第9話

 王都4日目――。


 翌日のギルド内はコロシアムの主催者失踪で持ち切りだった。

 昨日まで試合の様子を映し出していたらしいモニターだが、今日はザーザーという音しか流れない。

 表立っては見合わせるということらしいが、聞くところによるとコロシアムは当面中止するそうだ。

 あのヘルマンなんちゃらが、いかに大物だったかが分かる。

 ただあれ一人いなくなるだけで中止というのも情けない感じがする。

 所詮コロシアムなんてそんなもんか。


 昨日、向かいの冒険者協会本部で「ランク」のことを思い出した。

 どうせ依頼は受けられない。じゃあランクを上げようと、今朝受付で昇級試験の手続きを済ませた。


 ギルドの受付近くには、試験待ちの受験者たちが多数集まっていた。

 丁度コロシアムで依頼がなくなるこの時期に、冒険者たちは昇級試験を受けるのだそうだ。

 朝昼晩と毎日3回行われ、俺は運よく当日参加することができた。


 メモ帳を手に、柱にもたれかかりながら時間を潰す。

 ラムルドさんに貰った、【致命眼マグニ・トラウマ】に反応するあの本だ。

 やっぱり文字や魔法陣が浮かんでいる。


「転移魔術……」


 最初の見開き2ページ分に、転移魔法陣の構成や詠唱呪文、仕組みについてが記されていた。

 次ページ以降からは白紙だった。

 売店で買ったペンを持ち、本の裏表紙に【線香花火】【木精の神秘】と忘れないようにメモする。

『木精』の部分を二本線で消し、その上に『メタノール』と書き足した。


「――Fランク冒険者の皆様、お待たせしました」


 そこで声がかかった。

 どうやら試験の準備ができたらしい。




 〇




 長い回廊を歩かされ、連れて来られたのは屋外運動場だった。

 初等部の運動場くらいの広さだ。

 まさかギルドの中にこんな場所があったとは。


「新米冒険者共、こっちに集まれ! バカ野郎めぇ……」


 目がギンギンのヤバそうな男性教官が呼びつけた。

 二の腕や胸部は、マンゴーでも入れてんのかってくらい筋肉が隆起している。

 俺を含め、みんなたるそうに集まっていく。「うわー」「ハズレだろあれ」「午前の部にすれば良かったな」などの愚痴が聞こえるが、言い返す奴はいなかった。


「試験はベリーシンプルだ! お前ら冒険者はバカだから、難しい筆記なんてやっても意味がないことは分かっている」


 教官は俺たちを愚弄する文言を並べた。

 不思議と腹が立たないのは、表情筋が一切動かない狂気の笑顔のせいだろう。

 とりあえずあの終始ギンギンな目はやめてほしい。

 女冒険者なんかは露骨に嫌そうな顔をしている。


「それに期待もしていない。【F+】以上に昇級したランク【B+】以下の冒険者は、毎年6割が依頼中に死ぬ。そのほとんどは行方不明だ。厳密には死んだかどうかも分からんままだ」


 教官は「ハッハッハッ!」と棒読みな笑い声を上げた。


「よし! では番号を呼ばれた者から順に、あの測定器へ何か攻撃しろ」


 測定器は大きな熊のような模型だった。

 半透明な緑色をしていて、まるでジェルのようにプルンプルンな感じがする。

 頭部にモニターが設置されていた。


「何でもいいぞ、それぞれ自分の得意な技をぶつけろ。剣士なら剣で斬ればいい、弓使いなら矢を射ればいいし、魔術師なら魔術を使ってもいい――では1番から!」

「は、はい!」

「返事はいらん! 貴様らに教養など求めてはいない!」

「す、すみません」


 1番は気の弱そうな女冒険者だった。

 その割には剣を持っている。見るからに臆病そうな物腰だが、大丈夫かあれ。

 ハムラビットばかり狩っていた昔の俺を思い出す。

 だが俺とは違う。

 彼女は女だ。それも辺りの男共が、思わずとろけた笑みを浮かべるくらいに顔が可愛い。

 さらには巨乳である。

 みんな彼女の乳ばかり見てニタニタしている。


「――やああああ!」


 まるで素人丸出しだ。

 直剣を振り上げたまま、彼女は25メートルほどを走っていく。

 運動会かと思った。

 男共は彼女の胸元で跳ねる二匹のスライムに「うおおおおおおお!」と興奮した。

 教官が注意しないのが逆に怖い。

 ギンギンの目玉が時々ギョロっと見ていたが、男共は気付かない。


 そして彼女は測定器を斬りつけた。

 パックリと裂けたジェルがすぐに元通りになる。

 測定器のモニターに【F】の文字が表示された。

 まあ、残念だがあれじゃあ仕方ない。


「――合格!」

「え、合格!?……」


 思わず言葉が漏れてしまった。


「17番、なんだ、不服か?」


 俺の番号だ。


「いえ。別に……」


 教官は改まったように前へ出た。


「いいか、お前らには他人の結果に口を挟んでいる余裕などない。私が1番を合格としたのは、1番が試験を受けにきたからだ。つまり試験終了後、お前らは全員最低でも【F+】となる」

「ちょっと待ってください」冒険者の一人が言った。「測定器は【F】でしたよ?」

「であろうが【F+】だ。そして俺は【D+】までの権限を持っている。どうしてもと言うのなら、今ここでお前のランクを【D+】にしてやってもいい」

「え、【D+】に!?」

「そうだ。どうする?」

「えっと……じゃじゃあ、お願いします!」

「よし5番、お前は今より【D+】だ。そして一つ大事なことを言い忘れていた。【D+】より、冒険者にはノルマ制度というものが適応される。年間必須依頼数と呼ばれるものだ。これは必ず達成しなければならない」

「ちょっと待ってください……達成しないと、何かあるんですか?」

「違反した者には罰金刑が下される」

「な!?……」

「冒険者協会は国からの出資と依頼料の一部を運営費としている。これに違反した者は国賊とみなされ、最悪の場合監獄送りになる。過去には死刑判決が下った例もあったなあ」

「ちょ、ちょっと待ってください! じゃあ昇級は大丈夫です。俺、まだそんなに強くないし、依頼も少ししか受けたことないし。すみません、取り消してください」

「取り消すだと? 何を言っている、お前はすでに【D+】だ。次2番、前へ出ろ――」

「そんな……」


 2番は簡単な初級魔術を放った。

 測定器に【E】と表示されると、教官は「合格!」とだけ告げる。

 それから3番、4番と順に進み、5番が呼ばれた。


「5番、早く前に出ろ」

「はい……」


 沈鬱な表情のまま、ふらふらと前に出た5番は、俺の十八番【ファイアボルト】を放った。

 測定器には【F+】と表示された。


「――合格!」


 合格という言葉がこれほど重みを含むこともないだろう。

 まるで死刑判決を言い渡されたかのように、5番は絶望の表情で戻っていった。


「次6番!――。いいかお前ら、ランクはお飾りに過ぎない。なぜ冒険者を生業とするのか、なぜ昇級するのか……意思のない者はどこへ行こうと同じだ。高ランクでありながら低位の実力しか持たない冒険者は行方不明者の数ほどいる。星の数よりずっと多いと思え。ベテランの冒険者は慧眼けいがんで見極め、英断に依頼をこなす。次7番!――」


 空気がピリピリしてきた。

 さっきまでヘラヘラしていた冒険者たちの目が、緊張感を帯びている。

 流石の教官だ――。


 そしていつしか俺の番が回って来た。


「次、17番!――」

「はい」


 普通に返事をした。

 教官はさっきみたいに教養がどうとかは言わなかった。

 が、冒険者たちから嫌な視線を感じた。

 二人組が「なんだあいつ」とか「クール気取りが」とか言いながら睨んでいた。


「――【ファイアボルト】!」


 いつもの感じで火球を放つ。

 すると測定器は【F】を示した。


「合格!」

「ふぅ……」


 まあこんなもんだよな、俺って。


「待て17番」

「はい?」

「【D+】までなら俺の権限で昇級させてやれるが、どうする?」

「え……いや、大丈夫です」

「そうか……。次18番!」


 今のは何だったのか。

 5番以外、そんな話をされていた冒険者はいない。

 ……まあいっか。


 列に戻るとひそひそと声が聞こえた。


「なんだ雑魚じゃん」

「雰囲気だけは【D+】だったな」

「教官も悪い人だ。毎回5番とか17番みたいなのをいたぶってんだろ?」

「あ、そういうことか」


 何がそういうことだ、ボケが……。

 俺は黙って座った。


「おい見ろよ!」

「うわ、やっべー!」

「すげー」


 急に冒険者たちがざわついた。

 測定器を見ると、そこには【D+】と表示されていた。

 どうやらあの魔女みたいな女がやったらしい。

 濃い紫で統一したトンガリ帽子とローブ、それから先端が渦巻く木の杖。

 実力で【D+】とは大したもんだ。


 それからしばらくして、全員の試験が終わった。


「よし、試験はこれで終了だ。受付に戻ったら各自、新しく発行される冒険者カードを受け取るように。では解散!」――


 なんとも呆気ない試験だった。




 〇




「――こちらが新しいカードになります」


 受付でカードを受け取った。

【F+】と表記されている。


 受付に戻るなり、ぞれぞれは新しい冒険者カードを受け取った。


「それからコロシアムの当面の中止により、依頼の方が解禁されました」

「え、そうなんですか?」

「はい。ですのでご用の際はまた受付へお越しください」


 本格的にコロシアムが中止の方向に向かっているみたいだ


「うしっ! これで俺らも【E】ランクだな、さっそくなんか依頼受けようぜ」

「なあ、それより1番の女の子誘わね?」

「お、いいなそれ」


 さっき俺に暴言吐いてた奴らだ。

 あいつら二人そろって【E】か。すげぇなー。


「ぐすん……ぐすん……」


 ふと正座しながら泣き崩れている5番の姿が見えた。

 カードを抱きながら頭を床に擦り付けている。

 確か実力は【F+】だったか。ってことは、俺より実力は少し上か。

 でもあれで【D+】はきつい。

 これから地獄だろうな。


「ありがとうございます……ぐすっ、ありがとうございます……」

「ありがとうございます?」


 思わず問いかけていた。

 俺の声が聞こえたのか、5番は振り向き、「え?」と困惑しながら、そっとカードを見せてきた。

 そこには【D+】ではなく、【F+】と表記されていた。


「あ、そういうことか。良かったじゃないですか」

「はい、そうなんです、そうなんです……」


 教官は鬼を演じていただけだったか。

 5番は「ありがとうございます……」と呪いのように繰り返していた。


「――嫌ですぅ!」


 声が聞こえた。

 振り返ると1番の巨乳の子が、さっきの【E】ランクの二人組にからまれていた。


「いいじゃん、一緒に依頼受けようよ」

「パールちゃん【F】だろ、俺らランク【E】なんだぜ? ランクの高い人と組んだ方が、質のいい依頼を受けられるし、その分いい経験できるじゃん」

「そうそう、俺たちと一緒にいい経験しようぜ、いい経験をさあ」

「――なにがいい経験だ、エロガキ共」

「痛ぇ!」

「痛っ!」


 あれは確か【D+】の……。

 試験で見た紫の魔女が、杖で男二人の頭を殴った。


「痛ぇなー、何すんだ女!」

「それはこちらのセリフだ。貴様ら、この巨乳な彼女を連れまわして一体何をするつもりだ」

「依頼に決まってんだろ、何か文句あんのか?」

「そうだそうだ!」

「依頼だと?……嘘をつくな。貴様ら、さっきから巨乳な彼女の乳しか見ていないではないか。魂胆は丸見えだぞ!」

「くっ……」

「いやいや、俺は見てないよ? パールちゃん?」

「おい俺は・・ってなんだ、お前も見てたろうが!」

「え、見てないっ、見てないよー。それはタクマでしょ!」

「てめえ自分だけ助かるつもりか!」

「ユウリこそ、いつも僕を見捨てるじゃないか! この間だって――」


 二人を放ったらかしにして、魔女とパールとかいう巨乳の子が並んで歩いて来る。


「助けていただき、ありがとうございます」

「礼には及ばん」

「でも、できたら“巨乳な彼女”はやめていただけると……」

「も、申し訳ない。奴らの口癖がうつってしまったのだ」

「口癖?……あの人たち、そんなこと言ってました?」

「あ、いや……それより、どうかな、私と一緒にパーティーを組まないか?」

「え、いいんですか?」

「もちろんだとも。他所の生まれでな、こっちには知り合いが一人もいないのだ」

「あ、私もです。小さい村の出身で」

「奇遇だな、私も田舎の出身だ。ところで――」


 魔女が俺の目の前で止まった。


「さっきからこちらを見ている君」

「……俺?」

「そうだ、君だ。良ければ私たちのパーティーに入らないか?」


 魔女がパーティーに誘ってきた。

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