第6話

 騎馬隊の列が馬車の左右を通り抜けていく。

 ラムルドさんは、防壁の関所で馬車を停車させた。


「いやいやー、驚きました。まさかシンク殿があのような魔術をお持ちとは! 天才という奴ですな」


 俺も驚きだ。

 まさか【ファイアボルト】にあんな使い方があったとは。


 マジでここ最近の俺の成長が留まるところを知らない。

 着実に強くなっている、ことだけは確かだ。

 ただ強くなればなるほど、いかに俺が弱かったかということが分かってくる。

 エルマーやリナリーたちが、どれだけ俺の先を走っていたのかが見えてくる。


「道理でみんな、ハムラビットなんて狩らない訳だ……」

「見てくださいシンク殿、積み荷が無傷ですよ!」

「お役に立てて良かったです。これで俺も安心して馬車を降りられます」


 俺の冗談に「どうぞどうぞ」と、ラムルドさんは機嫌良さげに笑った。


「シンク殿、お礼に積み荷の中から一つ、何かプレゼントさせてくださいませんか」

「え、いいんですか?」

「はい。ただし一つですが。私も商人の端くれなものですから、一時の感情でほいほい譲る訳にはいきません。しかしこれでお別れというのも……シンク殿がいなければ積み荷はおろか、今頃馬車も馬も失っていました。今回は質の良い品々が集まっています。何か一つどうぞ」


 馬車の後ろに回ると、ラムルドさんは箱や布袋を開き商品を見せてくれた。


「うわー!」


 よくは分からないが、そこにはギンギンギラギンに光る高価そうな品々が入っていた。


「まるで賊が隠し持っていた宝ですねー」

「面白いたとえですな。略奪品ではありませんよ。ん、これなどはどうでしょう?」


 そう言ってラムルドさんが差し出したのは剣だった。


「火を噴く魔剣です。シンク殿は火属性の魔術を使われるようなので、これなどはピッタリかと」

「あの、実は剣はあまり使えないんです」

「おや、そうでしたか」

「はい。魔術師は刃物を持つなって言われるくらい、思想的に剣を持たないんです。まあ、でも俺はもう冒険者なんで、そういうのはどうでもいいんですけどね」

「なるほど。それでは魔剣は荷が重いでしょうなあ。もっと機能的なものの方がいいでしょう」


 そのとき、ある品に黒い火が灯っているのが見えた。

 いつの間に発動したのか、それは間違いなく【致死眼マグニ・トラウマ】による急所を示す火だった。


 自然に伸びた手が、その「本」を取る。

 パラパラとページを開き中身を見ると、びっしりと文字が書かれていた。

 魔法陣などの挿絵も見られる。

 それより、本に急所なんて概念があるのか?


「おや、それは……見覚えのない品ですなあ」

「何かの本みたいですけど」

「中身は白紙のようですが」

「え……」

「本というよりメモ帳ですな。カバーに高級な皮が使われているようですが、おそらく貴族や王族向けの物でしょう。私はこう言った物は扱いませんが……おそらくどこかで紛れ込んだのでしょう」


 ――白紙?

 どう見ても文字がびしっりと……。

 まさか、ラムルドさんにはこれが見えていないのか?


「あの、良ければこれをいただけませんか?」


 何となく価値のある物に思えた。

 俺に見えてラムルドさんに見えない。

 それを可能とするのは魔法以外に考えられない。


「え、そのような物でいいのですか? それは中でも特に価値の低い物ですが」

「何となく、凄く貴重な物のように思えるんです」

「それがですか?」

「何となくですけど」

「……なるほど。分かりました。では、それはお譲りしましょう。ですがそれでは私の気が収まりません」


 感情で物を譲れないと言っておきながら、ラムルドさんは積み荷を物色する。


「お! これなどはいかがですか?」


 それは携帯型の黒い万年筆だった。

 金の装飾がキラキラしていて高価そうに思える。


「これは【暴飲箱ぼういんばこ】と言いまして、例えばペンの先端でこの魔剣に触れますと――」


 魔剣が万年筆に吸い込まれていった。


「す、吸い込まれた!?」

「物を収納できるのです」

「これがあれば馬車がいらないんじゃ……あれ? でも、じゃあなんでラムルドさんは馬車で積み荷を運ぶんですか? これがあれば馬だけで移動できるんじゃ」

「もちろん私も使っていますよ。ただ同じ【暴飲箱】でも、収納できる量は人によって異なるのです」


 ラムルドさんの胸のポケットに万年筆が見えた。


「ですから入らなかった分を馬車に積んでいるという訳です。商人と馬車はなかなか切り離せません」

「なるほど」

「冒険者は色々と持ち物がかさむでしょう。商人のように、常に馬車を持つという訳にもいかないでしょうし。そんな時、この万年筆は役に立つはずです」


 ラムルドさんは万年筆を手渡してくれた。


「ありがとうございます」

「しかし命と積み荷を守っていただきながら、お礼がペンとメモ帳だけというのも……」

「十分ですよ。乗せていただいた上に、こんな貴重な物まで貰ってしまって。それに、本当に欲しいものは自分の力で手に入れますから」

「……なるほど。流石は冒険者ですな」


 大門はラムルドさんの顔パスで通ることができた。

 門の前で別れたあと、俺は人生初の王都に足を踏み入れる。




 〇




 王都の大通りはとにかく行き交う人で溢れていた。

 店やにわか作りの露店などが至るところにあり、人々は商いに必死だ。

 物を売るのは人間だけじゃない。

 ここセロリン王国は他種族至上主義をうたう国だからか、聖兎飼いのアリスさんみたいにウサギ耳を持つ人や、一目見て人間じゃないと分かるくらいの人もいた。


 なんというか、誰もが忙しない。

 ケイデンスは人の流れがもっとゆっくりだった。

 ここは冒険者と住人の区別さえつかない。

 みんな同じに見えてしまう。


 とりあえず、俺は冒険者ギルドを探した。

 具体的な目的はなく、ただ行ってみたいという好奇心だけで王都入りした訳だが、迷った時はギルドに限る。

 冒険者の集まるところに行けば、必然的に何かきっかけが生まれるだろう――。


「と、来てみたものの……デカいなぁ」


 道行く人に「冒険者ギルドはどこですか?」と場所を訪ね、「本部ならあっちだ」「道なりに行くといい」と、10人中二人が教えてくれた。

 8人は無視、暴言、金銭要求。

 悪徳商人には金のリンゴを買わされそうになった。

 普通のリンゴなら買ってやったのに。


 外観だけでケイデンスのギルドの10倍はありそうだ。

 ある区画が丸ごとギルドになっているようで、曲がり角から次の曲がり角までが、すべてレンガ造りの壁に覆われていた。


 中に入るとエントランスルームだった。高級ホテルのようだ。天井が高く広々としていて人気ひとけがない。静かだ。足音すら響く。

 フロントが三つあり、微笑みを顔に貼りつけた受付嬢が三人立っている。


「すみません、依頼を受けたいんですけど」

「失礼ですが、冒険者カードはお持ちでしょうか?」

「冒険者カード?……」


 そういえば17歳の頃だったか。

 初めてギルドを訪れた際に、そんな物を作ってもらった。

 布袋の中を探っていると、ぐちゃぐちゃに折れ曲がった冒険者カードを見つけた。


「失礼ですが、お客様は【F】ランクの冒険者様でいらっしゃいますね」


 苦笑いなど一切浮かべない受付嬢は、折れたカードを開くなりそう言った。


「そういえば……」


 パーティーを組めなかった俺は、依頼というものを受けたことがない。

 だからカードもこれまで一切使わなかった。

 それでランクは最下位の【F】。


「こちらは冒険者協会本部のフロントとなっておりまして、ご依頼は【S】ランク以上の冒険者様のみとなっております。【A+】以下の受付は、この建物を出ていただきました向かいの建物となっております」

「あ……なるほど……」


 カードを受け取るなり、俺は身をひるがえし足早に建物を出た。

 立ち止まり、顔の熱を覚ます。

 まったく、場違いなところに踏み入ってしまった。


 車道を渡り、向かいに見えた巨大なパブのような建物の扉を開けた。


「冒険者ギルドだ……」


 と、思わず笑みが零れるほどに、見慣れた、飲んだくれたちの溜まり場はあった。

 笑い声に怒鳴り声、鎧の擦れる音やジョッキの触れ合う音が聞こえる。

 ケイデンスのギルドと規模は比較にならないが、それ以外は同じに思えた。


 入り口の傍に、地下へと続く階段があり目に入った。

 暖簾のれんがあり、「ゆ」のマークがある。傍の立て札には「湯愚ド裸汁ゆぐどらしる」と書かれていた。

 長旅でべとべとだ。

 依頼や腹ごしらえも大事だが。


「先に風呂にするか」


 階段を下りた。




 〇




 大浴場は湯気で前が見えないほどだった。

 入り口で女性とすれ違ったが、あの人も冒険者だろうか。

 ケイデンスは女の冒険者が少なかった。


 湯に浸かっていると湯気の先から声をかけられた。


「あんた、見ない顔だねえ」

「……さっき王都に着いたばかりで」


 湯煙の先へ答える。

 湯の波打つを音が聞こえた。湯煙に大きなシルエットが見えたかと思うと、そこに紫色のカバが立っていた。


「な……」


 カバが胸までバスタオルを巻いている。

 再度湯に浸かりながらぬーっと近づいてきて、俺の目の前に静かな波を立てて座った。


「ん、間抜けな顔してどうしたんだい? 風呂がお気に召さないかい?」

「いえ、全くそんなことは。人間……じゃありませんよね?」

カバカバしい・・・・・・こと聞くねえ。私はエメラルダさ」

「――ギュイーン!」


 湯煙の奥から、急にちっこい影が飛び出してきた。

 と思ったら、それは黄色いアヒルだった。

 浮き輪を装着し、まるで人のように足をバタつかせ泳いでいる。

 色以外はどこにでもいるアヒルだ。


「この子はルビー。で、あんたは?」


 紫のカバに黄色いアヒル――。

 状況整理もつかないまま、真っ白な頭で「シンクです」と俺は答えていた。


「シンクはどこから来たんだい?」

「ケイデンスです」

「そりゃまた随分田舎から来たもんだ」


 どうして王都に来たんだい?――そう訊ねられた辺りで我に返る。

 目的もなく来てしまい、これからの予定に悩んでいたことを話した。腹を満たして依頼でも受けようかと考えていたのだと。

 風呂の効果か、知らない他人に語ることに抵抗はなく、気さくでいられた。


「残念だけど、今は依頼はないよ」

「え」言葉の意味が今一わからなかった。

「この時期はみんなコロシアムに夢中になって、誰も依頼なんか受けたがらないのさ。そのうち依頼自体期間中は受け付けないことになってね」

「あの、コロシアムって何ですか?」


 エメラルダさんは少しだけ目を丸くした。


「あんた、冒険者なのに闘技大会を知らないのかい?」

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