第4話

 昨夜モルザフと飲み過ぎたせいか、翌日の起床は正午のことだった。

 枕元のサイドテーブルにハムラビットの足とビールの飲みさしがあった。

 適当に食べて軽く腹を満たす。

 それよりいつ持って入ったんだろうか。

 というか俺はいつどうやって家に帰ってきたんだろうか……。

 思い出せない。


 布袋の中を確かめると、昨日稼いだ金は酒代に飛んでったっぽい。


「マジでモルザフと同じ年の取り方しそうだ」


 実績や武勇伝だけはないけど……。


 仕方がないので服に着替え、ハムラビットでも狩ろうと近所の森に出かけた。


 森への入り口に見慣れないパーティーの姿があった。

 ここはパーティー組まないと踏み入れないような場所でもないし、なんだろうかと素通りする。


「変なの」


 と思いきや、森に入ってすぐ二人組の屈強な男女のペアとすれ違う。

 素通りすると、今度はまたパーティーだ。


「なんで人が多いんだ?」


 それもグループで行動してるような奴らばっかりだ。

 ときどき木々の間から遠くにソロで行動している人の姿も見えたが、それにしても数が多い。

 一度や二度見かけた程度じゃなく、多分10人以上は見たと思う。

 いつもならこんなことはない。

 だいたいこれだけ深く潜ってもまだ人の姿を見るというのはおかしい。


「そんな好まれる場所じゃないと思うんだけどなー」


 大体、ほとんどハムラビットやビーフラビットしか出ないような森なんだし……。


「ん?」


 なんか知らんが急に森の空気が変わった。

 勘は鈍いほうだが流石に毎日来てるから分かる。


「……地面が、揺れてる?」


 足元で砂や小石が細々と跳ねている。

 さらにどこからか奇声のような音も……。


「え?」


 急に傍の小道に、駆ける人影が見えた。


「――女?」


 ウサギのような白い耳を頭につけた、色白の女の姿が見えた。

 と思った次の瞬間、森の木がなぎ倒れ、とんでもなくデカいニワトリが姿を現した。


「え、コカトリス!?」


 なんでこの森にニワトリが……てか出がデカすぎだろ!?。

 この4年間、あんなものは一度も見たことがない。


 女は追われているようだった。

 それにちらっとだが怪我をしているようにも見えた。

 目の前を通り過ぎて行った。


「うわー、どうしよっかなぁ……」


 ギルドでは有名なくらいの万年ドベだ。

 毎年恒例のように新人冒険者に抜かされていき、もはや恥すら感じなくなってしまった。

 そんな俺に一体何ができるのか……。


「なに考えてんだよ、バカか」


 だが足は気付くと動いていた。

 俺は森の小道に出て、すぐにニワトリの後ろを追った。


「マジで……マジで俺バカなんじゃないか?」


 バカとしか言いようがない。

 多分、昨日アリスラビットを仕留めたから調子に乗ってるんだ。

致命眼マグニ・トラウマ】があんなデカいモンスターに通用するとは限らない。

 アリスラビットでさえランクは【C】だった。

 ということは、あれはそれ以上ってことだ。


「ミスったら死ぬな……」


 それが分かっていながら足が動くのは、さっき見たウサギ耳の女がちょっとだけ美人だったからだろう。

 てか何でウサギ耳?――。


 ――『【致命眼マグニ・トラウマ】が発動しました』


「分かってるって」


 前方にニワトリのケツが見えた。


「ん、蛇か?」


 ケツから生えた蛇の頭に一つ、それからニワトリの鶏冠とさかに一つ。

 ――計二カ所に黒い火が灯っているのが見える。


「急所が二つってことか?」


 俺は走りながら詠唱した。


「――【ファイアボルト】! さらにもう一発、【ファイアボルト】!」


 住宅3つ分ほど先に走るニワトリへ向けて、二つの火球は飛んでいく。

 すぐに追いつくと、一発目の火が蛇の頭を打ち抜いた。

 途端、狂ったように奇声を上げるニワトリ。


「よし!」


 アリスラビットやナイトラビットの時と同様、【ファイアボルト】は余裕で通用した。

 さらに二発目の火がニワトリの背中を駆け抜ける。

 そして鶏冠とさかをぶち抜いた。

 前足が浮き上がり、ニワトリは半回転して背中から転倒して、スライディングするみたいに地をすべり転げていった。

 進路の先にあった木を何本かなぎ倒して止まった。


 晴天の空を見上げ、そっと目を瞑り一言……。


「最強だ……」


 4年にも及ぶ苦渋。

 初等部の頃から数えると15年ほどだ。

 もはや苦みも感じなくなった。


 目の際から自然な一筋の涙が零れた。

 頬を伝う頃、前方にウサギ耳の女の姿が見えた。


「あ、おーい!」


 大きく手を振ると、女は眉間にしわを寄せしぶい顔をした。




 〇




「危ないところを助けていただき、ありがとうございます。先ほどは睨んでしまい申し訳ありません。コカトリスがあまりに簡単に死んでしまったことに、つい驚いてしまって」

「コカトリス?……え、これコカトリスだったんですか!?」


 言われてみると、いつだったか学校で習った通りの見た目をしている。

 蛇の尻尾を持つニワトリ……。


「ホントだ!? やっべー、コカトリスだー!」

「あの……もしかして、コカトリスだって知らなかったんですか?」

「え……あ、いやいや、知ってましたよ。そんな訳ないじゃないですか。蛇の尻尾を持つニワトリですよ? こんな分かりやすい生き物、知らないはずありませんよ」

「ですよね。――それにしても尊敬します! コカトリスは正面を向いた相手を灰の息吹で石にしてしまいますから、ランク【B+】のモンスターの中でも特に危ないですし」


 なるほど。

 彼女はただ逃げていた訳じゃなく、わざと背中を向けていたのか。


 それよりも危ないところだった。

 一歩間違えれば俺は灰になっていたらしい。

 対峙したのがケツの蛇で良かった。


「なのに蛇に対して、あんなに堂々と体の正面を向けて走られていましたよね? 相当に、扱いに慣れていらっしゃるのだと思いました」

「え……まさか、尻尾の蛇も灰を吐くんですか!?」

「え?」

「え?」

「……」

「……」


 俺たちは互いに苦い笑みを浮かべて黙った。

 いやいや、そもそも何故にこんなギスギスしなきゃならんのか。


 なんというか【致死眼マグニ・トラウマ】を手に入れて以来、見つけた宝は誰にも教えたくない――みたいな症状があらわれている気がする。

 不遇な期間が長すぎたせいで偏屈になってしまったのか、何なのか……。


 俺は何事もなかったかのように名乗る。


「俺はシンクです。近くの町で冒険者をやってます」

「えっと、私はアリスと申します。出身は聖兎飼せいとかいです。近くの町というのは、ケイデンスのことですね?」

「はい」


 聖兎飼い……地名か何かか。

 確かモルザフが昨日そんなことを言っていたような気がする。


 それよりも、このウサギ耳はなんだ。

 いつも食べているハムラビットみたいな耳だ。

 助けたモンスターが人の姿をして現れ、恩返しをする的な話を知っているが、毎日殺して食っている俺に恩なんかあるはずないし……分からん。

 この生き物は何だ?――。


「その、聖兎飼いでしたか? アリスさんはどうしてこの森へ? なんでコカトリスに追われていたんですか?」

「あの、ケイデンスにお住まいの冒険者さんなんですよね、ご存知ありませんか?」


 モルザフが何か言っていた気がするが、昨夜のことが全く思い出せない。

 俺は何のことだが分からないと伝えた。


「実は数年前から、この辺りのラビット種が激減しているようなのです」

「激減?」

「はい。最近、この地のラビット種管理を任されていた者が、長い間報告を怠っていたことが発覚しまして、その者の話では、4年前からこの地のラビット種が激減していると」

「ラビット種といえば、ハムラビットやビーフラビットとかですよねえ?」

「はい。聖兎飼い人にとって、ラビット種は遠い親戚のようなものなんです」


 ――思い出した。

 それで聖兎飼い側と国王との謁見が王都であったとかなんとか、モルザフが言ってたなー。

 昨夜ギルドが冒険者で溢れていたのはそれが理由だとか。

 なんでも国側が、原因解明を求める依頼をギルドに提出したとかで、その報酬金が高額らしい。


「人間が、特に冒険者などが以前よりラビット種を殺していたことは知っています。中には悪さをするラビットもいますから、私たちは黙認してきました」

「その、激減っていうと、どのくらい減ったんですか?」

「4年間で約7000体ほどだそうですが、正確には分かっていません」

「7000!?」


 なんてデカい数字なんだ。


「冒険者の仕業とは思えませんね……ラビット種を主食とする、何か狂暴なモンスターがいるのかもしれません。恨みでもない限り、人間が7000体も殺すとは思えませんし」

「はい。ですから私は、これがそうなんじゃないかと思うんです」


 アリスさんはコカトリスの死体を見つめた。


「私たちにとってコカトリスは天敵ですから」

「なるほど。こいつが殺しまくってたってことですか」

「あの、よければこのコカトリスなんですが、お譲りいただけないでしょうか?」

「譲る? それは別に、構いませんけど……」

「すみません、ご協力感謝します。報酬の方は聖兎飼いの方から、後日シンクさんへ支払われるようにしておきますので」


 こいつがどのくらいで売れるのか、今すぐ知りたい気持ちもあった。

 まあ報酬はくれるって言ってるし、急ぐことはない。


「シンクさんは、さぞかし名のある冒険者さんなのでしょうね」

「え、俺ですか?」

「はい。コカトリスをあんなに呆気なく倒してしまう方は初めて見ました」

「いやいや、むしろ逆ですよ。俺は万年ドベですから」


 ある意味、名は通ってるけど。


 謙遜しているとでも思ったのか、アリスさんは微笑んだ。

 事実を言っただけなんだが……。

 でも信じられないのも無理はない。

 俺自身びっくりしている。

 この間までハムラビットしか狩れなかったのに、今ではコカトリスを相手にたったの二撃だ。

 メリット様様だな――。




 〇




 ――後日。

 ギルドの受付で、俺宛てに預かっている物があると言われた。


「差出人はアリス・アリス様とあります」


 受け取り確認書に「ケイデンスのシンク」とサインし、小包を受け取った。

 少し重さがあった。

 その場で中を覗くと……。


「なっ!?」


 紐で丁寧に縛られた、金貨の塔が5つ入っていた。

 一つ取って確かめて見ると、塔一つにつき金貨が10枚縛られている。

 金貨は一枚で1万Gだから、それが5つということは……。


「50万G……」


 中には手紙も入っていた。


「何々……“シンク殿へ。先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました。またコカトリスをお譲りいただき、ありがとうございます。その報酬金ということで、ささやかながら、金貨50枚を包ませていただきました。シンク殿が何か訳ありなご様子でしたので、聖兎飼いではなく、私個人からの贈り物として手続きいたしました。お納めください”」


 50万Gはささやかな金額ではない。

 まあ建前だろうけど。

 それより訳アリなご様子とは何のことだ?……。


「ああ、あれか、コカトリスを知らないで倒しちゃったからか」


 それで話がかみ合わなくなった事を思い出した。


「すみません、コカトリスの買取金額っていくらか分かりますか?」

「コカトリスですか? そうですねえ……現在の買い取り金額は25万Gとなっております」

「丁度二倍か……」

「はい?」

「いえ、こっちの話です」

「コカトリスはランク【B+】のモンスターですが、石化の危険性を考慮し、現在はこちらの値段設定になっているようです」


 受付にお礼を言って、俺はそのままギルドを出た。


 平和な町並みを背景に路地を歩く。

 冒険者の多さはいつもと変わらない。


「どうしよっかなー……」


 ついこの間まで、毎日ハムラビットを狩る生活だった。

 そうしないと生活できなかったからだ。

 でも今はメリットも発現し、大金も手に入れた。

 もうあの森に行く理由もない。


「やっぱ、この町出よっかなあ」


 ここ数日、そんなことをずっと考えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る