第9話 ハリスのおかげ

 一カ月もすれば、当然のように町で魔法使いを見るようになった。

 いや、これまでも魔法使いの姿は見ていたんだろう。


 この言い方は皮肉めいているかもしれない。


 結論から言って、魔法使いはあの従来の杖に不満を持っていたんだ。

 デカくて重たいだけということに気付いていたかは兎も角として、持ち運びが面倒で携帯しづらいということには気づいていた。

 もっと洞察力の乏しい奴らかと思っていた。

 それは俺が悪かった。


 なぜそう言えるのかは今の町を見れば分かる。


 魔法使いたちは以前まで家と職場にそれぞれ杖を用意していた。

 中等部以上の学生は学校が用意する杖を使っていた。

 だから出勤時、登校時、杖を持ち歩ている者はいなかった。

 通りで杖を持ち歩いている人の姿はほとんど見なかった。

 だから誰が魔法使いで、そうでないのか分からなかった。

 それが今ではこれだ。


 魔法使いたちにとって杖は今やアクセサリーだ、ファッションだ、ステータスだ。

 小さく軽い、見た目のおしゃれな杖ほどステータスになる。

 俺が魔法使いをけなすのは、こいつらが俺の想像をこえるほどに浅い知能と感受性しか持ち合わせていなかったからだ。

 魔法という素晴らしいものが身近にあるのに、なんでこいつらは……。


 色んな店が色んな形の杖を販売するせいで、魔法使いたちは――特に若者――より見た目の凝った杖の収集に追われている。

 王都の経済は回る。ただし魔法使いたちの思考は停止している。

 一番病のこいつらは杖の見た目ばかりで競い合い、魔法のことなんか忘れてるんだ。


「これもハリスたちのおかげね」


 大通りの賑わいに微笑みながら、シンシア姉は沈んだ表情の俺を励まそうとする。


「フィオナのおかげさ。彼女がいなかったら実際には気づけなかった」


 違うんだ。違うんだよシンシア姉……。

 これは革命でもなんでもない、退化なんだ。

 読解力がどうとか言っていた以前の方がまだマシだった。


「ハリス様ではありませんか、それにシンシア様。今日は中央区でお買い物ですか」


 気付けば特許庁――パテントの前にいた。

 ジェンキンス公の隠し子が魔光石の熔解を発見したことは世間では有名だ。

 実際はフィオナなのに、誰かが平民に功績を与えたがらない。

 大方、あの王子だろう。


 パテントの中は外からでも分かるほど人で溢れていた。

 連日、発明家たちがアイデアを持ち込んでいるらしい。

 どうせ変な形をした杖ばかりだろうが。


「あれ、シブガキさんは今日はお休みですか?」


「ああ、シブガキさんは連日の激務に耐えきれず……今は療養中なんですよ」


「そうなんですか……」


 これも俺が招いたことなのだろうか。

 革命の片隅では無関係な人が死ぬと誰かが言っていた気がする、これは革命じゃないけど。

 でもシブガキさんは現場にいたんだから、そこは目を瞑ってほしい。

 そうすれば療養期間も短くて済む……ずっと安らかに眠れるはずだ。



 〇



 店の扉を開けると接客中のフィオナの姿があった。

 カウンターで商品の入った紙袋を受け取った女性は幸せそうな笑みで「ありがとう」と店を後にする。


 店の売り上げはこの一カ月で大幅に伸びたらしい。

 以前は修理屋だったけど今は杖を売っている。特許申請したあの杖だ。


 デザインしたのは俺だ、熔解の提案をしたのも俺。

 でも設計はフィオナだ。

 ドラムスティックのように先端にいくほど持ち手より細くなるデザインや、中の空洞を魔光石にする発想はフィオナのものだ。

 だから販売する権利はフィオナに譲った。


 店の奥から馴染みのある二人の声がした。

 ヨハネスのものだろう、


「――意外と打たれ弱かったんだな」


 という言葉に、


「誰が打たれ弱いって?」


 冗談のつもりで会話で入ると、居間がしんと静かになった。

 どうやら俺の話だったらしい。


 ヨハネスは一拍して、


「ハリス、数日ぶりじゃないか」


 ダンは引き攣りそうな笑みで、


「驚かさないでよ、ハリス」


 室内の空気は、二人の引き攣った表情と同じ。

 シンシア姉が近況を話し、徐々に場の空気を和ませてくれた。


「はいハリス」


 フィオナからチョコレートミルクを受け取り少し口にして、くつろぐふりをした。


 ハリスのおかげで店は大繁盛――。

 連日、杖を求めて店に客がやって来る。

 特に魔光石の熔解を発見した第一人者の杖ということもあり、売れ行きは他店と比べても引けを取らないほどだ。

 ただハリス・ジェンキンスの杖ではなく、あくまでフィオナの杖だから、情報を知り得た限られた魔法使いばかりが訪れる。


 王都の魔法使いたちの様子も一変した。

 杖は初等部以下の生徒たちにとっても馴染みの深いものとなった。これまで興味を示さなかった彼らは中等部の生徒たちを見て欲しくなり、親にねだる。

 魔法に興味を持ったかどうかは、また別の話だ。

 町には、様々な形の杖をぶら下げた児童の姿を見ることができる。


 最近、初等部において安全性に関する議論がなされたとか。

 これまで初等部は生徒への魔法の授業を禁じていた。

 ただ今となっては反って生徒たちの身を危険に晒すという意見があり、近々初等部でも魔法の授業が導入されるらしい。


「それもこれも、みんなハリスのおかげさ!」とヨハネス。


 あれから俺は考案というものに触れていない。

 それはごく自然な反動だった。

 ただどうも周囲はそれを異変と受け取ったらしい。

 今ではヨハネスに気を遣われる始末。彼はフィオナとも普通に話すようになり、俺が気を遣うことは一切なくなった。

 厳格な貴族主義者はどこへやら……。


 毎日放課後に店に集まり、3人は次の発明について議論する。

 居間には3人が悩んだ一カ月分の痕跡があった――隅のテーブルに図面や何かが書かれた紙が、乱雑に重なり散らばっている。


「ハリス、そろそろ君も何か考えを言ってみないかい?」


 魔光石を熔かす前に、王都の魔法使いたちの脳が溶けていたことに気付くべきだった

 そう言いそうになって抑えた。


「考え……」


 やる気のない返答が癖になってしまった。

 考えならもちろんある。

 熔解や軽い杖なんていうのは極めて手短な……些細なことでしかない。

 やる気が出ない理由は、あの王子だ。

 城に出向いての許諾申請はシブガキさんの厚意だった。普通は紙を送って数日後の返事で結果が分かるといった段取りらしい。


 それでもダメだったんだ。

 直接会って、話して、それでもダメだった。


「次の案もどうせ国が持っていっちゃうんだろうな」


 室内がしんとした。

 そんなこと言いたい訳じゃないけど、現実を見てしまったから。


「そんなことより、近々修学旅行があるんじゃなかった?」


 シンシア姉が上手い具合に話題を変えた。

 ヨハネスが話に乗って、


「フィオナ、編入の手続きはもう済んだのかい?」


 フィオナは来週から俺たちと同じ初等部へ通うことになっている。

 工業校は従来の杖の仕組みについて勉強する環境で、もう彼女には必要ない。

 当面の学費を賄えるだけのお金はこの一カ月で稼いだそうだ。

 それでもおつりがくるほどらしく、フィオナは有り余る財力を築いていた。

 残りは生活と今後の発明に当てるつもりだそうだ。


「魔法科目の導入に先駆けて、修学旅行で詰め込み授業を行うらしいんだ」


 どこで知ったのかダンが言った。


「平民が通っちゃダメなんて規則もない訳だし。この機会にみんなで物語も魔法も学んじゃおうよ」


 ダンの父親はアドヴァンス公といって、ジェンキンス公に並ぶ王都でも有名な貴族だったらしい。

 話を聞くと、ダンが自信をなくしたのは初等部に入学してからだそうだ。

 でも俺に出会ってから考え方が少し変わったと、世辞なのか何なのか、そんなことを言ってきた。

 ダンの根回しで、フィオナは来週俺たちと同じクラスに編入する。


「そうだ、父上に教えてもらったんだが、僕らの修学旅行先がどうも前回までの卒業生が使っていた国の別荘ではないらしい」


 ヨハネスの父親も公爵だ。

 ティンダー公といって、これまたジェンキンス公やダンの父親に並ぶ貴族らしい。

 初対面時から偉そうなのはそのせいだ。


「ハリス、それがどうも君と関係しているらしい」


「僕と?」


 初耳だ、訳がわからない。


 ヨハネスが聞いた話では、今回の修学旅行先は王都から離れた南の地――ヒューブリッツ辺境伯の領地内にあるだそうだ。


「ヒューブリッツ伯?」


「ああ、一カ月前に亡くなられたヒューブリッツ卿のご実家だそうだ」


「……それが、僕と何の関係が?」


「滞在先を提供したいと伯爵本人から申し出があったそうだ。それがハリス、実は君に会うためだとか」


「僕と会うため、何のために?」


「そこまでは知らない。だけど君が魔光石熔解の第一人者だということは、今やこの国の誰もが知っていることだしね」


「だから?」


 そこでダンが不思議そうに、


「魔光石の採掘場所は代々ヒューブリッツ家のものなんだよ。ハリス、もしかして知らなかった?」


「ヒューブリッツ家のものってどういうこと、だって、あれはエルゴノイツのものだって王子が言ってただろ?」


 ヨハネスとダンは二人で目を合わせ、得意げに呆れた顔をした。


 そういえばシブガキさんが言っていた。

 魔光石はいつも同じ経路から王都に運ばれ、馭者の顔ぶれも同じだと。

 それと何か関係があるのだろうか。


「僕も詳しくは知らないというか、実はそれって国が一番知りたがっていることらしいんだ」


 なんだ、ダンも知らないんじゃないか。

 代わってヨハネスが言った。


「そもそも王都から南方、東外区との国境障壁から西の障壁に至るまで、すべてエルゴノイツの土地だ。だからそこで取れた魔光石は国のものだというのが王族の主張なんだよ」


「……でも国は、石の出所を知らない。そういうこと?」


「以前、国はヒューブリッツ伯の領地内に捜索隊を放ったそうだ。だが採掘場所は見つからなかった」


 辺境伯の土地を侵し、家族を脅かしたエルゴノイツ。

 以来、ヒューブリッツ伯と国の間には亀裂が生まれ、互いに接触することはなくなった。


 伯爵は石の在りかを隠している。

 というのが国の認識であり、世間での一般常識だ。

 伯爵は喋らない。どうにかしたいけど死なれては魔光石が手に入らなくなってしまう。

 ということで、長いあいだ国も手が出せないでいるというのがヨハネスの話だった。


「なるほど。そんな人が滞在先の提供を申し出たのか」


「妙な話ね」


 シンシア姉も納得した。


 興味のない話には交ざろうともしないフィオナ。

 聞いているのかいないのか、彼女はずっと退屈そうにしていた。


 ――翌々週、片道だけで半月ほどかかる旅行は、予定通り決行された。

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