第5話 最悪な杖
大通りに集まっていた人たちが徐々に散り散りになると、クラスのみんなやアレックス先生の姿が路地に見えた。
どうやらみんな学校へ戻るみたいだ。
「ハリス、ダン、僕らもそろそろ戻ろう」
ヨハネスが階段を下りて路地に戻っていった。
僕とダンも後ろについていく。
先頭のヨハネスに遅れないように、しばらく路地に沿って歩いた。
ちょっした王都観光も兼ねて大通りのあちこちに目を向けていたところ、ふと足が止まった。
「ねえ、ダン。ここって何?」
それは大通りに面した目のつきやすい場所にあった。
ショーウィンドウに、光る石やステッキなんかが展示されていて、一見すると雑貨屋のようだ。
「杖とか魔光石を売ってるお店だよ。こういう店は他に何店舗もあるよ」
「ねえ、ちょっと入ってみない?」
「どうしたんだい、二人とも。次の授業が始まってしまうよ」
路地の先の曲がり角からヨハネスが手を振っている。
「ハリスが店に寄りたいんだって!」
二人が大声で話している間に、俺は先に店に入った。
遅れて二人も入ってくる。
「ハリス、ここは初等部の僕らにはまだ早い」
ヨハネスはそう言って出たがった。
「魔法は半年もすれば中等部で見られるよ」
ダンもなんだか帰りたそうだ。
店の中が薄暗いからだろうか。
まるで魔女の家だ。
壁に瓶や木製の杖が見えた。
トカゲの干物みたいなものもあって、何の動物のものか分からない手足まで飾られていた。
ヨハネスは平気そうだけど、ダンは縮こまってがくがくしてる。
「なんじゃ子供かいな、それもよう見りゃ初等部の制服。帰んな、ここは坊やたちの来るとこじゃないよ。それに文無しはお断りだよ」
カウンターの奥から腰の曲がった小さな老婆が出てきた。
「お金ならあります、この通り」
ヨハネスがニコッと見栄を張って、チャランチャランと音が聞こえる布袋を取り出した。
「ふ、親の金かい。まあ、金は金だわいな」
「その、魔光石とか杖って高いの?」
ダンに聞くと。
「安くはないよ。でも魔法使いが減ってるらしくて、昔よりは安くなってるみたい」
「ハリス、まさか杖が欲しいのかい?」
「うん。あ、もしかして初等部の生徒は所持できなかったりする? 銃刀法違反的な?」
「ジュウトウホウ?……よく分からないが、そんな決まりはなかったはずだ。だけど使い方は知っているのかい?」
「知らない。二人は知ってる?」
ダンは首を振り、ヨハネスは両手を軽く上げて「さっぱり」と答えて。
「物事には順序というものがあるんだ。あのワイングラスを見れば、君の読解力が長けていることは言うまでもないが」
「うん、すごく綺麗だったよね」
「ああ。だが僕らにはまだ……ん、ハリス?」
「おばあちゃん、これはどういう仕組みなんですか?」
俺はカウンターのガラスケースの中にある杖について訊ねた。
それはジェラルドさんが使っていたものに似ている。
「珍しい坊やだねえ。そんなに知りたきゃ教えてやらんでもない、わたしゃ暇だからね」
「二人とも、おばあちゃんが杖について教えてくれるって」
「ヨハネスくん、ハリスが……」
「仕方ない。僕たちも教わっておこう。どうせもう授業は遅刻だ、あとで3人で怒られるとしよう」
「ええか、この光っとるのが魔光石じゃ。触媒となる木の根っこの先端に装着して使う」
棒は、木のつるが螺旋状に巻き付きあって上昇したような姿だ。
石は取り外し可能。
でもポロっと取れたりしないようにしっかりと装着されている。
「人の手のぬくもりが木を通って石に伝わる。この道筋さえしっかりしとったら魔法の杖は成立する」
よくわからないけど、杖の形にが意味があるみたいだ。
「この杖はどんな魔法が使えるんですか?」
「ちと誤解しよるようじゃな。杖自体には何の力も備わっておらんよ。現象を生むのはいつの世も物語じゃ。まあ見ときなさい」
おばあちゃんはそう言って自分の背丈を優に超えるほどの杖を手に持った。
それから傍にあった一冊の本を先端の魔光石に近づけた。
本は光る石に吸い込まれてゆっくりと消えた。
「本が……」
「石には一冊だけ本を入れることができるんじゃ。もちろん取り外し可能じゃ、これで一々分厚い本を持たんで済む」
重さも石の中に閉じ込められてしまうみたいだ。
でもこの杖の方が重そう。
「準備完了じゃ」
おばあちゃんは杖を頭上へ構え、何やら朗読を始めた。
1分ほどして、俺たちの目の前に火の玉が現れた。
ゴーゴーと激しく燃え、火は店内を照らした。
おばあちゃんの顔のしわもよく見える。
「これが魔法じゃ」
「物語とどう違うんですか?」
頭上の火の玉はすぐに消えた。
また店の中が暗くなる。
「これを魔光石に通さず本のみで行った場合、火は蝋燭の上で優しく灯る程度のものじゃったじゃろう」
「あ、そういうことですか」
「魔光石は物語を攻撃的なものへと転換させる。じゃから初等部では教えんのじゃ」
頭の中でもやもやしていたものが晴れた。
今頃シンシア姉は攻撃的な物語の数々を目の当たりにしているのだろうか。
「物語はただの現象じゃ、読解力のあるものほど生活の一部にすることもある。じゃが魔法は違う、これは人の命を奪う」
ただし
理解の足らない状態ではいくら杖を使おうと同じ。
だから読解力は命なんだと。
「声に出して読み上げる部分は変わらないのか。あ、そういえば、杖で宙に文字を書いてる人を見たことがあるんです」
「それはおそらく筆記じゃ」
「筆記?」
「うむ。詠唱には二種類ある」
「詠唱って何ですか?」
「現象を起こすまでの時間や行為のことじゃ」
詠唱方法は主に朗読と筆記の二つあるのだと、おばあちゃんは言った。
それぞれには良い点と悪い点があり、朗読は声で行うため誰でもできる。
ただし声を出すから相手に気付かれやすい。
その点、筆記は気付かれにくい。
ただし朗読に比べて詠唱時間が長くなってしまうのが難点だそうだ。
「え、でも速記術が発明されて以降は、そうじゃなくなったんじゃ……」
ダンが自信ありげに言った。
「お前さん、若いのによう知っとるのお」
おばあちゃんに褒められて頬を赤らめるダン。
意外と物知りみたいだ。
「速記術?」
「速記術は筆記時間を短縮する方法じゃ。坊やの言う通りじゃ、あれは朗読と筆記を取り巻いていた、差別をなくした」
魔法使いの中には病なんかで声が出せず、泣く泣く筆記に頼るしかない人もいるらしい。
その人たちは出来損ないだと罵られていたのだとか。
「じゃがある魔法使いが速記術を生み出して以降、隔たりはなくなった。今ではむしろ筆記の方が優秀だと言う魔法使いがおるほどじゃ」
速記術を使うには専用の簡略化された文字――「速記文字」を一から覚える必要があるそうだ。
物語の種類によっては、たとえば朗読で30秒かかってしまうものも速記術なら一振りで発動できてしまうほどだとか。
「そうだ。おばあちゃん、こういう本も石に入れられたりしますか?」
「ただの紙は無理じゃぞ、決まった材質の紙を使わんと……ん、お前さん、珍しいもん持っとるのお、そりゃ標本かいな?」
ジェンキンス公にもらった、中身が白紙のメモ帳のことだ。
「標本ならいけるぞ」
「これが何か知ってるんですか?」
「もちろんじゃ。それは貴族なんぞが気に入った物語をメモる時に使うもんじゃ。もちろん鍵付きには効果がないがのお」
「鍵付き?」
「所有権のことだよ」
ダンが教えてくれた。
希少価値の高い物語ほど誰かの所有物であることが常で、そういった物語は所有者以外には使えないらしい。
それを一般的に「鍵付き」と呼ぶ。
「お前さん、杖が欲しいんじゃろ。じゃったら一度持ってみい」
おばあちゃんがぐっと杖を横にして、俺に渡してきた。
両手で下から支えて持ってみると。
「え、重っ!?」
――なんだこの重さは!
杖の癖に、下手をすれば丸太くらい重いかもしれない。
というのは流石言い過ぎか。
木が重いのか先端の石が重いのか。
重心が下より上の方にあるのは確かだ、油断すると体を持っていかれそうになる。
おばあちゃん、良く持てたなー。
とにかく杖と呼んでいいような重さじゃない。
そもそも手に持って携帯するものなんだから、こんなに重くていいはずがない。
螺旋状のつるが手に引っかかり滑り止めになるのかと思いきや、むしろ滑る。
反って持ちづらい。なんのために捻じれてるのか意味が分からない。
最悪のデザインだ。
「これじゃ杖というもんじゃ、どうじゃ気に入ったかえ?」
杖に夢中になっていると、ヨハネスが買ってやろうかと太っ腹なことを言ってきた。
丁寧に断っておいた。
こんなもんいらん。
学校へ戻る途中、時計台で時間を確認すると――12時15分――店に一時間以上もいたことが分かった。
このまま戻っても途中から授業に参加することになるし、40分で午前は終わりだとヨハネスが溜息をつく。
昼飯をはさんで授業には午後から出よう。
ということで話はまとまった。
そこで図書館に行かないかと二人を誘った。
速記術について調べるためだ。
ヨハネス曰く、教材は図書ではなく資料に分類されるらしい。
資料は資料室で公開されているということだ。
資料室は一見すると俺の知っている図書室みたいだった
壁際の本棚に中央の長テーブルと椅子。
そしてシンプルなカーテンだ。
「ハリス、速記術の参考書があったよ」
ダンが見つけてくれた。
椅子に座り3人で中を覗く。
「これが文字?」
ダンも初めて見るらしい。
ヨハネスは顎をなでながら。
「なんだか珍妙な形をしているなー、だが覚えられないという感じでもない。慣れればそれなりに使えるかもしれない」
速記術を使うために必要なものは3つ。
一つは「線」という題名の物語だ。
考案者によって簡略された短文の物語であるらしく、理解は簡単だそうだ。
これを使って空中に文字を書く。
二つ目に魔法の杖が必要となる。
そもそも筆記は杖専用の詠唱法だ。
そして三つ目が「速記文字」だ。
もちろん日常的に使われている文字でも筆記は可能だけど、それについては言うまでもない。
昼食と休憩を経て、午後から予定通り授業に出た。
当然のように席についている俺たちを見たアレックス先生の第一声は――。
「ラッセン様が亡くなられたというのに、自由でいいですねえ」
「調べものがありまして、資料室にいました」
そうヨハネスが弁解を試みるも。
「初等部を大学か何かと勘違いしているのではないですか、ヨハネスくん」
「す、すみません」
俺たちは3人はその後廊下に立たされ、こっぴどく叱られた。
〇
速やかな下校が望ましい。
帰るまでが遠足――なんて言葉も知ってる。
ただこれで帰るのも勿体ない気がして、学校が終わったその足で、俺は二人に王都を一時間ほど案内してくれないかとお願いした。
「で、ハリス、君は何が見たくて僕らをこんなところまで連れてきたんだい?」
そこは王都の中央に通っている大通りから西に少しずれた、廃れた通りだった。
連れてきたというより、興味の赴くままに適当に歩いていたらこんなところまで来てしまった。
「ハリス、ここはあんまり近づいちゃいけない場所なんだよ」
すれ違いざまに通行人の男がダンを睨み、そのまま歩いていった。
確かに大通りよりも、歩いている人の人相が悪いような気がする。
ヨハネスが言った。
「ここは工場群だから、貴族の僕らにはあまり関係のない場所だ」
「工場って、何の工場?」
「そりゃ色々さ。詳しくは知らないが、魔法使いの杖なんかも量産型はここらで作っていると聞いたことが……ハリス?」
そこで何やら揉め事のような現場に遭遇した。
路地の前方で、一人の女の子がいかにも悪そうな男3人に絡まれている。
背丈からして歳は4人とも僕らと違わないだろう。
「誰があんたの杖なんか見てやるもんですか、お断りよ!」
「誰に向かってそんな口きいてんだ、贔屓にしてやるって言ってんだぞ!」
――杖?
その言葉が少女の口から飛び出した時、俺の何かがゴーサインを告げた。
「お嬢さん、何かお困りですか?――」
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