第15話 大講堂の常識

「革命の夜の紅茶は、こんなにも美味しいものか……」


 4、5人掛けのソファーの真ん中で、ヨハネスは優雅に腕と足を広げる。

 俺は言った。


「浮かれるのもいいけど、明日から警戒しないと」


 フィオナは呆れて、隣で溜息をつく。ただそれは全員に言えることだ。

 ヨハネスはかったるそうに「分かってるさ」。


「それにJellyRodジェリーロッドはまだ中途半端だ。容量が増えただけで、あれじゃ前のと変わらない」


「そう、よね……」と声を落とすフィオナ。


「そ、そういう意味じゃないんだ。発想はすごく良かったよ。フィオナがろ過を思いつかなかったら、JellyRodジェリーロッドは絶対作れなかったし」


 ――Rackラックは魔光石だ。


 どこからどう見ても、何度見ても誰もが知る魔光石だから、王子が杖について調べているのだとすれば、それは相当悩むことになるだろう。なにしろ正体はこれまで通り、川の水だからである。

 水の「ろ過」という過程を経た事以外は何も変わらない。


 もちろん王都にも川は流れているけど、その水を凍らせても魔光石にはならない。魔光石を作るには彼女の力が必要だ。


「――ハリス!」と幼い、か細い声が聞こえた。


 噂をすれば部屋の扉が開き、ヒメが入ってきた。浴衣の長い袖をなびかせながらトコトコ走り、ぴょんとソファーに飛び乗って俺とフィオナの間に座った。

 座る時、なぜか正座してしまうのがヒメの癖だ。屋敷に来たばかりの時は椅子の上でも正座をしていた。ただ横になると絶望的にだらける。傍に毛布がある時なんかはミノムシみたいになってしまう。

 それは洞窟のペンションにいた時から変わらないのだろう。ヒメとは脳様のことだ。

 いつまでも語尾に様を付けるのはどうかと思い、見た目が平安のお姫様みたいだったから「脳姫のうひめ」と名付けた。語呂もいい感じだったし。


「どうしたんだヒメ、そんなに慌てて」


 ティムとユリカを思い出す、妹が増えたみたいだ。

 ヒメは扉の方を指さし「カプレとチャウが……」と、少し怯えながら言った。開きっぱなしの扉から、白いおかっぱ頭が団子のように縦に重なって二つ見えていた。


 赤目をしているのがカプレーゼ。子供の落書きみたいな目の描かれたアイマスクで、目を隠しているのがクラムチャウダー。二人は姉妹で双子、カプレが姉になる。

 二人は何故か服の代わりにバスタオルを巻いている。それが脱げると、初日に浴室で襲われた時みたく狂暴になってしまうのだそうだ。


「なんだ、お風呂か。何ともないよ、行っておいで。背中を流してくれるだけだから」


「私が連れていくわ。ヒメちゃん、一緒に行きましょう」


「う、うん。ありがとう……。二人とも、ヒメを怖がらせないように」


 カプレが不満そうに「怖がらせてないよー」。チャウが「怖くない怖くない……」呪文みたいに言った。

 フィオナがヒメを連れて部屋を出ていくと、扉が閉まり二人も見えなくなった。


「賑やかな家だね、ここは」


「ヨハネスの家は違うの?」


 ヨハネスのお父上はティンダー公という由緒ある公爵だ。聞くところによると家も立派らしい。父にアドヴァンス公を持つダンと、どちらが立派なのだろうか。


「父と母の三人暮らしだからね、今は静かだよ」


「今は?」


「昔は兄がいたんだ。でも歳が離れていてね。兄はティンダー家を離れ、国の仕事についているらしい」


 地方にいることくらいしか知らされていないのだという。ヨハネスは物悲しそうに話した。


 ふとペンを走らせる音がして、テーブルのダンの方に目がいった。


「……ダン、何してるの?」


 ダンが必死になって、紙に何か書き込んでいる。かなり集中しているのか、ダンは俺の声に気付かない。

 ヨハネスが「ダン」と少し大きめに呼ぶと、急にペンが止まり、「……え?」と真っ青な顔が振り向いた。


「そんなに必死なってどうした、一体何を書いているんだい?」


 ヨハネスの目から見ても、それは少し異様に見えたのだろう。


「何って……」そう呟きながら、まるで自分が書いていたものが分からないみたいに紙を確かめるダン。しばらく無言が続いた。


 結論から言うと、ダンは怖かったらしい。


「二人は平気なの、王族が殺しにくるかもしれないんだよ。暗殺者を送り込んでくるかも、エンリケ王子ならやりかねないよ」


 ダンは心細くなると、紙に何か書きこむ癖があるのだとか。それで不安もある程度解消されるらしい。


「達筆じゃないか」


 ヨハネスに字を褒められ、「ありがとう……」と嬉しくもないようにダンは言った。

 紙に書かれたものを見て、俺はすぐに不思議に思った。それが意味なく書かれたものじゃなく、物語のように思えたからだ。

 まるで一枚の紙の上に、関係性のない数多の物語の一場面が切り出されているかのようだった。


「ダン、確か読解力は苦手とか言ってなかった?」


「うん。苦手だよ」


「でもこれ、物語だよねえ?」


「え、物語?」


 ダン自身には自覚がなかった。でも、それは紛れもなく物語だった。

 間が抜けている。書いてある場所もばらばら。でもパズルのピースを合わせるみたいに繋げて読むと、ストーリーが見えてきた。


「ダン……これ、物語用の紙にまとめた方がいいよ。きっといい物語になる!」


「な、何を言ってるんだよハリス。そんなこと、僕にできる訳ないよ」


「見てよヨハネス。これ、物語になってるよ!」


 俺は嬉しくなっていた。ダンに物語を書く才能があるなんて知らなかった。


「うん……うん……本当だ。ダン、これ自分で考えて書いたのかい?」


「わ、分かんないよそんなの。ほんとに物語になってるの、僕をからかってるんじゃなくて?」


 ダンは少々重症だった。過少評価が過ぎる、でもそのうち分かるだろう。


「ダン、実は書いてもらいたい物語があるだけど――」



 〇



 今でも偶に、シブガキさんの言葉を思い出す。

 帰ってからの数日間は浮足立っていた。地面が遠く感じて、地に足がついていないような感覚が日常的にあった。

 それもいつしか慣れたのか、消えたのか、感じなくなると、無意識に息を吸うような、元の日々に戻っていた。


 今に至るまで王都には緊迫した空気が流れている。

 誰が口走ったのか10月の事。少なくとも防壁の内側で暮らす人たちの間で、南での一件が噂となり広まった。すぐに町の掲示板にキングズヘッドでの情報が公開された。民に王都から出ていかれては困るんだろう、王族も。

 俺たちへの影響といえば、学校が休校になっていることくらいだろうか。

 JellyRodジェリーロッドを売り出した12月初頭から日々が過ぎ、月の末にようやく久しぶりの登校があった。


 大学の階段教室にも似た講堂に集められた生徒の数は少ない。俺たちのクラスも全員は集まらなかった。

 それぞれ事情があって、生徒の中には防壁の外から通っている者もいる。そういう生徒のほとんどが、裕福な家庭から順に東へ避難しているのだとか。

 ヨハネス、ダン、フィオナ――三人とは今も屋敷で一緒だから新鮮でもない。他の生徒はどうだろうか。

 俺たちは教室の一番後ろ――6年生の席に着いていた。


 生徒たちの私語がちらほらと聞こえる中、一人の風変りな男性が教壇に姿を見せた。青いローブを着ている、高身長な澄んだ雰囲気だ。

 その人に続き、薄茶色の大人しいローブを着た年寄りの列が部屋に入ってくる。

 男性は教壇から、冷たさすら感じるその低いまぶたで生徒たちを見渡し、


「生徒のみなさん、おはようございます。私は魔術師評議会、評議員――ロイ・マラフーテです」


 一層、講堂内はざわついた。


「誰だよ、マラフーテって」


 思わずそう口走った。「マラフーテ卿を知らないのかい?」とヨハネスが俺に驚いた。二人もだ。どうやら知らないのは俺だけらしい。


 マラフーテ卿の怪しげな――妖艶というのだろうか――雰囲気に、女生徒から黄色い声援が飛ぶ。確かにイケメンではある。でもあの目つきはヤバイだろう。目が小さいとか細いとかじゃなくて、瞼が低い。透明感のある肌は何とも言えない、不気味で中性的だ。まるで妖怪が化けたような。


「こちらにおられますのは各地の老師様方です。今日はみなさんの授業を参観すべく参られました」


 マラフーテ卿が「老師様についてはお分かりですね?」と付け加えるも、俺にはさっぱり分からない。

 そういえば、シブガキさんがあのとき忍者にそう呼ばれていた気がする。

 三人に聞くつもりで「老師?」と口に出した瞬間、二つの低い瞼が俺をすうっと見た。瞼の奥に、まるで青と紫で濁る水晶のような瞳が見えた。教室の端と端という距離なのに、やけに近く感じる。

 不気味なほどに優し気な笑みで、俺に答えるように「老師とは――」と続けた。


「ハリスったら」


 フィオナの不満げな囁きに振り向くと、三人が冗談交じりに睨んでいた。「ごめん」と苦笑いをしておいた。


「魔術師であれ魔法師であれ、どんな偉大な魔法使いもいずれは引退の日がやってきます。浜辺のペンションが恋しくなるからです」


 なんだ今の、どういう意味だ……。

 老師たちが笑っている、愉快そうに。なにか嫌な感じがした。


「冗談はさておき。一定の年齢を経た魔法使いのほとんどは資格をエルゴノイツに返上し、引き換えに王より老師の称号を与えられます」


 それまでの功績に見合った報酬と、老師によっては土地も与えられ余生を穏やかに暮らす。あの老人たちはそれぞれ名のある魔術師だった人たちらしい。


「流石に魔法師はいないだろう」ヨハネスが小声で言った。


「参観については毎年のことです。しかしなぜこの時期なのか、それについては疑問に思われていることでしょう。本来これは6年生に合わせ、年明けに行うのが通例です」


 マラフーテ卿がコートの内側から杖を取り出した。JellyRodジェリーロッドだ。ダークブラウンの色味と持ち手の波のような模様が特徴的で、遠目でも分かる。

 黒板へチョークのように杖を添え、指揮棒でも振るうかのようにすらすらと、何かをき始めた。すぐに、それがえがいているのだと分かった。

 

「これが現在のエルゴノイツです」――それは地図だった。


 マラフーテ卿は説明した。

 エルゴノイツは東西より二つの土地に挟まれている。

 東はこの俺――ハリスが生まれ育った東外区だ。これは通称「見えない壁」という魔力障壁により隔たれていて誰も越えることができない。

 そしてこの見えない壁が、エルゴノイツにはもう一つある。


「西は現在、飛来人たちの支配下にあります。彼らの王が統治を始めて6年。西はそれ以前、エルゴノイツの領土だったのです。その地にはかつて、王都がありました。現在の王都は、奪われた都の代替品のようなものです」


 老師たちがひそひそとざわついた。代替品という言い回しが不謹慎だとか何とか……。


「かつて飛来人とエルゴノイツは友好関係にありました。しかし、彼らはエルゴノイツを裏切り、我々の文明を狙って領土の侵略を目論んだのです。エルゴノイツは西方を切り離すように魔力障壁を築きました。そして当時、第二都市だったこの場所を新たな王都とし現在に至る、という訳です」


 飛来人は西の土地からこちら側に来られないと言って、地図上の南を杖で示した。


「しかし先日、南の海岸沿いに飛来人が現れました。現場に派遣されている魔法使いの情報によれば、彼らは大きな船のような物に乗って海を渡り、キングズヘッドの浜に上陸したそうです。エルゴノイツはこれを黒船と名付け――」


 まるでペリー来航だ。思わず「ぷっ」と吹いてしまった。


「何がおかしいんだい?」呆れ気味のヨハネス。フィオナは不思議そうに口元を緩ませた。


「やめてよ、全然笑うところじゃないよ」怯えるダン。


「ごめんごめん」


 話を要約すると、西の海岸沿いから海を渡り上陸してきた飛来人は、それだけ文明が発達していて脅威である、ということだ。


「よって本日から数日間参観を実施し、老師様方にみなさんの素質を見極めていただきます」


 参観は全学年行い、数日かけるらしい。飛び級制度を導入し、優秀な生徒は中等部や高等部にどんどん進学させるということだった。


「これってなんか怖くない?」ダンが心細そうに言った。


 確かに怖いことだと思う。飛来人という脅威を想定しての制度導入だ。

 つまり戦力的利用価値の有無に沿って選別して、教育環境の質を優秀な子供で底上げするつもりなんだ。

 初等部での魔法科目の導入が、ついこのあいだ始まったばかりなのに。


「なんだか僕には将来の兵士を作る前準備に思えるんだ。魔法使いのすべを詰め込んで、飛来人に対抗できる魔法使いを育てるつもりなんじゃないかって。ただでさえエルゴノイツは魔法使いの育成問題で悩んでいるって聞くし……強引だよ」


「でも飛来人との戦いが始まったとして、戦うか逃げるか選べるなら別に進級も悪くない、とは思わないかい?」


「ヨハネスくん、意外と能天気なことを言うんだね」


「そうかい?」

 

 二人の会話を聞きながら、俺は別のことを考えていた。

 それよりも気がかりなことがある。


 シブガキさんはラッセンがかつて西に住んでいたと言った。おそらく、ラッセンの言っていた妻と娘を殺した「奴ら」とは――飛来人のことだろう。

 そこで気になるのは、ラッセンがジェラルドさんを「裏切者」と呼んだことだ。これが事実なら、ジェラルドさんが飛来人側の人間である可能性がある。

 だとすると、なぜジェラルドさんはエルゴノイツを裏切ったのか。そして何故、東外区で俺たちのような孤児を育てていたのか……。

 知りたいことは山ほどある。物語が手元にないのに水が使えることもそうだし、王都に来て三カ月が過ぎようとしているのに、ルナエナさんが来ないこともそうだ。4人は今頃、どこでどうしているんだろうか、無事だといいけど……。

 ジェンキンス公もいなくなったままだ、ハルネさんは知らないとしか言わない。


「――少し騒がしくなってきましたね」


 マラフーテ卿のわざとらしい咳払いが聞こえた。ヨハネスとダンの会話がぴたっと止む。二人は恐る恐る教壇の方へ首を向けた。

 低い瞼の奥から、濁る水晶が凝視していた。


「丁度いい。ご紹介しましょう、老師様方。彼らが魔光石の熔解に続き、先日、このJellyRodジェリーロッドを発明した4人です」


 老師一同は「おお~」と合唱みたいに声をそろえた。


「階段側の少年がジェンキンス公のご子息――魔光石の熔解を発見した、ハリス殿です」


 好奇心に満ちた老眼が、一斉に俺たちを見た。「なんと!」「それはそれは!」「興味深い!」――老師様たちは似たような曖昧な感想を口々に述べた。

 講堂に集まる生徒たちも振り返り――ひそひそ、にやにや――思い思いに聞こえない感想を押し付けてくる。ちらほら悪意っぽい視線や表情も見える、意味が分からない。


「線の魔法使いの再来、神童――ちまたではそう呼ばれることも少なくないと聞きます」


「なんだよそれ……。というか線の魔法使いって何?」


「また知らないのかい、ハリス。君ってやつは」


 ヨハネスが教えてくれた。


「速記術を考案した賢人――ジェラルド・オスメントのことじゃないのかい」


「え……」


 ――ジェラルドさん?


「でも今は大罪人だけどね」


「罪人?」


 マラフーテ卿は両手を広げ、まるで大げさな口調で、


「さらにお父上のジェンキンス公はエンリケ王子のご友人でもあります。現在は罪人として有名な線の魔法使いジェラルド・オスメントを含め、三人は学生当時友人同士であり、優等生三兄弟トリオの愛称で呼ばれ、それはそれは注目を集められていました。王都がまだ西にあった頃の話ですが」


「ハリス、そうだったの?」とフィオナ。


「初めて聞いたよ」


 三人にとっても、それは馴染みのない話だったらしい。ヨハネスも知らないし古い話なのか。


「皆さんにとっても良い刺激となるでしょう。是非、お答えいただきたい」


 マラフーテ卿は「ハリス殿」と名指しして言った。


「――魔法使いとは何でしょう、魔法は、今後どうなあるべきなのでしょうか?」


 黙るしかない。

 とりあえず、ゆっくりと席を立った。


 俺だけが感じ得る張り詰めた静寂。何百という視線、苦笑いすら許されないような空気感。自分の顔が熱くなっていくのが分かる。

 隣を見ると三人は置物みたいに静かになっていた。一番助けてほしい時にこれだ。

 考えている間にも違和感を与える間が生まれ、「そうですねぇ……」と誤魔化してみたりした。


「少し質問が難しかったでしょうか。ではもう少し具体的にしましょう。ハリス殿、魔法使いにとっての戦闘とはどのようなものでしょうか。これは6年生にとっては特に重要なことです。何故なら中等部では、この問に3年かけるからです」


「戦闘ですか……」


「初等部の生徒には難しいでしょう、何しろ魔法科目が導入されたのはつい最近のこと。それに、導入後も戦闘については一切教えていないということですから」


 ヨハネスがダンに小声で言った――こんなの俺たちに分かる訳ない、公開処刑みたいなものだと。フィオナは同情的な、心配そうな目で俺を見上げる。

 ただシブガキさんの魔法を見た俺には、答えられないものでもなかった。


「戦闘とはつまり……一対一を想定してのことでしょうか。味方がいる状態と、そうでない場合では、対応の方法が変わってきます」


「一対一です」


 マラフーテ卿が目を見開いて言った。あの低い瞼が開いている。


 守られながら詠唱するのが魔法使いの一般的な戦い方だ。それはヨハネスのお父上でさえそうなのだから間違ってない。常識としてある考え方なんだろう。

 その見開いた視線は、まるでよくそこに気付いたとでも言うかのようだ。当然だ。戦闘の一切を教わらない状態で、こんなこと知っているはずがない。多分、中等部でも特に教わらないんだろう。そもそも魔法使いは近接戦闘を想定しないから。

 深呼吸し、答えた。


「一対一の場合、魔法は役に立ちません」


「……なるほど」


 マラフーテ卿が小さく笑った。老師たちが神妙な表情でこちらを見ている。


「戦闘では一秒以下の間に生死を競います。一瞬か二瞬ということも……。現代の魔法は朗読と筆記といった過程を必要としますが、どれだけ読解力のある魔法使いであれ、どちらを選んでも物語を再現するまでに相応の時間がかかってしまい、素早く再現することはできません」


「だから戦闘において魔法は役に立たないと?」


「一対一を想定するなら、魔法よりもまず体術を学ぶべきです」


「なるほど。確かにハリス殿の考えは間違っていないかもしれません。しかし一般的に、魔法使いは守られた状態で魔法を使います。もしくは身を隠すかです。ハリス殿のそれは、非常に特殊な戦闘方法です。魔法使いは近接戦闘を想定しません」


「お言葉ですが、それはなぜでしょうか?」


 講堂が張り詰めた。振り向く生徒たちも息を飲むように、空気の変化に気付き始める。

 でも俺にはさっきよりも心地いい。


「なぜ、とは、どういう意味でしょうか。それは、ここにいる老師様方の時代からある共通認識だからです。魔法使いは雑多な一般兵よりも貴重だからです。何よりも失う訳にはいかないからです。魔法使いが死ねば、エルゴノイツは滅びます」


 胸のざわつきを感じながら、出過ぎた言葉だと思いながらも俺は言った。


「魔法は一撃必殺の、出せば必ず勝てるような物ではないと思いますが?」


「ハリス殿、私はそこまでは聞いていないのですよ。理解していますか、あなたが言ったそれは、つまりエルゴノイツの戦い方ではないのです」


「……エルゴノイツの戦い方、ですか?」


 なんだそれ。


「それは飛来人の戦い方です。もしくは南のヒューブリッツが得意としていたものでもあります」


 あれ……なんか、会話がおかしくないか。


「待ってください、別に僕はそんな風に言って――」


「しかし現在、ヒューブリッツを含めキングズヘッドの民には、飛来人の上陸に加担した疑いがかけられています」


 熟練の魔法使いほど、シブガキさんみたいに一対一の対人戦を想定した訓練をするんだと思ってた。それが上級者の戦い方なんだと……。


 違った。そうじゃなかった。シブガキさんは特殊だったんだ。


 あの瞼の見開きや笑みは、全然違う意味合いだった。逆だった。教養のない、世間知らずな恥ずかしい子供だとでも思ったんだろうか、多分そんなところだろう。

 でも、あそこにいる老師の誰一人、一対一の練習をしてこなかったていうのか。あれだけ歳を取っていて一度も考えなかったっていうのか。


「ハリス殿、今のような発言は控えた方がいい。王都には教皇派の人間もいます。彼らにとって物語や魔法は崇高なものなのです。役に立たないなど……。質問は以上とします」


 知らないことが多過ぎる。この国の風習や文化が分からない。卓越していると思っていた自分の中の何かが、徐々に遠ざかっていく感じがした。

 見えるものに忠実に……シブガキさん、それってどういう意味ですか?


 多数あった憧れの視線は嫌悪感を濁す半笑いに変わっていた。最初から悪意を持っていた生徒の瞳は気味悪く、せせら笑う。不快感ばかりが目立つ。

 顔を伏せた方が視線を感じる、だけど上げることができなかった。恐ろしい無機質な目という目が見ている。人の形状を失った目の化け物たちがニタニタしている。見るという行為そのものが即凶器になって刺さるみたいだ。

 テーブルの上で視点は散漫する。

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