第10話
魔女の名はロードリーさんと言った。
俺を誘った理由は、誘ってほしそうにずっと見ていたからだそうだ。
「そんなつもりはなかったんですけど……でも、ありがとうございます」
人生初のパーティーが、こんな感じで組まれることになるとは。
「それで、どんな依頼を受けようか? できれば【C+】の依頼だと助かるのだが」
受付にもたれながら、受付嬢の持ってきた冊子を覗く。
そこには今受けられる依頼が、指名手配書のように多数あった。
「ロードリーさん、【C+】だと何かあるんですか?」
「【D+】冒険者は年に【D+】の依頼を6回こなさねばならんのだ。だがこれが【C+】だと3回で済む」
「ギラ目の教官が言っていたノルマってヤツですね!」
「その通りだ。お、これなどはどうだ?」
依頼書にはテングスタンペッパーという村へ行けとあった。
村へ行き、村人の悩みを聞き解決せよ――依頼難易度は【C+】以上とあるが、『以上』というのがどうも気になる。
「パーティーを組むこともそうなんですけど、俺、依頼自体初めてなんです」
「そうなのか?」
「そうなんですか!」
「はい。だから依頼は何でもいいんですけど。この『以上』ってどういう意味ですかね? 場合によっては【C+】以上もありえるってことですか?」
「うむ、その通りだ。詳細の欄には『モンスターのせいで
「そ、それって大丈夫なんでしょうか?」
パールさんは不安そうに言った。
「強いモンスターかもしれないってことですよねえ? 私、実力【F】だし」
「俺も【F】ですよ」
「んん……胡椒を好むモンスターか。タイラントツパイくらいしか思いつかんな」
首を傾げながら「なんですかそれ?」とパールさんは言った。
「リスとネズミを足して二で割ったようなモンスターだ。熊並みの大きさをしているが、ランクは丁度【C+】。私たちでも楽に倒せるだろう」
「じゃあこれにしましょう」俺は適当に言う。
「ちなみにタイラントツパイは、胡椒以外に巨乳のメスも好む」
「え――」
パールさんの片頬がピクピクと痙攣する――。
馬車をギルド経由で借り、俺たち3人は夕方前に王都を発った。
草っぱらの広がる広野と林道を抜けて、それからテングスタンペッパーの村に到着したのは夜のことだった。
左右を畑に囲まれた小道を抜け、馬車は住居の立ち並ぶ村へと入っていく。
通りは森閑としていた。
住居の外観を一目見て、金のある村だなーと思った。
村自体は一見してそれほど広くもないが、家の一つ一つが立派で、王都でよく見られた民家よりもずっと大きい。
だがどの家も灯りの一つすらない。
窓はカーテンが閉め切られていて、家の前には松明すらない。
だから通りは真っ暗だ。
家々の連なる通りを抜け、小高い丘の上に向かって続く、若干の坂道を道なりに進んだ。
そこに一件、灯りの漏れる家を見つけた。
前に馬車を止め、俺たちは扉をノックする。
小窓のカーテンが動き、誰かが覗いた。そしてすぐに扉が開いた。
「王都から来ました。冒険者です」
ロードリーさんが答えた。
「……どうぞ」
白髪の老人は、すんなり中に入れてくれた。
「丁度晩ご飯の支度をしていたところでしてね」
テーブルの椅子を三つ分引きながら、老人は「肉はお好きですか」と訊ねる。
「牛に豚に、鶏に。この村は胡椒のおかげで裕福ですから、食べ物には特に困らないんです」
「肉なら何でも好きです」と俺は答える。
「王都からの移動で、丁度お腹が空いていたところです。ありがとうございます」
「わ、私も……」
その後、晩ご飯をごちそうになりながら、胡椒畑の話を聞いた。
老人は名をアザセと言った。
その日はアザセさんの家に泊まった。
〇
翌日、アザセさんと共に胡椒畑を訪れた。
モンスターは日中に出るらしい。おかげで畑の世話ができないそうだ。
「家が何軒もありますが、村に住む他の方はどうされたのですか。できれば挨拶をしたいのですが」
日が昇り随分経つというのに、一向に村人の姿が見えない。
日が照っているが、村は昨日と同様静かなままだ。
「モンスターを怖がって出てこないのです。申し訳ありません」
「そうなんですか……」
ロードリーさんは仕方なく納得した。
だが奇妙な感じがしないではない。
胡椒畑は森に沿って、丘の上の近くまで続いていた。
喩えるなら、緑の焼き鳥が等間隔に、縦と横にどこまでも続いている感じだ。
高さは俺たち3人の身長を優に超えている。
奥まで入ればすぐに姿は見えなくなるだろう。そういう意味ではトウモロコシ畑のようでもあった。
そしてモンスターの仕業か、苗の何本かが倒されていた。
「私の推測では、タイラントツパイではないかと。あれは胡椒の実を好むのです」
「冒険者の方が仰るなら間違いないでしょう。私たちには見当もつきませんが」
「ロードリーさん、どうするんですか」とパールさん。
「んん……」
唇に触れながら、何か策を練り始めるロードリーさん。
するとおもむろに、胡椒畑の方を指さした。
「――タイラントツパイ」
胡椒の木の陰から、猫じゃらしのようにもけもけな、長く茶色い尻尾が見えていた。
熊のようにデカい、ぼてっとした肥満体質の尻も見えている。
「モンスター……」
アザセさんが怯えて後ろに一歩後退る。
その際、足元の小枝を踏みつける音が聞こえた。
木陰の尻が、こちらに気付いたようにピクっと動く。
その一瞬で隆起し、尻から尻尾にかけてが筋肉質なものに変わった。
体ごと振り返り、タイラントツパイは畑の中から俺たちの姿を見つけた。
「シンク殿、アザセさんを!」
「はい――」
ロードリーさんの指示に従い、俺はすぐにアザセさんを背後にした。
のそのそとした窺うような足取りから、急に馬車の最高速度くらいの速さに変わり、タイラントツパイは俺たちに迫る。
「――【サンダーバインド】!」
詠唱すると、ロードリーさんの杖から電気の網が飛び出す。
だが鞭のようにしなる尻尾が容易く破壊した。
「パール、タイラントツパイを畑の外におびき寄せてくれ!」
「え、ど、どうやって!」
「とにかく走るのだ!」
「は、走る? わ、分かりました。走りまーーーーーす!」
パールさんはすぐにトップスピードに入り、畑に沿って疾走した。
胸元で二匹のスライムが豪快に揺れる。
と、タイラントツパイが俺たちから進行方向を切り替えた。ほぼ直角に曲がり、パールさんを猛スピードで追いかけていく。
それを見たロードリーさんは「これが巨乳の力か」と漏らした。
なんて人だ。
巨乳を囮に使うなんて……。
「公文書館の記録によれば、タイラントツパイは50メートルを6秒で走り切るそうだ」
「速いですねぇ……」
馬車ほどではないのか?
「試験で見せた動きか気になり、馬車の中で確認した。パールは50メートルを5秒で走りるそうだ」
「なっ!?」
「あんな重いハンデを二個も背負ってながら……類まれなる運動能力だ。何も乳だけの女ではない」
「ロードリーさん、ちょいちょい酷い言い方しますねー」
「そうか? それよりパールを助けに行くぞ。体力がなくなってくれば流石に追いつかれる」
「はい」
俺たちは走り出した。
「シンク、君の習得魔術はどのくらいだ? 何かタイラントツパイに有効なものはないか?」
「俺は【ファイアボルト】しか使えません」
「なんだと!?」
「すみません。魔術学校でも万年ドベで……下手したら測定器の示した【F】より下かもしれません」
「そうか。できれば火属性系統の魔術は使いたくないのだ。畑に引火したらマズいだろ」
「だから雷属性の魔術を使ってたんですね」
「そういうことだ」
「まあ、でも俺は大丈夫ですよ。ピンポイントで相手の急所だけを狙えるので」
「……どういうことだ?」
【メタノールの神秘】を使えば、火力は通常より弱まり姿も薄まる。
それで急所を狙えばいい。
「流石に畑の中は怖いですけど。外ならなんとか。捕捉したらすぐ詠唱します」
「それは何というか、本当なら頼もしい限りだが……よし! ではトドメはシンクに任せた。パールの巨乳が収穫されてしまう前に、この依頼を片付けるぞ!」
「はい! って、また酷い言い方を――」
畑の外縁を走っているうちに、タイラントツパイ、それからパールさんの姿が遠くに見えてきた。
「助けてください! 助けてー!」とパールさんは泣きながら走っている。
「ハッハッハッ!」とロードリーさんは高笑いし、「見事見事! 見事だぞ、パール!」と称賛した。
サディスティックにもほどがある。
――『【
――見えた!
タイラントツパイの背中――隆起した肩甲骨の辺りに、黒い火が灯っている。
「【ファイアボルト】!――」
「……ん? シンク、不発のようだが」
「大丈夫です」
照り返す日光の下では、この魔法陣や火球はさらに見えづらくなる。
それはロードリーさんにも見えないくらいだった。
斜め上空へ飛んで行った青い火球は、タイラントツパイの真上に追いつくと、そのまま急降下し肩甲骨からぶち抜いた。
人間並みの声帯でもあるかのような奇声が、胡椒畑に散った。
「へ、へとへとですぅー……」
おぼつく足でふらふらと戻ってきたパールさんは、その場にへたり込んだ。
「依頼は完了ですかぁ?」
「ああ、これで終わりだ。パールの乳のおかげで素早く済んだ。やはり持つべきものは乳だな」
「いくらなんでもこのやり方はヤバいですよ」
「そうですよロードリーさん! 私、死ぬところだったんですからねー!」
ロードリーさんは乳に執着し過ぎじゃないか?
時々、目の奥に何故か恨みすら感じる。
ロードリーさんは誤魔化すように咳払いする。
「パールの脚力を信用したまでだ。流石は50メートル5秒、伊達ではないな」
「嬉しくないですよー!」
「タイラントツパイの弱点は火だ。だが傍に畑があっては使えない。私にはあれ以外方法が浮かばなかったのだ。申し訳ない。悪気はなかった、許してほしい」
「そ、そんな風に言われちゃうと……」
ロードリーさんは「すまん」と頭を下げた。
この人はちょっと、頭がアレな気がする。
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