりと死んだことに、エルマーは目を疑った。


「頭が急所だ」

「あ、なるほどな。でもよく分かったな? 俺、てっきり不死身だと思ったよ。上級魔術が通用しないんだもん」


 エルマーも学生たちも、上級魔術に相当な信用があるらしい。

 そこがなんとなく、俺には不可思議だった。

 剣や矢だって有効な部位に当てなければ効果は低いし、それは魔術でもあっても同じはずだ。

 まあでも、俺は上級魔術を知らない。

 それほどに凄いものなのかもしれない。

 今のところ実物を見て凄いと思ったことはないが。


 好奇心旺盛な何人かの学生たちが、倒れた男へと走っていった。

 先生そっちのけで。


 口々に「流石はシンクさんだ」「頭に綺麗に一発だぞ」「頭が弱点か」などと喋っている。

 中には何を書いているのかノートを取っている生徒もいた。真面目な奴だ。

 高等部にいたころの俺とは大違いだ。


「みんな、シンクが本当に【ファイアボルト】しか使えないって知ったら、どう思うんだろうな?」

「失望すんじゃねえの」

「でもどんな魔術も当たらなきゃ意味がないってことは分かった。流石冒険者だ」

「……エリート学生に言われてもウザイだけだ」

「卑屈だなー」


 そのとき、王都の中心地の方からサイレンが聞こえた。

 何事から生徒たちは腐った男そっちのけで振り返る。

 その音は、王都全域に響いているようだった。


 ――『緊急警報! ブラッディーウルフの大群が、王都の防壁へ接近しています』


 王都内の衛兵や騎士は、ただちに大門の前に集合せよと放送が流れた。


 放送が鳴りやまない中、一人腐った男の死体から興味を失わない女子学生が目に入った。

 女子学生は、立ち上がりるなり放送内容にそわそわしている学生たちにいった。


「ねえみんなー、これってシュリンプ王子じゃない?」

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