第8話

 リナリーが裏に引っ込んだことを確認し、急いで観客席をあとにする。

 この試合は明らかに茶番だった。

 おそらくリナリーが死ぬことは決まっていたんだろう。

 ――急がないとマズい気がする。


 通路を走り、「関係者以外立ち入り禁止」の柵を越え、選手専用通路を駆け抜けた。

 足取りに躊躇いがないのは、よく分らんが視界にぽつんと黒い火が見えるからだ。

 まるで「こっちだ」とでも言うように行き先を教えてくれている。


 そこである扉前から怒鳴り声が聞こえた。


「小娘がぁあ、どんなイカサマしやがった!」

「わ、私はなにも……きゃっ!」


 鞭を叩きつけるような音が中から聞こえる。

 大体なにが行われているのかは分かった。

 仕込み杖を抜き、静かに扉を開けた。

 見えたタキシードの背中に、【黒鞘くろさや】をぶっ刺した。


「ぐっ!?……がはっ!……」


 勢いよく抜き取り、背中を蹴り飛ばした。


「シンク……」


 リナリーは虚ろな目で俺を見上げた。

 腕や頬や足が、切り傷でボロボロだ


「お、お前……何者、だ。どこから、入った……」


 中年太りな、サーカスの団長みたいな奴だった。

 ハットなんか被っておめかししてやがると思ったら、声が会場に流れていたアナウンスと同じだった。


「お前、司会やってた奴か」

「お、俺は、ここの主催者だぞ。お前、こんなことして、どうなるか、分かってるんだろう、な?」

「全然?」

「よ、よせ……やめろ……」


 そっと近づいていって、黒鞘を頭に刺し込んだ。


「――――」


 もう喋らなくなった。


「ここを出よう」

「どうして、シンクがここに……」

「偶然客席から姿が見えたんだ。それで助けに来たんだよ。何だか酷い目に遭ったみたいだな」

「私は……」

「とにかく逃げよう。ここにいたら殺されるぞ」

「でも……」


 リナリーは殺したばかりの主催者を見た。


「こいつがどうかした?」

「その人が誰か知ってる?」

「……有名な人か?」

「ヘルマン・ウイスキーよ。王都の富豪で、このコロシアムと闘技大会の」

「ああ、見つかったら追われる感じか……それはマズいなあ」

「ごめんなさい……」


 リナリーがすすり泣き始めた。


「見つかったら、殺されるわ」


 もっと考えてから殺すべきだった。

 外に連れ出してから殺すとか。

 いや、さっきの感じなら後ろから殴って気絶させられたはずだ。

 それなら見られることなくリナリーを救出できた。


「ミスったなぁ……ん?」


 後悔しながら死体をちらっと見たら、死体全体が黒い火に覆われていた。

 疑問に思うも、習慣からか俺は即座に、


「――【ファイアボルト】」


 いつもの要領で放たれた火は、ヘルマン・ウイスキーに引火するなり全身に広がった。

 衣類と肉をあっさり焼き尽くし、骨までも数秒で焼き切った。


 リナリーは言葉を失ったように、ぽかーんと口を開け、

「こんな高密度な炎、どうやって……」


 そこには死体などなくなっていた。


「ここを出よう」


 俺はリナリーに手を差し伸べた。




 〇




「まさかシンクに助けられる日が来るなんて思わなかったわ」


 ギルドに逃げ込んだ俺たちは、お馴染みの丸テーブルに着いていた。


「ところでエルマーはどうした、一緒じゃないのか?」

「エルマーならまだ大学よ」

「え、でもリナリーは?」

「私は早期卒業したの」


 エルマーのところまで送ろうかと提案したら、それだけはやめてくれと断られた。

 迷惑をかけたくないらしい。


「エルマーは私なんかよりずっと優秀なの。王室とか騎士団とか、大学院とか、色んなところから勧誘が来てるくらいなのよ。それより、シンク、魔法使えるようになったのね」

「魔法?……いや? 未だに【ファイアボルト】しか使えないけど?」


 リナリーはクスッと笑った。


「なんだか明るかった頃の前のシンクに戻ったみたい」

「なんだそれ」


 貸してやったローブのフードでしっかりと顔を隠し、サラダや肉を食べるリナリー。

 服や杖は寮にまだあるかもしれないとのこと。

 だが戻ることができず、持ち物はこの奴隷のようなシャツしかないそうだ。

 流石に同情する。


「ところで、このローブを着てからもの凄く体が軽いのだけれど、魔術でもかかってるの?」

「ん……ああ、【アリスのローブ】とかってヤツだよ。アリスラビットの戦利品。多分魔力が二倍になったせいじゃないか」

「え、シンク、アリスラビットなんて倒せるようになったの!? それより二倍ってどういうこと!? そんな国宝みたいなアイテム――」

「――そろそろ説明してくれてもいいんじゃないかい?」


 向かいの席からエメラルダさんは言った。

 隣の子供用の椅子にはルビーの姿もあった。


「すみません」

「若いカップルの会話を邪魔して悪いけどねえ」

「ただの同級生ですよ」


 ギルドに戻ってきて、偶然二人の姿を見つけた。

 流れで同席し、リナリーの様子に何か察したのか、ご飯まで奢ってくれた。


「まあ、正直説明はあんまりいらないんだけどね……あんた、リナリー・ウェストウッドかい?」

「……」


 リナリーは手を止めた。


「答えなくていいよ。そうかい、知り合いかい……シンクが今日王都に来なきゃ、あんた死んでたよ」

「……はい。そうだと思います」

「あんたみたいな子はここじゃあ日常茶飯事なんだよ。女が国家の、それも王室に仕えるってことがどういうことなのか、少しは分かっただろ?」

「はい……」

「公爵の誘いを断ってるようじゃダメだよ。ウブのままじゃねえ……男を手の平で転がすくらいじゃないと」


 リナリーは反省したように黙った。


「なんか王都って汚いとこですね」

「色々あるのさ。王族にしろ貴族にしろ、いつ殺されるか分からないからねえ。そういう連中ってのはいつ死んでも後悔しないように女を抱いとくのさ」


 すると急に、ルビーがエメラルダさんの腕にトンと翼で触れた。


「……」


 エメラルダさんは振り向き、神妙に見下ろす。

 じーっと互いに何も答えず見つめ合い、それから無言のまま、またこちらへ顔を戻した。


「リナリーと言ったねえ?」

「……はい」

「あんた、私たちについて来るかい?」

「え……」

「もう王都にはいられないだろう? エリンギン王国に住まいがあってねえ。私ら、丁度今日王都を発つんだ。なんだったら連れていってやってもいい。あの国ならセロリン王国も手が出せないだろう。まあ、私らの用が済んでからだけどね。シンク、あんたもついて来るかい?」

「いえ、俺はもう少し王都にいます」

「そうかい。で、あんたはどうするんだい?」

「……行きます。お願いします」


 リナリーは、ゆっくりと浅く微笑んだ。

 本当はどう思ってるんだろうか。まだ宮廷魔導師になりたいと思ってるんだろうか。

 何だかそんな意味の表情に思えた。




 〇




 それからあと――。

 俺は大門から少し離れた防壁の外へ、アヒルとカバとリナリーを見送りにやって来ていた。


 エメラルダさんに服を貸してもらったリナリー。

 船の帆ぐらいあったピンクのワンピースは、リナリーが着るなりぴったりと収まった。

 おかげでローブは返してもらえた。

 流石にこれはやれん。


「ところでエメラルダさん、用事は良かったんですか?」


 そこで振り返るなり、俺は衝撃の光景を見た。

 ――エメラルダさんの肩にいたルビーが、小さなアヒル口から巨大な黒い鎌を吐き出した。


「ちょっ!?――」


 パクっと器用に口で加えるなり、もの凄い速さでリナリーに飛びかかり、鎌を振りかざした。


「ルビー!?」


 慌ててて俺が叫んだ時、リナリーの背後で誰かの声が聞こえた。


「これで王都での用は済んだ――」


 そこには忍者のような恰好をした、黒づくめの者が立っていた。

 首が宙を軽く舞い、近くの地面にぼとんと落ちる。

 リナリーは身構えながら、硬直した表情で振り返り、素顔が布で隠れたその首を見た。


「これは……」

「王室忍者隊のもんだよ」

「忍者?」俺は言った。

「会場からリナリーをずっと付けてたんだろうね。まあ私らには丁度良かったけどね」

「え、これがさっき言っていた用事ですか?」


 ルビーが口の中に鎌をしまう。

 エメラルダさんは言った。


「こいつは“瞬足のアゲハ”と言ってね。何人もの他国の重鎮を手にかけてきた暗殺者だよ」

「暗殺者……」

「シンク、守るならここまでは守れるようにならないとね? でないと命はすぐに死んじまう」


 ただのアヒルとカバが、まるで違うものに見えた。


「二人は一体……」

「いつかエリンギ王国を訪ねてきな。そしたら話してやってもいい」


 そう言ってエメラルダさんは、懐から雑多なスカーフを取り出した。

 かと思うとそれを何もない目の前へひらっと一回ひるがえした。

 くねるスカーフから白い何かが現れたかと思うと、それは一般的なサイズのバスタブだった。


「早く乗りな。置いてくよ」

「え、これにですか?」


 二人に続き、戸惑いながらもリナリーはバスタブの中に両足を入れた。

 すると地を離れ浮き上がるバスタブ。


「コロシアムだけじゃないよ。王都は危ないところさ。それじゃあ、達者でね」

「シンク」

「ん?」

「エルマーに会ったら、私は無事だって伝えて」


 バスタブが空高く飛び上がる間際、「ありがとう」とリナリーの声が聞こえた。

 すぐに遠くの空へと消えて、見えなくなった。

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