第5話

 ギルドの扉が勢いよく開くなり、そこにアリスの姿はあった。

 機嫌の悪そうな歩幅に冒険者たちは道を開け、食事中の者たちは何事かと首を伸ばし目を細めた。

 だが彼らが注意を向けるのは、そのウサギ耳である。


 アリスは受付に両手を強く叩きつけ、


「どういうことでしょうか!」

「はい?」

「聖兎飼いから来ました、アリスです」

「せ、聖兎飼いの方でしたか! も、申し訳ございません。しょ、少々お待ちください」


 慌てる受付嬢。

 裏に引っ込むと、すぐに丸めた紙を数本腕に抱え戻ってくる。


「こ、こちらが売買記録になります!」

「こんなに!?」


 紙を一手に取り、中身を確認するアリス。


「一年目以降は毎日5匹討伐されていたようです」

「……ここには一日4体とありますが?」

「一匹はお売りにならず、必ず食堂の方へ持っていかれるので」

「なるほど……」

「その、ケイデンスでは少し有名な方でして」

「有名?」

「17歳でメリットを授からなかったそうなんです。つい最近発現されたとも聞きますが」

「……それで、厳密にはどれだけの数を手にかけたんですか?」

「4年間毎日という訳でなく、最初の一年に3匹のみお売りになっていた日が186回あります」

「つまり討伐数が4体だった日が、186回ということですか」

「はい。それから2匹のみ、つまり3匹のみだった日が57回あり、計算すると――」

「7000……」


 アリスは紙に書かれていた4年間の記録と、右下に記載されていたその数字に愕然とした。


「そちらがギルドで把握している、シンク様が4年間に討伐された、ハムラビットおよびビーフラビットの数になります。ここ最近はナイトラビットやアリスラビットなどをお持ちになっていたようで、その分も合わせるともう少し数字は増えますが……」

「異常だわ」


 アリスの表情は険しく、眉間には血管が浮き上がっていた。


「――アリス殿」


 背後の声に振り返った。


「シンクなる者のアパートを訪ねてきましたが留守でした。なんでも10日ほど前に町を出たそうですぞ」

「そんな!?……ニワトリー伯爵、それは本当ですか」

「いかにも。大家曰く、滞納していた家賃と修繕費――計28万5000円をきっちりと払い、出て行ったそうです」


 それは人型の鶏であった。

 貴族を彷彿とさせる紳士服。

 だが首から上は毛深く、鳥の頭にくちばし。そして鶏冠とさかだ。


「――なあ、あんたら」


 テーブル席へ振り向く二人。


「シンクって聞こえたが、あいつに何か用か?」


 食事中のモルザフの姿があった。


「用があったら悪いのですか」苛立つアリス。

「いいや? 別に悪かねえさ。なんだあんた、やけにイラついてんなー、シンクならもうこの町にはいねえぞ」

 ニワトリー伯爵が言った。「……貴君きくん、シンクなる者について何か知っているような口ぶりであるな」

「そりゃあ知ってるさ。4年前、あいつが初めてギルドに現れた日から知ってる――デメリットシンク、ここじゃあ有名な名だ」

「デメリットシンク?」

「メリットを持たねえからデメリット。まあつっても、ここを出てった数日前に発現したみたいだけどな」

「貴君、我々らはそのシンクなる者を探している。どこへ行ったか知らぬか?」

「さあー。どこ行ったんだろうなー、あいつ……」


 モルザフは懐かしむようにビールを流し込む。


「そ奴は大罪人であるからして、貴君、庇えば痛い目を見るぞ。知っていることを吐いてもらおう」

「た、大罪人だと!? シンクが大罪人!?」

「いかにも」

「どういうことだ……一体、あいつが何したってんだ!」

「ラビット種を7000体ほど殺したのだ。冒険者向けに、原因の解明を求める依頼が出ていたであろう」

「お前ら……まさか聖兎飼いの?」

「そういうことだ。話が通じたようだな。それで、奴の行先について何か心当たりはないか?」


 モルザフは乱暴にジョッキを置いた。


「――知らねえなあ」


 ギルド内がひとたび静かになった。

 辺りの冒険者は何事かと様子を窺う。


「ニワトリー伯爵の忠告が聞こえなかったのですか?」

「聞こえてたさ。だがおかしくねえか? 俺たち冒険者はモンスター狩りを生業にしてる。それをギルドは、国は買い取る。ましてや依頼という形で推奨してんだぜ? なんでそれが犯罪になる?」

「数も多ければ問題になるのです。そんなことも分かりませんか?」

「分からないねえ。じゃあなんだ、10や100ならいいってのか?……お前らが怒るのはシンクじゃなく、それを取り締まらなかった国だろ?」


 アリスの無言の三白眼が睨みつけた。


「一介の冒険者が口を挟んでいい問題ではないのです。これは国家間の――」

「――なら俺ら冒険者を巻き込むんじゃねえよ。国同士で解決しろ」


 モルザフの体から、奇妙は赤い湯気が立ち上っていた。

 睨みつけるアリス。

 目を見開き、笑みを浮かべるモルザフ。


 そこに咳払いが聞こえた――。


「――シンクなら王都へ向かったよ」


 それは食堂のおばちゃん――フランベーヌであった。


「あなたは?」とアリス。

「私はここのギルドマスターさ」

「……割烹着を着たあなたが、ギルドマスターですか?」


 アリスは軽視を含めてそう言った。


「ただの趣味さ。それより揉め事はよしとくれ。あんたらシンクを探してんだろ。行先は教えたよ。分かったらさっさとギルドから出て行きな」


 一歩前に出ようとしたアリスを軽く押さえるニワトリー伯爵。


「お騒がして申し訳ありません。それでは我々これで失礼いたします」

「ニワトリー伯爵?」

「もいいでしょう? ここでの用は済みました」


 まだ納得のいっていないアリスと共に、ニワトリー伯爵はギルドから出て行った。


「おいおばちゃん、何で教えたんだよ!」

「モルザフ!」


 ギルドに声が響く。


「あんたもあんただ。あの嬢ちゃんの言う通りだよ。一介の冒険者の出る幕じゃないのさ。理不尽でもねえ、変えられないことがあるのさ。それにねえ、シンクはもうデメリットじゃないよ?」

「……どういう意味だ?」

「あんた、4年もシンクの傍にいて何も気づかなかったのかい? まったく、あんたは過保護が過ぎるんだよ」


 モルザフの頭の上には、はてなマークが浮かんでいる。


「追いたきゃ追わしとけばいいのさ。どうせ返り討ちに遭うだけだよ、まったく」


 フランベーヌが厨房に戻る頃、ギルドはいつもの賑わいを取り戻していた。

 モルザフは一人、何がなんだか分からず、また酒を飲み始める。




 〇




 ケイデンスを出てから3回岩陰で夜を過ごした。


「シンク殿、見えますか? あれが王都の防壁です」


 この人はラムルドさん。

 商人をやっているらしい。

 いつになったら王都につくんだ、町の一つでも出てこいよ――。

 そんなことを思いながら、ただひたらす広野を一人歩いていたところ、偶然通りかかり、流れで乗せてもらった。

 俺は今、馬車の上だ。


「ちょっ!? デカすぎでしょ……」


 防壁の果てが見えない。

 あまりの規模に言葉を失った。


「ケイデンスなら20個は入るくらいの広さですよ。王国中の商人や冒険者が集まります」

「やっぱ、来て良かったな……」

「ん、何か仰られましたか?」

「いえ、デカいなーと思って」

 ラムルドさんは微笑み、「喜んでいただけて良かった」


 自分で決めておきながら、町を出ようと思った理由が分からなかった。

 ケイデンスは俺の生まれ育った町だし、学校に通っていた頃は最悪だったけど、色々と思い出のある町だ。

 モルザフは口うるさい奴だったけど、何故か俺を気にかけてくれるいい奴だったし、フランベーヌさんは優しかった。

 家賃を滞納し続ける俺を、大家さんは孫のようだと言って可愛がってくれた。

 嫌いな奴の方が多かったけど、結局、俺はあの町が好きだったんだ。


 なのに出てきた。

 その理由はもう分かった。簡単な話だ。

 メリットを発現して力を得た瞬間から、俺はただ純粋に、世界を見て周りたいとそれだけを思ったんだ。

 多分、本当は随分前からそうだったんだと思う。

 でもデメリットシンクのままでは自分を守れない。単純に怖かった。


「シンク殿。ここまでの護衛、ありがとうございました」

「なんかすみません。ただ乗せてもらっただけになってしまって……」

「そんなことはありませんよ。護衛がいるといないのとでは、心の負担が全然違います。商人は馬車一つで何千キロも移動しますが、目の前に町が見えていようとも、その手前で積み荷を失えばすべて無駄に終わります。それまでの道のりのすべてが無駄に終わるのです。ですから送り届けるまでは中々気を休めることができないのです」

「なるほど、そうだったんですか」


 ケイデンスでの俺の評判を伝えなくて良かった。

 人気のない広野では選ぶ余地もなかったのだろう。

 冒険者だと伝えると、ラムルドさんは一つ返事で「乗っていきませんか」と言ってくれた。


 だがこれも縁だ。

 大いに利用させてもらって、先に巣立っていったエルマーやリナリーや、同級生たちに追いついて見せる――。


「――つかまってください!」


 ラムルドさんの焦るように大声で言った。

 その途端、馬車が大きく揺れた。


「うわ!」


 俺は馬車の中を転げまわる。

 体勢を立て直し、積み荷が崩れないように守った。


「どうしたんですか!」

「後ろを見てください」


 必死に冷静になろうとするような声だった。

 俺はすぐに馬車の後方を確認する。


「な、なんだよこれ……」

「――ブラッディーウルフです」


 赤い体毛を纏う、狼の大群が押し寄せていた。


「ブラッディーウルフ?……」

「上位ウルフ種ですよ。これは厄介なものに捉まってしまいました」

「厄介って……」


 そんなレベルじゃない。

 砂埃のせいもあるが、視界がほぼすべてブラッディーウルフだ。

 通って来た道が見えない。


「シンク殿、私が合図したら馬車を飛び降りてください」

「え、でも馬車はどうするんですか?」

「あの数は無理です。騎士団の手でも借りれば別でしょうが……」

「でも……そしたらここまで運んだ積み荷が」

「命あっての物種です。積み荷はまた積みなおせばいいのです」


 王都に着いたらラムルドさんともお別れだ。

 乗せてもらっておいて、何もせず、馬車も守れず……俺はそれでいいのか……。


「――言い訳ない」


 ――『【致死眼マグニ・トラウマ】を発動しました』


 捕捉、捕捉、捕捉……。


「シンク殿、準備はいいですか!」

「待ってください! 俺が、あいつら全部仕留めます」

「いくら何でもそれは!――」

「――ミスっても馬車と積み荷を失うだけです。もしダメだなら、その時は飛び降ります」


 視界に映る赤い大群すべての眉間に、黒い火が灯っている。

 軽く100匹はいそうだ。

 だが【ファイアボルト】は10発しか打てない。


「これじゃあ数が足りない……」


 そう呟いた瞬間、急に目の奥が燃えるように熱くなった。


「うっ!?……うわああああ!」


 手の平で両目を押さえ、必死に痛みに耐える。

 こんな時に……。

 声が出せないくらいに目が熱く、痛みはどんどん増していく。


 そしてピークを迎えた瞬間、何かが目から飛び出し、一瞬で痛みが引いた。


「どう、なってるんだよ……」

「シンク殿、どうかなさいましたか!」

「いえ、大丈夫です!」


 目を開けると、まるで【ファイアボルト】のような火が目の前に浮かんでいた。


「なんだ、これ?……」


 凝視した。

 その瞬間、火球が俺の額に入ってきた。


 ――『ファイアボルト、形態【線香花火】を習得しました』


「せ、線香花火?」


 気付いたら頭の中に、その魔法のイメージはあった。

 逆さに持った線香花火から、火花が花開くように下に落下するイメージだ。


「これなら、いける……」


 魔術を詠唱したあとのイメージが頭の中に見える。

 俺は拳を天に突き出していた。


「――【ファイアボルト】」


 正面に展開された魔法陣より、いつもと変わらない火球が現れる。

 それは天高く飛び上がり、ブラッディーウルフたちの駆ける遥か上空で止まった。

 乱れていた火球は丸みを帯び、線香花火の火種のように光る。

 そこから花開くように、真下に小さな火花の数々が飛び散った。


 まるで――。


「小さな流星群だ……」


 すべての火花が、平原を駆けるブラッディーウルフたちの眉間に落下した。

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