第14話 JellyRod

「いらっしゃいませ、ラッピングはご希望ですか?」


 9月半ばに王都入りし、3人と出会い、10月の頭に初めての杖を作った。その月、王都の魔法使いたちが姿を変えた。ここまでおよそ一カ月ほどの出来事だ。

 10月下旬の修学旅行で、キングズヘッドに行った。たった二日間のことだった。飛来人という名前を知り、エルゴノイツの状況を知り、魔光石の由来を知った。

 シブガキさんの最後の言葉が、今も強く残ってる。

 もう、立ち止まっている暇はない。


 それから一カ月を経た12月上旬。

 俺たちは最新式の杖――JellyRodジェリーロッドの販売を開始した。


 発売日、店は大繁盛。表にはちょっとした行列ができていた。店内は人で満杯だ。

 フィオナとヨハネスはレジ担当、ダンは裏からレジへ在庫を運ぶ。

 俺は店内での商品説明だ。木箱を壇上替わりにして、


JellyRodジェリーロッドはこれまでにない、革新的な杖となります!」

 

 胸を張り、声高らかに言った。

 集まったお客の中の一人が「一体何が革新的なのですか?」と問う。仕込んでおいたサクラだ。練習通りに俺は答える。


「よくぞ聞いてくださいました。ずばり、この杖には“Rackラック”が3つ、備わっているのです!」


 聞き慣れないその言葉に、お客がざわついた。店外の列の先頭に近いお客も聞き耳を立て、覗いている。

 そこで、このJellyRodジェリーロッドの核となる新機能の説明に入る。


「説明しましょう。Rackラックとは僕たちが命名しました、JellyRodジェリーロッドにのみ搭載されています物語の収納スペースのことです。Rackラック一つにつき物語を一冊、杖の中に収納することができるのです!」


「待ってください。ということはつまり、JellyRodジェリーロッドには物語が3冊入るということですか?」


「その通りです! この分厚いハードカバーの本3冊が、するりするりと入っていきます。実演してみせましょう!」


 俺は杖と本を持ち「皆さんご一緒に、ひと~つ!」本を杖に吸い込ませた。するとお客から「ひと~つ!」と軽快なレスポンスが返ってきた。ここまでは従来の同じだ、まだ誰も驚かない。

 木箱の傍で待機しているダンから本を受け取った。


「では、ふた~つ!」


 二冊目が杖に入った瞬間、一瞬かニ瞬の静寂があった。「うおおおおお!」と店がお客の声で振動した。レジのお客も会計そっちのけで、俺の右手の杖に見入っている。最後の本をダンから受け取り、


「――み~っつ!」


 最後は全員で声をそろえた。

 称賛の歓声、感動の嵐。お客の中には感激から涙を流す人もいて、隣の人がもらい泣きするとそれは集団催眠のように広がった。

 平民街のこじんまりとした店内が今、世界の中心と化している。

 涙ぐむダン、気取った笑みのヨハネス、素直な笑みのフィオナ。俺たちは目を合わせ、成功を実感しあった。


「色はダークブラウン一色のみとなっております。在庫は沢山ありますので、どうか慌てないでください」


 興奮気味のお客をなだめる。フリをして。油に少々、水を注ぐ。


「ですが本製品――JellyRodジェリーロッドは、現在特許未申請のため、今後王族より何らかの圧力がかかるかもしれません。場合によっては販売を一度中止する可能性もありますので、お求めの方はお早目にご購入ください!」


 今日という日に買わなければ――。

 お客たちの興奮はさらに高まり、欲しい欲しいと魔法使いは集まった。昼から始めて、店の前の行列は夕方まで続いた。


 あとは王族側がどう出てくるかだ。杖の噂は広まり、じきにJellyRodジェリーロッドは王族側にサンプルとしてわたるだろう。

 でも俺たちは気にしない。そう覚悟したから。

 Rackラックの秘密を暴けるなら暴けばいい。これは実験だ。エルゴノイツの出方次第で、この国の魔法産業レベルが分かる。そして俺たちが今どの位置にいるのかも。


 俺の予想では、仮にこの問題をあの王子が担当するなら――いや、絶対に王子は関わる。これは特許庁の問題だ。なら王子の問題でもある。そして未申請は反抗心によるものだと王子は理解する――まず始めに国にいる優秀な発明家を集めさせ、杖を調べさせるだろう。

 王子は前回魔法や杖に詳しい様子だったし、あの時でさえ杖に目を光らせていた。補佐官に投げやりなんてことにはならないはずだ。

 俺たちは次の発明の話でもしながら待っていればいい。拉致とか暴力的な手段をとられると怖いから、とりあえず今日からしばらく、三人はジェンキンス公の屋敷に泊まる。


 発売日初日。用意していた在庫は完売した。



 〇



 私は王子である。名前ならある、エンリケだ。


 父上に初めてこの広間に連れてこられた時、私は感動し目を奪われた。部屋の左右と玉座の後ろに見える彩色のステンドグラスと、そこから差し込む宝石で彩ったような日光。その感覚は春であった。

 いずれここが、私のものとなるのだ。息をのんだ。


 しかし季節は葉を枯らす。今では何よりも退屈だ、この椅子に座っている時間が。暇つぶしと言えば、補佐官との雑談くらいだろうか。


「南の様子はどうなっている?」


「はい、壁も安定しているということですので、南から攻め込まれる可能性はないかと」


「そうか。評議会からも何人か送ったのであろう、まだ帰ってきていないと聞いたが?」


「偵察隊からの報告によりますと、評議員に殉職者が出たという話でして」


「なぜすぐに言わない?」


 場違いに冷静な声だったに違いない。関心がなく、とっさに張った声が出なかった。だが補佐官は静かな怒りとでも解釈したことだろう。

 この場を父に与えられてしばらくは、無駄に威張りもした。「大臣切り」と命名して、ずばずば失脚させた。が、それも今では懐かしい。


「不確定要素の多い情報でしたので。申し訳ありません」


「そうか……分かった。よい」


 補佐官は頭を下げ、袖に下がった。


「――殿下!」


 騒々しい声が聞こえ、額に汗をたぎらせた衛兵がずけずけと広間に入ってきた。

 何事かと問うと、衛兵の手に見知った形の杖があった。


「急ぎお渡しするようにと、伝令よりこれを預かってまいりました」


 いつものように補佐官が受け取り、補佐官から私はそれを受け取った。

 詳細を私や補佐官が問う前に衛兵は言った。


「ハリス・ジェンキンスの新作だということです。名をJellyRodジェリーロッドと、呼ぶのだとか……」


「下がれ」


 歯切れの悪い衛兵を下がらせながら、私は手元のそれへ集中した。


 それは杖であった。森の木々の側面のように、あるいは土のように、濃い茶色をしている。前回に見たものと色を除けば代わり映えのしない杖だ。石の熔解を公開して以降、巷に小型化された数々の杖が出回っていると聞く。中には珍妙な形をした物もあるのだとか。

 その点、ハリス・ジェンキンスが初めに考案した杖は、見た目にしろ中身にしろ、実に単純な作りをしていた。今私が手にしている杖は、一見してあれと同じに見える。


「殿下。申し訳ありません」


 顔を上げると、今下がらせたばかりの衛兵がまた広間にいた。


「その杖ですが、物語が3つ入るそうです――」


 そう言って頭をぺこぺこしながら、申し訳なさそうにして勝手に下がった。


「……無礼な奴だ」


 ――いや、待て。そんなことはどうでもいい。

 今あの衛兵は何と言った。3つと、そう言ったのか。傍の補佐官が「殿下」と慌てた様子で私を呼んだ。


「分かっておる、さっさと物語を持ってこい!」


 すぐに本を取りに行かせた。

 そして適当な物語を受け取り、私は、「ひと~つ……ふた~つ……み~っつ」と確かめた。


「何と、いうことだ……」


 杖を持つ手が震えた。確かに、杖には本が三冊収納できた。

 言葉を失うとはまさにこのこと。一体どのようにして、そんなものを作ったのだ。

 これまで、魔光石はどのような加工を施そうとも複数冊は受け入れなかった。

 何度かあったのだ、物が石なら純度を高めてはどうかと議論したことが。しかし何度、どんな名工が打てど、石は同じ石のまま、純度は変わらなかった。

 魔光石の熔解、杖の小型化に続き……。


「国中の発明家たちをここへ揃えよ、今すぐにだ!」

 

 分かっている……分かっているぞ、ハリス・ジェンキンス。

 そなたは特許申請もせず杖を売り出した。発明の仕組みを公表する気がないということだ。前回の一件に相当苛立っていることが分かる。

 だが杖は、じきに王都中の発明家たちの手に届くことだろう。そして躍起になる。仕組みを解明した者はお前に代わって、、、、、権利を独占すべく特許庁に現れる。

 だが貴様はこのように言いたいのだ――誰がどうしようとも核を暴くことはできない。

 当然、私の元に杖が届くことも分かっていたはずだ。

 私にさえ解明できないと、そう言いたいのか……。


「愚弄しよって」


 つまりこれは挑戦状だ。謀反だ。反逆だ。

 であれば貴様のことだ、一分の隙もないのであろう。分かる、分かるぞ貴様の愚劣な考えが。


「……策に溺れてやろうではないか」


「殿下、工業区にあるという平民の店を調べさせますか?」


「……よい」平静を装い。「発明家が先だ。名のある者を集めよ」いつものように静かに答えた。


「ですがこれはエルゴノイツに対する……」


「分かっておる。そう興奮するな、子供と戯れるだけのことだ。退屈しのぎに解き明かしてみせようではないか」


 威厳を失った瞬間、王族の血は水となる。父上がそう言っていた。舐められてはいけない。それが数えで12歳の小童であろうと……。

 いいや、ただの子供でないことは明らかだ。ジェラルドの再来か。奴が速記術を公開したのが6歳の頃だったな。

 王族に盾突くとは。まさか、あの老人とグルであったのではないだろうなあ、ハリス・ジェンキンス。しかし殺してしまうには惜しい。いずれにしろエルゴノイツには時間がない。残念なことに、我が国にはそなたのような神童が必要だ。

 手名付けた暁には「線の魔法師」の再来とでも謳い、存分に利用してやろう。




 翌週、私は集めた発明家や職人たちで研究チームを組織し、JellyRodジェリーロッドの研究、解明を始めた。

 Rackラックと呼ばれる見た目魔光石のそれが中枢であると早々に判明した。南の言葉ではこれを「波に乗る」というらしい。研究は順調であった。だがその月、私は研究チームを解散した。


 私はついに、奴の核を暴くことができなかった。

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