第8話 甘い考え

 大通りはタイルを敷き詰めることで舗装されているけど、これは車輪との相性はいいんだろうか。


 馬車の中には俺を含めて5人の面々があった。

 進行方向を背に右隣りにフィオナ、ハルネさん。

 正面にヨハネス、斜め向かいにダン。


「ジェンキンス公は今日も帰ってこないんですか?」


「分かりません。私は何も知らされていませんので」


「家名を勝手に使って大丈夫ですか?」


「大丈夫でしょう。それに留守の間、家のことは私に一任さていますので」


 馬車は中央区に向かっていた。

 そこに今の俺たちに必要な、ある建物があるからだ。


「ハリス様の口から特許という言葉が飛び出した時は、魔法を見せられた時よりも驚きました。ティンダー公のご子息に、平民の女の子が一人。王都を満喫されていますね」


 フィオナが委縮しように、膝を静かに縮こめた。


「フィオナは平民ですけど、僕よりも物に詳しいんです」


「お気に障ることを言ってしまったのなら申し訳ありません。ハリス様のご友人であれば、私にとっては等しく大切なお方です」


 やっぱり貴族と平民の身分差は常識で、守るべきものなのだろうか。


「やっぱりハルネさんやジェンキンス公も、平民だとか貴族だとかに拘りがあるんですか?」


「私は貴族の出ではありません」


「え、そうなんですか?」


 ヨハネスがハルネさんをちらっと見て、すぐに視線を車窓へ逸らした。


「旦那様は名高い貴族の間でも変人と呼ばれていますが、平民であれ貴族であれ、人を見下したりはしないお方です」


 ハルネさん言葉の緩急に、微かな圧を感じた気がした。それが何となく今のヨハネスに向けられたものなんじゃないかと思った。

 気のせいかもしれないけど。


「ハリス様にも旦那様と同じ毛色を感じます」


「毛色?」


「はい。旦那様はいつもこの国を案じておられます」


 ハルネさんの視線は車窓のどこか先にあった。

 今どこにいるのかも分からない、姿の無いジェンキンス公を見ているように感じた。


「この国には時間がありません。皆様が忌むべきは、同じ国に生きる平民でなければ、貴族でもありません」


「ハルネさん?……」


「さあ、着きましたよ。ここがそうです」


 何か大事なことを聞きぞびれた気がする。

 言っている間に、馬車は特許庁――「パテント」に到着した。


 建物の中は外装の割にこじんまりとしていた。

 人の出入りは少ないようだ。待合室ががらがらだった。

 隣接したいくつかの窓口があり、でも開いているのは二つくらい。

 なんだかローブを着込んだ男の人が、いらいらした様子で建物を出ていった。

 特許が下りなかったのだろうか。ちょっと心配になってきた。


「こちらへどうぞ」


 開いていた窓口から老いた声が聞こえた。

 白い口髭で口元の隠れた老人が手を振っている。


「パテントは初めてですかいな、お名前を伺ってもよろしいかいな?」


「ハリス・ジェンキンスです」


「ジェンキンス?……」


 老人の目が点になり、徐々に白目が大きくなった。

 謝罪しながら慌てる老人は「団体の方はこちらへどうぞ」と俺たちは別室へ案内された。


 向かい合うソファーの並ぶ清潔な部屋を用意され、俺たちは5人で一つのソファーに着いた。

 老人は名をシブガキといった。高齢だけどここの職員だそうだ。


 ジェンキンス公に隠し子がいたという話が、今、比較的裕福な庶民の間で密かな話題になっているらしい。

 シブガキさんは光栄だと、ぺこぺこした。


「今回はどのようなご用件でお越しになったのですか」


 俺はフィオナに例の杖を見せるよう伝えた。


「むむむ……これは……」


 シブガキさんは一眼レンズを片目に当て、杖を手に取って確かめた。


「ジェンキンス殿……こ、こ、こ、これはその、まさかとは思いますが」


「はい、杖です」


「つ、杖? これが杖? こ、こ、このような短く細いものを杖と申されますか?」


「その通りです。従来の重たい杖と一ミリの違いもありません。ただ従来のものよりも軽く、そして携帯しやすい。長時間持っても疲れず、持ち運びも楽です」


 杖であることを証明するため、シブガキさんの目の前で魔法を実演した。

 俺が左手にガラスの直剣を現すと、ソファーの上で腰を抜かし、力が抜けたように背中から倒れた。


「シブガキさん?」


「なんという、なんということじゃ……革命じゃ。エルゴノイツに革命が起きた」


「いやいや、たったこれしきのことで革命は言い過ぎですよ。それより特許申請の方を」


「儂も自分の杖を持っています。確かに重いと感じたことはあります。朝、手に持つとその日の体調が分かるのです。ですが最近は歳も歳ですので、よくわからんことも……」


「シブガキさん?」


「これで毎朝体調を気にせんですみます。これは革命です。早速、申請手続きの方に移りましょう」


 勝手に盛り上がって一度話し始めると止まらない。シブガキさんは変わった人だ。

 特許とする範囲を設定するのに必要だからと、発明するまで至る工程を説明してほしいと言われた。

 それはフィオナの方が詳しいだろうと思い、代わって説明してもらった。


「なるなる……なるなる……」


 説明を聞き終えると、シブガキさんは考え込むように頭をかかえ、ぶつぶつと呪文みたいなものを唱え始めた。

 しばらくして顔を上げ、


「なるほど。一つ微妙な問題がありますなあ」


「微妙な問題とは、どのような?」とヨハネスが問う。


「魔光石を熔かす。確かに、これは意外にも今までに誰も試みなかった斬新なアイデアです。ですが儂が今『意外にも』と言わざるを得なかったことが、まさに微妙なのです」


 従来の杖は、下手をすれば何百年何千年と続く由緒ある形だと、シブガキさんは話す。

 つまり魔光石もそれだけ長い時間、身近なものとしてあった訳だ。

 それが今に至るまで、一度も「熔かす」という試みがされなかったのは意外でしかない。

 鉄、銅、銀、金――この世界の人はこれまでに様々なものを熔かしてきた。

 中には結晶や鉱石もあった。

 なのに魔光石だけは熔かそうとは思わなかった。


「魔光石は毎回決まった経路からしか入ってきません。馭者の顔ぶれも同じ。王都に運び込まれた時には、既に皆様がよく目にする、あの形になっているのです」


 届いたもののほとんどは工場に運ばれ、杖の先端の形や購入者の要望に合わせて削ることはあるものの、熔かすことはないそうだ。

 何故今まで誰も試さなかったのか分からない。ただ自分は杖に不満はあれど、その形や大きさ自体に不満を持ったことはない。


「物心ついた時には、既にこれは杖でしたので」


 ――特許が下りない可能性がある。シブガキさんに決定権はない。


「決めるのは王族です」



 〇



 王都の北にそびえる王城――。

 特許庁の馬車に乗り込み、シブガキさんに連れられ俺たちは王の住処へとやってきた。

 ただし今回お会いするのは国王ではなく、そのご子息――エンリケ王子だ。


 名前も知らない補佐官に先導され回廊を歩いた。

 しばらくして左右に衛兵を配備した大扉を潜ると、そこは広間だった。

 天井近くの窓から日が差し込み部屋を照らしている。


 壇上中央にブルジョア感満載の椅子があり、そこに王子の姿があった。

 足を組み、顎に手を添えている。

 ――これが王族か。


「パテントより、ジェンキンス公、ティンダー公、アドヴァンス公、3名のご子息。その他ご一行をお連れしました」


 補佐官が部屋の中央を過ぎた辺りで立ち止まり、王子にお辞儀し声高らかに説明した。

 王子が軽く頷くと補佐官はそでにはけた。


「ジェンキンス公に隠し子がいたという話を小耳にはさんだのだが、どの者がそうだ?」


 俺は5人の前に出て、


「私です」


 流石に主語を変えて喋った。

 王子は年齢を聞いてきた。11だと答えると、その割には顔立ちがしっかりしていると褒めてきた。


「それで、このエンリケに何の用だ?」


「特許申請をお許しいただきたいのです」


 俺がそういうと、はけていた補佐官が王子に一枚の紙を渡した。

 門の前でシブガキさんが渡したものだ。

 紙には杖の設計工程と、独占権を得たい範囲などが記されている。


 王子は衝動のままに立ち上がり、


「なんだこれは……」


 紙に目を奪われながら答えを求めた。

 いずれ視線はこちらへ向き、俺に定まり、


「物を見せよ!」


 取り乱しそうなほどの、興奮した声が広間に響いた。


 フィオナの役目だと、俺は彼女に行かせた。

 皺の寄せた目つきをフィオナと俺に向け、


「平民か?」


 王子は身分を訊ねた。


「はい。フィオナは工業区の者です」


 俺は正直にはっきりと答えた。

 王子に分からせる必要があると思ったからだ。


「下がれ」


 王子はフィオナにそう言って杖を注意深く眺めた。

 軽く振ってみたりして、新しい道具の感度を確かめた。


「魔法は使えるのだな?」


「もちろんです。私が試しました。よければ実演して見せますが」


「よい。設計工程を見れば分かる。これは紛れもなく杖として機能する」


 王子はいくらか杖に詳しい口ぶりだった。

 その断言する口調は、自信というよりも知識として掌握しているかのようだった。


 杖は補佐官から俺たちへと返された。

 玉座を模した椅子に戻り、


「杖の形や魔光石を細く整形するための型。これらに関しては異論ない。しかし魔光石を熔かす、という部分は認められない」


「殿下。お言葉ですが、魔光石の熔解こそこの杖の根幹です。その発想なくしてこの杖を作ることはできません」


「そうであろうな。しかしそれは発想ではない、性質だ」


「……性質、ですか?」


 何を言ってるんだ、この人は……。


「そうだ、性質だ。魔光石が熔ける――これは魔光石の持つ性質に過ぎない。魔光石はエルゴノイツのものだ」


「殿下、私たちは発見したんです」


 王子に喋った以上、魔光石が熔けるという事実は国全体に公開されるだろう。

 熔けるとは、どんな形にも変形可能だってことだ。

 そうなれば今後、ありとあらゆる形状の杖が生み出される。

 特許を取ったところで俺たちの杖は数多の職人の杖の中に沈む。

 何の意味もない……。


「魔光石をか?――それは発明ではない」


「殿下」


「殿下……なんだ?」


 人を見下す者の、酷く冷たい声。

 俺たちの夢や希望、向上心が、くだらないものに変わっていく。


「事業でも興すつもりだったか、無論、大歓迎だ。魔法の発展に尽力する者に、国は助力を惜しまない。だが魔光石の熔解は別だ」


 もう話すことはないといった態度だ。

 王子は深くに背にもたれ、


「それ以外の工程に関して、独占権を認める」


 ――終わった。


 頭の中がふわふわする。視界に差し込む日光が眩しい。

 これが現実か……。


 ハルネさんに腕を引かれて広間を後にする。

 振り返り、俺の顔を悲しげに見つめるヨハネス、ダン、フィオナ。

 シブガキさんはハンカチで額の汗を拭きながら、来た時と同じ顔色をしている。

 この人は分かっていたのだろう。

 申請は通らないし、認めてもらえないって。


「みんな、ごめん……」


 廊下の途中で、自然と口からそんな言葉が出た。

 考えが甘かった。

 前世の知識を使えば異世界なんてちょろいと、どこかで高を括っていたんだ。


 俺は……勘違いをしていた。

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