第11話

 日が落ち、辺りが昨夜と同じ真っ暗闇になった頃、初めてアザセさん以外の村人を見た。

 それも一人でなく、村中の人が家の外へ出てきていた。


 家から家へ紐を繋ぎ、紐にランタンをいくつも吊るし、村中を明るく彩る村人たち。

 いくつものテーブルと椅子が通りに用意され、そこに各家庭から料理が運ばれてくる。

 準備を進めながら「冒険者様方!」と、俺たちに手を振ってくれている。

 昨夜の静けさが嘘だったかのように、村の様子は一変していた。


「ようこそお越しくださいまさした。村長のオルギエルドです」


 肌艶のいい老人に、俺たちはパーティーへと招かれるのだった。


 各テーブルが料理で満たされる中、村人たちも席に着き始める。

 村長は俺たちと同じテーブルに座った。


「すみませんが、アザセさんはどちらへ? お姿が見えないのですが」


 ロードリーさんが訊ねる。

 タイラントツパイの死体を台車に乗せ、家へ運んでったっきり姿を見ていない。


「彼なら心配ありません。元々病弱な体質なのです。それにもう歳ですから、普段は家の中にいて姿を見せないのです」


 それにしては「任せてください」と、あんな重いタイラントツパイを一人で運んでいた。

 今思ったが、あの坂を一人で上ったのだろうか。


「俺が様子を見てきましょうか?」

「それでは料理が冷めてしまいます。今夜はパーティーです。モンスターを退治してくださった皆さまへのお礼にと、村のみんなで準備したのです。アザセなら問題ありません、いつものことですから。それより冷めないうちに召し上がってください」

「そうですよシンクさん! ここはお言葉に甘えるべきです!」

「うむ、冒険者たるもの食える時に食うことも大事だ。――いただきます」


 パールさんとロードリーさんは、二人して料理にがっついた。


「そうですね……じゃあ、俺もいただきます」


 アザセさんの家にはあとで伺おう。

 と、フォークを持ってすぐ手が止まる。


「……」

「ん、どうかされましたか。お口に合いませんでしたか?」

「いえ、いただきます。……うん、おいしいです!」

「喜んでいただけて何よりです。それはそうと、昨夜はアザセの家にお泊りになったとか」


 ロードリーさんが答えた。


「はい。どの家も灯りがなく、人の気配がなかっものですから。アザセさんには成り行きで泊めていただくことになりました」

「そうでしたか、それは悪いことをしました。なにせ訪ねる者のいない村でして、ギルドへ依頼したのも半年以上前のことですから、すっかり忘れていました。モンスター怖さに、夜にはみな寝てしまうのです。――今夜は私の家でお休みください」


 ロードリーさんがディナーをいただいたら王都へ戻るつもりだと言った。

 オルギエルドさんは、お酒や村人による出し物の準備があると話す。夜も遅いから、今夜は泊まっていってはどうかと提案した。

 何となく断れる雰囲気ではなく、ロードリーさんは代表で「分かりました」と答えた。


「テングスタンペッパーと言えば胡椒が有名ですが、商人の出入りもないのですか?」

「アザセが届けていたのですよ。しかしモンスターが現れた半年前から、王都には行っていません。明日から再開する予定です」


 ここは胡椒の名産地らしい。




 〇




 深夜、ふかふかのダブルベッドの上で目を覚ます。

 なかなか寝付けず起きてしまった。


 部屋は一人につき一部屋用意してもらった。

 アザセさんの言っていた通り、胡椒が相当売れるのかこの村は裕福らしい。

 王都の安宿よりもずっといい。

 ケイデンスのアパートでは敷布団だった。


「うわ!」


 部屋の扉の前に人の姿があった。

 暗くてよく見えず、目を細める。


「ロードリーさんじゃないですか。脅かさないでくださいよー……どうしたんですか?」


 ロードリーさんはフル装備だった。

 寝る前、提供された白いパジャマに着替えていたはずだが。

 俺も着ている。


「そこで何してるんですか?」

「なぜ起きている?」


 やけに暗い声色だった。


「……なんとなく目が覚めまして」

「では、なぜパジャマを着ているのだ」

「パジャマ?……外着のままだと気持ち悪くないですか? ロードリーさんは何で着替えてるんですか?」

「――そういうことではない!」

「ちょっ!?」


 急にロードリーさんが襲いかかってきた。

 手にナイフが見えた。

 俺はかわしながらベッドを飛び下りた。


 尻餅をついたまま振り返ると、ベッドにナイフが突き刺さっている。

 嘘だろ、殺するもりだったのか?……。

 理解できず、間隔を開けて何度も「え!?……え!?……」と言った。

 それしか声が出なかった。

 ロードリーさんはナイフを抜いた。

 小窓から漏れる月明かりが、こちらへ振り返った顔半分を照らす。

 殺気丸出しの目が見下ろした。


「ちょっと……これ何の冗談ですか? 何か、怒ってます?」

「その動き、やはりただの冒険者ではないな?」

「どの動きですか?」


 ただ無我夢中で逃げただけ。

 万年ドベの動きだ、さぞ間抜けだったに違いない。


「惚けるつもりか? パールをどこへやった」

「パールさん?……寝室にいないんですか?」

「不毛な会話は嫌いだ。私たちの料理には毒が盛られていた、おそらく睡眠薬だろう。それは演舞の際に配られた酒にも入っていた。先ほど成分を調べたが、飲めば明日の昼まで目を覚まさんだろう。なのにお前はなぜ起きていられる?」

「そ、それは……」


 調理に何かヤバイものが混じっていることは知っていた。

 テーブルの上の肉やサラダが、フランベをミスったのかってくらい炎上していたからだ。

 ほぼテーブル全体が黒く燃え上がっていた。

 だから黒い火のないところを取って食べた。

 酒は飲んだフリをしてトイレに流した、という訳だ。


「お前をパーティーに誘ったのは私だ。この依頼を提案したのも私だ。この村へ誘導されたとは考えづらい」


 ロードリーさんがゆっくりと近づいてくる。


「貴様、何者だ? この村の関係者か?」

「違いますよ! なんか狙わてるなーとは思ってましたけど……俺なりに相手の出方を窺っていただけで」


 というより、ここ最近なにが起きても死ぬ気がしないだけだ。

 それで少し怠けていた。


「本当か? ではなぜ薬が効いていない」

「よけて食べたからです」

「ふっ……毒物をよけたと言っているのか? あの量の毒を? バカバカしい……。だが安心しろ、貴様が嘘をついているかどうかは私の魔術ですぐに分かる」


 ロードリーさんの正面に、急に黒い火が見えた。

 等間隔に、斜めに5つ並んでいる。


 その法則的な並びには心当たりがあった。

 ――魔法陣だ。

 種類によっても異なるが、魔法陣とは外から内に向かって円を重ねることによって構成される。

 円の内容はすぐ内側に、円に沿って文字で刻まれる。

 外側の円が内側の円に影響し、その内側の円は、そのまた内側の円に影響する。

 円と円を文字で繋ぎ、一つの魔法陣となる。


 この5つの黒い炎のある場所――これは円と円を結ぶ際に生まれる交差点のようなものだ。

 つまり影響の出発点と言える。

 これを破壊すると円同士の影響が絶たれ、魔法陣は機能しなくなり魔術は行使できない。


「――【ファイアボルト】!」


 俺は【線香花火】で放った。

 火種から飛び出した5つの火花は、5つの黒い火にそれぞれ当たった。


「バカな!?……」

「今俺に魔術使おうとしましたか?」

「貴様、この魔法陣が見えるのか!?」

「使おうとしたんですね……。俺が嘘をついてるかどうか分かるっていいましたね? その魔術を使えば分かりますか?」


 ロードリーさんは驚きを隠せない様子だった。

 魔法陣を破壊されたことが信じられないらしい。

 落ち着てきたのか――。


「分かる」と答えた。

「分かりました。じゃあ動かないので使ってください」

「……いいのか? 直前で攻撃魔術に切り替えるかもしれんぞ?」

「俺の発言が虚偽と出れば、その時は攻撃すればいいですよ」

「分かった……」


 ロードリーさんは杖を構えた。


「――【純潔なる読心】!」


 さっきと同じように、魔法陣も魔術的な光も見えなかった。


「パールをどこへやった?」

「知りません」

「……お前は、村人たちの仲間か?」

「違います」

「私たちを、殺そうとしたか?」

「してません」


 しばらく沈黙が流れた。

 神妙な空気感。

 まるで異端審問か裁判にでもかけられているような緊張感だ。知らんけど。


 するとロードリーさんの杖が、手かそっと離れた。

 空いた両手がゆっくりと上がっていく。

 光景はスローモーションのように感じられた。


「――申し訳ない!」


 ロードリーさんは豪快に土下座した。

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