第12話

 思わずため息が出た。

 ロードリーさんはまだ土下座している。


「もういいですよ、頭を上げてください」

「恥ずかしくて上げられん」

「その体勢の方を恥じるべきですよ。尻が盛り上がってるせいで、晩に見た鳥の丸焼きみたいになってますよ?」

「きゃっ!?」


 ロードリーさんは慌てて起き上がろうとするも、膝が滑ってしまい顔面からスライディングした。


「ぎゃふ!」

「……土下座したことないんですか?」

「ない……ある訳ないだろ」


 乱れたローブを整えながら、立ち上がるロードリーさん。

 真っ赤な顔を見られまいとしている。


「ずっと思ってたんですけど、そのローブ、肌に密着し過ぎじゃないですか? ボディーラインが丸見えですよ」

「こ、これは正式な純潔派のローブだ」

「純潔派?」

「今はそんな話をしている場合ではない。すぐにパールを助けにいかねばならん」


 立ち上がるロードリーさん。


「村に着いた時と同じで、外に誰の気配もないですけど。手掛かりでもないと骨が折れますよ?」

「料理の時といい、私の攻撃を見切った際の動きといい、妙に勘の鋭い奴だな。私の場合は【純潔なる読心】を索敵に応用する訳だが……確かに村には誰もいないようだ。なぜ分かった?」

「この村、来た時からずっと変なんですよ。森にいるみたいな感覚というか。村人が姿を見せてからもずっとそうでした。近くに人間がいない気がするというか」

「人間がいない?」

「ケイデンスにいた頃、ずっと森で狩りをして生活してたんですけど、上手くいかない時は夜まで長引くこともあって。――この村は夜の森に雰囲気が似てるんです」

「なるほど。夜の森に入る者など早々いないか。誘拐された理由なら見当がつく。この村には若い女がいない」

「道理でロードリーさんが誘拐されてない訳だ」

「し、失礼な! 私はまだ24だ!」

「え……」

「なんだ」

「30くらいだと思ってました」

「さっきから急に失礼になる奴だな、お前は」

「ロードリーさんこそ、急に横柄になるじゃないですか。今朝までシンク殿シンク殿って騎士みたいな呼び方してたくせに」


 俺たちはしばらく無言で睨みあった。

 ふとロードリーさんのボディーラインに目が散る。


「そのエロい服装、やっぱどうにかした方がいいいですよ。純潔どころか娼婦に見えます」

「ふっ、さては貴様童貞だなあ?」

「純潔を誇るようなこと言っといて童貞をバカにするんですか? ちなみに娼館ならケイデンスにいたころ飽きるほど行きましたけどね」

「え……」

「半年ほど通い続けて皆勤賞を貰ったこともあります。週末になると必ず現れることから、娼婦たちの間で週末汁男爵と呼ばれていたくらいです」

「――ふっ、不潔だぁあ! 貴様は汚れている!」

「冗談ですよ」

「じょ……」

「なに興奮してるんですか? 発情期ですか?」

「ち、違うわー!」

「純潔が聞いて呆れますねー」

「き、貴様ぁ……」

「さっき殺されかけた仕返しですよ。あれは水に流すので、ロードリーさんも合わせてください」

「……陰湿な奴めぇ」


 俺はベッドの隅に立てかけておいた盾と剣を持った。


「無駄話はこのくらいにして、そろそろ行きましょう。今頃パールさんの乳が揉みしだかれているかもしれませんし」

「わざとキモイ言い方をするのはやめろ」

「ロードリーさんも、パールさんへのセクハラをやめた方がいいですよ」

「わ、私がいつセクハラした!?――」


 ――急に窓ガラスが割れた。

 黒い人影が二つ入ってきたかと思うと、俺たちに襲い掛かった。

 手に短刀が握られている。

 俺は【黄薔薇の盾】で、ロードリーさんは杖で身を守った。


「まあ、これだけ大きな声で騒いでたら気付きますよね」

「――近隣から苦情から入っていましてね、死んでください」

「シンク、お前のせいだぞ!」

「――あなたの声が一番うるさく聞こえていましたよ、魔女のお方」

「くっ……」


 互いの相手がふざけるように言った。

 二人の男は数時間前、俺たちに料理を振る舞ってくれた村人だ。


 目の前の男が短剣を逆手に持ちかえ、俺の脇腹へ斬りかかろうとした。

 盾でいなし、そのまま肘で相手の顎を強打した。


 背後でロードリーさんの悲鳴が聞こえた。

 とっさに振り返り、直後に見えた村人の背中へ【黒鞘】を突き刺す。

 ロードリーさんへ斬りかかろうとしていた、村人の動きが止まった。


「近接戦は苦手ですか?」

「……私は魔術師だ」

「奇遇ですね、俺もです」


 すると二つの死体からコウモリのようなものが飛び出し、部屋の中を飛び回った。


「こ、これは……」

「コウモリですねー」


 コウモリの群れが窓から出て行った。

 村人の肉体は消えている。


 と、そこで山の方から強い気配を感じた。

 まるで殺気のようだ。


「一体なんだったのだ?」

「さあ。コウモリが村人に化けてたってことじゃないですか? それより敵の居場所が分かったかもしれません」


 ベッドに倒れているロードリーさんへ手を貸す。


「分かった?」

「はい。山の方から誰かに殺気を向けられました……かもしれません」

「山か……それはそうと、その動きや剣捌きはどこで習ったのだ?」

「さっきも言ってましたね。どの動きですか?」

「……まあいい。それよりもパールだ。山に行くぞ」


 パジャマを着替えたあと、ロードリーさんと共に山に向かった。




 〇




 胡椒畑と住宅の間から山道に入り、歩き続けること一時間。

 坂に逆らって進み続けるも、人口的なこの道はいつまで経っても終わりがない。

 辺りはモンスターの一つや二つ出てもおかしくないくらいの鬱蒼とした森に囲まれている。

 が、つけられている様子もなく、モンスターも見ない。


 ロードリーさんがローブの襟をひらひらしている。暑いらしい。

 汗をかいたせいか、余計にピチピチになっていた。

 より胸が強調され淫乱極まる仕上がりになっている。


「見るな」

「見てません」


 退屈からか、しょうもない会話が時々あった。


「着いたみたいですよ」


 山の中に洋館があった。


「いかにも敵の根城という感じだな」

「行きましょう」


 門には何の仕掛けもなかった。

 左右を芝生に囲まれた玄関アプローチを通り抜け、洋館の扉前までやってくる。

 ドアノブに触れ、ロードリーさんとアイコンタクト取り、そっと扉を開けた。


 堂々たる巨大な階段。二階へと続く赤いカーペット。

 途中左右に分れるT字型のその階段は、それぞれ二階の廊下へと続いているようだ。

 天井に吊るされた複数のシャンデリア、階段下や壁際の燭台に灯りはない。

 フロア内がかろうじて見渡せたのは、正面奥のステンドグラスの窓から月明かりが差し込んでいるからだ。


「――冒険者様ではありませんか」


 二階の欄干から声がしたかと思うと、階段を下りるオルギエルドさんの姿が見えた。


「こんな山奥までどうされたのですか」

「ここはなんですか」

「見ての通り館です」

「なんのために」

「何のためと言われましても、住むためとしか」

「――【艶めかしき火炎】!」


 前触れもなく、ロードリーさんが魔術を放った。

 それはオルギエルドさんに命中し、辺りは一瞬で煙に満たされた。


「……一章節単眼、それも艶めかしきシリーズ・・・・・・・・・による上級魔法とは。あなた、魔女ですか」


 煙がフロアの隅へと晴れていく中、声が聞こえた。

 そこには体の半分がどろどろに溶けた、オルギエルドさんの姿があった。

 重症を負っているというのに、平然と笑みを浮かべている。


「いっしょうせつ?……」

「会話など不要だシンク。彼は人間ではない」


 今のが上級魔術か。

 威力のほどは見れば分るが、他に何が違うのか、俺にはさっぱり分からなかった。


「――人喰らい・・・・だ」

「なんですかそれ?」

「人を喰らうことで通常の何倍も生き続ける者のことだ。おそらくいくら攻撃したところで意味はない。あの体は生身ではない」


 失ったはずの体半分がみるみる再生されていく。

 さらに老人だった姿が、若返っていく。

 オルギエルドさんは、見るからに人間じゃなかった。


「どこかに核があるはず」

「――ご名答、私はあなた方が人喰らいと呼ぶ者です。かつては私もあなた方と同じ人間でしたが、今ではこの通り。ゆえに人間の何倍もの寿命と魔力を得た。それが私――オルギエルド・ドラキュラティーです」


 紳士のようにお辞儀する。


「それにしても、その若さで魔女の上級魔術をそこまで自在に操るとは、なかなか優秀ですねえ。どうですか? 私の配下に加わりませんか?」

「誰が人喰らいなどに従うか」

「ロードリーさんが若いことを見破った!?……流石、何倍も生きているだけはありますね」

「シンク……」

「すみません」

「オルギエルド殿、パールはどこですか」

「あの巨乳娘なら寝室です。薬が効きすぎたようで、熟睡しています。お二人には見破られてしまったようですな。黙って罠にかかっておけば良かったと、あとで後悔しても遅いですよ?」

「無駄話はここまでだ。パールを返してもらおう、化け物」

「……いいでしょう」


 階段にあったオルギエルドさんの姿が消えた――瞬き一回の間に。


「――私を殺すことができたら、どうぞお好きに」


 ロードリーさんへ覆いかぶさるように、オルギエルドさんの姿が真横にあった。


「ロードリーさん!」


 ロードリーさんの姿がふと消え、壁際の方で爆発があり砂煙が舞った。

 煙が晴れると、そこには気を失ったロードリーさんの姿が。


「――次はあなたです」


 オルギエルドさんがこちらに振り向く直後には、俺は【黄薔薇の盾】を構えていた。

 まったく見えなかったが、気が付くと拳が縦に当たっていた。


「おや、珍しい物をお持ちですね。それは【黄薔薇の盾】ですか?」

「これ、有名なものなんですか」


 流石は物理ダメージカット率100パーセント。

 ロードリーさんを吹き飛ばした拳すら、痛みを少しも感じない。


「それはエルフの品ですよ」

「エルフ?」


 聞いたことがある。

 森の中に、自然と同化する都市を築いたとされる太古の種族だとか。


「チュチュリンと呼ばれる独自の鍛錬技術を持つ彼らは、魔道具のように完成された品へ魔法を付与するのではなく、製造過程において魔力的効果を混ぜ込んだのです。物と魔法の関係性が同一となるそれは、かつて魔法陣の物理化とも呼ばれるほどでした」

「……なるほど」さっぱり分からん。

「魔術による干渉では、その盾の効果は打ち消せないということです」

「あ、そういうことですか」

「加えて現在の自然界にはほぼない鉱物によって作られていますので、物理的に破壊することはほぼ不可能。もっとも、その盾は物理ダメージ自体通用しないようですが」


 聞けば聞くほど難解で、眩暈がしてくる。

 ただナイトラビットの戦利品にしては、かなり優秀らしいことだけは分かった。


「しかし――」

「くっ!?」


 何をされたのか、急に俺の体は何等かの反発を受け後ろに飛んでいった。

 なんとか着地したが、まるでもてあそばれているようだ。


「――闘気や魔力による衝撃は、受け止めきれないようですね」


 すごい殺気だった。


「村で感じた殺気はあなたでしたか」

「殺気?……ああ。私の分身にあなた方を見張らせていたのです。ところが急に無力化されてしまいましてね。上手くいかないことがあると、つい気が立ってしまうのです。ところで、ここから村までは相当距離があったはずですが……あなた、感覚が鋭いですねえ」


 パールさんもそうだが、ロードリーさんも心配だ。

 長期戦はマズい。


 ――『【致命眼マグニ・トラウマ】を発動しました』


 急所はどこだ……。


「その目は……」


 急にオルギエルドさんから殺気が消えた。

 驚いたように目を丸くし、まるで無防備に突っ立っている。


「……急所がない?」


 黒い火が見当たらない。


 だがふとして、足元から広がるその違和感に気付いた。

 辺りが暗すぎて分からなかったが、床や壁や天井、シャンデリアや大階段、フロアのすべてが黒く燃えていた。


「これが全部、急所?」


 オルギエルドさんに殺気が戻った。


「まさか、あなたギドラ人ですか?」

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