第7話 魔法革命を始めよう!

 翌日、登校すると教室で待っていたヨハネスとダンがいきなり謝ってきた。

 転校してきたばかりだというのに置き去りにして悪かったとのことだ。


「それもあんなところに……」


 その一言が余計だ。

 身分に誇りをもつヨハネスの考えは分からない。


「別に置き去りにしたことはいいんだ」


 そう答えながら席につく。


「だけどその感じからして、僕がフィオナに話しかけたことは納得してないだろ?」


「例の彼女のことだね?」


「例の彼女なんて言い方はよしてくれ。とにかく、フィオナが嫌いなのは分かった」


「嫌いとかそういう問題じゃない」


「そうだよハリス、ヨハネスくんは別に好みの話をしてる訳じゃなくて」


「身分の差だろ?」


 階級制度はなくした方がいい。

 でもそれを言ったところで二人は納得しないだろう、特にヨハネスは。


「理由を教えてくれ」


「理由?」


「ああ、君が彼女と関わらなければいけない理由だ。ジェンキンス公のご子息がそれでは、他の貴族や平民も示しがつかない」


「そんな大ごとか?」


「もちろん」とヨハネスは引く気がない。


 俺は断片的な説明をした。

 せっかくできた友人だ、これで絶交なんてバカげてるとも思う。

 ヨハネスもそう思ってるんだろう、だから意地になる。


「杖を作るだって?」


「でも僕には杖の知識がない。多分、二人も杖の作り方なんて知らないだろ?」


 二人は顔を見合わせあった。

 知らないならはっきりそう言えばいいのに。

 貴族は見栄っ張りだ。


「理由は分かった。だがなぜ彼女なんだ、杖なら他にも作れるものはいる。僕なら伝手もある、王都一の職人に頼んで」


「僕はフィオナに頼んだんだ」


 ヨハネスが顔をしかめて、


「だからその理由について聞いてるんだ」


 口調を強めて言った。

 教室がしんとなった。周囲の生徒が何事かと俺たちを見た。

 まだ先生が来てなくて良かった。


「二人とも、今日の夕方もう一度付き合ってくれ」


「また平民街に行くのか」


「フィオナから答えを聞く。そこで全部話す、それで決めてくれ」


 先生が教室に見えるとヨハネスは無言で自分の席に戻っていった。

 ダンが小声で「ごめんね」と言ってきたけど、大丈夫とも気にするなとも言えず。


「謝られるようなことはされてない」


 ヨハネスのつんつんした態度がうつったかもしれない。



 〇



 放課後――。

 3人で夕陽を背に、西の平民街にあるフィオナの店にやってきた。


 扉を開けるなり、カウンターのフィオナと目が合う。

 彼女は飛ぶように立ち上がった。


 なんだか緊張している様子で、頬が赤く、両手が太ももの位置にあり接客する店員の態度だった。

 昨日はもっと普通の感じだったのに。

 原因に心当たりがありヨハネスの方を見ると、案の定、怖い顔をしていた。


「ヨハネス、ふくれっ面はやめろ」


「だ、誰がふくれっ面だ!」


 ヨハネスは恥ずかしがって顔を赤くした。


「フィオナ、考えてくれた? あ、二人は僕の学校の友人なんだ」


「あの貴族様、じゃなかった。その、ハリス……これ」


 ヨハネスが横目で俺を睨んだ。


「僕が頼んだんだ、名前で呼んでくれって。同い年なんだから敬語はおかしい」


 気に入らないという顔をされた。


 なんだかもぞもぞしながら、フィオナがカウンターの下から何か短い棒を取り出した。

 俺は最初、それが何なのか気付けなかった。

 でも恥ずかしそうな彼女の目を見て、気付いた。


「まさかそれって……杖?」


「うん。昨日、徹夜して作ってみたんです」


「ハリス、彼女は何を言ってるんだ。あれが杖だって?」


 ヨハネスが疑うような目をした。

 ダンはまだどういうことなのか分かっていない感じだ。

 俺とヨハネスの顔を交互に見て答えを求めている。


「フィオナ、ちょっと見せてもらってもいい?」


「うん……」


 緊張しているのはそういうことだったのかと思いながら、杖を受け取った。


 長さにして小学生がよく持っている30センチメートルの定規くらいか。

 分かりにくいが円錐状で、上にいくほど短く、下にいくほど太い。

 持ち手となる下部の太さはドラムスティックよりも少し太いくらいか。丁度いい。

 問題があるとすれば表面はつるっとしていることくらいか。

 いや、それでも今の段階ではこれで――。


「完璧だ」


 思わず呟いていた。

 フィオナの微笑む顔が見え、


「待てハリス」


 完成を喜ぼうとしていたのに、ヨハネスがタイミング悪く、


「それを杖だと言いたいのだろう? だが問題は魔法が使えるかどうかだ。いくら小さい杖でも、魔法が使えないのでは棒切れだ」


「ヨハネス、フィオナがなんのチェックもしないで俺にこれを渡すと思うか、彼女は修理屋なんだぞ?」


「ならば見せてくれ」


 意固地になってないだろうか。

 ヨハネスの目つきは本気だった。


「フィオナ、本はどうやって入れるの?」


「えっと、近づければ……」


 言われた通りにすると、標本が杖に吸い込まれて入っていった。


「なるほど、確かに魔光石が含まれてる。じゃなかったら本が吸い込まれるはずがない」


「問題は魔法を使えるかどうかだ」


「まったく……」


 頭の中で「匠の愛したワイングラス」の要約文を思い浮かべる。

 昨日屋敷の中庭で試した時は上手くいった。

 ヨハネスは俺が魔法をまだ習得していないと思ってるんだろう、だから強気なんだ。


「してるんだなー、これが」


 速記術で一章の要約分を宙に描く。

 書き切ると、パリンとガラスの割れるような音がして――。


「完璧だよ、フィオナ……」


 左手に、ガラスの直剣が現れていた。



 〇



 足を組みながら、テーブルの上で指をこつこつと落ち着きがないヨハネス。


「貧乏ゆすりはやめろ」


「誰が貧乏をゆすった!」


「……もういい」


 この世界にない言葉だったか、通じないらしい。


「ハリス、それより説明してくれないか。その革新的な杖は一体なんなんだ?」


「随分と褒めてくれるようになったじゃないか、この棒切れを。その態度を改めるなら教えてやる」


「ヨハネスくん、ここは正直になろうよ、杖のこと知りたいんでしょ?」


 今ばかりはダンが大人に見えた。


 フィオナが人数分のコーヒーを運んできてくれた。

 ヨハネスが「僕はいらない」と口走りかけたので、きつく睨みつけた。

 仕方がなさそうに、


「……ありがとう」


 ヨハネスはコーヒーを飲んだ。


「うん、昨日と同じだ。おいしいよ、このコーヒー」


「ハリス、それはコーヒーじゃなくてチョコレートミルクよ」


「…………あ、ああ。そうだった」


 ずっとコーヒーだと思っていた。

 ヨハネスのニヤつく顔が見えた。始めてあった時とすっかり印象が違う。

 忘れていた、貴族というのは大抵嫌な奴らなんだった。


「冗談はさておき、ハリス、いい加減教えてくれないか。君は一体彼女と何をしているんだい、こんなものまで作って」


「う~ん……なんていうか、僕はこの国の魔法の在り方に納得してないんだ」


「納得してない?」


 ダンが興味ありげに聞いてきた。


 フィオナに話すのは二回目になる。

 俺は二人にこれまでの不満の数々を話した。

 まずは本における物語の非効率さだ。


「結局、物語も魔法も本の内容を理解するところから始まる。この工程は必ずふまなければいけない。あとは読むか書くかの違いだ」


「それの何が不満なんだい?」


「不満だらけさ。僕は魔法が見たいのであって本が読みたい訳じゃない。内容なんてはっきり言って興味がない。どんな現象が起こせるのか、それだけなんだ」


「なるほど。杖は君のその不満と関係しているのかい?」


「不満は膨大だ。だから正せそうなところから正そうと思った、その結果がこの杖さ」


 俺の「正す」という言葉遣いにヨハネスとダンは顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。

 偉そうに言い過ぎた。無視して話を続ける。


「成人男性の平均的な背丈にでも合わせたのか。通常の杖は持てば誰が見ても魔法使いだと分かる。印象には残る、それは認める。だけどあの杖を考案した人は、そもそも周囲に自分が魔法使いであることを認めさせたかったのか?」


「どういう意味だい?」


「もしそうだと言うなら、あれはただの自己顕示欲の塊だ。滑稽だ。そして僕のこの意見が間違っていて、そうじゃないと言うなら、むしろそっちの方が問題だ。あの杖の見た目には何の意味もない」


「ハリス。もう少し分かりやすく話した方がいいと思うわ。ほら、二人がちんぷんかんぷんな顔をしてる」


「分かった。ありがとう、フィオナ」


 咳払いをして話を再開する。


「よいかな、二人とも」


「よいかな?」とヨハネス。


「ハリス、なんだか話し方がおかしいよ?」


「この杖はまったく対人戦を想定して設計されていない」


 魔法使いの弱点は詠唱だ。朗読も筆記も時間を要する。

 それは個々の読解力によってばらつきはあるものの、要約には多分限界がある。

 短くし過ぎれば雑になり、水は濁りワイングラスには亀裂が入る。

 そもそも物語に意味のない文字なんてないんだから当り前だ。


 要約は誰かが思いついた場当たり的な手段に過ぎない。

 それが今に至るまで続いている。

 速記術はそれをカバーできる。

 ある程度長いものも短い時間で書くことができるから優れものだ。

 でも完璧じゃない。

 要約文を書くんだ。根本は要約だ。


「魔法使いは常に詠唱という弱点を抱えている。なのにあんな目立つ杖を持ち歩く。自分は魔法使いですとアピールするかのように」


「分からないんだが、それの何がダメなんだい?」


「ダメダメだ。ヨハネス、確か君の父上は公爵だったね」


「あ、ああ。そうだけど?」


「父親の戦っている姿は見たことある?」


「その、前に一度だけ」


「君の父上は戦闘中、周囲に兵を大勢揃えて自分を守らせていなかった?」


「……あ、うん。そういえば。確かに周りに兵隊を配備していた。でもなんで分かるんだい?」


「それは別に、ヨハネスの父上が公爵で偉いからとか、司令塔を担っていたからとか、そんな理由じゃないと思う。多分、それが現代の魔法使いにとって最も理想的な戦闘スタイルなんだよ」


 詠唱している間は誰かに守ってもらわないといけない。

 朗読や筆記に集中するため、無防備になるからだ。

 それに魔法使いは目立つ。あのデカい杖のせいで。

 だから護衛は一人や二人じゃ足りない。戦いの場に応じて相当数以上必要だ。


「考えてることは色々ある、杖は手始めに過ぎない。でもまずは杖だ。この不細工で重たいだけの欠陥品から正していこう、そう思ったんだ」


 ヨハネスは、もう一度フィオナの作った杖を眺めた。


「ところでフィオナ、これはどうやって作ったの。あ、もしかして魔光石は溶かせた?」


「うん。それで、溶けた魔光石を見てどうすればいいのか考えたの。木の方は一般的な杖を解体して作って、その時にはもう形はできていたから。後は杖に接着するだけで……」


 学校も休んで、徹夜してそれを考えていたそうだ。

 そして思いついた。


「杖の中身を空洞にした!?」


 ヨハネスが驚いてまた杖を手に取った。


「これって中は空洞になってるの?」とダン。


「いえ、その杖にはもう魔光石が入っていますので、むしろ中は詰まってます」


「つまり、空洞にした部分に魔光石を入れたってことか」


 考えつかなかった。

 フィオナは空洞のサイズに合わせて型をつくり、そこに溶けた魔光石を流し込んで細長い魔光石を作ったそうだ。

 それを触媒となる木で包んで形を整えた。


「そんなことを……たった一日で思いついたのか」


 ヨハネスは俺以上に驚いた。


「まずはクリアだ。どう、ヨハネス。これで僕がここに来た理由が分かったでしょ?」


「あ、ああ……分かった。悪かったよ」


「僕は別に杖職人がほしかった訳じゃない。むしろ職人はいらない。ほしいのは」


「作れる人だね? 杖の仕組みは知っていて、でも既存の考えに囚われていない人」


「……僕の考えを否定してくる人はいらない」


 俺にはこの世界の人にはない知識と考えがある。

 でも斬新な考えは、長く生きるほど受け入れられなくなる。

 人は慣れたものに依存するから。


「何年もあんな杖を作り続けるのは大変だ、杖の職人って呼ばれるくらいだし、信念だって持ってるかもしれない。でもそれが一番いらない」


「うん、確かに理解できないだろうね、そんな考えは。誰も受け入れない。少しは理解できたよ。確かに、彼女はまだ染まってない」


「うん。それに魔光石を細くするアイデアは斬新だった。僕には今、フィオナのような人が必要だ」


 僕らはそろってフィオナの方へ振り返っていた。


 ヨハネスは身分のこととなると、うるさい。

 でも理解のない奴じゃない。知ろうとする探求心がある。それに初日に最初に俺に声をかけた生徒はヨハネスだった。優しい面もあり、社交性に優れている。


 ダンは消極的だし、まだ分からないことが多い。

 でもこの場にいるのだからこれも何かの縁だろう。


 そしてフィオナは俺たちにはない、知識と斬新な想像力を持ってる。


「え、え、え、えっと……うん、私で良ければ、その。頑張る」


「杖に関しては見事だった。だがしばらくは様子見だ」


「ヨハネス……」


「それとハリス、君のその行動力だけは認める。出会った翌日に、見ず知らずの彼女に決心させたそのカリスマ性もね」


 ところどころ大げさな言葉があったが……。

 とにかく、ヨハネスもダンも、フィオナも、参加するということだ。


「ここから始めよう、魔法革命を!――」

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