第6話 初めての魔法
直感的に、俺はその女の子を助けようとしていた。
3人の男たちは俺や後ろの二人を見るなり「ちっ、貴族か」と吐き捨てて走り去っていった。
貴族は厄介なものというのが、そうでない者たちにとっての常識なのか。
「ハリス、不用意に声をかけるべきじゃない」
ヨハネスが俺に向かって言った。まるで当然のように。
何か説明しがたい嫌悪感を感じ、どう返せばいいのか、どんな表情でヨハネスやダンへ振り返ればいいのか、分からなくなった。
「ハリス?」
ダンの心配する声が聞こえて、無言はマズいと「大丈夫だよ」と笑って返す。
俺は女の子にそっと近づいた。
「助けていただきありがとうございます、貴族様」
女の子は丁寧に頭を下げた。
「僕のはハリス・ジェンキンス。君の名前は?」
「あ、その、ジェンキンス家の方でしたか。申し訳ありません、私はフィオナと申します」
フィオナは桃色のツインテールが特徴的な女の子だった。
黒く汚れた分厚い手袋をしていて、背中に大きなリュックサックを背負っている。
俺には何かの職人のように見えた。
「フィオナ、少し聞きたいことがあるんだけど」
「行こう、ダン」
後ろで暗い声がした。
振り返るとヨハネスが曇った顔で離れていく。
「ヨハネス、どうしたの?」
「ハリス、君は読解力に優れた優秀な貴族だ。将来、いい魔法使いになるだろう」
「……ありがとう」
「だけど変わっている」
「変わっている?」
「もう少し貴族としての自覚を持った方がいい、安易に平民と口をきくべきじゃない」
表情も口調が穏やかじゃない。
ヨハネスは背を向けて道を引き返していった。
俺はその背中に「僕の何が安易なんだよ!」と思わず怒鳴ってしまった。
目の前で戸惑っていたダンも「ごめん」と言って走っていった。
振り返るとフィオナの姿がなかった。
「あれ?」
細い裏道を交差点まで走って彼女がいないか確認した。
でも姿はなかった。
裏道はそれぞれ次の曲がり角までが長いから、こんなにすぐに姿が見えなくなるはずはない。
となると考えられるのは、人通りの多い通りに出たってことだ。彼女はもう裏道にはいない。
そう思い、急いで裏道を抜け一番近い出口から通りに出た。
すぐに左右を確認し、遠く目をやった。
「あ、いた」
桃色のツインテールの先が、立ち並ぶ建物のうちの一件へと入っていった。
それは何かの店だった。
中は見えずドアノブに「修理承ります」という札がかけられていた。
二階が家にみたいになっている、彼女はここに住んでいるのだろうか。
「すみません」
中に入るとそこは店という感じでなかった。
杖や魔光石もなければ商品がおいてある訳でもない。
「いらっしゃいま……」
俺の姿を見るなり、フィオナはしまったと口を押え、カウンターの向こうで退いた。
壁に背中が当たり「さっきの……」と本音のような声が漏れていた。
すぐに訂正して、またさっきみたいに頭を下げられそうだったから。
「気にしないでいいよ、僕だってあんな状況なら逃げる」
安心してほしかった。
ただ彼女の警戒は強く、笑顔でどうにか平静を装っている感じだった。
とりあえず店に来た目的だけでも話してみよう。
「杖職人を探してるんだ。その、実は王都はまだ馴染みがなくて、この辺りの区域のこともあまり分かってない。それでその、店の扉に修理がどうとかって書いてあったんだけど、ここは何の店なの?」
「……え、えっと、修理屋です。もちろん、杖も修理できます」
「ってことは、杖に詳しい人がいるんだよね。その人に会いたいんだけど」
「修理は私がやってます」
言葉に少し意地のような気配を感じた。
まさかこの女の子が職人だったとは。
「君はその、つまり杖職人なの?」
「違います。一応その手の工業学校には通ってますが、まだ資格は持ってません」
職人の世界にも魔法使いでいう「魔術師」と同じように、認定試験のようなものがあtるんだろうか。
そこでどうしようか迷った。
杖職人を探していたけど、彼女は職人ではないと言っているし。
「あの、何か直されたい杖をお持ちですか、でしたら直させていただきます。貴族様のものは初めてですけが……」
「ハリスだ」
「ハリス、様ですか……」
「様はつけなくていいよ。多分、僕たちの歳は近いだろうし」
「12歳です、私は」
「なんだ、君の方が年上じゃないか。僕は11歳。今年で12歳になるけどね」
決めた。フィオナに話そう。
学校の門から目に留まったものを否定せず、疑問や先入観もできるだけ排除して気の赴くままに歩いてきた。
気付いたらここ、工業区に足を踏み入れていた。
ヨハネスやダンは色々言っていたけど、この出会いは無意味じゃないはずだ。
「フィオナ、僕はね、実は杖を作れる人を探しているんだ」
「作れる人ですか?」
「うん。直すんじゃなくて、作ってほしいんだ」
いきなりこんな話をして大丈夫だろうか。
でもフィオナは変に困った顔もせず、僕の言葉を考えているように思えた。
「フィオナは杖を作れる?」
「私はまだ職人じゃないので……」
「うん、分かってる。ただ作れそうなら、良かったらこれを見てほしいんだ」
俺は懐からジェンキンス公にもらった標本を取り出した。
午後の授業の間、今あるイメージをどうにか形にしなきゃと思って図を描いた。
「これは……杖、なんですか?」
「うん。多分、杖。多分、杖として使えるはず」
「でも私、こんなものは初めて見ます」
俺が紙に書いたのは、長さ30センチほどの木の棒だ。
杖に使われている木がどう特殊なのか、どこで取れるのか。
魔光石は結局のところ何で、どこで取れるのか。
俺は何も知らない。
でもイメージだけは頭にあって、再現できないとは思ってない。
作れる人と、杖に詳しい人さえいれば、作れるはずだ。
「フィオナ、初対面で申し訳ないんだけど。もし興味があるなら、僕の話を聞いてくれない?」
フィオナは目を逸らした、また見てまた逸らし、それから答えた。
「……分かり、ました」
探り探りに、答えてくれた。
〇
「杖が重いなんて、特に思ったことありませんでした」
奥の居間でコーヒーをもらい、飲みながら、俺はフィオナに杖に対する不満を話した。
デカくて重くて、持ち歩くにはしんどい。
なんてことを話した。
「でも、言われてみればそうかもしれません。杖は主に、魔法使いが戦闘で使うものです。だというのに、確かにあれでは色々と差し支えることもあるかもしれませんね」
フィオナは杖を修理することもあれば学校で仕組みについて勉強もするから、ある程度は分かるようだった。
でも使用者の考えは分からないと言った。
「もし僕がこサイズの杖を作ってほしいと頼んだら、フィオナはどうやって作る?」
「う~ん……そうですねえ。木材の量はこのサイズに合わせても差し支えないと思います。問題は魔光石です。あれをこの杖のサイズに合わせるとなると、固形物ですし……」
「なるほど」
問題は石をどうするかだ。
これをもっと小さくできれば……。
「そうだ、魔光石って、溶かしたりできないかなあ?」
「溶かす、ですか?」
「うん。たとえばフィオナは鉄を溶かしたりしたことはある?」
「はい、あります。学校の授業でナイフを作ったときに、色々なものを何度も溶かしました。え、まさかあの容量で魔光石を溶かすんですか?」
「うん。それで魔光石の性質を保てれば、この図面通りに杖はできると思うんだ」
メモ帳から設計図のページだけを破いて、
「これを渡しておくよ」
フィオナに渡した。
「あ、ありがとうございます」
「また明日、夕方に来る。そろそろ帰らないと心配されるから、今日のところはこれで。明日また返事を聞かせて」
その日はそれで、店を後にした。
本当はもう少し聞きたいこともあった。
杖に使われている木の原産地とか、依頼料のこととか。
でもまだ依頼を受けてくれると決まった訳じゃないし、それに貴族と平民という関係が気になった。
僕とフィオナの何が違うのかは僕には分からないけど、多分ヨハネスがそうだったように、フィオナも分かるんじゃないだろうか。
彼女には僕がまだ、ただの貴族に見えているはずだ。
でも今以上のことを話すには、もっと信頼し合える関係になってからの方がいい。
〇
屋敷に戻ると誰の姿も見えないから、誰もいないのかと中を歩き回った。
昨日見た二人のおかしな少女や給仕のデカいおばさんの姿もない。
シンシア姉はまだ帰ってないのか。ハルネさんの姿もない。
ジェンキンスは帰りが遅いらしいし……。
「あれ、シンシア姉?」
屋外の廊下をしばらく歩いていると、中庭で杖を手に息を切らす、シンシア姉の姿を見つけた。
傍にはハルネさんもいた。
「ハリス、帰ってたの」
どうやら魔法の特訓中だったようだ。
シンシア姉と互いに今日の一日の出来事を話した。
主に学校での授業のことだ。
「初等部はなんだか楽しそうね」
「中等部は楽しくなかったの?」
「いきなり模擬戦だもの、楽しむどころじゃなかったわ。相手は手加減してくれたけど、私はひたすら避けるだけで」
中等部3年にもなると、授業は実戦的なものが増えるらしい。
ジェンキンス公が言っていた地獄とはそういうことだったのか。
初等部での授業内容について話すと、羨ましがられた。
「私もそっちが良かった」
「きっと一時間もしないうちに飽きるよ。読解力は命だとか言って、本ばっかり読まされるんだ」
午後の授業は全部読書だった。
たまに朗読をはさんで現象のチェックをする、その繰り返しだ。
あれなら一人でもできる。
「シンシア姉、その杖ちょっと借りてもいい?」
「いいわよ、丁度休憩にしようと思ってたところだから。でも使い方は分かる?」
「良ければお教えましょうか?」
「いえ、使い方はおばあちゃんに聞きましたから」
「おばあちゃん?」
シンシア姉の疑問は一先ずとして。
「でも初めて使うので、何かおかしところがあれば教えてください」
「分かりました」
「そうだ。シンシア姉、よくこの重い杖を持てたね?」
「慣れよ、慣れ」
シンシア姉が年上ぶってるところ、重さに耐えながら標本を入れた。
「それは標本ですか?」
「追悼式の時、ジェンキンス公にもらったんです」
「なるほど、お会いになったのですか……」
ハルネさんが少し浮かない顔をした。
何かあったのだろうか。
「その小さい本がどうしたんですか?」
「なんか標本って言うらしいんだ。まあ見ててよ」
資料室での学習の成果を試す時だ。
覚えたてだけど、物語は理解してるし大丈夫なはず。
「なっ、それは速記術!?」
杖の先端の魔光石が青ではなく、黄色く光ると、ハルネさんが理解したように驚いた。
子供の背丈を優に超える重い杖を動かし、空中に速記文字で「匠が愛したワイングラス」一章の要約文を書き上げる。
パリンとガラスの割れたような音が聞こえ、左手に何かが現れていた。
「……ん、剣?」
俺は、左手に剣を握っていた。
まるでワイングラスから刃が生えたような見た目だった。
ガラスにひびが入るような音が聞こえると、剣は整形され、より見た目が剣らしくなった。
全体が透明なガラスであることは変わらない。
「お見事です、ガラスの直剣ですね」
ハルネさんは感心したように褒めてくれた。
「すごいわ、ハリス、そんな魔法いつ覚えたの!」
シンシア姉がものすごく喜んでくれた。
感無量だ。
「なんだか宙に文字みたいなのを書いてなかった?」
「速記術だよ。ほら、ジェラルドさんが使ってたでしょ、多分あれは速記術だと思うんだ」
話を聞くと、シンシア姉はまだ詠唱という言葉すら知らなかった。
筆記についても知らず、模擬戦で使っている生徒も見かけなかったらしい。
「速記術は文字のくせが強く、生徒に限らず苦手な人が多いんです。模擬戦で誰も使っていなかったのはそのせいでしょう」
「速記術は分かったわ、それより剣よ。一体どんな物語を読めばそんなものが出てくるのよ」
「昨日図書室でワイングラスの本を読んだでしょ、あれだよ」
「え、あれがこれになるの?」
「そういうものらしいんだ。杖は物語を攻撃に変換するんだって」
「実に見事な出来栄えです。筆記は朗読よりも再現が難しく、物語をより理解していないと上手くいきません」
「そうなんですか?」
「はい。耐久性もしっかりしているようですし、これなら実戦でも使えるでしょう」
ハルネさんは、俺の持っている剣を指で軽く弾いて何やら確かめていた。
「なんだかハリスが急に遠くにいっちゃった気がするわ」
シンシア姉がしょんぼりし始めた。
そんな大したことはしてないのに。
これ以上いじけられても嫌なので、速記術を教えた。
といっても俺が知っているのは今のところ、この剣くらいだ。
空が暗くなる前にはシンシア姉もガラスの直剣を手に持っていた。
俺がまだこれしか使えないと知ると、なんだか機嫌が戻っていた。
都合がいいったらない。
「速記術って難しいのね」
シンシア姉は得意げに行った。
あっという間に使いこなしたくせに……。
「言っとくけど、速記文字を全部暗記するなんて今日明日じゃ無理だからね」
「分かってるわよ。ハリスがそう言うんだからそうなんでしょ」
「だから使いたいものだけその都度、訳して使えばいいんじゃない」
魔術師の免許を持っている人でも速記術を全部暗記している人はほぼいないらしい。
とまあ、色々なことが分かった一日だった。
でも魔法への知識を深めれば深めるほど、なんだか不満がつのっていく。
思っていたような自由な感じがしない。
魔法を使うのは楽しいけど、面倒なことが多過ぎる。杖も重いし。
結局、魔法使いにとっての進歩とは読解力なんだろうか。溜息がでる。
「理解と暗記。それが魔法使いか……」
「何か言った?」
「ううん、何でもない」
特訓もほどほどに、夕食にした。
一つ気になることがある。
その日以降、ジェンキンス公の姿を見なくなったことだ。
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