第13話

「ギドラ人?」


 なんのことだ。

 そんなことより、【ファイアボルト】でこの洋館は燃やし尽くせるのだろうか。

 ヘルマン・ウィスキーの時は燃えカスも残らなかったが、流石にこの規模となると……。


「ぐっ!」


 またいつものヤツがきた。

 眼の奥が痛み出し、熱くなり、目から火球が飛び出す。

 それが額に入った瞬間――。


 ――『ファイアボルト、形態【煉獄れんごく】を習得しました』


 オルギエルドさんは「隔世経験か……」と目を丸くする。


「【ファイアボルト】――」


 その瞬間、床を突き破り、周囲にいくつもの火柱が現れた。


「……ぐっ!?」


 オルギエルドさんが急に胸を押さえ、片膝をついた。

 念のため【黒鞘】を抜き、警戒しながら近づく。

 俺が一歩前に足を踏み出すたび、まるで呼応するかのように周囲の床から火が噴出する。

 飛び散ったどろどろの火――まるで溶岩のようなそれは、あちこちに引火し洋館を燃やし尽くしていく。


「あ、熱っ!?……って、熱くない?」


 足元の溶岩に気付かず、ちょっとつま先が触った。

 だが靴は焼けず、熱くもなかった。


「まさか、それは【黒鞘】ですか?」

「え、これ? この仕込み杖のことも知ってるんですか? まさか、これもエルフの……」

「エルフの品ではありません」


 オルギエルドさんは降参したかのように、燃え盛るフロアの真ん中に腰を下ろした。


「その剣は、ある公爵の息子が執事に送ったものです。執事の死と同時に失われたと、そう思っていました」


 オルギエルドさんは薄っすらと笑みを浮かべた。


「どこで手に入れたのですか?」

「ケイデンス近くの森で。ナイトラビットの戦利品です。この剣もエルフの剣ですか?」

「それはただの剣に過ぎません」


 ちょっと期待した。


「質は良い物ですが。魔力もなければ希少な鉱物を使っている訳でもありません。しかしその剣を持っていた執事もまた、ギドラ人だったのです」

「さっきも言ってましたね。なんですか、そのギドラ人って?」

「かつてセロリン王国とエリンギン王国に暮らしていた種族のことです。特徴は赤い瞳」

「……」

「人間よりもメリットの発現が遅いのも彼らの特徴です。通常17歳で発現するところ、ギドラ人は20を過ぎる。メリットではなく、彼らはレッテルと呼びました」

「レッテル?」

「レッテルは、決まって【致命眼マグニ・トラウマ】という相手の急所を見抜く眼でした。それがギドラ人の強さの秘密でもありました」

「ちょ、ちょっと待ってください。なんでオルギエルドさんが【致命眼マグニ・トラウマ】を知ってるんですか。それは俺のメリットの――」

「――あなたが紛れもない、ギドラ人だからですよ」

「……」

「あなたのその目はギドラ人特有のものであり、彼らにしか宿らないものです。そしてメリットではない、レッテルです」


 訳が分からなかった。

 ギドラだとかレッテルだとか……どうでもいい。

 俺はケイデンスで生まれ育った。

 両親の顔は知らない。自分の名前以外、どこの誰かは知らない。

 それだけだ。


「村には依頼で来ました。それだけです」

「そうでしたそうでした。依頼完了の証が必要なのでしたね。どうでしょう、そろそろ私も滅びます。最後に少し手合わせ願えませんか?」


 立ち上がると、オルギエルドさんはどこからか剣を抜いた。

 剣の存在の気付かなかったのには理由がある。


「仕込み杖……」


 形状に様式、俺の【黒鞘】と全く同じもののように思えた。


「【黒鞘】は世界にあなたと私の二つしかありません。もう出会うこともないだろうと思っていましたが……感動の再会とはこのこと」


 オルギエルドさんの姿が消え、次に見えた時、剣と剣はぶつかり合っていた。


「ギドラ人は生後間もなくして剣を握る。隔世経験に対応するためです。その受け身は彼ら特有のものですよ」


 俺は苛立ちからすぐに切り離す。

 構えに入ると、オルギエルドさんは嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「それは【触角】ですか?」


 剣を握る右腕の脇を占め、まるで忠誠を誓うように拳を胸に当て、剣先を正面にまっすぐ向ける。

 背筋を伸ばしたような一見棒立ちの体勢。

 俺はその構えを自然にとっていた。

 自分ではどうすることもできなかった。

 この構え、状態こそ正解であると確信している。根拠はない。


「それでは、私も【触角】にしましょう」


 と、同じ構えをとった。

 まるで息を合わせたように、俺たちは同時に勢いよく、ねじりながら剣を突き出し、足を踏み出した。

 その一歩は一瞬で互いの距離を詰め、次の瞬間には、俺の剣先はオルギエルドさんの胸元に突き刺さっていた。


「やはり、本物には勝てませんね」


 床の上でぐったりと言った。


 鞘に納め、ロードリーさんの様子を見に行く。


「――シンク」


 背後からオルギエルドさんは言った。

 俺は一瞬、耳を疑い固まった。


「あれ、俺たち、名乗りましたっけ?」


 冒険者は基本的に、依頼主に名乗らない。

 するとオルギエルドさんが何かをこちらに投げた。

 床にぼとっと落ちたそれは手だった。


「人喰いの肉体は再生し続ける。しかし切り離された肉は、本体に戻らぬ限り再生することはない」


 その手の付け根は、ぼこぼこと肉がうごめき続けていた。


「それを受付に渡しなさい。村はもぬけの殻だったと報告して」


 オルギエルドさんの口調が変わった。

 俺は手を拾う。


「村人はどこにいったんですか?」

「私がすべて殺した。ここへ訪れたその日に」

「……」

「かつてここはエルフの村だった。不当な粛清から逃れたエルフは、この地に村を築いた」

「粛清?」

「ある日、人間の一団が訪ねてきた。彼らは、エルフに人権などないと言ったそうだ。欲望のままに弄び、そして、エルフの命と胡椒畑を奪った。長くを深い森で過ごしてきたエルフは肌が弱く、日当たりのいいこの地で過ごしていた彼らの肌は、当時赤く日焼けしていた。人間はそれを面白がり、この地にテングスタンペッパーと名付け、自分たちの村とした」

「だから村人がいないんですか。分かりました、それもギルドに報告しておきます」

「しかしある日、人間の一人が病を発症した。それで分かったのだ。彼らは人間ではなく、病魔人だったと」

「病魔人?」

「私が殺したのは人間ではなく病魔人だ。シンク、病魔人の痕跡を追うのだ。さすれば答えも見えてこよう。かつて、ギドラが何であったのかが」


 柱が崩れ、大階段が崩れ、フロアのすべてが火に包まれていた。

 天井から落下してきた骨組みが、オルギエルドさんを下敷きにした。


 気絶したロードリーさんを抱え、俺は崩れ落ちる館をあとにした。




 〇




「ぶはー!」


 顔に水をかけるなり、ロードリーさんは目を覚ます。「おのれ人喰い!」と腕を掲げ、そこで状況が変わっていることに気付いたようだ。


「……シンク? どこだ、ここは……人喰いはどうした? 館は?」


 洋館は炎上の過程で完全に消えた。

 まるで幻を見ていたかのように、そこには何もなく、ただ草木のない空き地があるだけだ。


「倒しましたよ?」

「倒し……まさか、シンク一人で?」

「倒しましたよ?」

「……嫌味のつもりか」

「ただ倒したって言っただけです。ロードリーさんが寝てる間に」

「妙に根に持つ奴だなぁ……ん、あれは、パール? パールだ! あれはパールじゃないのか、空から落ちてくるぞ!」


 空を見上げると、仰向けに落ちてくるパールさんの姿があった。

 顔は見えないが……すぐに分かった。


「おそらく地上より上空の方が風が強いからだろう」

「どうでもいいですよ」


 パールさんはゆっくりと空き地に落ちた。


「全員無事ですね。依頼も完了したし、王都に戻りましょう」

「そうだな……そういえば依頼完了の証をもらっていない」

「これです」

「な、なんだそれは!?」

「手です。受付に見せれば分かるらしいです」

「……確かに、それは紛れもなく人喰いのものだが。よく分かったな、それが証明になると」

「オルギエルドさんに貰ったんです」

「人喰いが?」

「馬車の中で説明します。それより山を下りましょう」


 パールさんは明日の昼まで起きないだろう。

 体の重そうなロードリーさんに代わって彼女をおぶり、それから山を下った。

 馬車を止めていた家も、他と同じようにもぬけの殻だった。

 結局、この村には最初から誰もいなかったのだ。ではアザセさんに感じた、他とは違うあの印象はなんだろうか。

 俺は心のどこかで、あの人だけは生身だと思っていたのだ。


 ところでオルギエルドさんだが、一体なんのためにギルドへ依頼を出していたのか。

 村を発つ頃、東の空に日の出が見えた。




 〇




「半分を君に預けていて良かった。でなければ今頃、私は彼に殺されていただろう」


 すっかり朝日を迎えた頃、アザセの家の居間にはオルギエルドとアザセの姿があった。

 シンクに重症を負わされたはずのオルギエルドは、何事もなかったかのように、アザセの入れた紅茶を啜っている。

 朝食の用意を持ち、台所の奥からアザセが姿を見せる。

 その姿は老人でなく、肌の透き通った若い女のものに変わっていた。金色の髪の間から、尖った二つの耳が見えている。


「依頼を出したのは失敗でしたね」

「そうでもないさ。あのタイラントツパイを退治してくれた、それだけでも甲斐があった。あれは日中に姿を見せるからな。私の肌は君よりも日に弱い。それも今日までだが」

「……薬が完成したのですか?」

「冒険者の中に、一際若い人間の女がいただろう。彼女の血を使ったのだ」

「そうでしたか……では、これで村を出られますね」

「ああ。彼女が病魔人でなくて良かった……。これもめぐり合わせだ。昼にはここを発とう」


 アザセはテーブルに着くと、同じ紅茶を啜りながら「今日ですか?」と訊ねた。


「随分急ですね」

「ラニアスの息子に会った」

「ラニアスというと、よくオルギエルドさんが話されている、ご友人の?」

「ああ」

「ですが、確かすでに亡くなられたのではなかったですか?」

「息子の方は生き延び、ケイデンスに住んでいたらしい」

「あんな田舎の町に……ではケイデンスに向かわれるのですか?」

「そういうことだ」


 アザセは安心したように紅茶を啜り、パンをかじった。


「それに時期に王都の連中が来る。それまで留まる理由はない。君が見つかりでもしたら大変だ、エルフの血をここで絶やす訳にはいかない」


 オルギエルドの瞳の奥に、暗いものが漂った。


「これ以上、病魔人の好きにはさせん――」

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